表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
けものつき  作者: 上辻樹
第二章
13/18

13.訪問

月曜日になり、佳奈恵はいつものように登校した。

今日こそは芝崎に会って、暴力を振るう理由を何としてでも聞き出したいと思っていた。


教室に入り、芝崎の席を目の端で見る。

しかし、彼女はまだ来ていなかった。

始業のチャイムが鳴っても、彼女は来なかった。


芝崎は、ああいう性格だが、学校を休んだことはあまりない。

変に真面目というか、佳奈恵はそういうふうにとらえていた。


朝のホームルームが始まり、疲れた顔の男性教諭が来て、ようやく芝崎が無断欠席であることがわかった。

いつもの取り巻きのふたりですら、彼女がなぜ休んだのか知らないらしく、彼に聞かれても答えられなかった。


そこまではまだ理解できるが、彼はあろうことか、佳奈恵にまで同じ質問を投げかけた。


「加賀山は、何か知ってるか?」

「え? 私ですか?」

「お前、芝崎たちとよく一緒にいるだろ」


それを聞いて、クラス中の空気が固まった。

みんな事情を知っているだけに、触れてはいけない話題だと思っているからだろう。


佳奈恵は少し考えて、答えた。


「私も、何も聞いていません」


彼は肩をすくめてため息をついた。


彼女は携帯を持っておらず、家には固定電話を引いていない。

母親の携帯電話と繋がらなければ、連絡がとれないのだ。

芝崎の家に連絡をすることが、億劫なのだろうか。

たとえそう思っていたとしても、隠していてほしいものだが。


その日の午後に、芝崎の母親から、学校に行きたくないと言っていると連絡が入ったようで、先生たちは慌てるのをやめ、何事もなかったかのように日常に戻って行った。


佳奈恵は、もしかして自分が余計なことをしたせいではないか、と思った。


あの日、博物館で最後に会ったのは、自分だ。

もし、自分のせいで、芝崎に何かあったとしたら。


佳奈恵も芝崎のことが好きではないが、自分が原因で誰かが傷つくことは何より嫌だった。


芝崎が学校に来なくなって四日経ち、佳奈恵は彼女の取り巻きであった大里や安川に話しかけて、芝崎の住所を聞き出した。

意外にも彼女たちは、佳奈恵が話しかけると、普段とはまるで違う大人しい様子で、佳奈恵の言葉にもちゃんと返した。


「ふたりは、行かないの?」


佳奈恵が聞くと、ふたりはあざ笑うように言った。


「行くわけないじゃん。あんなクズのとこなんて」

「そうそう。そのまま来なけりゃいいのよ」


そう返されて、佳奈恵にはもうそれ以上何も言えなかった。


(みんな、芝崎さんのこと、心配してないんだ……)


芝崎のことは好きではない。

これは本当のことだ。

それでも、なんだか胸の辺りが苦しくなり、物悲しくなった。


このふたりは、芝崎が学校から排除されたら、次は加賀山につくつもりなのだろう。

彼女たちは、自分より強い人間の傘の下でしか、居場所を作れないのだ。


すでに、芝崎と共に佳奈恵をいじめていたことにより、大多数の人間には嫌われていた。

彼女たちは、学校での身のふり方を考える時期が来ている。


(友達だったなら、心配してもいいはずなのに……)


その日の放課後に、佳奈恵は家へ帰らず、そのまま芝崎の家へ向かった。


学校からそう遠くないところに、彼女の自宅はある。

二階建ての公営住宅で、周囲には、同じ形をした家がずらりと並んでいる。

知らずに迷い込めば、迷路のように感じたことだろう。


佳奈恵は、聞いていた住所につくと家の灯りを見た。

電気は消えている。

しかし、駐車スペースに車はある。


(留守なのかな?)


そう感じたが、念のためインターホンを押した。

これで誰も出てこなければ、本当にどこかへ行っているのだ。


しばらく待っても、誰も出ない。

返事も、足音も、聞こえない。


佳奈恵は肩を落として帰ろうかと、ふと二階を見上げた。

綺麗に締まっているカーテンが、かすかに揺れ動いた気がした。


じっと見ても、それ以上何も起こらなかった。

佳奈恵は、自宅へ帰ろうと、踵を返した。


その途端、背中に刺すような視線を感じ始めた。

後ろを振り返っても、誰もいない。


(見ているのかな……)


確信はないが、芝崎は家にいるような気がした。

待っていれば出てきてくれるだろうか。


(出てきて、それで、どうするの?)


佳奈恵は自分でも、自分がどうしたいかわからなくなっていた。

ただ、芝崎のことが心配だったのだ。


芝崎のことを考えながら、とぼとぼと家に帰ると、母はすでに帰ってきていた。


「え、あ、あれ? 今日早いね」


戸惑う佳奈恵に、母は笑った。


「ああ、ちょっと早めに終わったんだ。もう晩ごはんできてるよ」


それを聞いて、佳奈恵は急いで手を洗いに行く。


「……ねえ、お母さん」

「うん?」

「学校でね、今週まだ一回も来ていない子がいてね、その子と最後に会ったのが、私なの。私が、怒らせちゃったから、来てないんだと思う。どうしたら、来てくれるようになるかな」

「その子って、博物館の?」


そう聞き返されて、佳奈恵は驚いた。


「なんでわかったの?」

「あの時、様子おかしかったじゃない」


母は、食器を洗う手を止めて、佳奈恵に言った。


「佳奈恵は、自分のせいでその子が学校に来てないって思ってるのよね?」

「うん」

「それは考えすぎだと、お母さんは思うな」

「どうして?」

「たとえ、佳奈恵に対して怒っていることがきっかけだったとしても、大きな行動を起こす理由って、日ごろからの積み重ねが重要だったりするんだよ。その子が学校に来ないのって、他に思い当たる理由ないの? ほら、たとえば、他の子から、いじめられていたとか」

「それはないよ。むしろ――――」


言いかけて、佳奈恵はやめた。


「むしろ?」

「ううん、なんでもない。芝崎さん、いじめられるような大人しい人じゃないよ。やられたら、確実にやり返すタイプだと思う」

「ああ、たしかに。そんな感じだった」


あれだけ攻撃的な人が、追い詰められるようなことってなんだろう。


「向こうのお母さんは、なんて言ってるの?」

「芝崎さんが学校に行きたくないって言ってるって、ただそれだけ」

「……それは、難しいね。学校に原因があるとは限らないし、家にこもっているってことは、家族からの虐待で出られないとかじゃないだろうし……」

「虐待……」


佳奈恵は小さく繰り返した。

芝崎が家で虐待を受けていることなど、考えていなかった。

学校で見ている姿だけが、全てではない。

わかっていたはずなのに、どうしても、見えている部分だけで判断しようとしてしまう。


母はつい口走ってしまった言葉を慌てて取り繕うとしていたが、言ってしまったことはそうそう取り消せない。


「佳奈恵、虐待っていうのは、少し言い過ぎた」

「うん、わかってるよ」


虐待かどうかということが重要なのではなく、原因が外にあったかもしれないということが重要だ。そうであったなら、芝崎に起きた問題をどうにかするのは、佳奈恵のやることではない。


芝崎の身に何があったのか考えを巡らせていると、母が佳奈恵の両肩に手を置いて、真っ直ぐに顔を見つめた。


「聞いてね、佳奈恵。私が心配しているのは、あなたがその現場を見かけたら、関わりそうだから、怖いのよ。佳奈恵は、人が困っているところ見るの、我慢できる方じゃないでしょ」


母の言う通り、今だって、芝崎のために調べたり考えたりしている。

相手が誰であっても同じように助けようとするだろう。


「お母さんに似たのかな」

「お父さんよ」


反射的に言ってしまったのか、母はバツが悪くなったように、顔をそらした。

まだ話したくないことなのだろう、と佳奈恵は察して、微笑んで言った。


「お母さん、晩ごはん、食べよう?」


暮れかかった夕日が、窓から射し込み始めていた。






真っ暗な部屋の中で、礼香は膝を抱えて座っていた。

その目は何か見ているようで、何も見ていない。

黒い瞳は、深淵そのものだった。


部屋の中に霊子が漂っている。

礼香は時折、それに手を伸ばすが、体を突き抜けていき、触れることができない。


インターホンの音がして、礼香は窓の方へ這って動いた。

外を見ると、あの加賀山佳奈恵の姿が見えた。


ここまで追ってきたのか、と目を丸くした。

ずっと夢の中で生活していたために、現実との区別が、曖昧になっていたのだ。


夢の中で、何度殺しても、何度波に飲まれても、加賀山は起き上がって、礼香を見ていた。

殺せない加賀山の姿は、それを繰り返すたびに、礼香の中で恐怖そのものに変わっていった。


カーテンの端を少しだけめくって外を見ていると、不意に、加賀山がこちらを見た気がして、礼香は飛び退いた。


(見られた!?)


心臓が、破裂しそうなほど大きな音を立てて鼓動している。

緊張で粘り気のある不快な汗が溢れる。


礼香は一度大きく離れたあと、またゆっくり静かに近寄って、外の様子を眺めた。


加賀山は諦めて帰って行くようだ。

その後ろ姿を見ていると、彼女はそれに気がついたように、後ろを振り返った。


(嫌だ……怖い……)


息が荒くなり、歯が震えて、がちがちと音を鳴らす。

空っぽの胃から、胃液がせりあがってくる。


「か、帰らないと……」


礼香は布団にくるまって、目を強く閉じた。

あの世界に帰る。

あの世界なら、加賀山とも戦える。


すぐに礼香は、ゲイハの上で目を覚ました。

彼とは、もはや一心同体と言えるほど、気持ちが通じ合っていた。


右へ左へ、自在に操縦できる。

その気になれば、大嵐を起こすことも容易い。


すでにゲイハと同じく、赤黒い色に変色してしまっている自身の体を見ていると、いかに彼と一体になれているかわかり、安心できる。

彼だけが自分の味方であり、また、自分自身なのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ