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けものつき  作者: 樹(いつき)
序章
1/18

01.加賀山佳奈恵の日常

夕日の射す放課後の教室で、加賀山佳奈恵はうずくまっていた。

今日はまた一段と酷くやられた。

腕や足についた青あざを見るに、何度も何度も殴られたのだろう。

丸まって耐える癖がついているせいで、相手から何をされているかもよく覚えていない。

佳奈恵は立ち上がって、荒々しく散らばった机や椅子を元の通りに片づける。


(もう、隠せないかもしれない……)


母親には何も言っていないのだが、この打撲痕を見れば、誰だって普通じゃないことくらいわかる。

まだらについた青あざをさすると、仄かに熱を持っている。


何度も、なぜ、と考えた。

なぜ自分がこんな目に会うのだろう。

なぜあの娘は自分にこんなことをするのだろう。


いじめ、というものは人間だけのものではない。

動物の本能として、弱いものを攻撃するというものはある。

群れから劣等遺伝子を排除して、強い遺伝子だけを残すため、らしいが、佳奈恵も自分が排除されるべき存在だとは思いたくなかった。


それに、本能であったとしても、そういったちゃんとした理由が存在する。

世の中に存在する事象には全て、原因がある。

だから、彼女が自分をいじめることにも、必ず原因となることがあるはずだ。


机を綺麗に並べなおすと、夕日が地平線に沈みかけていた。

早く帰らなければ、母が帰ってきてしまう。

佳奈恵は自分のリュックを持ち上げると、じわ、と手に湿気を感じた。


「そっか。水、かけられたんだった……」


佳奈恵は大きなため息をつくと、リュックを持ち上げた。

まるで代わりに涙を流すように、リュックの底から、滴が床に落ちて散った。


家へ帰ると、母はまだ帰ってきていなかった。

ほっとして、荷物を丁寧に並べて、水気を拭きとる。

幸い、教科書は少し湿っていただけで水浸しとまではいかなかった。

これならすぐに乾くだろう。


佳奈恵は教科書を半開きにして部屋へ立て並べて、扇風機を当てる。

空気の通りを確保して、こうして風を当てれば、ある程度はすぐに乾く。

苦しい生活の末に身についたいらない知恵だ。


そんな作業をしながら、佳奈恵は仄暗い感情に襲われていた。

いじめを受けていても腐っていないのは、他に好きなことがあって、その世界に逃げることができているからだ。

とはいっても、何の感情も沸かないわけではない。


母に心配をかけたくないから、大事にできない。

しかし、やめてと言ってもやめてくれはしない。

この問題を解決できるのは、きっと、時間だけなのだろう。


母がいつも帰って来る時間が迫ると、佳奈恵は乾かすのをやめて、机の下に教科書を隠した。

濡れたリュックは干しているが、お茶をこぼしてしまったとでも嘘をつくしかない。

それがまた、心に刺さる棘となるのだが、佳奈恵には他にどうすることもできなかった。



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