第三話『なんかもう既に疲れ切ってますけど。』
「で、取り敢えず此処は何処なわけ? 出来れば詳細な世界状況とかも含めて説明して欲しいんだけど」
「えー……面倒ですねぇ。なんで勇者様、知識持ってないんです? 勇者としての自覚も全然ないし」
「ほんとに握り潰していい?」
取り敢えず勇者を導く存在だと名乗った妖精にそう尋ねた途端この態度だ。やる気あるのかと問い質したいが、現状情報源がこいつしかいない私にとってはそれでもこいつは貴重な存在であることには違いなく、必死で震える拳を引っ込めた。
私、元々はこんな乱暴な性格じゃなかった気がするんだけど……。
いや、ごめん。そんなことなかった。
前に一度、女子高生に痴漢してるおっさん捕まえたりしたわ。股間蹴りあげて駅員さんに付き出したわ。だってあれ女子高生マジ泣きしてたし。女の子泣かせるとか最低だろあれは。私悪くない。
さて、そんな最早過ぎ去った過去の武勇伝は兎も角として。先ずは状況整理だ。取り敢えず、一度は引っ込めた手をもう一度出して、手の中にがっつりと捕まえる。悲鳴が上がるが無視。
更にそのまま妖精を軽く揺さぶるともっと悲鳴が上がる。
女の子は優しくするが基本だが、こういう人をおちょこくるタイプにはこうした態度が良いのは散々やったゲームで学習してる。こう、小悪魔的な存在というか。その手のあれ。
「こ、此処は勇者の証である聖剣が封印されている洞窟です~~!此処で目が覚めた勇者様は先ずは聖剣を引き抜いてきちんと勇者として認められることが決められているんですよー!」
「勇者として生み出したくせにもう一回選ばせるとか面倒くさ……」
「だから勇者様ー、聖剣を引き抜きに戻りましょうよー。あれがあればもっと戦えますよー」
「要らない。勇者になんかならないってば、私は」
何度も繰り返されるそれにいい加減嫌気がさしてぱっと手を離すと手の中から妖精はひらひらと飛んで行った。
それだけ見てるとまさしく妖精という見た目が可愛らしいんだけど、喋った途端残念なんだよなぁ、この子。
あー、他にも色々と聞きたいことあるんだけどこいつに聞くと最終的に全部勇者関連のことに話を持って行きそうで嫌だな……。
とはいえ、自分で調べるにしても色々限界が。
「めんどくさい」
必死で頭を巡らせたけど兎に角それに尽きる。嫌だ。こうやって色々と悩むのも嫌でさっさと死ぬことを選んだっていうのに、なんでこんな嫌な気分をまた味わってるんだろう。
「勇者様?」
「やーめた。真面目にこの世界のことを知ろうとするとか、それこそ異世界転生かっての。馬鹿らしい。私そういうの嫌いじゃなくて読んでたり見たりしてたけど、別に自分がそうなりたい訳じゃないから」
改めてそう妖精にも告げてから、洞窟から離れて行く。
兎に角、もうあそこには行きたくなかった。この妖精、隙あらば私に聖剣を抜くように仕向けてきそうだし、そんな危ない場所からはさっさと避難するに限る。
とはいえ、別に目的地がある訳ではない。適当に歩き回って、――私が再び死ぬ為に良さそうな場所を見つけて、そこからまた飛び降りでも選んでさっさとこの下らない二度目の人生を終わらせてしまおう。
出来れば三度目なんてありませんように。そう祈りながら。
「何処へ行かれるんですか、勇者様」
「お前には教えてやらない。絶対面倒だから」
洞窟から離れ暫く歩き出すと辺りはすっかり森一色。生い茂る木々は一度興味本位で行ってみた樹海にちょっと雰囲気が似ている。あそこまで暗く、どんよりとした空気はしていなかったけれど。
だが生えてる木の立派なこと立派なこと。手つかず、って表現が正しい。私が選んで歩いてる道も殆ど獣道みたいなものだ。……そういえばやけに立派な靴履いてるなぁ、私。出来るだけ早めに自分の見た目とか確認したい気分だ。
あ、首つりってのも良い手か? これだけ深い森なら誰にも邪魔されなさそう。……一人煩いのが着いて来てるけど、多分私の自殺を止める程の力はない、と思う。
いや、こいつも魔法が使えたらやれるのか? その割には大事な勇者様が襲われてる時、何もしてくれなかったような気がするし……、正直。こいつが何のつもりで私の傍にいるのか全く分からない。
いや、私にちゃんと勇者としての役目を果たして欲しいんだろうけど、それにしてはこう、サポートも監視も中途半端っていうか、こいついる意味があるんだろうか。
「勇者様。この森は結構強いモンスターが出ますよ。大丈夫ですか?」
「お前曰く、レベルの引く魔法でもあいつが一撃だったんだろ。じゃあ問題ないでしょ。……それに今度はあっさり負けちゃってもいいし」
「駄目ですよ、そんなの! 勇者様にはちゃんと魔王を倒すっていう大事なお役目があるんですから!」
「だから。何度も言うけど私は勇者になるつもりなんてないから」
「あなたが勇者になりたいかは関係ありません。あなたは勇者なんです。そうとして生まれているんですよ」
また、だ。
なんでこいつ時々、笑顔で恐ろしいことさらっと言うんだろう。――なんて言えばいいのか。この違和感。普段の態度が演技とすると、こっちが本物というか、こいつの本質はこうな気がする。いや、多分演技とかじゃない。
なんて言えばいいのか、この感覚。――『心』のない相手をまえにしているような、違和感。
「だったら次、転生してきた『勇者様』に期待しなよ。私は御免だ」
よし、決めた。やっぱりこいつからはさっさと離れよう。――そう決めて、頭の中でこいつを追っ払う為の魔法を色々と考えてみる。火とか雷が使えるなら風とかいけないかな? あとは自分が飛んじゃう魔法とかがあれば一番楽なんだけど。
『それなら、風の魔法が良い。インジブルという姿を消す魔法がある。――貴様の魔法なら、そいつごとき低級使い魔では発見出来ぬさ』
ふと、頭に響く声に思わず立ち止まる。なんだろう、今の。なんかこう、随分可愛らしい女性の声だったけれど、一体何処から?
いや、でも。その指示は今は有難い。その声の言葉が本当なら漸くこの煩いのとおさらば出来る。
声も怪しくはあったが、今は目の前の問題を片付けてしまおう。
『インジブル』
ライトニングを使った時同様に、イメージは指先から何かを出すような感覚。実際、今回は風が足元から出てきて私の身体を頭の上まで包んだ訳だけど。足元から吹き上がるそれに、思わず目を閉じてしまう。だが、風は直ぐに収まった。
「勇者様!?」
あいつの戸惑う声が響くが、どうやら本当に私の姿が見えなくなったらしい。これは良い。今のうちにさっさと離れてしまおう。
と、少し歩き出した途端にまた頭の中にさっきの声が響いてきた。
『こっちだ。私が色々と貴様に教えてやる。そのまま真っ直ぐ、滝があるからそれを目指して歩いて来い、――ユーリ』
その声に、また足が止まる。……なんでこの声。私の名前を知ってるんだ――?
『教えてやるのはそれも含めて、だ。安心していい。私はお前の敵ではないぞ、ユーリ』
無条件に頭に響く声を信じろってのも色々と無理があると思うんだけどなぁ。
だが、何故だろう。
不思議と、その声に――妖精に感じたような違和感とか、嫌な感じがしなかったのは。
(寧ろ何処か懐かしくて、)
「……可愛い声だからかねぇ」
そりゃあ女の子には大概優しかった自覚はあるが、そこまで甘くもなかったと思うんだけど。
取り敢えず今は、勇者になれと急かす不気味な妖精よりも、可愛らしい声の主を信じることにして歩き出した。
実はこの子が神様でしたーとかって、あんまり嬉しくない落ちにはなりませんように。