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けものつき  作者: 樹(いつき)
第一章
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04.ヒトガタ

「佳奈恵! 佳奈恵!」


自分を呼ぶ声に、佳奈恵は目を覚ました。

薄暗い部屋の中で、母が佳奈恵の体を揺り動かしていた。


「すごくうなされてたわよ!? どうしたの!?」

「怖い夢を、見た……」


そう、あれは夢だ。

手の平を見ると、当然傷は消えているはずだ。


「残ってる……」

小さな、画びょうで刺したような傷が、手の平に残っていた。

血は止まっているが、偶然寝ている時に同じ傷を作ることなど、そうそうあり得ない。


「怪我したの?」

「ううん、違うの。なんでもない。もう大丈夫だから、おやすみ」


佳奈恵は毛布にくるまって、母とは反対方向を向いた。

母はじっと様子を見ていたが、佳奈恵が落ち着いたことで安心したのか、すぐに寝入った。

もし、母に起こされなかったら、どうなっていただろう。

佳奈恵は、想像すると恐ろしくて、朝が来るまで眠ることができなかった。






翌日、学校へ行こうと朝起きて、佳奈恵は全身にまだら模様のあざができていることに気がついた。それは、まぎれもなくバラのトゲが刺さったあとだ。


夜中、暗い室内では気がつかなかったが、顔以外の全身に、その青あざができている。

母には言わずに済ませたかったが、起きるとどうしても見えてしまうため、正直に話すことにした。


母は先に起きており、佳奈恵のためにお弁当を作っている。

その後ろ姿を見て、また躊躇ったが、意を決して話しかけた。


「お母さん、あのね」

「ん?」


振り返った母が、目を丸くする。佳奈恵はかまわず続けた。


「昨日、夢でバラに刺されたところがね、こんな風になってるの……」


なんと説明すればいいかわからず、頭の中の言葉をそのまま口に出した。

すると、母は何も言わずに、お弁当を作る手を止めて、すでに作ってあるおかずを冷蔵庫に片づけ始めた。


「佳奈恵、病院に行こう。とりあえず、木村医院に行って、寝ているうちにどこかぶつけたんじゃないか、診てもらおう」

「え、お母さん、仕事は?」

「お母さんは大丈夫。仕事って、意外と休めるものなのよ。さ、早く着替えて」


佳奈恵は言われるがまま、いつもの服に着替えて、母と共に車に乗り込んだ。


「学校、休まなくても、私行けるよ」

「原因がストレスかもしれないでしょ。この程度で済んでるうちに治しておかないと、あとでもっとひどくなるわよ」


ストレス、と言われて、佳奈恵は考え込んだ。

確かに、そうかもしれない。


いじめられていることがストレスになっていて、こんなことになっているとしたら、改善するにはいじめを無くさなければならない。

そのためには、公にする必要がある。

母に心配をかけたくない佳奈恵としては、なんとか穏便に解決する方法を考えないといけなかった。


佳奈恵たちは、真っ直ぐ木村総合医院に向かった。

その道中でも、佳奈恵は何度も眠ってしまいそうになっていたが、気をしっかり張って起きていた。


眠ると、またあの場所に行ってしまう。それがたまらなく怖い。


「着いたよ、佳奈恵」


母の声で、初めて車が停まっていることに気がつき、慌てて助手席から降りた。

そして、医院の建物を見て、固まった。


「どうしたの?」

「お母さん、見えないの?」

「何のこと?」


佳奈恵の目には、建物全体が、青白い半透明の箱で覆われているように見えていた。

母の目には見えていないようで、幻覚かと思って何度も目をこするが、それは消えず、たしかにそこにある。


佳奈恵は母の後ろについて、その箱に近づいた。

見えていない母は、何の躊躇もなく、その青白い箱の一面を通り抜けた。


佳奈恵が恐る恐る触ってみても、手は通り抜けてしまう。

まるで、そこには存在していないようであった。


木村先生は何か知っているだろうか。

いや、知っているに違いない。

病院がまるっと覆われているのだから、無関係では通せないだろう。


佳奈恵は目を硬くつぶって、青白い壁を通り抜けた。

何もおかしなことは起きなかったが、まるで入ってはいけないところに入ってしまったかのように、少しだけ気持ち悪さを感じた。


そんな外の様子とは裏腹に、院内はおかしなところなどなく、普段通りであった。

まだ診察が始まって間もないのだが、すでに五人ほど待合室で座っている。


佳奈恵たちは受付を済ませ、順番を待った。

その間、佳奈恵はずっと奇妙な居心地の悪さを感じていた。


何度も来たことのある病院なのに、なぜだかそわそわと落ち着かない。

誰かに狙われているような、ぴりぴりとした緊張を感じる。


診察室へ入って、木村先生の前に来ると、この気配の主が分かった。


「昨日も来たよね。今日はどうしたの?」


木村先生の柔らかな笑顔が、まるで偽物のように見える。

彼が、自分を殺そうとしているように見える。


「……木村先生、外のやつ、何?」


それを聞いて、木村先生の笑顔が消えた。


「見えたのかい?」

「ここに来てずっと、変な感じがする。あの夢と同じ、嫌な雰囲気」


木村先生は、佳奈恵には反応せずに、後ろに立っている母に向かって言った。


「すみません、お母さん。少し外で待っていてもらえますか?」


母は戸惑いながらも診察室から外へ出た。

木村先生は佳奈恵に向きなおると、真剣な目をして言う。


「佳奈恵ちゃん。最近、周りで変なこと起きなかった? 例えば、物が浮いたりとか、変な声が聞こえたりとか……」

「先生、先に私の質問に答えて」


佳奈恵は木村先生の言葉を遮って言った。

木村先生は困った顔をしたが、すぐに教えた。


「あれはね、結界なんだよ。ここで全て説明するとすごく長くなるから省略するけど、この世界には、悪霊ってものがいてね。ああ、霊って言っても死んだ人の霊魂ってことじゃなくて、悪意の塊が意志を持ったやつらのことなんだけど、奴らは人を怯えさせて、生気を吸う。憑りつかれた人は、生かさず殺さずの状態で、ずっと被害を受け続け、やがて、永遠に覚めない眠りにつく。ここを覆ってる結界は、奴らに対する警告なんだ。君が変に思ったのは、それは、君が……」


言い淀む木村先生に、佳奈恵は答えた。


「私が、その悪霊っていうのに、憑りつかれているってこと?」


まるで信じられないが、あの不可解な半透明の箱のことを思えば、そういうものがあってもおかしくないと思えた。

それに、悪霊がいるのなら、あのおかしな夢の説明もつく。


「……そういうことだ。ちゃんとした修行を積んでいない君にも結界が見えているということは、かなり危険な状態なんだ。もしかしたら、君の魂の一部が、悪霊に飲まれているのかもしれない」

「それって、危ないんですか?」

「ああ、悪霊に魂を飲まれてしまうと、自分と悪霊との意識の区別がつかなくなる。宿主の体を操作する寄生虫のようなものでね、悪霊の利益になるような行動を、自ら能動的にとってしまうようになるんだ。そうなると、君はもう君ではなくなる。僕らの世界で言うと『ヒトガタ』ってものになってしまうんだ」


それを聞いても、佳奈恵は特別反応しなかった。

どこが悪いのか、考えられなかった。


「とにかく、君がその『ヒトガタ』になってしまっているか調べたい。そのために、どういうおかしなことが起きたのか、教えてほしいんだ」

「おかしなことなんて、起きてません」


佳奈恵は機械的に答えた。何もおかしなことなど起きていない。

起きたら体中にあざが出来ていたことだって、ただの跡だ。

食事の、跡。


「あの、やっぱり帰ります。私、大丈夫なので」


佳奈恵が診察室から出ようと扉に手をかけると、静電気のような衝撃が走り、思わず出した手を引っ込めた。


「出さないよ。君にはもう少し用事があるんだ」


木村先生の手には、一枚の札があった。

白い紙に黒い墨で読めない文字が書かれている。

その札は、木村先生の手を離れ、鳥のように羽ばたきながら、天井に開いた通気口から出て行った。


「さて、君もまだ完全に表には出てこられないんだろう。僕も手荒な真似はしたくないんだ。ヒトガタになったなら、正体を見せてくれないか?」


佳奈恵は、木村先生を睨んだ。

その形相は、今まで佳奈恵がしたことのない、憎しみに溢れた表情であった。


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