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けものつき  作者: 上辻樹
第二章
14/18

14.式神

芝崎の不登校は、一か月続いた。

そのころになると、みんなが芝崎のことなど忘れたように振る舞っていた。


平和になった教室では佳奈恵にも少しずつ友達ができ始めた。

彼女たちもいじめの話題には触れないが、見てみぬふりをしていた自分たちを慰めるようにして、佳奈恵に接していた。


佳奈恵はずっと待っていた。

まるで最初からいなかったもののように扱われている彼女のことを、気にかけずにはいられなかった。


もし、彼女が登校してきたら、このクラスの人たちはどう反応するだろう。

もうここに、彼女の居場所はない。

空いた穴は、すぐに埋まってしまい、元よりも綺麗になっている。


佳奈恵は何度か芝崎の自宅に行こうか悩んだが、やめておいた。

余計な手だしをして、今より事態が悪くなることしか想像できなかったからだ。


学校を終えて、今まで芝崎たちに割いていた放課後の時間は、陰陽術の特訓にあてられていた。

三週目までは基本的な座学だったが、先週の土曜日にやっと霊符の作り方を教えてもらえた。


霊符の書き方と、霊気の込め方。

そのふたつだけであるが、とてつもなく難しいことだった。


まず、命令の内容は文字であるが、霊気を自在に扱えるだけの技術をもっていない佳奈恵にとって、電気回路のように精密なものであり、少しでも違えば効力は発揮されない。

そして、霊気の込め方だが、これも念を注入するようなもので、たった一枚作るのにも、多大な集中力が必要だった。


文字を書いても、霊気が不十分だと使えず、また、霊気を充分に溜めても、文字が違っていれば、使えない。

ほとんど自主学習なため、失敗は完成してからでないと分からず、一日に一回試すのが限界であった。


佳奈恵も真面目に練習しているのだが、習ってからまだ一度も成功していない。

藤ヶ崎神社で神楽から習いながらやるには、時間が足りない。

一度、神楽と電話をしながらやったことがあるが、どうにも携帯の電波と霊気が干渉し合うようで、余計に上手くいかないことがわかっただけであった。


佳奈恵は悩んでいた。

どうしたら、もっと効率的に習えるだろうか。


そして、あらかじめ霊符に霊気だけを貯めておく方法を思いついた。

文字をあとで書くようにすれば、間違いもその時教えてもらえる。

霊気だけなら、不十分でもあとで足せばいい。


週末に、五枚の真っ白な霊符を持って、佳奈恵は藤ヶ崎神社へ向かった。

母に頼んで自転車を買ってもらったため、以前に比べると半分ほどの時間で移動できるようになっていた。


秋晴れの空の下に出ると、少しだけ肌寒い。

もう十一月になっていることを、肌で感じる気温だ。

佳奈恵はいつもの茶色のスカートとボーダーシャツの上に、デニム生地の上着を羽織っていた。

ノートや霊符が入った小さなリュックを背負って、石段を上がっていく。


頂上が見え始め、神楽の姿が見えると、ほっとする。


「こんにちは」


佳奈恵が言うと、神楽はにこやかに手を振った。


「こんにちは。今日は、前回のおさらいをしますよ」

「はい。あの、どうしても上手くいかなかったので、何も書いていない霊符を持ってきました」


リュックからクリアファイルを取り出して、その中の霊符を神楽に渡す。


「どうですか? 霊気の量も、自分ではよくわからなくて……」


霊気の注入された霊符の周囲には、とても小さな霊子が漂っていることはわかるが、その違いが微細すぎて、比べてみても多いか少ないかまでは判断がつかない。

神楽はしばらく見比べると、二枚と三枚に霊符を分けた。


「こっちの二枚は、この三枚に比べて、少ないようです。ですが、足りないということはありません。これで上手くいかないのは、術式の問題でしょう」


霊符を返してもらい、まじまじと見比べてもわからない。

とにかく、霊気に問題がないのなら、やらなくてはならないことは文字の練習だけだ。


「しかしながら、上達が早いですね。普通はここに来るまで半年はかかるものですが……」

「家でみっちりやっているからですかね」


佳奈恵は照れ隠しに笑った。


「熱心なのはいいことです。それでは、練習の成果を見せてください」


その場で、佳奈恵は筆ペンを取り出して、霊符に符頭と符身を書きこむ。

符頭には、霊符に与える命令を、符身には、その性質を書く。

まずは一番簡単な火気の術を発動させようとして、霊符を作った。


「いきます!」


気合と共に、霊符を地面へ向けて飛ばす。

真っ直ぐに飛んで、ぴたりと張りついたが、霊符は火を出すことなく、炭となって辺りに散った。


「うーん? なんでかな?」


佳奈恵は首をかしげ、もう一枚も同じようにして使い、また炭に変えてしまう。

そこで神楽が口を開いた。


「他の術は試しましたか?」

「いえ、まだ……」

「一通りやってみましょう。足りない分の霊符は私が準備します」


佳奈恵はひとまず、自分の持ってきた残りの三枚の霊符にそれぞれ、水、木、土の文字を書いた。

一枚ずつ集中して使ってみたものの、やはりどれも霊符が炭になってしまう。


「何がいけないんでしょうか……」


佳奈恵は半泣きになりながら神楽を見た。

神楽は口元に手を当てて、何か考えているようであった。


神楽から、もう一枚白紙の霊符をもらい、今度は金気の術を発動させようと文字を書き、投げた。

すると、霊符が鉄に変わり、ゴトッと重量感のある音を出して地面に落ちた。


「あ、できた!」


喜ぶ佳奈恵に、神楽は冷静に言った。


「今度は、自分で霊気を注入して、もう一度金気の術を使ってみてください」

「わかりました!」


やっと成功したことで、佳奈恵は上機嫌になっていた。

この調子で次々に使えるようになっていきたいものである。


二時間かけて、佳奈恵は一枚の霊符を作った。

これでもこの霊気が溢れている場所で行っているため、早い方である。

自宅でやると三時間から四時間はかかるのだ。


もう一度、文字を書きこみ、術を発動させる。

霊符は鉄の板に変わり、成功した。


「佳奈恵さん、原因がわかりました」

「原因?」

「佳奈恵さんの中には、今でもカナヘビがいます。あの、ヘビの悪霊ですね。カナヘビは、金気の悪霊なので、当然、その周囲の霊気も、その属性を持ちます。つまり、佳奈恵さんの霊気は、無色とは言えず、注入した時点で、金気が混じっているんです。だから、他の属性の術が上手く発動しないのでしょう。ふたつ以上同時に使おうとすると、属性が喧嘩してしまいますから」


神楽は、謎が解けてすっきりしたような顔をしていた。


「だったら、他の術は諦めた方がいいんですか?」

「いえ、その必要はありません。ですが、今は術の感覚を掴む方が先かと思います。金気の術なら問題なく使えるので、命令を変えて、色々な術を作ってみましょう」


神楽は、いくつか例をあげて、文字を教えてくれた。霊符を金属の刃に変えるものや、触れた物を切るものなど、十種の命令をノートに書いた。あとは、家で反復練習をするだけである。


「そういえば、霊気ってどうやったら早く溜められるようになるんですか?」

「毎日練習すること、ですね」


日々の積み重ねこそ、最短の道である、と神楽は言った。




翌日、母は仕事の関係で用事ができたらしく、朝から家にいなかった。

佳奈恵は見送りだけして二度寝し、昼過ぎに目を覚ました。


昨日、霊符づくりに没頭しすぎたせいか、いくら寝ても眠気がとれない。

佳奈恵は背伸びをして眠気を払うと、気分転換に外をぶらつこうと考えた。


三波の方に、大きな湖のある公園がある。

昔、母に連れられて、子供会でキャンプに行ったことのある場所だ。

天気もいいことだし、あそこへ行ってみよう。


佳奈恵は弁当を作ってリュックに詰め込むと、公園を目指して出発した。

せっかく買ってもらった自転車を、藤ヶ崎神社との往復だけに使うのは、もったいないと思っていたのだ。


その公園は、正式名称を不動ヶ岡公園といい、その土地に伝わる神話を元にして、市外から来る人を集客するために作られた大きな公園だ。

結果として、集客には失敗しているが、地元の人間が散歩コースによく使っている。


日曜日の昼すぎだが、まだほとんど歩いている人はいない。

まるで平日のように、閑散としていた。


佳奈恵が湖の周囲を歩いていると、見晴らしのいいところにあるベンチを見つけた。

そこに座り、景色をしばらく眺め、弁当を広げて食べ始めた。


鳥の鳴き声が微かに聞こえる他には、水の流れる音がするだけの場所である。

連日の特訓に疲れた心が、まるで生き返るような気分であった。

霊子がほどよく飛んでいることからも、ここが肥沃な土地であることがわかる。


佳奈恵は湖から立ち上る霊子を見ているうちに、ふと、おかしなものに気がついた。


「この黒いの、何?」


黒い霊子がひとつだけ、佳奈恵の周囲でふわふわと浮いている。

佳奈恵は箸を置いて、リュックから筆ペンを取り出した。


手の平に小さな四角を書いて、その霊子に触れた。

すると、瞬時に水色の小さな結界が黒い霊子を閉じ込めた。


神楽から習った、簡単にできる結界の作り方だ。

大きなものは包めないが、霊子くらいであれば、これで捕まえられる。

結界で捕まえてよく見ても、普通の霊子との違いは色だけのようだ。


「神楽さんに聞いてみようかな」


初めて見た黒い霊子のことが気になり始めた佳奈恵は、荷物を手早くまとめて、藤ヶ崎神社に向かった。


「こんにちは、あっ」


境内には、神楽の他に、紺色の着物の着た無精ひげの生えた男性がいた。

夢の中で、カナヘビを結界に閉じ込めてくれた人だ。


「やあ、佳奈恵ちゃん、久しぶり。おれのこと、覚えてるかな」

「はい。あの時は、ありがとうございました。えっと、藤ヶ崎さん、ですよね」


佳奈恵が恐る恐る聞くと、彼は微笑んで言った。


「お、誰かに聞いた? あの時名乗り忘れてたからさ。ところで、おれがなんで藤ヶ崎って呼ばれてるかわかる?」

「藤ヶ崎神社に住んでいるからですか?」

「そういうことだ」


藤ヶ崎は笑った。


「今日は、どうしたのですか? たしか、日曜日は来られなかったはずでは……」

「ええ、ちょっと、気になるものを見つけたので……」


佳奈恵はリュックから小さな結界を取り出した。


「もう結界が使えるのか」


藤ヶ崎は驚いた様子で言った。

実に嬉しそうに、口元に手をあてて笑っている。

その様子が、神楽とうり二つだった。


「佳奈恵ちゃん、才能があるよ。将来が楽しみだ」

「ありがとうございます。それで、あの、これなんですけど」


佳奈恵が結界を手渡すと、藤ヶ崎は真剣な顔になり、結界をくるくると回した。


「どこでこれを?」

「三波の公園です」

「そうか。これはな、悪霊の持つ霊子だ。足跡みたいなものだな。悪いが、割らせてもらうぞ」


藤ヶ崎が指先に力を込めると、簡単に結界は割れて、中の黒い霊子がふわふわとまた浮かび始めた。

それを、藤ヶ崎は手で掴んだ。

霊子は突き抜けることなく、その手の中にとどまっている。


「随分前の霊子だな。三十日か、四十日か……。水の気を感じるが、最近祓った中に水気の悪霊はいなかった。こいつに憑かれたやつは、すでにヒトガタになっているかもしれない」

「そんな、探せないんですか!?」


慌てる佳奈恵に、藤ヶ崎は淡々と言う。


「そう焦っても、悪霊は簡単には見つからない。昔なら、人が大勢集まるところで一網打尽にすることもできたが、今のように人間がまばらに暮らしているようだと、こっちも探しにくいんだ。片桐市内の民家を一軒ずつ訪問して、悪霊に憑かれているか検査させてください、なんて言って頼んで回るか?」


悪霊に憑かれた人間は、見た目では判断がつかない。

しかし、すでにヒトガタになっているのなら、探せるのではないだろうか。


「ヒトガタって、具体的には、どうなるんですか?」

「探す気かい?」

「はい。私にできる範囲で、探してみます。学校にだって、悪霊に憑かれて困っている人がいるかもしれない。私に助けられるなら、助けたいんです」

「君は、陰陽術を使う気がない、と聞いていたが」

「それは――――」


習えば使いたくなる。

そんなことはないと思っていても、言われた通りになっていることに気がついて、佳奈恵は口をつぐんだ。


「安直に術を使わない。その志は持っていた方がいい。陰陽術を使って悪霊と戦う道は、まだ君には早い。いくら才能があったとしてもね」


佳奈恵は、強く頷いた。


「さて、ヒトガタの特徴か。そうだな、今までできていたことができなくなったり、感情が不安定になったり、人によって影響は様々だ。だから、見つけるのは難しい。以前からの人格を知っていないと違いがわからないし、君のように、見た目は平然としていることもあるからな」

「でも、長くは、もたない」


自分の経験からわかる。

一度食われてしまえば、心地良い夢に囚われ、抜け出せなくなる。

精神を食われてしまえば、自分を保つことすら難しいだろう。


「そう。一度悪霊が入り込むと、自然に治癒することはない。弱っていくだけだ」

「最後は、どうなるんですか?」

「やがて何の行動もとれなくなり、眠ったまま目を覚まさなくなる。昔は、哀れに思った家族が、悪霊からその体を取り返すため、首を切り落としていた」


佳奈恵は絶句した。

体を返してもらうために命を断つというのか。


「そんな顔をするな。今は、そんなことはない。意識のないまま、寿命が尽きるまで生かされ続けるだけだ」


発展した文明により、命の期限を最大にまで伸ばされる。

しかし、本人がそれを自覚することはない。

それでは、脳と心臓が動いていても、死んでいるのと変わらない。


「じゃ、じゃあ、病院に行けば、憑りつかれている人がたくさんいるってことじゃないですか……」


言いながら、佳奈恵は想像した。

病院で深い眠りについている患者の何人が、悪霊の犠牲者なのだろうか。

悪霊を祓えば、彼らは目を覚ますはずだ。


しかし、それは、本当にいいことなのだろうか。

悪霊の憑りつく原因となったことがあって、彼らはそうなっているはずだ。

眠ることで、自分の心を守っているのではないか。

こちらの正義感に付き合わせて、彼らを起こしても、原因が残ったままでは、ただただ絶望するだけなのではないか。


しかし、そうであったとしても、助けられる人を放っていいことにはならない。

自分に都合のいい夢の世界で生きることが幸福だなんて、佳奈恵にはどうしても思えなかった。


「君は賢い。だから、気にしなくてもいいことにも目がいってしまう。君が助けたいのは、そうなる前の人たちだろう」

「……はい。でも――――」

「でも、は無しだ。全ての人間が、全ての問題を解決して、幸福に暮らしていくなんてことはできない。君は君の手が届く範囲で、彼らの幸せを願ってあげればいい」


藤ヶ崎はそう言って遠くを見ていた。

彼にも、彼の思うところがあるのだろう。


佳奈恵は言いたいことをぐっと飲み込んで、これからの計画をふたりと話し合うことにした。


「もし見つけたら、どうしたらいいんですか?」

「ん? 式神はまだ教えていなかったのか?」


藤ヶ崎が神楽に目をやると、彼女はかぶりを振った。


「だったら、簡単にできるやつを教えてやろう。家に帰って試してみるといい。結界を難なく使えるくらい霊気の操作ができるなら、失敗することもないだろう」


藤ヶ崎は神楽から白紙の霊符を受け取ると、それを乱雑に人の形に裂いた。

あまりにも雑なそのやり方に、佳奈恵は眉をひそめた。


「今、そんなのでいいのか、と思っただろう。大丈夫だから、見てろ」


それに息を吹きかけると、まるで意思を持ったように動き出した。

藤ヶ崎の手から飛び降りて、周囲をとことこと歩きまわっている。


「……かわいい!」


思わず声に出してしまうほど、愛嬌のある式神だった。

大きな石の上に、一生懸命のぼろうとしている。


「昔の陰陽師は、これで女を釣っていたんだぜ」

「主さま!」


神楽の咎める声に、藤ヶ崎は肩をすくめた。


「佳奈恵ちゃんがやる時は、もう少し丁寧にやったほうがいいが、基本的にはどんな形でもできる。動く姿を想像できるものなら、なんでもな。ヒトガタを見つけたら、こいつに後を追わせろ。式神は霊気を探る能力に長けているから、追跡や探索に向いている。こいつの居場所も、自分の手で作ったものなら感覚でわかる」

「どんな形でも、ですか?」

「動物でも、昆虫でも、なんでもいい。まあ、自分が手足として使えるものを考えることだ。動きの想像ができなければ動かせないからな」


式神に関する一通りの説明を受けて、佳奈恵はその準備をするために、急いで家に帰った。

佳奈恵の力量では、同時に動かせる式神は一体だけだと言われたため、できるだけ完成度の高いものを作ることにした。


夕飯と寝る前の支度を終えて、佳奈恵は机に向かった。

需要なのは式神の形だ。


動物図鑑を開いて、何にしようか考える。

できるだけ具体的な方が、動きも想像しやすいだろう。

今の時代、動物さえ決まれば簡単に動画も見られる。


佳奈恵がやっていたことは、式神の完成度を高めるためのものというよりは、自在に動かせる生き物を作る行為に近いものであった。

ただ手や足があるだけよりも、動物の特性を持っている方がいいだろうと思ったのだ。


しかしながら、それは簡単なことではなかった。

精巧な型紙が必要で、佳奈恵はそれを作るのに、長い時間をかけた。


佳奈恵がこれを徒労だとは思わなかったのは、神楽を見たからである。

藤ヶ崎の式神だと言っていた彼女は、人間と変わらない。

技量さえあれば、生き物と変わらない式神を作ることも可能だということの証明でもある。


手始めに、シェパードの型紙を作った。

警察犬にも使われる利口な犬だ。

大きさは手の平に乗るくらいであり、簡単に物陰に隠れられる。


満足いく形ができたころには、すっかり夜が更けていた。

となりの部屋から母の寝息が聞こえる。

集中して作業していた佳奈恵を邪魔しないように、こっそり眠ったのだろう。


(さすがに、もう寝た方がいいね……)


佳奈恵は一度作業を中断して、布団に入った。


翌日、学校から帰ってきて、佳奈恵は小さなシェパードに霊気を詰め込んだ。

ふわふわと霊子が型紙から漂い、準備ができたことを知らせている。


「よし、じゃあ、お願いします!」


佳奈恵は祈るような気持ちで、シェパードに息を吹きかけ、机の上に置いた。

しばらく横たわっていた式神は、やがて、よろよろと立ち上がった。

まるで生まれた手の仔馬のように、足を震わせながら、四足で体を支えている。


「歩ける?」


佳奈恵が恐る恐る聞くと、シェパードは二、三歩よろよろと歩いて、パタンと倒れた。

そして、その姿は金属の板に変わっていた。


霊気の中に金の属性があるから、そういうことが起こりやすいとは聞いていたが、式神にも出てくるとは思っていなかった。


佳奈恵は、慌てて普通の人型をした式神も作った。

結果は同じく、歩きにくそうに少しだけ動いて、そのあとは、金属の板になってしまう。


これは、由々しき事態だ。

結界はあれほど上手くいったのに、一度霊符を通すと、金気の性質が強く出過ぎてしまう。


金属の板に変わってしまっては、どんな動物の形にしようと動けない。


佳奈恵は悩んで、図鑑を読み漁った。

哺乳類の動きは、当然だが、皮膚が柔らかいことが前提になっている。

紙なら関節部分を曲げることができるが、金属だとそうもいかない。

それに、一回折り目がついたら、もう戻せない。


では、皮膚が硬い生き物ならどうだろうか。

例えば、亀などは足の可動域も少なくて済む。

しかし、追跡には向かない。


どうしても金属になってしまう式神を使うためにある最大の壁が、手足であることに気がついた佳奈恵は、ひとつ思い当たった。


「ヘビだ……」


皮肉にも、ヘビの式神を作ることを考えた。

佳奈恵の中にいるカナヘビは、金属でできているにも関わらず、自在に這って動ける。


金属でできた式神が動けないというのは、おそらく、思い込みだったのだろう。

金属は硬くて曲がらないものであるという思い込みが、作られた式神の動きを邪魔していた。


しかし、実際に見たことのある金属のヘビなら、佳奈恵の頭の中で具体的に動かすことができた。


「よし、できた!」


長さ十センチほどの、黄金色の薄い板で出来ているヘビは、元気よく机の上を這いまわっている。

どういう理屈かわからないが、壁や天井にも問題なく上がれるようだ。


それに、ヘビにはピット器官という熱探知する器官がある。

その感覚も、カナヘビとの一件で掴んでいたため、簡単に乗せることができた。


動く音もなく目立ちにくく、暗闇でも獲物を探すことのできる高性能な式神を、意図せず作ってしまったのだ。


「あっ、そうだ。名前つけてあげないと。ええと、何がいいかな……」


ヘビに関連する言葉を頭に思い浮かべる。

そうしているうちに、図書館で大陀村のことを調べている時に見つけた『カガシ』というヘビをさす言葉があることを思い出した。


偶然にも、自分の苗字である加賀山と似たような語感で、佳奈恵はふふっと微笑んだ。


「よろしくね、カガシ」


カガシは頭を持ちあげて、瞳のない目で佳奈恵を見ていた。


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