1
苦手なファンタジージャンルですが、思うがままに、書き始めてみます。
腕組みして考えてみても、目の前のカボチャはカボチャだった。ちょっと補足するなら、八百屋で良く見かけるみっしりした緑の硬いのじゃなくて、赤くて柔らかいヘポ種の方。
何がいけなかった?
いつもは姉貴しか使わない地下実験室で、独り途方に暮れそうになる。これでもう三度目の失敗――しかも、無反応、だ。
いや、まあ、言い訳するなら、この部屋も随分いけない気がするし、仕方ないと言えばそうだと思う。
六畳ぐらいの地下室は防爆防音に特化しているせいで、窓の無い牢屋……というか、諜報組織の拷問室みたいな雰囲気だし。真ん中に一個置いてある木製のテーブルも無骨で無駄に頑丈なんだから、石炭の明かりで彷徨う死ねないお化けも怖がるんだろう、多分。
素直に姉貴に教わればよかったかな、と、心が萎えそうになるけど、あの姉貴がただで俺を助ける筈がないのは重々承知なので、重い溜息をついて再び資料のコピーの束に目を向ける。
ここには、失敗してダメになっても良いように必要最低限のものしか持ってきていないけど、こうも失敗続きだと、これじゃ足りなかったかな? と、不安になってしまう。
小さい天秤に、必要理論の魔術書のコピー、ボールペン、鳥の魂を溶かしたタコ墨に、呪われた髪の筆、頭と同じぐらいの大きさのカボチャ……。
はじめてのちゃんとした西洋魔術なんだし、もと良いモノを使うべきだったか? 焼鳥屋で集めた鳥の魂じゃなくて、市販のきちんと加工された動物の魂の欠片とか。タコ墨も乾燥品を水道水で溶くのじゃなくて、濃縮液を薄めるタイプの方にするとか。
まあ、次もダメなら、原料から変えよう。そう決めて、資料を読みながら自分がさっき使った理論と照らし合わせていく。
「あー……と? カボチャのヘポ種に関する生物理論が2b3の11658番で、火の理論と、燃料――カボチャ内部の炭化水素に選定、燃焼時間に対する光量の調整値もOKで……」
んー、一見するとどれも合っていると思うんだけど。もっと基礎の部分か? 精神共鳴粒子を初源のエネルギーに変えて、根源の世界に相転移させるのは――。
ここか?
うん、ここかもしれない。
多分、相転移のベクトルをミスって、ロスが多くて発動値に達していないんだと思う。
エネルギーの流れや相転移をイメージしやすいように左手に描いていた魔法陣の端の文字を二つ消して、筆に墨を含ませ新しく三つの文字を書き込む。
書き足した部分に他の部分との矛盾もないし、うん、今度はいけるはずだ。
テーブルの上のカボチャから三歩離れて、左手に集中する。
呼吸のリズムを数え、タイミングを合わせオーケストラの指揮者のように左手を挙げて、カボチャに向かって振り下ろす。
カボチャは、ようやく目と口の位置が内部に陥没して、ハロウィンでお馴染みのあの形に――変わっていく最中で、急にカボチャが一回り膨らんだ。
「げ」
ヤバイ、やっちまった。
そう感じると同時にドアへ向かって走る。流石にこの程度じゃ死ぬような事態にはならないと思うけど、風呂に入り直す羽目には確実になるから。
重い鉄のドアまでは、五歩の距離。
怖いから後ろは振り返らないけど、カボチャが割れそうな風船みたいに膨れてる気配だけは伝わってきている。
部屋の明かりが増した。カボチャの皮の近くまで爆燃が進んだんだろう。
ただ――!
もう一歩で逃げ切れる!
ふっと、笑って勝ち誇り、そう気を許した瞬間、手を触れてもいないのにドアが開いた。
「誠、ジャックオーランタン・レプリカぐらいまだ出来ないの」
馬鹿にしたような声が、開いていくドアの隙間から聞こえる。
「げ」
最高に最悪なタイミングだった。
今まさにそこから逃げようとしたドアを開け放ち、だけど、残念なことに仁王立ちして進路妨害した馬鹿姉貴。
急ブレーキは間に合わず、前のめりに姉貴の胸にダイブする俺。俺がぶつかった衝撃で腰の少し上まである姉貴の長い髪が舞って、微かに良い香りがした。
「ウッ? ヒャア!」
日頃の言動からは想像できないような、女の子っぽい悲鳴が姉貴の口から漏れる。ちなみに俺の方はと言えば、フカフカのクッションのおかげで全くの無傷。さすが今年から大学生になれただけはあるな、姉貴。
い、いや、そんな風に身内に劣情を抱いている場合じゃない。
今は逃げないと。
まずはカボチャから、次に姉貴から。
半端に焦った頭で妙に冷静に優先順位を決め、とりあえず姉貴ごと部屋の外へ避難しようと足に力を入れたところで――ボスンと妙に湿っぽい爆発音がして、次の瞬間、俺の背中と姉気の顔に、半端に温まったスープ状のカボチャの中身が盛大にぶちまかれた。
硬直する俺達を他所に、カボチャの甘い香りが漂ってくる。
姉貴が放心している気配がある。
この隙に逃げるべきか口八丁で切り抜けるべきか悩んで、まずは様子を窺うべきだと俺の理性が答えたからゆっくりと顔を上げていくけど、姉貴の横一文字に結ばれた口元が見えた時点で襟首を掴まれて引き剥がされた。
きちんと直立させられたから、目の前にカボチャの種をほっぺたにつけた姉貴の顔がある。年が三つも違うせいか、背丈はほぼ同じ……ってか、俺が今年で高校生になったことを鑑みれば、姉貴は女としてはかなり背が高い方だろう。
「――で?」
元々鋭い目つきを更に細めた姉貴が、可愛らしくなく小首を傾げる。やや伸び過ぎてる前髪がサラッと流れ、シャープで引き締まったアスリート系の整った顔が露になった。
その硬質な顔から滲み出るプレッシャーが凄過ぎて、返事が出来ない。
てか、そもそもなにが『で?』なのか、良く分からないし。まあ、この始末をどう付けるつもりだ、アァン? って意味だとは思うけど……。
返事出来ずにいる俺を他所に、たっぷり十秒溜めを入れてから、姉貴はゆっくりと口を開いた。
「遺書は準備したの?」
「準備する時間を頂けるのでしょうか?」
丁寧に尋ねてみても、返事は返ってこなかった。
いや、返事そのものは返ってきた。
ただ、それが言葉じゃなかっただけで。
しっかりと握りしめられた拳が眼前に迫った時、せめて一発で済めばいいな、なんて、ささやかな願いを俺は祈っていた。
顔へのワン・ツーと、一発のボディブローという拳によるお説教――もとい制裁の後、床に転がった俺を放置して、姉貴はさっさと部屋を出て行った。
流石に酷過ぎないか? と、思っていると、どうやら隣の部屋に椅子を取りに行っていただけみたいで、小さな木の椅子を床に転がる俺の正面に置いてドカッと座った。
目の前に姉貴の長いすらっとした足がある。特定のスポーツをやっているわけじゃないけど、得意な魔術傾向の都合上日頃から鍛えている姉貴は、胸以外の部分はかなりスレンダーに引き締まっている。
残念な点を述べるなら、ここから見えるのが、無難なデニムの裾と、白い靴下とちょっと履き潰した感のあるスニーカーだってことぐらいか。色っぽくないな、とか、口に出さずに思うことにする。
別に身内のパンチラを期待してたわけじゃないけど――、姉貴には、ちょっとサービス精神が足りてないな、と思う。
いや、まあ、いきなりおっぱいにダイブしたヤツが抱ける感想じゃないけどさ。
重いボディブローの衝撃から、徐々に立ち直り始めていたけど、追撃されたら嫌だから死んだフリをしていた俺。
だけど、そんなのはとっくにお見通しなのか、姉貴の高慢な声が上から降ってきた。
「アンタ、西洋体系に向いてないんだから、儚い夢を見るのは止めたら?」
見上げれば、膝に肘を乗せ頬杖ついた姉貴が、呆れた顔を俺に向けている。
ふう、と、微かに嘆息して、ぴょんと起き上がる。
背中に張り付いた生暖かいカボチャスープが、微妙に冷えてきて気持ち悪い。
「イヤだ」
答えてから着替えを取りに行こうとしたら、姉貴が俺の顔に向かってTシャツをぶつけた。
俺のシャツ? だ。椅子を取りに行った時に、顔を洗うついでに持って来てくれたんだろう。
それなら、シャツだけじゃなくてタオルも持ってきて欲しかった。背中を拭わずに着たら、また、カボチャの染みが新しいシャツにも移るだけなんだから。
少しだけ考えてから、カボチャにまみれた上着を脱ぎ捨てる。背中の微妙な湿り気は―― 仕方が無いから、脱いだシャツの汚れていない側で背中をぬぐう。
……カボチャの色って、なんか、シャツにつくと、とんでもなく汚く見えるな。小学生とかに与えたら、物凄く大騒ぎしそうだ。
「わぉ」
上半身裸でバカなこと考えてたら、全然気の入ってない歓声が、茶化すように響く。姉貴の方を見れば、姉貴は俺の腹筋から胸にかけてを舐めるように眺めていた。
挑発的な姉貴の視線を追って、自分の身体を確認してみる。
姉貴と比べると、やや文化系だな。まあ、それを言い出すと、世の大半の男は文化系になってしまうか。
せめて腹筋とか、もう少しはっきりと割れていたら良いんだけど……。
「せいっ」
せっかくだからと、マッスルなポーズをサービスしてみる。
だけど、とてつもなく冷静なお言葉が姉貴から投げられた。
「キモイ」
ごもっとも。
汚れたシャツで背中を拭いた後、新しいシャツを頭から被る。
着替え終え、目に掛かる解れた前髪を直して、姉貴を見る。
「そーんなに頑張れるほど、真由紀が気に入ったの?」
からかいをたっぷり込めた表情とニヤニヤ笑いで俺を見た姉貴。
いきなり核心に触れた姉貴の発言に、しばしフリーズしてしまう。
「う、うるさいなぁ」
と精一杯の気勢を吐いてみても、かなりの迫力不足。
もう一か月半も前のことだけど、八月末の――魔法使いのみ参加の小さな夏祭りで、俺は運命の出会いを果たした。
姉貴の大学の同級生で、今年の春に隣の県からこっちへ進学してきた真由紀さん。
姉貴から新しい友達の話を聞いてはいたけど、姉貴の親友であり俺にとっても幼馴染である美香から類推し――無理に会おうと思わなかったので、夏祭りまでは見知らぬ他人だった。
今思うなら、とてつもなく惜しいことをしたと思う。……いや、真由紀さんは今もフリーなんだし、後悔するのは早すぎる! きっと、多分、絶対に。
真由紀さんは落ち着いた大人の女性で、柔らかい眼差しや見てると幸せな笑顔が素敵な――、そう、一言で言うなら、姉貴とは正反対の女の子だ。肩甲骨ぐらいまでの栗色のサラサラした髪に、姉貴よりも二回りは小さな背丈と、ほっそりとした――そう、儚げで強く抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な身体で……。
俺にとっての、完璧な理想の女性なんだよな……。
てか、片方は高校生で、もう片方は大学生になったって言うのに、未だに姉弟で夏祭りに繰り出すなんてなんの罰ゲームだと思う所だけど、近所に年の近い魔法使いの男がいないんだから仕方がない。
ついでに言うなら、姉貴の方も誘ってくれる男のあてがないんだから仕方がない。
まあ、魔法使いはそこそこ希少なんだし、同類同士の絆が強くなるのは普通のこと、か。
そういえば……。
……とてつもなく今更だけど。
大学生になったっていうのに、姉貴には春はまだ来ていないんだろうか?
ヤな顔で俺を見詰め続ける姉貴をまじまじと見詰め返してみる。性分の悪そうな本心が、瞳の奥にあった。ここからは見えないが、姉貴の腰には、きっと矢印型の真っ黒い尻尾が生えているんだろう。おそらく、サクラチル……っていうよりは、花咲カズ春マダ遠シって状況だな。男に興味がない、わけではないと思うけど。悪魔と簡単に契約する男ばかりでもないだろう、大人しめな男が多い現代日本じゃ。
ちょっと哀れんだ目に表情を変えた俺。
俺の失礼な考えまでは見抜けない姉貴は、自分が勝利したものだと思ったらしく、ニヤァと、相好を崩した。
まるっきり悪人の顔だ。
「別にハロウィンに拘らなくても、チャンスなんていくらでもあるだろうに。今時、魔術体系で恋人なんて選ばないでしょ」
今日はいじめっ子の日なのか、姉貴はちょっとしつこくからかってきた。
それなら先に、自分で恋人を作って見せてみろ! と、言いたい。後が怖いから言えないけど……。
「それでも!」
ダン、と、右足を力強く踏み出し、右手を高らかに掲げる。アメリカンな政治家風に。
「出来ることは全てやった上で、万全の準備をした状態で……その、あー、な? わかるっしょ?」
語尾までは強気になりきれなかった俺。
姉貴は、ものすっごい馬鹿にした目をしている。
くそう。
今に見てろ!
一世一代の告白で一発OK貰ってやる!
てか、俺だってハロウィンにこだわっている訳じゃない。むしろその後にあるクリスマスが最大の問題だ。恋人とクリスマスの因果関係は、現代日本じゃある種の法則としてすでに定着している。それは、魔法使いとて同じことで、宗教的意味なんて皆無だ。
それは、リア充か否かの試金石!
大人への階段的ストーリー!
めくるめく桃色的交遊への……い、いや、そこまでの妄想は今はやめておこう、姉貴の目もあるし。
これまでのクリスマスの夜は、姉貴ともうひとりの年上の幼馴染の美香との三人でお祝いするのが恒例になっている現状から、そろそろ脱却したいんだよな。
健全な青春を送るためにも、悪しき習慣からは抜け出すべきだ。
まあ、別に、姉貴や美香が嫌いってわけじゃないんだけど……。身内は恋愛対象外だし。バレンタインに家族チョコを貰ったところで、嬉しいと思えないのと同じような感覚。うん、まあ、先に出る感想としては、ありがとう、よりも、微妙……なんだよな。
だから!
今年こそはと、クリスマスに期待する陰陽師がいて何が悪い!
「何で西洋体系は、分類ばっか細かくて、発動は力任せの論理が多いんだろう?」
一から十まで全部自分で構築して記述しないといけない西洋体系に辟易して、力無く俺は呟いた。
大体、このしみったれた地下室にだって、水の要素に空気の要素、その他様々な呪があるんだし、それを利用する方がよっぽど効率的だと思う。存在の根源を維持しつつ、形をほんの少し変えるだけで応えてくれるんだから。
天秤の横に置いておいたパラフィン紙を一枚取って、蛙を折りフッと息を吹きかける。風に舞った折り紙は、机の端に着地して、ピョンピョン跳ねながらゲコゲコ鳴いた。
基本的に、魔術の原理は全て同じではある。多元宇宙における望む可能性を引き寄せ、顕現させる。発動には、全ての宇宙の元になった初源の動力を感じ、利用する。ただ、その引き寄せ方は若干東西で異なり、元からある世界の設計図を魔力でちょっと歪めたり書き足りして発動させる事の多い東洋体系に対して、西洋体系は力任せに一度世界の常識を白紙に変えて、零から自分で望む形を描いていく。もっとも、西洋の錬金術とか日本の祝詞とか、どっちにも共通する占いとか、その分類に則らないのもかなり多いし、両方の体系を使える人だって少ないだけで、存在している。だから、家の秘密として術式を秘密にしていた中世ならともかく、情報開示が進んでいる現代魔法じゃ分類する意味はないかもしれないけど……。
ただ、やっぱり……、東西のどちらの系統が得意かに、生まれ持った相性はあるんだよな。
「アタシは、そういうチマチマした方が苦手だな」
実の姉弟なのに俺とは全く別の資質を持った姉貴が、サイドスローのピッチャーみたいに左手を動かすとパラフィン紙の蛙は一瞬で炎に包まれ、一秒もしない内に灰になって昇天した。
……そういえば、姉貴は昆虫と両生類は嫌いだったっけ。
「いいじゃん、アンタ、夏祭りの時のホタルブクロとか鬼灯の小物、真由紀に褒められてたんだし」
なぜかどこか拗ねた調子で姉気は言った。
そんなに蛙がイヤだったのか?
ちなみに、姉貴が言っているのは真由紀さんに初めて会ったあの夏祭りの事だろう。ホタルブクロに、敢えて蛍じゃなくて一夜蜻蛉――近くの魔法使いのための裏路地にある光の直売所で売られている、超短命な発光魔法生物――を封じて独特の色味を出してみた。
まあ、祭りの小物って翌日にはゴミになるから、その対策として祭りの終わりに全部夜に溶けて無くなるもので作ってみたってのが内実だけど、評判はとても良かった。
ホタルブクロの花の先端を縛っている夜顔の蔓を引いて空に放れば、月光に還る一夜蜻蛉が、高温の花火には絶対に出せない凍てつくような光で彗星みたいに空を舞う。
はしゃいでる真由紀さん、可愛かったなぁ。しかも、その後に、はしゃぎ過ぎたと思ったのか、ちょっと恥ずかしそうに照れた顔……なんて、最高のご褒美も頂けたし。
……うん、あれは――、脈ありだと思ったんだよな。
うん、多分、希望的観測だけじゃなく。
姉貴と美香にさりげなく真由紀さんが俺をどう思ったのか訊いてくれって頼んだら、あの馬鹿二人は直球で俺の目の前で訊きあがったので、本音を聞けてはいないけど。
「だから、このチャンスをものにしたいんだって」
姉貴につられたわけじゃないけど、俺の方もやや膨れて答えた。それから――。
「姉貴、ちゃんとセッティングしてよ」
もう一回、ジャックオーランタン・レプリカを作る魔法をかける準備をしながら、姉貴にお願いしてみた。
「はぁ? なんでアタシが」
あ! この声は、なんかいつのまにかマジな不機嫌モードになってあがる。
ううむ。
近い距離にある年上の女って、どうしても暴君になるから、それがちょっと嫌なんだよな。姉貴と言い、アイツと言い。
「西高の男子、何人かみつくろうからさ」
ギブアンドテイクの原則に則り、人身御供の提案をしてみるけど、にべもなく却下されてしまった。
「論外。タイプじゃないや、ガキなんて」
自分だってガキな性格のくせに、よく言うよ。
呆れた顔で振り返ると、文句あんのか? と、威嚇されたので、従順な顔を作って、へりくだった態度で腰を折り姉貴に掌を見せる。
「これでいい?」
頭の中だけでこのイメージを再現出来れば必要ないものだけど、そんなにすぐに暗記出来るものじゃない。間違ってたら、さっきみたいに大変なことになるわけだしな。
しばしまじまじと俺の手を見ていた姉貴だったけど……。
「ん……。だーいじょーぶじゃなーい?」
すごく軽ーい感じで姉貴がゴーサインを出した。
本当だろうな?
半信半疑でもう一回、テーブルの上にかぼちゃを乗せて、左手に集中して振ると、今度はわけなくカボチャがあのおなじみの形に窪んで、橙色に光だし――。
『カカカカカカ』
不気味って言うか、馬鹿にされているようで微妙に耳障りな笑い声が出てきたのを確認して、俺は溜息をついた。
「ふう」
ようやく成功した。
てか、発動させた時に気付いたけど、これって生物的性質を与えているわけじゃないんだ。単に熱膨張する空気がカボチャの中の溝を抜ける音が笑っているように聞こえ、その空気の流れが顎の部分をカクカク揺するだけ。式神とか使い魔的な法則は、全く無用だった。
……最初にそれを理解してればよかったのに。
無駄なこと色々し過ぎたな。
「この程度で、何を溜息ついてるんだか」
姉貴の楽しそうなからかいに――姉貴は、多分、炭素原子に介入して燃焼させているので、この程度の加工は朝飯前なんだろう――、つい反論してしまいそうになったけど、そうなると余計変な弄られ方をするので、気にしていない振りをして俺は話題転換を試みた。
「でも、結構イベント多いよな、日本って。他国のお祭りもみんな持ってきてるから」
元が多神教ってのが、一番大きいのかもしれない。いや、それ以上に民族としての気質か。外国から来た仏教の習慣も、割とすんなり日本式に改められたし、一時期は弾圧されてたキリスト教も、結婚式なんかで大活躍だ。
「いいじゃん、アンタには。それだけ真由紀を誘えるチャンスが増えるんだし」
今度は、からかいなのかやっかみなのか、判じるのが難しい顔をした姉貴が拗ねてるみたいに言う。
「そうだけどさぁ」
姉貴がそんな顔をするから、俺もどんな顔をして答えたらいいのか分らなくなって、発した声も中途半端なものになった。
だけど、次の瞬間、俺の反応に気を良くした姉貴が、ん~? と、いじめっ子の表情で迫ってきて、俺の鼻と自分の鼻をくっつける。コツン、と、軽く額同士がぶつかって、十センチ未満の距離で視線が重なる。
俺が幼稚園に入る前から、姉貴がよくやっていたスキンシップだ。
刷り込みの効果なのか、これをされると、魔法を掛けられたわけでもないのに服従モードにされてしまう。
しかし、ここで変な命令をされるわけにもいかないので――。
間合いを計って……。
コホンと、ひとつ咳払いをして、真面目ぶってみた。
「今の魔法使いって、これでいいんだろうか?」
「いいんじゃない? 今は科学技術があるんだし。それに、あと数十年もすれば魔法も科学で完全に説明できるようになるって話なんだし、それまでは魔法使い同士で楽しめば」
そう、魔法とは、科学技術の隙間を埋める部分の理論であって、現代科学を覆すようなものはそこに無い。
確かに機械にあまり頼らない分、自由度はあるのかもしれないけど、効果に個人差が大きいっていうデメリットもあるし、得手不得手の問題も大きい。
そもそも、不治の病は不治の病だし、不老長寿なんて夢のまた夢。賢者の石? そういう名称の物はあるにはあるけど、ぶっちゃけ、ちょっと性能のいい魔法使い用の栄養ドリンクの原料だしな。きっと、古代式の誇大広告だったんだろう。
火を付けるならライターがあるし、熱冷ましなら安くて良い薬があるし、回復魔法も絆創膏や鎮痛剤と大差ない。
魔法使いの大多数にとっての魔法なんて、ちょっと便利とか、多分、その程度のモノ。
てか、魔法がそんなに万能なら、歴史上の戦争にそれが登場しないわけがないじゃないか。
いや、でも、実際、魔法使いが参戦したら――。
……魔法の発動準備中に、銃撃されて終わりだな。
もしくは、視界の外から飛んでくるミサイルでまとめて火葬されるとかだろう。
全く意味がない。
「ま、そんなスローライフ? のツールとして楽しみますかぁ」
頭の後ろで腕を組み、何気ない調子で地下室を出て行こうとする。
姉貴も、半歩後ろからついてきて、ぽそっと耳打ちしてきた。
「そうだね。誠への罰と授業料の取立てを楽しみますかぁ」
俺と同じ調子の口調だけど、邪悪さが比較にならない。
罰って……カボチャ暴発のはさっきので終わりじゃないのか!?
しかも、たいして教えてもくれなかったのに、授業料まで!?
「お、お姉さま?」
丁寧に御伺いを立ててみる俺だったけど、姉貴からはへたくそな鼻歌が帰ってくるだけだった。
「ま、マジかよー!?」