第六話『色々確認して、初めて自分の顔を見ました。』
しがない魔法使いだと言っていたアルティアの住処は、とある森の奥に立つ小屋だった。
彼女は歩くのは面倒だからと、あれから直ぐに私を連れて此処に恐らくテレポートみたいな魔法を使って飛んできたので、私にはそれ以上の情報はない。
そもそも、結局この世界のことについてもあまり詳しいことは聞かなかったので、それこそ土地勘なんてさっぱりないのだが当然だが。
「長い間、一人暮らしだったから家具は一人用にしか揃っていないが、まぁそのうち揃えよう。嗚呼、金銭の心配はしなくていいぞ。私はこう見えてそれなりに凄い魔法使いだからな! お前一人養っていくのに何も問題はない」
わぁ、なんかこう、我ながらヒモにでもなった気分だ。いや、まぁ。実際そうなんだろうけど。
「流石に世話になりっぱなしは悪いから、せめて家事ぐらいは手伝うよ。私だって一人暮らしはそれなりにしてきたから」
小屋への扉を開けながら、アルティアは振り返って不思議そうな顔をした。
なんか変なこと言っただろうか、私。
「そんな必要はないぞ? 私は家事だって全て完璧に出来る。お前は本当に何も心配せずに、私の傍にいてくれればそれでいい」
そう彼女は、言ってくれるがそういう訳にもいかないのだ。
確かに生きるのはしんどい。生きて行く為に働くのもしんどかった。けど、だからってこんな女の子に何もかも世話になって、じゃあお願いしますと生きていける程、私だってこう、厚かましくはない。
流石に申し訳ない。と説明をするとアルティアは渋々ながらもならば、と幾つかの仕事を私に手伝わせてくれることになった。
家事は慣れるまでは基本的にアルティアの手伝い。
それ以外に、アルティアは畑や薬草の栽培所などを持っているのでそこの世話の手伝いもして欲しいとのことだ。
特に、雑草などの世話が面倒なのでそれを主にやってくれたら助かる、と言われた。
なんだか子どものお手伝いの範囲内な気がしたが、仕方ない。
家事だって新しい住処でやっていくには慣れるまで時間がかかるだろうし、取り敢えずは一つずつ覚えていこう。
「……本当に、お前は勤勉で、真面目なのだな。だから向こうでも苦しかったのだろうに」
「別に真面目ってわけじゃないよ。私が、他人の世話になりっぱなしってのが嫌なだけ」
アルティアの小屋はなんというか本当に魔法使いという職業そのものの内装をしていた。
あちこちに置かれた不思議な植物や、怪しげな色をした何かの薬品が入った小瓶。
それ以外にも明らかに魔法使いが薬品を作るのに使ってます、と言わんばかりのアイテムの諸々。
後は本の数がとんでもなかった。
恐らくは、書庫らしきものもあるのだろうが、彼女の性格故なのか。それともそこに入りきらない程の量がこの小屋には保管されているのか。――案内される部屋には本があちこちに散乱していた。
不思議と、それらの文字は読めた。
嗚呼、転生の特典としてこの辺りはきちんとしてあったのか。……助かった。これで言語が違ったりしたらどうしようかと。
いや、そもそも彼女たちと言葉が交わせている時点でその辺りはどうにかなるんじゃないかと思っていたが。
以前呼んだ転生ものだと言葉は通じても文字が読み書き出来なかったってことがあったから、少し心配だったんだ。
「気になる本があれば好きに読んでくれて構わないぞ。とはいえ、私の本は魔法の研究に偏っているからそっちの勉強にしかならないがな」
私が適当な本を拾って眺めていると、アルティアはそんな風に言いながら笑ってまた部屋を移動していく。
なんで家の中案内してるだけなのにあんなに楽しそうなんだろうなぁ、あの子。
私もその後も彼女の後を着いて行き、一通り小屋の中を案内されて最初の部屋へと戻ってきた。
……私の気のせいじゃなきゃ、外から見た小屋の大きさと部屋の数が合ってなかった気がするんだけど、あんまり気にしない方がいいのかも知れない。
頭に一応、間取り図みたいなのを頭に入れたけど当分は迷いそうだなぁ。
「それで、だな。やっぱり問題はお前の寝る場所なんだが――あの通り、私の部屋はベッド以外散らかっていただろう? だから、な」
「いや、書庫にいい感じのソファーがあったからそれで寝ます」
「何!?」
絶対そっちの話にまた持って行くと思った。
予想通りの反応を見せる彼女に一つ溜め息を吐きつつ、話を次に進める。
「で、良ければ鏡とか見せて貰えると有難いんだけど。いい加減自分の見た目、確認したいかな」
「うう……私の計画が……」
「おーい。アルティア。鏡ー」
「む……分かった。今出すから待っていてくれ」
急かすと漸く唸っていたアルティアは顔を上げて、何やら宙に指先を翳して撫でる。
すると、そこに大きな姿見が現れ、私の方へとくるりと向いてきた。
なんだっけなぁこれ。白雪姫だっけ? あれに出てくる女王の鏡に似てる。
そこには、確かに美形ではあったけれど――やけに鋭い目つきをした、女と呼ぶには少しばかり男らしいというか、寧ろ女顔の男だと言われた方がしっくり来るような高身長の全身黒づくめの女が立っていた。
「……そこは鉄板の美女じゃないんだ」
「何を言う。こんなに美しいではないか!」
「君に言われるとなぁ」
いや、これで絶世の美女とかにされていたらそれはそれで困っていたけど。だからって向こうでもどちらかというと女らしくなかった私を更にこんな男前にしなくても良いんじゃないだろうか、神よ。
なんだ。この一部にしか喜ばれないような見た目は……。
「まぁいいや。これで逆ハーレムになるとかって有りがちな展開は一つ潰れた。そこは喜ぼう」
この見た目は絶対男受け良くない。それだけは断言出来る。……下手をすると彼女のようにそっち趣味の女性の目には止まるかも知れないが、まさかの百合ハーレムもの展開は流石に色々と濃すぎるのでないと思う。いや思いたい。
「……お前を愛してる者の前でハーレムの心配とかどれだけ悪女なのだお前は?」
ちょっと面倒臭いのがなんか反応しているけど、そこは無視しよう。鏡を出してくれたことに一つお礼を言ってから、今度は自分の持ち物などについてチェックを始めた。
最初に意識が覚醒した洞窟ではそれどころじゃなく、それ以降も落ち着けなかったせいで全く今の自分の状態が確認できていないのでさっさと済ませてしまおう。
自殺は取り敢えず先延ばしにしたのだから、次はなんとか楽をして生きて行く方向に意識を向けなければ。
「えーと。ナイフ一本。なんかの小瓶二つ。……あとは何これ? 宝石?」
「このナイフは魔法のアイテムだな。聖剣には劣るが、これには竜族の加護がついている。魔力を込めれば魔法の武器として使うことが出来るぞ」
「へぇ便利。じゃこれだけでどうにかなりそうか。……ナイフの使い方なんて知らないけど」
テーブルへとポケットや腰についていた物を並べて行くと、横から覗き込んで来たアルティアが親切にも説明を始めてくれた。
……恋愛方面に話が行かなければ実に助かる存在なのだが、そこは私が上手く付き合っていくしかないんだろうなぁ。
「じゃあこれは?」
「その小瓶か。――片方は状態異常回復薬。そして片方は体力を全回復し、怪我を全て癒し、失った魔力を全て回復させる特別な回復薬だ。非常に高価なモノで、入手が困難なモノだから大切に使え」
「成程」
これも、転生特典の一つなんだろうか。なんかこう、サポートしてる部分が妙にずれている気がするんだが、まぁこれは素直に有難いと思っておこう。
言われた通り、薬品の入った小瓶類は元々入っていた腰のポーチへときちんとしまっておく。
さて、次はこの綺麗な宝石だ。
「それは魔物を退治すると入手出来る魔石だな。魔法を封じ込めたりも出来る便利なもので、それを加工すると様々な魔法効果が付与されたアイテムが作れる。武器などに埋め込めばそれだけで魔法武器になるぞ」
「あー、はいはい。良くあるやつか」
「因みに、魔石にもランクが存在し、強い魔物から入手できる魔石程、強い力を持つ。街に持って行くと換金も出来るぞ。冒険者、旅人などは魔物を狩ってそれから捕れる魔石を換金して生活しているぐらいだ」
あ、それは良い事聞いたかも。
有難迷惑ではあったが、私はそれなりに強い設定らしいから、いざとなったら魔物を狩って収入源にするのも視野に入れよう。
やっぱり生活全て彼女の世話になるのは気が引けるし、そのうちあまり大変でない仕事は探すつもりだったのだ。
「で、これはどれぐらいの価値があるの?」
「これなら……中ランクの魔物だな。一つ売れば数か月の生活は持つだろう」
「そりゃあ、中々高価なものを……。取り敢えずはしまっておくか」
換金の場所も、あとで聞いておこう。
そう決めて宝石類も元々入っていた巾着袋みたいなものへと入れてしまう。
「じゃあそろそろ食事にしよう。何が食べたい? ユーリ。今夜はお前の好物を作ってやろうじゃないか」
「って言われてもこっちの料理知らないんだけど」
「向こうの料理だろうと作れるぞ」
それは、ちょっと嬉しいな。
異世界の食事にも興味はあったが、やっぱり元日本人としては和食はだいぶ恋しい。……なんて言いつつ、向こうでは料理してる暇もなくてずっとコンビニ弁当で済ませてきたんだけど。
「さぁ、何が食べたいんだ、ユーリ。食材はそれなりに揃っているし、無ければ直ぐに買って来るぞ」
リビングから奥のキッチンへと移動していくアルティアの問い掛けに、少し悩む。
私の好物、かぁ。
「……肉じゃが」
ふと、大好きなおばあちゃんが作ってくれたそれを思い出して答えれば、アルティアはやっぱり自身満々に笑って見せて、任せろ。と頷いたのだった。
誰かの手料理食べるなんて、久しぶり……だなぁ。