第二十三話『退屈は勇者()も殺す。』
本当に、退屈だ。あれからもう一か月近く、私はアルティアから外出の許可を貰えていない。もう流石にあんな無茶はしないと必死に説得してみたけど、それも全く意味を為さなかった。今回、彼女は本当に、本気らしい。今日も彼女は私を一人置いて、街へと薬を売りに行ってしまった。ついでに私の本も買って来てくれるらしいが。
最近のアルティアは街へ行く事が増えている。前はあまり金に拘らず、彼女自身が街へ行くのも必要最低限のみに留めていたのに、此処暫くは熱心に薬を作って全て売って居る。そのお金の大半はこの世界では高級品な私のプレゼントの本へと消えている訳だが、それにしても以前の彼女の生活スタイルから考えると少し稼ぎすぎのように感じる。――まるで、何かに備えているみたいだとは思ったが、まだ彼女に確認は出来ていない。
気になってるのに踏み込めないのは、完全に私の悪い癖だ。確かに前回怒らせてしまったという負い目もあるが、それ以上に私はこれ以上彼女に踏み込むのが怖い。アルティアの事は好きだ。けど恐らくそれは彼女が私に抱いてくれている感情とは別の物だとははっきり分かって居るし、――彼女の好きも、果たして本当に『私』に向けられたものかさえ怪しい。
(前世――、基。更に前世を引き摺ってるなんて馬鹿らしい。)
そもそも、だ。別にどうだって良いじゃないか。彼女の好きがどんな種類だって。私は彼女とそういう関係になるつもりはない。彼女の好意が誰に向けられたものだとしても、彼女が私にとってこの世界で唯一頼れる存在で、今は生きる意味だという事に変わりはないんだから。
(ただ、なんだろう。……面倒くさい、な。)
恋だとか、愛だとか。その前の、人付き合いの時点で。そんなもの全てが面倒くさくて、私はそれらから徹底的に逃げ続けて結局最後は一人、自殺を選ぶ羽目になったんだ。それを、異世界に生まれ直したからってやり直そうとは思わない。だって、悲しいことに今の私はどうしたって『神崎優理』で、新しい身体と人生を手に入れても、前世として割り切れない『自分』がこんなにも堂々と居座って、何も変わらない。
(神様も、どうせなら前世の記憶なんて消してくれれば良かったのに。)
今更、この世界で新しい人生をやり直したいとも思えない。だって世界が変わったからって人付き合いの面倒くささが変わるとは思えない。アルティアと居るのは心地いい。でも、それは彼女が私に徹底的に気を遣ってくれているからだって分かって居る。――そして、誰もがみんなそうじゃない事だって。
(例え最強の能力を貰ったって、扱う人間がこんなんじゃ、何も変わらないだろう。)
嫌な、考えばかり思い浮かぶ。今はこんな恵まれた環境に居る筈なのにそれを素直に喜べない、受け入れられない自分が腹立たしい。自分を心配してくれる人が傍に居て、衣食住が高い水準で提供されていて、無理をしなくても良い。下手をすれば労働だって一切しなくても、私の一生は保証されている。そんな環境に何を不満に思うんだろう、私は。
(いい加減、アルティアの言う通り――私は駄目人間になってしまった方が良いのかも知れない。)
彼女の提案を受け入れてしまえば、きっと幸福なんだと分かってる。何も脅かすものなどなく、ただ穏やかなぬるま湯に漬かり続ける生活は、きっと誰もが望む生活だ。
私は、劇的な物語なんて望まない。勇者にもなりたくない。それこそ英雄だなんて、死んでも御免だ。そう、だから恋愛も――そんなものも、どうでも良い。
「よし。……考え方、改めないとな」
少しだけ軽くなる感覚に息を吐き、席を立つ。その時、丁度良いタイミングで玄関から物音がした。一瞬アルティアが帰って来たのかと思ったが、何か様子が変だ。
「……敵襲?」
にしては随分大人しいというか。物音は一度したきりで、後は何か、生き物の気配がずっと扉の前に留まっている。まぁアルティアでない事は確か、だろう。
「――肉体強化。魔術耐性強化。弱体化無効」
アルティアから教わった三つの魔法を自分に掛けて、一応対策を取っておく。私の魔力なら並みの敵では傷を与えられないだろう、とはアルティアのお墨付きだが、私も出来るだけ痛い思いはしたくないので有効で有る事を願いたい。
「どちら、様ですか?」
恐る恐る扉を開けて顔を少し隙間から覗かせた途端、ずるりと、白い人の手が隙間から室内へと滑り落ちてきた。
「っ、」
流石に悲鳴は上げなかったけど、ビビったぁ……。
え、何これ。一体何が起きて。
「たすけて、ください」
白い手が動いて、か細い女性の声が聞こえて来る。きちんと扉を開ければ、そこには血まみれの女性が、倒れ込んでいた。
……人が面倒ごとを避けようと決意した途端にこれ、かぁ。いや、この人が悪いんじゃないんだけど、さ。
我ながら最悪のタイミング過ぎると思いつつも、近くへとしゃがみ込んで様子を確認する。血で酷く汚れてしまっているが、随分肌や髪色が薄い女性だ。血の殆どは腹部から。酷い傷で、何かに切り裂かれたような痕に見える。
「――、先ずは回復しないと」
こんな時に持っていて良かった回復薬(アルティア御墨付きの超強力な効果有り)のそれを彼女の傷へと掛ける。すると医術も真っ青な回復速度で傷が塞がって行った。恐らくこれで大丈夫だろう、と思う。自分で作っておいてなんだけど使用するのは初めてなのでアルティアの言葉を信じるしかないので。
呼吸が落ち着き、どうやら意識を失ってしまったらしい彼女をどうすべきか悩み、元とはいえ怪我人だった人をそのまま玄関で寝かせておく気にはならず一旦自分の部屋へと運び込んだ。――でも、確か。私たちが住んでるこの家の周囲には人を寄せない為の結界が張られていた気がするんだけど、どうなってるんだろうなぁ。
「……流石のアルティアもこれは怒らないよね?」
少し不安になりながらも、ベッドで寝ている女性の為に着替えを用意することにした。血の匂いが、正直キツイ。