第八話『初めて街に行ったけど別にわざとじゃない。』
なるべく優しく、まるで花を持つように。それを心がけて掴んだ男の腕だけど。
「いてえええええ!!」
めっちゃ叫ばれてるー。というかうわ、ごめんなさい……なんかこう、ちょっと変な方向に曲がってない?
それに気付いて慌てて離すと、男の腕は思いっきり赤くなっていた。ああ痛そう。ごめんなさい、力の加減間違えました。
でも、さぁ。
「良い年齢の大人が、若い女の子脅して泣かせちゃ駄目でしょ」
言って、男が掴んだ女の子の手をそっと取る。女の子の腕も男の腕程じゃないが、少し赤くなっていた。……全く、痕が残ったりしたらどうするんだ。女の子にとって肌ってのは凄く大事なのに。
「な、なんだてめぇ!」
ものすごく在り来たりなセリフを叫ばれる。……さて、此処ではなんて答えよう。あまり目立つことなく―ーいや、現時点でかなり人の視線を集めてしまっているけど。ごめんなさい無関係の街の人たち。直ぐに終わらせますんでもう少しだけ許して下さい。
「えーと……。通りすがりの一般人です?」
結局そんなつまらない言葉しか出て来なくて答えると、馬鹿にしてるのか!と怒鳴られた。
いえ、そんなつもりはないんです。本当に真面目に良い返答が思いつかなかっただけで。
「取り敢えず、私のことは良いんで。……もう許してあげません?ぶつかるぐらい日常茶飯事でしょ」
取り敢えず、今はこの現状をどうにかする方向に持って行こう。
これ以上女の子を怖いおじさんたちの前に出しておくのも可哀想だったのでさりげなく自分の後ろへと隠して、彼らの前には私が立つ。
「舐めてんのか、クソガキ! 恰好つけやがって!」
「クソガキって年齢でもないんですけど。……そういうおじさんたちはめちゃくちゃ恰好悪いですよ。ほら、人もこんなに集まって来ちゃってるし」
私は冷静だ。冷静なのだが――生来のキツい物言いがそのまま口を出てきてしまった。
あー、やばい。なるべく穏便に済ませたいのに、これじゃあ余計煽るだけだ。
「――野郎、ぶっ飛ばしてやる!」
案の定、おじさんたちは見事ぶち切れて今度は私へと殴りかかってきた。
――まぁそんなの、神の要らないチート性能持ちの私の前では何の意味もないんだけど。
「これに懲りたら女の子には優しくしなきゃ駄目だよ」
いやぁ、レベルの低い物理攻撃なら全て無効化とかやっべー能力だわ。
こっちはただ突っ立っていただけ。勝手に殴りかかってきた男たちは一切その攻撃が効かずに、自分に反動だけ返って来て自滅。
何が起こったのかさっぱり分からないと言う顔で戸惑っていたが、私がヤバい相手だという事だけは分かったらしく、直ぐに立ち上がって逃げて行った。
勿論そんな彼らを追う事はなく、私はそんな様子をただ茫然と眺めていた女の子へと声をかける。
「大丈夫? 怖かったね」
驚きすぎて、もう涙は止まっていた。だが目元に残るその後にそっと懐からハンカチを取り出して渡すと、女の子は慌ててそれを受け取る。
「あ、ありがとうございます……っ助かりました、あの、これ、洗って返しますから……!」
「いいよ、気にしなくて。百均の……っと、えーと。安物のハンカチだから」
「そ、そんな。こんなしっかりした布地なのに……!」
「本当にいいから。じゃあ、君もああいうのには気を付けてね」
これ以上面倒事になってしまう前にさっさと用事を済ませたい。
もうめっちゃくちゃお礼をしたいオーラを出している女の子には悪いが、テキパキと片付けて私は本来の目的地へと向かう。
後ろから呼び止められているような気がしたが、それもスルーだ。
なんかこう、これも……フラグになっている気がして仕方ない。
だって良くあるじゃないか。異世界転生でもファンタジーものの鉄板でも街で助けた女の子がその後の仲間とかになるとかって展開。
何度も言うが、私はそういうものは一切ノーセンキューなのだ。
女の子が放っておけなくて助けたが、別に彼女から好意をむけられてハーレムを作りたいわけじゃない。
そういうのはもうアルティアだけで間に合っているというか、既に彼女の時点でもかなり重い。
「あ、あった。此処がギルドか」
地図通りの場所まで来ると確かに説明された通りの建物が見えてきた。あとはそこに入って受付で換金を済ますだけだ。
途中、ちょっとしたアクシデントはあったがそんなものは些細なことだ、うん。
ドアを開けて入ると、中はそれなりに人が集まっていた。
受付には愛想のいい女の人が立っている。おお、ゲームで見た見た。
そして受付があるホールには待つ為の場所として、座る場所がいくつも用意してある。
その椅子の殆どが冒険者らしい見た目の人たちが座っていて使っていた。
「いらっしゃいませ。此方はクエストの受注と達成報告の受付となっています」
目が合った女性がそう微笑んで案内してくれる。が、今回はそちらに用はないのでもう片方の受付へと視線を向ける。
あ、あっちには換金と書かれている。じゃああっちか。
「魔石の換金をお願いします」
丁度人もいなかったのでそのまま受付に向かって、ポーチから魔石を一つ取り出すと受付の女の人は笑顔で応対してくれた。
「中クラスのモンスターの魔石ですね。これですと――」
銀貨数枚が並べられるが、まだ私は此方の貨幣価値が分かっていないので言われるままそれを受け取る。
アルティアの話だと一つで数か月は暮らしていける額だと言っていたので、この銀貨の多さは……やっぱり大金なんだろう。
落とさないようにしないと。
「ありがとうございました。また来ます」
懐に銀貨が沢山入った袋を押し込んで、ギルドの受付を後にする。ギルドで発行しているクエストって言うのにも興味はあったが、あれだと下手気に成果上げ過ぎて有名になりそうで怖くもある。
どのみち、今日は一つ揉め事を起こしてしまっているからこれ以上何か起こる前に撤退だ。
「よし――、この辺りだったよな」
街を無事に出て、一息吐く。そして来た時と同じように近くの森の中へと入ってからアルティアから貰ったアクセサリー。……やっぱりどう見ても鈴つきの首輪みたいなものを軽く撫でて、魔石の魔法を解放する。
と、一気に白くなる視界と少し揺れる頭。
気付けば、私は見慣れたアルティアの小屋へと戻ってきていた。
「ただいまー」
取り敢えず、アルティアの姿は見当たらない。
また薬を作りに部屋に籠ったか、それとも薬草園の方にいるのか。少し声を大きくしてかけながら、私も身軽になる為に着替え始める。
懐からさっき換金してきた銀貨の袋を取り出すと、じゃらりと大きな音が響いた。
「お帰り、ユーリ。何も問題は――、む」
私の帰宅に気付いたらしく、やっぱり部屋に籠っていたらしいアルティアがリビングに出てきた。
だが私の姿を見るなりその眉間に皺を寄せ、くんくんと鼻を鳴らしながら近づいて来る。
なんだなんだ、まるで犬みたいに。
「……初めて街に出て他の女の匂いをつけてくるとか、何を考えてるんだお前は」
やけに低い声が響き、アルティアが顔を上げる。
その表情は今にも泣き出しそうなあまりにも情けない顔で、思わず笑ってしまいそうになったが――此処で笑うのはマズイ。
「誤解だって。ちょっと女の子を助けただけだよ」
それよりも、本当に少し近づいただけだったのに匂いが分かるってどんな嗅覚をしているんだろう、この自称魔法使いさんは……。
自分でもまるで浮気をしてきた旦那みたいな返答をしてしまいながら椅子へと座ると、アルティアはまだ何処か疑い深い瞳で私を見ていたが、いつものように私の為に紅茶を淹れて出してくれる。
「はぁ……美味しい」
「当然だ。私がお前の為に淹れたものだからな」
「うん、感謝してるよ。アルティアのお茶は本当に美味しい」
まぁ、何はともあれ。無事今日の目的は達成したのだ。
今はそれを素直に喜んでおこう。
お疲れ様、私。