第二話『魔法を使ってみたけど威力がぱない。』
確かに、二度目の人生なんてまっぴらごめんだとは言った。
言ったが、だからと言って――別にモンスターに殺されることを望んだわけじゃないんだけどなぁ?
「危ない、勇者様!」
どうやら私の後を追って来たらしい発光体の声が響く。だがそんなの言われなくても分かってる。
洞窟の奥へと進んだ私を待っていたのは、それはそれは大きな熊……のような別の生き物だった。
テレビで見た事のある、ツキノワグマとかそういうのの大きさの倍以上の身体。牙は口の中に収まりきらず外に出ていて、昔そういう牙を持っていたモンスターを見た覚えがあるなとぼんやり思う。
それも目を引くのが、何よりもその太い前足から伸びる鋭い爪だ。明らかにあれは他の生き物を殺す為だけについている気がする。
「ガァアアア!!」
雄叫びが洞窟に響き、耳が痛い。振り下ろされる太い腕と伸びた長い爪が恐らく私を吹っ飛ばすには十分すぎる凶器だと理解出来てしまう。だが、それらを冷静に理解する頭は身体を見事に置き去りにしていた。
反応、出来ない。このままだとあの腕に殺されてしまうかも知れないのに。
いや、でも私って元々自分で生きるのが嫌になって自殺したぐらいだし、――死んだって構わないじゃないか。
そうだ、楽になりたかったんだろう?/違う、本当は。
あれだったらまた直ぐに死ねる。それでこんな変な状況ともおさらばだ。/分かってる、でも。
でも。――それでも。
だからって。
「他人に殺されるのはもっと御免だ!」
人生でこんな叫んだことが今まであっただろうか。――いや、そういえばすっかり忘れていたけど、両親が亡くなった時やおばあちゃんが亡くなった時は大声を上げて泣いていたっけ。
仕事だけの毎日で、すっかり泣くことも、笑うこともやめてしまった私が今更そんなことを思い出すなんて、なんだか変な気分だったけれど。
間一髪。振り下ろされたモンスターの腕を避ける。
それは本当にぎりぎりの所を掠めて行き、地面を大きく抉った。――あれを喰らったら間違いなく胴体が抉られていた気がする。もしくは頭がぶっ飛んでいたか。一瞬で殺されるだけ、良かったのか。
「勇者様! 魔法を使って下さい!」
避けて転がった先に漸く辿り着いてきた発光体の女の子が、そんなことを言って来た。
だが魔法って……本当に此処は異世界なのか? しかもがっつりファンタジー系の世界なんだろうか。
勇者、と呼ばれてるぐらいなのだ。この世界に転生した私は、それなりに魔法が使える、と思っていいのだろうか。
とはいえ。魔法なんてどう使えばいいのかさっぱり分からない……。
「魔法って、何が、あるのさ!」
こっちに走ってきたモンスターを避けながら叫ぶと、ぴったり私の傍を飛び続けている発光体が直ぐに答える。
「あれはキングベアと呼ばれる動物系モンスターです! 火や雷への耐性が低いので、火炎系魔法、雷系魔法を使って下さい!」
「ああもう具体的な魔法名を言って! 呪文とかあればそれも!」
「勇者様もしかして知識ゼロなんですか!?」
「あったらとっくに倒してるっての!!」
この間もモンスター、改めてキングベアは遠慮なく攻撃してきてます。避けれてる自分マジすげえ。転生前じゃ絶対ありえない。だって私、運動能力皆無だったし。水泳が若干得意だっただけでそれ以外の体育の成績は壊滅的だったし。
けど、逃げ続けて向こうが諦めてくれるならいいがあちらさんは完全に此方を獲物として認識しているらしい。一向に諦める気配はなく、寧ろどんどん興奮してきてる気がする。息遣いも荒い。
「ら、ライトニングはどうでしょう!」
な、なんだその捻りのない魔法名は……。いやこれで長ったるい呪文とか言えって言われても困るけども。
「ええいままよ! ――『ライトニング』!!」
言われた通りのそれを口にし、一応キングベアに向けて指先を立ててみる。――すると、そこから眩しい光が一気に溢れ出し、それはまるでビームのように太い雷となって一気に敵へと向かって、走って行った。
あ、なんかこれゲームとかアニメで見た必殺技みたい。
響く雷鳴の轟と、生き物の絶叫。
激しい閃光に目を瞑るも数秒。それが収まって目を開けば、そこにはこんがりと黒こげになり、洞窟に入り込む風にちりちりと墨を撒き散らし始める大きな黒い塊が転がっていた。
「……えー……」
こんな強い魔法、教えなくても。
これもしかしなくても絶対オーバーキルな気がするんだけど?
「すごいです勇者様! 今の魔法、レベル1の魔法なのにあんな威力! すごい魔力ですね!」
「は? いや。人が死にかけてるのに低い魔法教えるとか何考えてるのあなた。もし効かなかったらどうしてくれてたの?」
「私、勇者様ならきっと大丈夫だって信じてました」
「今本気で驚いてただろお前」
傍を飛んでる発光体、以降はハエと呼んでやろうかこのふざけた妖精もどき。をぎゅっと拳の中に閉じ込めて睨み付けると腕の中で小さな女の子が降参とばかりに手を上げていた。
だが知るか。こいつ色々とこっちのこと知ってるみたいだし、こうなったら情報を聞き出してやる。
「で、なんで私が勇者? 全く身に覚えがないんだけど」
「はい、そうだと思います。何せあなたの前世が此方では勇者様だったのです。あなたは所謂生まれ変わりという状態ですね」
「は?」
前世が勇者って。とんでもない設定だなぁ、おい。でも突然転生して勇者になりましたってよりはちょっと変わり種なんだろうか、これ。
とはいえ。全く有難くない。あちらでは前世が勇者だとか在り得ないレベルの不幸っぷりだったんだぞこっちは。それをなんだ今更。どうせ転生させるなら向こうでの記憶なんて消してくれれば良かったのに、こんな嫌な記憶を引きずってまた生き直せだなんて。
「なんで私、転生してるの? 向こうで死んだ筈なんだけど」
「あなたはあちらで死ぬと此方に自動的に転生するようになっていたんですよ。あなたの魂は神様があなたの為に与えたものです。あなたは勇者となり、魔王を倒す為に生まれたのですから、それが果たされるまであなたの命はあなたのものではありません」
こいつ、笑顔で恐ろしい事を言いやがった。なんだよそれ。端から決まってたって。――私の命が私のものじゃない? 冗談じゃない。
「ふざけるな。そんなの知らない。私は勇者になんてならない。せっかく楽になったのに、もう一度しんどい思いして生きるなんて御免だ」
手の中の妖精を離して、歩き出す。今度は風が吹いてくる方を目指して。妖精は相変わらず私を呼んでいたけれど、その声に振り返ってやるつもりはなかった。
「ねぇ勇者様ー。勇者様が魔王を倒すのは決定事項なんですから頑張りましょうよー。その力だってその為のものですよ、きっと。勇者が魔王を倒す。それは決められたことなんです。運命、ディスティニーですよ」
「有難迷惑。誰もがチート能力を有難がると思うなよ! 大体、そんなチート能力つけるぐらいならこっちの世界の最低限の知識ぐらい与えておけこの、神、××××!」
洞窟を出た途端、空に向かって思いっきり叫んでやりました。
ああ私の人生めちゃくちゃだ!