第四話『美しいその子は変な子でした。』
「来たな、ユーリ。――お帰り。それとも、おめでとうの方が良いのだろうか」
言われた通り、真っ直ぐ歩いて行った先にあったのは大きな滝。そしてその前には、一人の少女が岩場に腰を下ろし、此方へと眩しいばかりの笑顔を浮かべてそう声をかけてくる。
妙に馴れ馴れしい態度と、良すぎる愛想に今までとのギャップさに軽く眩暈がする。いや、あの妖精も愛想だけは良かったんだけど――なんだろう。この子は本当に心の底からの笑顔を浮かべているように感じるのは。
単純にあの妖精と比べてこの子の方が私のタイプだからなんだろうか。
まるで月明かりのような、金色の髪は緩い三つ編みでまとめられ、右肩から流されている。
目を引く瞳は、まるで宝石のような紫色だった。アニメでは散々見て来たそれがいざリアルに目の前にあるとなるとまた印象がだいぶ違うんだな、とぼんやり思う。
そこに居た女の子は、何処までも作り物のように美しい。彼女が時折呼吸の為に僅かに揺れて居なければ本当に人形だと思えたかも知れない。
「どうした? そんなに見惚れて。私が美しいのは最初から分かっている。今更だ」
まるで、何もかも見透かされたように言われた。――いやぁ、そう言うだけの美少女だったけど、こんな自分に自信を持った子、初めて会ったな。
今の言葉だけで大体この子の性格は見えてきた気がする。……これだけで判断するのもどうかと思ったけど。
「兎に角、良く来た。目覚めて早々にあれの相手じゃ相当疲れただろうが、もう安心していいぞ。私はお前の味方だ」
「……と、言われても。はい、そうですかって信じられる程、馬鹿正直でもないんで」
「うん、それでいい。それでいいぞ。流石だ」
この捻くれた性格を褒められたのは初めてだ。どうやら女の子は相当機嫌が良いらしく、岩場から降りた彼女はそのまま私の方へと歩み寄ってきた。
服装は、なんだろう。黒を基調としたそれは、ファンタジー色満々で、村娘の服装ともまるで違う気がする。とはいえ、お嬢様って訳でもないし、なんて言えば良いのか。その中間って間だろうか。
あ、ちょっと魔法使いって雰囲気あるかも知れない。がっつり魔女って訳でもないけど。
「で、なんで君は私のこと知ってるの?」
なんて、見惚れている場合ではない。先ず確認すべきはそこだろう。小さく首を傾げれば、女の子の笑顔が更にこう、ふにゃりと緩んだ。……なんだろう、このめちゃくちゃ可愛い生き物。
あ、いや。だから見惚れてる場合じゃないってば。
「お前のことならなんでも。――あちらでの人生も、此方での人生も。どちらの事を聞きたい?」
あちらの事は兎も角、此方のもってのは……あの妖精が言っていた私の前世、ってことなんだろうか。そうだとしたら現状についてももう少し詳しく聞けるかも知れないのか。
「なんかもう色々といっぱいいっぱいなんで、順を追って説明してくれない? あの妖精の説明じゃあさっぱりだったから」
正直にそう言えば、女の子はじゃあ長い話になるな。と笑って視線を泳がせた。そして、彼女が先程まで座っていた岩場へと視線を向けて、私を誘ってくる。
「立ち話もなんだ。取り敢えずは座ろうか」
うん、そこは同感だ。私もいい加減、歩きっぱなしで疲れていた。
「と、先ずは私も名を名乗ろう。私の名は――アルティア。……しがない魔法使いだ」
そう、笑顔で手を差し出して来る女の子に、私は思わずその手を取ってしまった。……あ、やばい。これなんかこう、段々絆されてる気がする。この子、怖い。
「さて、何処から話そうか。……この世界では昔から魔王が暴れていたんだが。人間は散々苦しめられてきた訳だ。そのうち、人間の為に神が一人の青年を勇者として選び出した。神は彼にありとあらゆる恩恵を与え、魔王と戦うよう宿命づけた。勇者はその宿命に従い魔王と戦ったが――彼は魔王を倒さなかった」
その辺りは、有り勝ちなファンタジーモノの鉄板、だろうか。最後だけは少し気になるが、まぁそれも全くない設定というわけでもないし、ある意味在り来たりか。
「人間は大層その事に怒った。魔王を倒さずに帰って来た勇者を捕え、処刑した。酷い話だろう? 勇者を選び出した神さえ勇者を見捨てたのだ。……そうして、勇者は死んでしまった」
この辺りはあれだなぁ。非常に子ども向けじゃないファンタジー系だ。ダークファンタジー寄りになってきた気がする。
というか、そうか。私の前世――そんな酷い死に方してたのか。
「だが神は、それでも勇者を手放そうとはしなかった。その魂を捕えたまま、次生まれ変わってもまた、勇者となるよう定めたのだ。そうして次、生まれ変わったのがお前という訳だ。……神崎優理」
アルティアの指先が、そっと私の胸元へと触れた。体の中心を指差すそれに何故か、どくんと心臓がやけに脈打った感じがしたのは気のせい、だろう。多分。
だって別に――今の私には前世の記憶なんて、ない。彼女の話を聞いていたって、気の毒だとは感じたけど、自分だって認識は全然なかった。
「なのにその私が異世界に生まれた上に、勇者としての自覚もないまま早死にした……って訳かぁ」
それは分かったが、なんでそれで死んだ筈の私が更に神崎優理としての記憶を持ったままこっちの世界に転生してるんだろう。前回だって勇者だって記憶がないまま転生してるんだから、三度目の転生だってそうなっているのが普通じゃないか?
「……今こうしてる私は、やっぱりこっちの世界に転生したってことで良いのかな」
「あぁ、だろうな。意識は神崎優理のままだが、その肉体は全くの別人だ。後で鏡を見せてやろう。中々の美形だぞ、今のお前は」
「前は平凡な顔で悪かったね。……え、いや。あっちでの私も知ってるって言ってたけど、マジ?」
「本当だ。私はずっとお前を見てきたんだ、ユーリ」
なんだそれ。ちょっと怖い。なんて思っている間に、目の前でふわりと金色の髪が揺れた。そして、鼻につく何かの、花の匂い。
視界が一瞬で暗くなって、唇に柔らかな感触が伝わってくる。
何、何これ。
――今、私。何されてるの?
「愛してる、ユーリ。ずっとお前を想ってきた。漸くお前に会えて、本当に私は嬉しい」
急に私にキスしてきた、ストーカーもどきの女の子は、それこそ本当に綺麗な笑顔でそう言って私を抱き締めてきた。
……異世界に転生した上にいきなりの告白とは、たまげたなぁ。
「取り敢えず、落ち着こう? ごめん。途中までの説明はとっても分かりやすかったけどいきなりの展開にまるで着いて行けない」
「む、すまない。思わず抑えきれずつい。――こういうのはもっと雰囲気を大切にしなければいけなかったな」
「いや、そういう問題じゃない。何も分かってくれてない」
抱き着いたまま離れようとしないアルティアの肩を必死に押し返して、なんとか距離を離す。と、何故か酷く残念そうな顔をされたがそんなのは知らない。
いくら女の子が基本的に好きだとはいえ、いきなり前の人生をずっと監視してた発言からの告白は流石い引く。普通に怖い。
「……え、なんで? 普通にわかんないんだけど。なんで君、私の前の人生監視してたの……?」
恐る恐ると聞いてみると、何故かこっちが意味分からないことを言ってるみたいな顔で見られた。なんでそんな驚いた顔をしてるんだろう、この子。
「――嗚呼そうか。すまない。あれを説明しないと流石に意味不明か。うむ、そうだな。……だが困った。そうだとすると上手く説明出来ない。なんて言えば良いのか」
「いや、それ私に聞かれても困るんだけど」
「うう。……、理由は説明出来ないが私はお前を愛している、では駄目だろうか?」
「駄目に決まってるよね」
なんでそんな上目使いで聞いて来てるんだ。それで誤魔化せると思ったのかこいつ。
あ、ヤバいこれ。――この子もまともじゃない。