様子。感情。
俺だって毎日教室に行かないわけじゃない。
出欠をとる時だけ、教室にいる。
だから今日も、HRに出席するため教室の扉を明けた。
ガラガラガラ。
1歩、足を踏み入れる。
と、空気が変わった。
コソコソと、声が聞こえた。
すごく気分の悪いアレだ。
気にせず自分の席に座ると、誰かに話しかけられた。
「✕✕くん。」
「……なに」
「あの子と、遊園地行ったの?」
“あの子”とはきっと、彼女のことだろう。
面倒くさい。
この人たちはどこから情報を仕入れるのだろう。
「成り行きで仕方なく行ったよ。」
「へぇ〜仲いいんだ?」
「そうゆう訳じゃないよ」
「なぁーんだ!ありがとー!」
成り行きなんてなしい、
知ってどうするのかもわからないが、とりあえず話が終わり俺は安心した。
HRが終わり、すぐに屋上に行く。
昨日の雨が嘘のように、空は青かった。
「…青い。」
自然と口から言葉が零れる。
「なぁに?詩にでも目覚めたの?」
静かな屋上に、彼女の声は、よく響く。
「そんなわけないでしょ。」
「わからないじゃない。おはよう。✕✕くん。」
「あぁ、おはよう。」
いつも通り、挨拶をする。
この後はきっといつもみたいに騒がしい彼女の話が……
「…………」
──始まらない。
彼女は、静かに空を眺めていた。
いつもの笑顔はない。
初めて会った時、転落防止フェンスに座っていた時の、あの、無表情をしていた。
「君、今日はおかしいね。」
思わず、言葉が漏れる。
それくらい、本当におかしかった。
気味悪くもあった。
「そう?そんなことないよ」
「いや、君はおかしい。」
「ありがとう。」
「君は僕と会話をする気が無いようだね。」
それからは、ずっと黙っていた。
俺は、彼女が話すのを待っていた。
「ごめん。」
「いきなり話し始めたと思ったら何かな」
「謝罪よ」
「何に対してかな?」
「自分で考えて。」
そう答えると、彼女はピンク色の、あのノートを取り出した。
サラサラと、文字をかき込んでいく。
彼女と一緒にいると、よくこの光景を見る。
彼女の日記。そして、遺書。
後ろのページには、死ぬまでにやること。
前のページからは、楽しかったことや、記憶に残ったことなどを書いていると、前に言っていた。
「そう言えば昨日、大丈夫だった?」
「なにが?」
「風邪とかひかなかったのかな、と思って。」
「あぁ、大丈夫。一応聞くけど君は?」
「一応ってなによ!
……でもまぁ、大丈夫、だと思うよ」
あぁ、やっぱりおかしい。
この時俺は確信した。
彼女は何かを隠している。
何故だろう。
隠し事をされるのが、すごく嫌だ。
どこからか、黒い感情が溢れてくる。
「嘘つくなよ!!」
「え?」
カラン、と彼女の持っていたペンが落ちた。
その、小さな音で我に返る。
俺は、何を言っているんだろう。
落ち着いてもなお、言葉が溢れてくる。
「君は朝からおかしい。
静かだし、自分のことを話さない。
いつもの元気も笑顔もない。
これでも僕は気にしてるんだ。」
言葉を吐き出して、呼吸を整える。
こんなに喋ったのは、いつぶりだろう。
こんなに怒りを覚えたのはいつぶりだろう。
「えっと、ね」
「……」
「教えてあげる?」
「…うん」
すると彼女は、柔らかく、蕾が花開くみたいに、ゆっくり優しく微笑んだ。
「ただ、生きるのが少し楽しくなっただけだよ。」
「…ほんとに?」
「本当。」
彼女の顔を見ると、自分の怒りが馬鹿らしく感じた。
「それなら、悪かったね」
「いいえ。大丈夫」
足元に落ちたペンを彼女に渡す。
俺はやっぱり馬鹿だった。
彼女のウソに、この時気付けなかったのだから。