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好奇心は猫をも殺す。
イギリスの諺らしいが、まさにその通りとなった散々な午後を――いや、振り返るのはいいや、やる気がゼロになってしまう。
とぼとぼとした足取りで台所まで向かい、昨日と同じヘポカボチャをひとつ手に取り、ポンと宙に放って……なんとなくだけど、カボチャの正面と向き合うように手の取る。
美香に削られすぎたせいで、気力は充分とは言えないけど。ハロウィンまでもう時間が無い。大体で良いから、今日中には方向性を決めておく必要がある。
取り合えず、ジャックオーランタン・レプリカは作れるようになりはしたが、あれは、まだ、第一段階だ。料理で言うなら、レシピ本通りの面白みの無い一品でしかない。ここから、更に、オリジナリティを加えていかなくては、攫えるハートも攫えず仕舞いだ。
「とはいえ」
どうしたもんかな、と、歩きながらカボチャの頬になる予定の部分をつつく。
女の子の好きそうな物かぁ。
まず、一番身近な姉貴を思い浮かべる。姉貴が一番表情を変える物は、焼肉、だな。次点でジンギスカン。姉貴の部屋も殺風景で物が無い部屋だから、参考にはなら無そう。
ああ、でも、古風というか和風な美男子がたくさんでてくるスマホゲームとかしてるな。
目を糸みたいに細めて頭を傾けてみるけど、姉貴は参考になら無そうだった。ジャックオーランタン・レプリカ、イケメンにして沢山作ってチーム編成したとして、それを真由紀さんが喜んだら絶対に俺、へこむし。
残りの身近な異性は、美香だが……。
謎、としか言えない。まあ、美香は、中学時代に俺がクレーンゲームでとったぬいぐるみとかも収集している。ってか、色々物持ちがいいので貯め込むタイプだけど、それ故に、なにが好きって明言できないものがある。
博物館とか美術館は一緒にいくけど、芸術的なジャックオーランタン・レプリカって、どんなだよ。
叫びとかそういう絶叫系?
他に美香にまつわる逸話と言えば、小学校の頃の魔法使いだけの肝試しで、普通のその辺のお化け屋敷とは一線を隔す恐怖体験にも表情を変えなかったから、周囲をドン引きさせた猛者ではあるな。
ん――。
あ、でも! 和のテイストのあるハロウィン、とか、どうだろう? ああ、いや、そこまで奇をてらわなくても、昔、美香のお母さんがやってた、お菓子をくれても悪戯するシーツの幽霊のオプションみたいなのとか。
……ガキじゃないんだし、誰が嬉しいんだって話だよな。
いや、手持ちのランタンにするんじゃなくて、カボチャの胴体部分をシーツのお化けとくっつけて勝手に先導する、もしくは、特定の人物の後を追いかけるように訓練すれば、いけるかも。
式神化の技術を使えば、自立行動するのはそう難しくない。ただ、自由自在に操るのが少し難しいだけで。
基本的に、動かす系統の魔術は、完全に自立するか、完全に操作するかの二択になる。西洋の使い魔は、もともとが魔力を持った生物を魅了することで動かしているので、後者。しかし、ゴーレムとか自動人形は、普通のロボットと同じで、事前に設定した動きを行なうだけ。
式神の場合は、動植物以外にも石や人形をも使役できるが、後者の無機物の場合には生き物に姿を似せるた上で魔法を発動させそれ自身と、世界の認識を偽らせ、生物だと思い込ませることが必要になる。
どちらも一長一短ではある。
自立系は言われたことしかできない。事前に決められた命令通りの行動だけで、下手な術者が行なうと、買い物に行ったらレジを終えた時点で目標達成と判断して停止したりもする。
操作系の問題点は、思考力は時間経過と共に成長すると言う部分だ。
元の生物の知能が高かったり、年期を得た器物なら初期状態でも非常にスムーズに行動する。反面、未熟な術者に反抗する場合もあるけど。
そして、作られたばかりの物やその辺の普通の生き物を操作した場合、最初の動きはぎこちなく、命令しても命令そのものを理解できなかったりする。
そういえば、外見的な意味では、ジャックランタン・レプリカはあんまり西洋的じゃない魔法だよな。
初歩だからそうなのかもしれないけど、生き物に見えないことも無い。
……基本はそのままに、ちょっと和風に手を加えてみるか?
鎧風の身体くっつけて、サムライ・ジャックランタンとかにしても良いかもしれない。もしくはカウボーイ型とかで、馬か牛の台座をつけるとか。あの、お盆の胡瓜とか茄子の爪楊枝で作るのみたいなので。
そうだな、動く系は案外受けがいいかも。安易は安易だけど、去年のハロウィンでもそういうのを見かけた覚えは無いし、意外と新鮮味を出せそう。
そうと決まれば足取りが軽くなり、三歩前の猫背だった俺はどこか遠くへと去り、早足に、節をつけてステップを踏むように階段を降りきった。
「姉貴、居る?」
訊ねながら重いドアを開けるが、明かりが点いていない。もっとも、暗いからと言っても姉貴がいないとも限らない――なんかまた変な魔法を試してるかもしれない――ので、ひとまず、姉貴好みの悪趣味な裸電球を無視して天井に紙で作った月と星を放り投げ、一言語りかける。
「良い夜だ」
地下実験室には誰もいなかった。俺と俺が持ってきた物以外になにもない。一階にもいなかったから不思議に思ったけど、部屋でなにかしてるのかも。
ただ、姉貴が居ないのは、それはそれで好都合だし、このまま使わせてもらうことにする。
カボチャを昨日と同じテーブルの上に置き、コツはまだ覚えているので、今日は手に文字を書かずにオーケストラの指揮者のように右手を振り上げて、一呼吸して意識を集中させ、カボチャを指し示す。
今日は全く苦労せずに、目と鼻と口が陥没したあのカボチャのランタンへと変化した。
「ふむ」
一応、改めてカボチャと向き合えば、光量が弱く、内部の燃える方向性が姉貴のと比べると歪だ。ある部分では一気に皮の近くまで燃える一方、逆に芯の方まで果肉が残っているのか光が漏れてこない部分もある。
この辺は、錬度の差か。
まあ、今日はあくまで実験だし、気にせず布の切れ端と手袋を糸でジャックオーランタン・レプリカに繋ぐ。
見栄えはそんなにしないが、生き物と誤認出来る程度の形は整えた。
ゆっくりと瞳に意識を集中し、植物、カボチャ、燃焼中、布、軍手、ジャックオーランタン・レプリカ、ランタンそうしたそこに書かれている設計図を読み取ると同時に、生きている、と、思い込むようにする。
人形とかで、風のせいで手が動いたり、熱膨張で倒れたりするのを、ふとおどろおどろしく感じるのを、意識的に自分の頭の中で拡大させ――根源の世界の側にある、目の前のジャックオーランタン・レプリカに向かってゆっくりと語り掛ける。
「こんばんは、君の名前は、……ヘポ太郎だ。よろしくね?」
とっさに名前が思い浮かばなかったので、犬猫の名前としても相当に雑だが、取り合えずヘポカボチャだからヘポ太郎とし、その名を呼んだ瞬間、縁の糸が俺へと紐付けされ、魔法が発動する手応えが返ってくる。
浮遊させる魔法はまた別なので、今回は立ち上がるだけだが、ヘポ太郎は生まれたての子鹿の様に軍手の紐をプルプルさせながら……不意に光が増して、口をがぱっと大きく開けた。
さっきまでは揺らめいていただけの炎が、命をもっているかのように渦を巻いている。
「……げ」
ヤバイ、またやっちまった。っていうか考えればすぐに解ることなのに、つい恋心に目が眩んでしまった。 背中を向けて、ドアへと向かって脱兎のごとく駆け出す俺。
昨日もジャックオーランタン・レプリカを発光生物的なモノだと間違って、爆発させたってのに、後付なら大丈夫とか安易過ぎた。
二重に掛かった魔法のせいで、生物の成長の部分が炎と結びついてしまい、時間経過と共に熱量も反応速度も増していく。しかも、式神化で使った呪による変化で、精神や心こそ無いものの、カボチャでありながら動物的性質があるせいで……荒ぶってる。
まあ、荒ぶっているのは“俺がそういうモノだってイメージしてしまった”のが原因なんだけど、どちらかといえば無意識の条件反射的な部分でのイメージなので、今更、短命を悟って意気消沈するジャックオーランタン・レプリカをイメージし直しても、爆発は止まらない。
怖いから後ろは振り返らないけど、カボチャが狂的に笑って踊りながら昨日の倍ぐらいに膨らんだ感じだけは伝わってきている。
『ギャハハ、イヤッヒャヒャ、カカカカ』
イカレた笑い声が、アメリカンなB級映画を連想させる。
チッ、と、舌打ちをするも、もう一歩で逃げ切れると気を許した瞬間、手を触れてもいないのにドアが開いた。
「マジか!」
昨日と完全に同じ光景に、思わず叫んでしまう。
薄く目を閉じたちょっとアンニュイな表情をしていた姉貴の目が、こっちに気付いた瞬間に大きく見開かれて――。
なんの呪いか、俺は再び姉貴の胸にダイブした。
「ヒャン」
やっぱりというか、なんというか、普段の言動と全く合わない姉貴の可愛らしい悲鳴が聞こえてきて――次の瞬間、カボチャが大爆発した。
タイミングと威力は昨日よりも最悪。爆発の規模が大きくなったのは、外側に生物的性質を持たせたから前回よりも剛性があがって内圧に耐えたせいだろう。
と、ともかく、昨日のこともあるので、分析や反省は後回しだ。人としての倫理観よりもまずは自分自身の生命が第一だ。
顔を上げたら、呆けている一言謝ってすぐ逃げようとしたけど、それより早く姉貴が無言で俺の鳩尾に膝をめり込ませてきた。
「っふ!? うっは……」
呼吸困難で床に倒れ伏す俺。
腹の奥が痛い、ってか、内臓がなんかグルグルする。
「うッ、うぅ、ん~、ん~!」
のた打ち回るってわけじゃないけど、それでもすぐには立ち上がれずに這い蹲っている。密着してたし、姉企図しても思った以上に綺麗に入ったんだと思うが、流石にひどすぎる扱いに抗議の視線を向けると――。
姉貴が、犯罪者でも見るような冷たい目で俺を見下ろしていたので、具合が悪い振りをして、顔を背け、地面を見つつ心で泣いて手当てに入った。
「アンタ、わざとやってるんじゃないでしょーねー」
気休めと言えば気休めだけど、掌を当てて少しだけ魔法を発動し、痛んでいない自分の可能性を引き寄せていると、姉貴から辛辣な言葉が降ってきた。
「なんでこのタイミングでここに来るんだよ、姉貴は」
だが、腹はだいぶ痛かったし、俺も若干ムカついていたので、部屋の外でタイミングを計っていたかのように現れる姉貴に言い返す。
睨み合っていたのは体感時間で五分ぐらいだが、流石に今はもう昔みたいに取っ組み合いの喧嘩にはならず、眉間に皺を寄せて苛立った声を上げて身を検め始めた姉貴。
「あー、もう! お風呂入り直さなきゃいけなくなったじゃない」
俺自身ももう腹の痛みが引いてきていたので、立ち上がり……若干怒りが冷め、ふと姉貴らしくない一言に気付いて、首を傾げてしまった。
「風呂入ってたの? この時間に?」
本当に今更だけど、姉貴からカボチャ以外の香りも漂ってきている。これは……色がどぎつい炭酸飲料の香りっぽいような? ……ああ、夏用のスースーするメントールのやつを使い切ったから、肌に馴染む桃のボディソープにしてたっけこの前。
普通のドラッグストアのどこにでもある安いやつだから、香りも若干合成っぽさがあるのかも。
腰に手を当てて軽く上体を傾げて、斜め下から俺を睨み上げた姉貴。
「悪い?」
そういう、カボチャのグニャットした何かがついた顔や胸元を見せ付けられると……弱いんだけどさ。
「意外だっただけだよ。寝る前に一回派じゃなかったっけ?」
「今日は、もう寝るの」
あ、そう。うん、自分で訊いておきながらだが、そんな、口に出すまでも無いこと以外になにも思い浮かばない。
ツンとした態度で姿勢を正し、俺を置いてドアへと向かう姉貴。ぼんやりと、その背中を見送っていると、不意に姉貴がノブを掴んだまま立ち止まって、肩越しに振り返ってきた。
「アンタはまだやるの?」
訊ねられてしばし考えるも、庭の畑のカボチャにも限りはあるし、買えば金が掛かるので、二呼吸後に俺は首を横に振って見せた。
「材料も勿体無いし、今日は止めとく」
方向性が決まったらまた改めて挑戦してみようと思う。際限なくカボチャを爆発させて、なにが楽しいんだって話しだし。
和の感じのなんか丁度良い、時期的なネタなにかなかったっけな。
こういう時、周囲が西洋系ばかりなのはちょっと困る。姉貴達三人のひとりぐらいは、東洋系統でもいいのに。
「アンタ、風呂は?」
「俺は、完全にこれから」
まあ、入り直すだけなら、姉貴の風呂も長くはならないだろうと思って、なんの気なしにそう応えてから部屋の片付けをしようとしていたら、さっさと部屋から出ればいいのに、姉貴はノブから手を離して、頑丈なドアに背を預け、顎を突き上げるようにしてからかってきた。
「フフン、それは、一緒に入りたいって甘えてるのかぁ?」
露骨に馬鹿にしたかおで即答する俺。
「んなわけないじゃん」
惚れ薬はもう効いていないんだし、姉貴と一緒に風呂とかはいりたいとは思わない。っつか、惚れ薬効いている時に今の台詞を言われたら、相当ヤバイことになると思うけど。
しかし、そんな俺の思考を読んだのか、惚れ薬じゃないがそれ以上にやばいことを姉貴が口走りあがった。
「毛が生えるまでは一緒に入ってたくせに、今更なにを言ってるんだか」
まさか、今ここでそんなことを言われると思わず、目を大きくした俺と、カラカラと笑う姉貴。
「あ……あっ! 姉貴!」
呼びかけられると、姉貴はドアの前から離れ、ゆっくりとした足取りで俺に近付き、ん~? と、楽しむ悪女の顔で、俺の鼻に自分の鼻をぶつけてきた。
近い、し、眉間の感じ的に、まだ多少は怒っているのが見て取れたので、更に俺の語気が弱まってしまった。
「人前では言わないでよ」
真由紀さんの前でもこんなことを言われたらと思うと――。心臓がヒヤッとする。俺はシスコンじゃない。 ……って、美香との普段のバカ話みたいに、そんなネタを話してないよな? 真由紀さんとは。
既に、とか止めてくれよ? 俺のメンタル的に耐えられないぞ? いいのか? 身内が引き篭もっても……。
むーっと、口を一文字に結んで唸って威嚇してみるが、姉貴はどこぞのセクハラ親父のようなノリで。
「なーに、いっちょまえに恥ずかしがってんだか」
ベシンと俺の尻を叩いた後、俺の首根っこを捕まえて、俺の頭を小脇に抱えるようにして、歩き始めた。おそらく、風呂場へと向かって。
「え? ちょ!」
どこまでがネタで、どこからが本気か分からずに戸惑う俺を他所に、姉貴はやっぱりいつもみたいな変な鼻歌を歌いながら――おそらく、それを歌っているアーティストさえも理解できないような、斬新過ぎるリズム――、ステップを刻む姉貴。
「世間体的にも、まずいからな!」
「はっはっは、口先以上には抵抗しないで、なにを言ってるんだ愚弟」
その後――。
階段前で本気で暴れて逃げようとした俺と、締め付けてくる姉貴の腕との戦いがあったが、勝者無き戦争は、無駄な夜更かしという誰もが得をしない災禍を残し、平和条約が結ばれた。
翌朝、二人ともが寝坊しかけて再び足の蹴り合いが始まるまでは。