01.加賀山佳奈恵の日常
夕日の射す放課後の教室で、加賀山佳奈恵はうずくまっていた。
今日はまた一段と酷くやられた。
腕や足についた青あざを見るに、何度も何度も殴られたのだろう。
丸まって耐える癖がついているせいで、相手から何をされているかもよく覚えていない。
佳奈恵は立ち上がって、荒々しく散らばった机や椅子を元の通りに片づける。
(もう、隠せないかもしれない……)
母親には何も言っていないのだが、この打撲痕を見れば、誰だって普通じゃないことくらいわかる。
まだらについた青あざをさすると、仄かに熱を持っている。
何度も、なぜ、と考えた。
なぜ自分がこんな目に会うのだろう。
なぜあの娘は自分にこんなことをするのだろう。
いじめ、というものは人間だけのものではない。
動物の本能として、弱いものを攻撃するというものはある。
群れから劣等遺伝子を排除して、強い遺伝子だけを残すため、らしいが、佳奈恵も自分が排除されるべき存在だとは思いたくなかった。
それに、本能であったとしても、そういったちゃんとした理由が存在する。
世の中に存在する事象には全て、原因がある。
だから、彼女が自分をいじめることにも、必ず原因となることがあるはずだ。
机を綺麗に並べなおすと、夕日が地平線に沈みかけていた。
早く帰らなければ、母が帰ってきてしまう。
佳奈恵は自分のリュックを持ち上げると、じわ、と手に湿気を感じた。
「そっか。水、かけられたんだった……」
佳奈恵は大きなため息をつくと、リュックを持ち上げた。
まるで代わりに涙を流すように、リュックの底から、滴が床に落ちて散った。
家へ帰ると、母はまだ帰ってきていなかった。
ほっとして、荷物を丁寧に並べて、水気を拭きとる。
幸い、教科書は少し湿っていただけで水浸しとまではいかなかった。
これならすぐに乾くだろう。
佳奈恵は教科書を半開きにして部屋へ立て並べて、扇風機を当てる。
空気の通りを確保して、こうして風を当てれば、ある程度はすぐに乾く。
苦しい生活の末に身についたいらない知恵だ。
そんな作業をしながら、佳奈恵は仄暗い感情に襲われていた。
いじめを受けていても腐っていないのは、他に好きなことがあって、その世界に逃げることができているからだ。
とはいっても、何の感情も沸かないわけではない。
母に心配をかけたくないから、大事にできない。
しかし、やめてと言ってもやめてくれはしない。
この問題を解決できるのは、きっと、時間だけなのだろう。
母がいつも帰って来る時間が迫ると、佳奈恵は乾かすのをやめて、机の下に教科書を隠した。
濡れたリュックは干しているが、お茶をこぼしてしまったとでも嘘をつくしかない。
それがまた、心に刺さる棘となるのだが、佳奈恵には他にどうすることもできなかった。