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1. 断罪イベント




「君との婚約を破棄させてもらう!」




王太子シド=マッキンタイヤーは、公爵令嬢で婚約者でもあるバイオレット = フロックハートに冷酷に言い放った。





「な、なんですって!?」


突然の宣告に彼女の陶器のような白い肌が青ざめた。

完璧に巻いてあるダークブラウンの豊かな髪をかき上げ、一呼吸して顔を上げる。

ツンと吊り上がったサファイアの如きブルーの瞳が揺れている。


ここはとある社交界会場。

会場の中央で衆目にさらされ、裁かれるようバイオレットは立っていた。

視線を跳ね返すよう、きりと表情を引き締める。


「どういうことですの、シド殿下」


かすかに震えていることを誰も知らないその声は、気高く凛として響く。

なおもシドは攻める口調を止めはしない。


「君がセシリーに行った数々の悪逆を僕が知らないとでも思ったのか」


シドの後ろには隠れるようにセシリーが立っている。


バイオレットはギリと歯を食いしばり目を見張る。


「悪逆、ですって?」


「そうだ。今日のセシリーのドレスだってそうだ。君が台無しにしたんだろう」


そう言って、ドレスを手でかざす。その白いドレスの胸元は真っ赤なワインで汚れていた。


「それは事故ですわ。確かにわたくしの不注意でワインをかけてしまいました。ですが、セシリー様には申し訳ないと、代わりのドレスも用意するつもりで……」


「バイオレット様」


セシリーはその小さな体を奮い立たすよう一歩前に踏み出した。


「もうお止めください。これで終わりにしましょう」


「終わりって……」


バイオレットが目を見開いて戦慄く。


「貴女わたくしを嵌めたわね――」


「いいえ、バイオレット様。貴女がドレスをわざと汚したことはわかってます」


セシリーはバイオレットからの数々のいじめに耐えてきた。


(だけど、今日この日ドレスを汚され涙を流してしまった時、シド様は心を決めてくださった。


『君を愛している。セシリー』


こんな私に最高の愛の告白をしてくださった。


その言葉だけで何も怖くない!)


セシリーは顔を上げ、言い逃れできない証拠を提示する。


それは――




(1.指輪)

(2.手袋)

(3.ハンカチ)




チャラランと効果音が鳴り、

ゲーム画面に選択肢が3つ並んだ。


「う~ん、いつもながら断罪イベントは盛り上がるわー」


ゴロンと寝ころびポータブルゲーム機をのぞき込む。


一度メッセージ枠を消し、キャラクターの立ち絵を全面表示させる。右にセシリー、左にバイオレット。ヒロインとライバルの一対峙のシーンだ。


これは恋愛シミュレーションアドベンチャーゲーム、いわゆる乙女ゲームでタイトルは「剣と魔法と救国の聖女」。


ストーリーは、平凡な令嬢が王国随一の学園に入学し、魅力的な殿方と恋愛し、時に学問に励みながら、やがて戦の動乱へ巻き込まれていくというものだ。


攻略対象によっては、主人公セシリーは剣戦士になったり魔法使いの才能を開花させたりと、ドラマティックに展開していく。


ゲームの特徴として主人公の育成パートがあり、攻略対象にあわせて剣技、魔法、学問などのパラメータを上げていかねば攻略は成功しない。

この育成があってこそ、彼女は救国の聖女と成り得るのだ。


絶賛周回プレイ中であり、今やってるのはシドルートだ。ちなみにすでに5周している。


攻略対象の一人、シド様は(「様」付けは大事である)王国の第一王子。つまりは未来の国王だ。

煌めく黄金の髪、優しげなエメラルドグリーンの瞳。笑みを湛えた麗しい唇。

王太子であることを余すことなく主張した特別な学生服。

そのビジュアルは言わずもがな、性格も理想の王子様なのだ。


寝ころんだ視界の先には「剣と魔法と救国の聖女」初回限定版特典ポスターが貼ってある。

攻略対象がずらり並ぶその中で、木漏れ日を受けるシドが手をかざし穏やかな笑顔をこちらへ向けている。


ゲーム機に向き直り、プレイを再開する。


「悪役令嬢ライバルのバイオレットちゃんも素敵なんだよね」


そっとバイオレットの立ち絵に触れる。

バイオレットはシドの婚約者であり、王家と深く関わる公爵家の長女である。

控えめなセシリーに対してバイオレットは苛烈な性格だ。

彼女はいつだって気高くありその姿勢を崩さない。それは王太子であるシドに対しても。


この断罪イベントで彼女は婚約破棄される。


プレイヤーはセシリーとなり、悪事の証拠を突き付けていく。主人公への嫌がらせの数々が白日のもとにさらされるのだ。

愛するシドにも捨てられ、乱心したバイオレットには破滅の道が待っている。

学園を追い出され、王太子との婚約破棄された娘には用がないとばかりに公爵家から縁を切られ、安否不明のままストーリーから退場となる。


悪役令嬢の定めなのか、はたまた製作スタッフの気まぐれか、どのルートでもいじめっ子には制裁をと言わんばかりに、不幸に見舞われ消息不明となる。


公爵家の誇りを背負いシドと結ばれる日だけを夢見た彼女は、婚約破棄の時何を思ったのか、考えただけで泣けてくる。


「ここで正解の選択肢は(2.手袋)なんだけど……」


ゲームを続けようと選択肢をタップしようとした。

――しようとしたのだ。


瞬きしたその瞬間、私は豪奢な建物のパーティー会場の中にいた。

まるでドラマの場面切り替えシーンのようだった。


「えっ」


今の今まで部屋のベッドの上にいたのに?

煌びやかなドレスとスーツの群衆。


私は制服を身に着けていた。

なぜかいつの間に靴を履いてた。


ここはどこだ。





「君との婚約を破棄させてもらう!」






突如声が響いた。


この聞き覚えのある、美声は――


視線を向けた先にはシド様とゲームの主人公セシリーが立っていた。

その向こうには悪役令嬢のバイオレットがいる。


先ほどプレイしていたゲームのシーンそのものが眼下に広がっている。

ということは……。


なるほど、私はゲームの中に入ってしまったのか。


ざわりと肌が粟立つ。

ってそんなバカな。思わず頭を抱える。


これってよくある異世界転移モノのアレだ。


転生じゃないのはまだ救いか。

いやいや、もし主人公に転生してたら夢のハーレムエンドも叶えれたかも。


そもそもなんで自分が?


服とか女子高生のままじゃないかよ。浮くだろ。


元の世界には帰れるの? 死ぬの?


これは夢か。

夢に違いない。

まったく「剣と魔法と救国の聖女」好きすぎだろ、私――


うんうんと頭を振り、状況を受けれている自分がいた。


「な、なんですって!?」


悲痛に叫ぶバイオレット。

婚約破棄を突き付けられながらも気丈に振舞ってはいるが、その深い青色の瞳から今にも涙が零れそう。


ああ思い出した。ゲームをプレイしながら私はこう願ったんだ。


彼女は主人公セシリーの大いなる運命に巻き込まれた。

その結果、婚約破棄され結末は消息不明だなんてあんまりじゃないか。

ある意味被害者とも言える。


そんな彼女が報われるルートがみてみたい、と。





私の名前は鈴木莉緒。高校2年の女子生徒。

乙女ゲームが趣味の一般人である。


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