表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キカイ式ゆーだえもにっく!  作者: あおいしろくま
第一章『子どもって、好きかな?』
3/28

第2話「爆発しない系カップルとはた迷惑な校内放送」

 時はしばらくさかのぼり、十月某日、K市立高校2-8教室。放課後。


 放課後。その単語がもたらす甘美な響きは、およそ五百年という長い時間の経過と、その言葉を用いる(せいと)たちの大転換を経ても、色褪せることなく彼らの心に残り続けていた。

 今日は二学期が始まって間もない十月の上旬。

 待ち望んでいた彼の放課後は、スピーカーから流れ出す、少し間の抜けたメロディーから始まった。


『え~、二年八組の望月黒兎君、二年八組の望月君。呉羽(くれは)先生がお呼びです。至急科学準備室までお越しください』


「呼ばれてるよ、望月黒兎クン」

「……はぁ~」


 校内放送と隣席の女子の二人からフルネームで名指しされ、黒兎は椅子から立ち上がった姿勢のままに溜息を吐く。

 前時代ではこういうアナウンスもある種の様式美だったらしいけれど、そもそも高校生にもなってまで、校内放送で個人の呼び出しを行う先生なんてほとんど存在しない。

 つまりそれは、間接的に、ごく一部の例外である呉羽先生のエキセントリックな人柄をも示している。

 一気に表情が曇る黒兎に向かって、教室の前方の席から接近してきた一組の男女は、同時にねぎらいの言葉をかけた。


『お疲れさま、うさ(くん)』

「お前らもほんとに仲いいよな」

「いや~そうだよね~。本当にいい仲だったら良かったんだけどね~」

「それ、微妙に言い回しが変わってない!? なんか別のニュアンス発生してない!?」


 この、笑顔で隣の男子へプレッシャーをかけている女子が、黒兎のクラスメイトにして友人の安岐美智流(あきみちる)、その圧力から必死に逃げようとしている男子が、同じく友人の時杉咲良(ときすぎさくら)になる。

 いい仲……かどうかはともかく、間違いなく息は合っている二人は、ねぎらいに見せかけた煽り文句の事を忘れ、すぐに二人だけの世界に入ってしまった。

 普段からこんな会話を繰り広げているにも関わらず、他のクラスメイトから“爆ぜろ”や“燃えろ”に類する呪詛を向けられないのは、本人たちの人徳ゆえか、それとも“ああはなるまい”という憐憫の成せる(わざ)か。

 ちなみに、とある友人K(こくと)の場合は1:9で後者寄りとなっていた。


 わざわざ自分の席にやってきて、痴話喧嘩をおっぱじめた友人たちを横目に、黒兎は手早く自分の荷物をまとめていく。


「まったく、ひとの気も知らないで……別の用事もあったのにさ」


 そして、少しでも未来のストレスを軽減するために、恨み言を漏らすことも忘れない。


「あはは、そうみたいだね。でもいいじゃないか、楽しそうで」


 そんないささか負の成分多めの独り言を、耳ざとく聞き届けていたらしい隣の女子Aは、なかなかに聞き捨てならないセリフをのたまった。


「……それ、本気で言ってる?」

「ボクとしてはなかなかうらやましいと思うよ。どうあがいても退屈しなさそうだし」

「代わってくれてもいいんだよ? できれば可及的速やかに」

「謹んで辞退させてもらうよ。ほら、ボクのモブA的な主義に反するというか」

「なんだよそりゃ」


 自分には一生かかっても理解できそうにないけど、もしかすると、これが一般的な感性だったりするのだろうか。

 それこそ、生徒まで含めた校内傍若無人度ランキングで、ぶっちぎりにして不動の一位を築いているあの女傑に顎で使われることが、そんなにうらやましいと?


『繰り返し生徒の呼び出しをいたします。二年八組の望月君は至急科学準備室まで、あっ、きゃっ、先生、勝手にマイクを取らな(ブツッ)』


 ……いや、まさかそんなことはないはずだ。

 それは、二回目の放送で一気に三倍くらいに増えた、クラスメイト達からの憐み九割、同情一割の生温かい眼差しが雄弁に物語っている。


「それじゃ、これ以上犠牲者が増えないうちに行ってくるよ」

「うん、いってらっしゃい」


 女子Aのこれ以上ないほどに軽い挨拶と、クラスメイト達の優しさ300%(当社比)のまなざしに見送られて、黒兎は教室を後にした。

 クラスメイト達には、是非ともその優しさを持ち続けてほしいと切に願う。

 ……あと、できれば今度からは行動に移していただけるとありがたいんだけど。



 「よう、待ちくたびれたぞ」


 予想通りというべきかなんというべきか、黒兎がノックなしで科学準備室の扉を開けた時、既に、部屋の奥には白衣の女性の影があった。

 年齢不詳のややスレンダーなプロポーションと、ウェーブのかかった栗色のセミロング、そして不敵な輝きを湛える瞳。

 もはや間違えようもない、この高校一番の問題(きょうし)呉羽柚月(くれはゆづき)その人である。

 ……放送室は2-8(ぼく)の教室よりも、よっぽど遠い場所にあったような気がするんだけど、気のせいだろうか。

 黒兎はH市立高校七不思議特別部門、名前を言ってはいけない科学教師の謎その八を思い浮かべていた。

 曰く、『自分のクローンを百八体隠し持っていて、一年ごとに自分の体を乗り換えている』だそうだ。

 確かに、この人ならありそうだ。少なくとも、百歳そこらでくたばっている姿は想像できない。


「それで、わざわざ呼びだした要件は何ですか。この前『これから二週間は科学部に顔を出せない』って言いましたよね」

「ああ、聞いていたとも。これでも記憶力には自信がある方だ。だが、こちらも聞き入れるとは一言も口にしなかったと思うんだが」


 授業以外で黒兎と謎多き科学教師を結び付ける接点、その名は科学部。

 その字面から分かる通り、高校生の放課後の華、部活動である。

 だが、たとえ肩書きが字面の通りだったとしても、必ずしも名が体を表しているとは限らない。

 化学担当教員と科学部顧問という二つの肩書きをいいことに、長きに渡り美人教師の占有を受ける科学準備室は、今や完全に彼女の私室と化していた。

 それはつまり、科学部とそこに所属する部員も、彼女の半私物扱いを受けているということに他ならなかった。

 そんな有様の部に、まともなメンバーなど期待できるはずもなく、運動部がグラウンドや体育館を走り回っている今この瞬間も、黒兎と先生以外の人影を部室内に見つけることはできない。

 廃部の危機はここ数年、もしかするとそれ以上前からずっと続いている。


「急ぎなら部長……は推薦入試でT都でしたね。どうです、たまには自分の足で外を歩いてみては?」

「あいにくと今は中間テストの問題を作るのに忙しくてな。ほら、私は真面目だから今年の分と合わせて来年と再来年のテストも一緒に作っているのだよ」


 そう言って問題用紙を振る科学教師。しかし、その手に持っている紙切れは一枚こっきり。どう見ても向こう三年は手抜きする気満々だった。


「真面目な先生は生徒の前で問題用紙をヒラヒラさせたりしないと思います」

「見たら金払えよ」

「いくら払えば見せてもらえますか」

「……お前のそういう変に冗談が通じないところ、先生は嫌いだよ。ほらほら、そこのアタッシュケース持ってさっさと行け。今日のことは一応借りってことにしといてやるから」


 この教師が相手では、借りはもちろん、貸しを作ることさえもいい結果を招くとは思えなかったのだが、この場でそれを言うほどの蛮勇は持ち合わせていなかった。

 正直に言えば、諦めていたのだ。あのはた迷惑な校内放送が流れた時点で。


「はいはい、わかりましたよ。……ん、このケースちょっと濡れてませんか?」

「さぁ? 昼休みまでは時杉(姉)もいたからな。あいつが何かこぼしたんじゃないか」

「部長じゃないと思いますよ。ほら、ケースから、かすかに先生愛飲のゲテモノ飲料シリーズの臭いが……」

「はい、行った行った! 電車代分のクレジットは振り込んでおいたからな!」



 そして、先生から問答無用とばかりに部室を追い出されてからだいたい半時間。


 駅の改札をくぐると、アンドロイド標準搭載のナノチップに乗車記録が刻まれ、目の前に現れた半透過式ディスプレイに、ぴったり一往復分が積み増しされたクレジットの残高が表示される。

 どうやら今日の先生は変な気まぐれを起こさなかったらしい。

 黒兎は気まぐれの神様に感謝しつつ、そのまま隣町へと向かう電車に飛び乗った。

 さしもの変人教師も、まさかパシリの交通費を振り込んだだけで好感度が上昇しているとは夢にも思わないところ。この男、驚きのチョロさである。学年が変わってからの半年の間に、「|実は騙しやすいクラスメイトNo.1$クラス内記者兼作家調べ$」の称号を頂戴していることなど、黒兎には知る由もない。


 さて、先生から指定された行先は隣町のA市。所要時間は電車でおよそ小一時間ほど。

 一口に隣町とは言っても、黒兎の住まうK市と、最近話題に事欠かないA市の境界線は、山のど真ん中にある。率直に言って遠い。

 まぁ、そのおかげで、隣町のてんやわんやの大騒ぎに、さほど巻き込まれずに済んでいるのかもしれないけれど。


 現在のA市は政府からの移住政策が進み、人口は減少の一途をたどっている。街から人が消え、いや、これから“人間”は増えるのだろうけれど、とにかくその影響もあって、電車の座席はガラガラだった。同じ車両に人がいないくらいだから、相当なものだ。


 ある意味、新鮮さすら感じる車内で、黒兎は何気なくボックス席に座り、鞄の中から取り出したイヤホンを耳に差そうとしたところで、やっと異変に気が付いた。

 座った時は背もたれで隠れていたけれど、ボックス席の(はす)向かいには先客がいた。それも彼がよく知っている人物が。


 黒髪のショートボブに、急ぎで仕立てたために、内襟の校章が欠けてしまったといういわくつきの指定制服、向かいに他人が座っても手元の本から微動だにしない二つの瞳。


 ――雪見楓(ゆきみかえで)


 それは、黒兎と同じK市立高校の2-4に在籍する同級生にして、彼が現在進行形で片思い中のお相手の名前だった。



◇◆◇◆◇


 「次回予告のコーナー」


 ついに出会ってしまった、ストーカー主人公黒兎くんと、一人暮らし系ヒロイン楓さん。

 ガラッガラの電車に揺られ、動揺を抑えきれない隠れドジっ子黒兎くんの明日はどっちだ!?


 次回、第3話「電車裁判 K」お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ