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転生者、たびたびどきどき

この週はイレギュラーなヒーローショーに駆り出されることもなく、私はゆっくりと土日を過ごした。

とはいえ出かける用事も友だちもいないから、店の仕事のある家族の分も家の洗濯や掃除をして、皆に感謝された。店を手伝っていない分当然のことをしたつもりだったけど、それでも『ヘスターのおかげで助かったわ』と言われると、自分の居場所を確保できた気がして嬉しかった。

思えば私がお城で保護されていた期間は半年にも及んでいて、その間この家は私なしで回っていたんだ。住み込みを止めて家に戻ってまず、そのことに気付いてしまった私は、密かにちょっと焦っていた。私が居ない間に人を雇ったようなことはなくて、それはつまり、私がいなくても家族は回るし、店も困らないってことだから。勿論家族が困っていればいいなんて思わないけど、なんとなくそれは私を落ち着かない気持ちにさせていた。だから、嬉しかったというか、ほっとしたんだ。

そんなこともあって、私は元気いっぱいに月曜日を迎えた。

そのはずだったんだけど。


やられた。

出勤早々思わず溢れたため息を、冷えた指先に吹き掛けてごまかした。

「通勤中に何があった」

ごまかしたつもりだったのに、見とがめられて私は俯いた。この聞き方だ、大体想像がついているんだろうと思いつつ、しぶしぶ振り向いて、何気ない声を作る。

「何もございませんが」

「嘘をつけ。門番からも連絡が来た」

ロンまで口を挟んでくる。二対一の分私に分が悪い。いや、門番も抱き込んでいる分、多数対一か。ため息が、漏れた。

「…少し足をかけられただけです」

通勤中、お城も目前というところまで来て、誰かに足をかけられた。

別に転んだわけじゃないし、実害とまではいかない。だから何もないと言ったのは本当のことだ。

でも、若様は盛大に眉を寄せた。

「やっぱり通いはやめた方がいいんじゃないか」

「いえ、掛けられそうになったら飛び越えますし、無理なら引っ掛かってやりつつ力いっぱい蹴りつけるので心配には及びません」

この間から若様の過保護には磨きがかかっていて、何かというと分不相応なお城暮らしを進めようとする。だから私は若様に逞しさをアピールしてみせた。

「蹴るのか」

「はい、練習済みです」

なんならお見せしましょうか、と言うと、若様もロンも一歩下がった。一応冗談だったのに。

安全圏に引き下がりながら、ロンが指摘してきた。

「対策をたてたり練習したりするほど頻繁にあるということだな」

やぶ蛇だったか。

「…そのうち収まります。それより、土日に何か変化はありましたか」

あからさまな話題の振り方に2人は顔を見合わせたけど、私の態度に頑なさを見たのか、それ以上追及してこなかった。

「ロン」

全員が定位置につくと、若様はロンに話を促した。

それに一つ頷いて、ロンが口を開く。

「治安対策に関する話だと、休みの間にヒーローショーの依頼が3件、パーティの招待が1件来ている」

げ、と言いかけて、すんでのところで飲み込んだ。

まさかまたなのか、いいとこのお坊ちゃんが主役だというのに皆軽々しく頼みすぎじゃないか、とぐるぐる考えている私をよそに、話は進む。

「お前の判断は」

「出るとしたらパーティだ。ショーの依頼をしてきた街は遠くて、すでに入っているお前の予定と調整できない」

ショーの予定が流れたことに、私は心底ほっとした。

治安対策補佐官としては、城下から離れた街で詐欺対策の宣伝をする機会は大事にするべきなんだけど。今回は、バッティングしたと言うんだからしょうがない、と自分に言い訳する。若様抜きのショーは成り立たないし、代役じゃあ盛り上がらない。エセル領の若様マーカス・エセル様が…最高に華やかな美形が演じる治安ナイト様だから、意味があるんだ。

「パーティは」

「一月後に、隣のブリュール領の城でやる夜会だ。領主様がブリュール候に法制化の話をしたということで、我々にも会いたがっている」

「ブリュール候か。一度は会っておくべき人物だな」

「招待客は侯爵の周囲の人間だから身分の高い集まりだが、規模が小さいし、そこまで無理ではない」

「そうか。では、決まりだな」

「ドレスに関しては奥方様にお願いしておく」

「頼んだ」

…ドレスとか、無理ではないとかは、きっと私に関しての言葉だろう。それなのに、私の意志なんて関係なく、むしろ存在を忘れたかのように話がまとまっていく。そのことに、私は違和感を感じた。

若様はともかくロンが話に夢中になって私の存在を忘れるなんてありえないから、これは、半ば意図的にそうしているんだろう。私に聞けばきっと盛大に嫌がるからと。

なんて失礼な。

もちろん、パーティは嫌だ。この前は思ったよりもしゃべらなくてすんだけど、それでもまだ人が山ほど集まる場所は怖いし行きたくない。でも、こっちだって仕事をしている以上、嫌でもどうしてもやらなきゃいけないときもあるってことくらい、もう覚悟してるのに。

若様にもロンにも、私の覚悟は伝わってないんだ。

そう思ったらすごく腹が立って、思わず言っていた。

「一月後ですね、分かりました」

はっきりした声が出た。

若様とロンの目が、びっくりしたようにこっちを見た。

それを堂々と見返して、私は言った。

「私も行くのかと思いましたが、違いましたか?」

「い、いや!違わない、先方が本当に会いたいのは転生者であるお前のはずだから、お前には一緒に行って欲しい」

慌てて否定した若様に、そうですか、とつんとすまして返してやる。

「私がいかないと言うと思われたのですね」

機嫌をとるように、若様は続けた。

「まさか。ただ、ヘスターのことだから嫌がって直前まで駄々をこねるかと思ったから、驚いたんだ。行く気になってくれて、うれしいぞ」

これ、ごまかしてるつもりなんだろうけど、さすがの若様品質。駄々こねるだとか、私に対するイメージが酷くてフォローになってない。子どもじゃないんだから、と思ったけど、そうする間にも若様が『偉い偉い』と頭を撫でてきて、どこまでも子ども扱いなんだなと遠い目になってしまった。

それは、きらっきらと緑の目を輝かせて微笑む若様にうっかりときめかないようにという自己防衛でもあったけど。

「…あの、私は子どもではないのですが」

「うん?そんなことは分かっているぞ」

いや、分かっていないでしょう。分かっていたら、成人女性の頭なんて触らないはずでしょう。でも、子ども扱いしてくる相手を意識した方が負けのような気がして、私は心頭滅却してその手の存在を忘れることにした。

無になろう。

棚の怪しい壺に意識をとばそう。それでこの人の残念さを思い出すんだ。

でも、さすがに直接感じる大きな手の感触を無視するのは難しくて、どんどん顔が熱くなってきた。

どうしよう、ちょっと長くないか。

酷いイメージからのダメージも薄れてきたし、怪しい壺が涙で霞んでよく見えなくなってきたんだけど。

もう、絶対顔が赤くなってる。

これは一体なんの罰ゲームなんだ。私が何をしたって言うんだ。

いっそ逃げるか…

そう思ったとき、私を引き戻すようにロンが言った。

「直近のことに話を戻すが、とりあえず今週で被害者への補償関係の動きが終了する。俺とマーカスはそれを予定通りに進める。ヘスターは、この前の件以外に異変がないかこれに目を通しておけ」

若様の腕をどけるようにして差し出されたのは分厚い紙の束だった。

頭の上の体温が消えたことにほっとしつつ、それをぱらぱらめくると、領内の些細な事件や陳情の類が細かい字で書かれていた。

「分かりました。やはり、黒幕はまた何か事件を起こすでしょうか」

「それはお前の方が詳しいだろう」

ロンの言葉はとりつく島もないようで、だけど正しく私を評価しているようでもあった。

私は少し考えてから、答えた。

「確かに、私もまた事件を起こすと思います。それが領内かは別ですけれど、一度働かずに金を手にするとどうしても楽をしようとするのではないかと」

…人間、低い方へは少しのきっかけで流れるけど、そこから這い上がるのは簡単じゃないから。引きこもっていた私は、自分の姿を重ねながらそう答えた。

「とどまっていると思うか?」

若様の問いかけに、私はゆっくり首を横に振った。

「正直なところ、私は黒幕がもう他所に行った可能性が高いと思っています。犯罪者はいい狩り場に鼻が効くといいますし、今一番動きにくいと分かっているエセル領で詐欺を働く理由はないでしょうから」

若様は両腕を組んだ。

「やはりな。他領への注意喚起はブリュール候のところで出来る限りしよう。あとは父上と母上に任せるとして」

うなずいたところを見ると、ロンも同意見だったようだ。

「ともかく、領内に残っている可能性も、ゼロではないからな。一応経過を見るぞ」

これでミーティングは終わりとばかり、若様が手を叩いた。

あ、と思いついて私が声を上げると、2人の目がこちらに注目した。

「この前伺った似顔絵のことなのですが…もしよろしければ、尋問官が投げかけている人相書きのための質問のリストを見せていただけますか」

それは、ずっと俯いているリリを見ていて思いついたことだった。話している間、リリの顔はほとんど見えなくて、私はずっと彼女の右耳を見ていた。それで、彼女の耳の後ろに小さなほくろがあることに気付いたんだ。それを土日につらつら思い出していてふと、黒幕の男にももしかしたら、自分では気付かないし気にも留めていない顔以外の特徴があるかもしれないと思いついた。

「質問のリスト?そんなものがあるのか?」

若様がロンへ目を向けて確認する。

「ないと思うが…この前の担当者に、どういう質問をしたかを聞き出すことはできるだろう」

そういうなりさっさと立ちあがったロンは、執務室を出て行った。

多分、尋問官に会いに行ったんだと思った。若様は公私全てにおいて即断即実行だけど、仕事に関してはロンも即行派だから。

私と同じように思ったんだろう、若様がははっと笑った。

「あいつのことだ、30分で戻ってくるな。ヘスター、人相書きの件も抱えるつもりなら、早めに仕事にかかった方がいいぞ」

私は頬が緩むのを感じた。

若様が私の思いつきに時間をさいていいと言ってくれているんだと分かったから。そして、ロンもすでにそのために動いてくれている。

胸が、さっきとは違う意味でどきどきと鳴り始めた。

覚悟はまだ伝わっていないけど、私の考えは、ほんの思いつきであっても尊重されている。

そのことが私の胸を高鳴らせて、温かいものを体中に広げていった。

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