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転生者ととまどいのどようび

翌朝目を覚ましたとき、私はふかふかの羽布団に包まれていた。

まずい借り物のドレスが靴はどこだここはどこだ。

はっと跳び起きて、私は自分が手触りのいいネグリジェを着ていることに気付いた。

その手触りは覚えのあるもので、確認のため見回せば、予想通りそこはお城で半年お世話になった部屋だった。

私の庶民感覚に合わせて入れ替えられた家具がまだ残っているのは意外だったけど、状況はそれですんなり納得できた。

昨日は金曜で、だまし討ちでヒーローショーに出された後晩餐会にまで出させられて、それから、そう、帰りに酷い目にあったんだ。

私は帰りの馬車に乗ってからしばらくの間、ロンに足を踏みつけられていた。

酷い、執念深いと言った私にも奴は、

「愚か者には身体にたたき込むことにしている」

「反省が見られないからだ」

と言って取り合わなかった。

もちろんヒールじゃないし多分本気の力じゃなかったんだろうし、若様が取りなしてくれてこの仕返しは10分くらいでその後はただの嫌味だった。でも、ヒーローショーやら慣れないパーティやらで精神的にも肉体的にも疲れきっていた私にはとどめに等しかった。

そんなわけで、夜更けにお城にたどり着くころには私はもう精も根も尽き果てていた。

うとうと眠りかけて『はい、すみませんロン貴様』とか『申し訳なくもなくもなくも…』などと自分でも謝りたいのか煽りたいのか分からない有様になっていたのは思い出せる。

つまりその後、寝ぼけた私は誰かの気遣いでお城に泊まることになったんだろう。

そして今日は、土曜日か。

さてどうしようかと思ったところへそろりと扉が開いた。

「あ、ヘスター。起きてたの?」

「マリエさん」

寝ていたらそのまま休ませてくれるつもりだったんだろう。私はもうお客様ポジションではないのに。

謝った私に、彼女は首を振って否定しながらくすくすと笑い出した。

「びっくりしたわぁ。ヘスターったら若様にお姫様抱っこされて帰ってくるんだもの」

え。

「嘘!?」

「嘘なんかついてどうするのよ。疲れて眠っているから起こさないようにって、そのままご自分でここまで運んでらしたのよ」

…その気遣い、違う。

どうせなら、年頃の娘さんに気安く触れちゃいけないって方に気遣って欲しい。あの人のこういう感覚のズレって、過去のただれた女性関係の影響なのか。やめてほしい。

顔を覆った私を突っつきながら、マリエさんはうふふと笑う。

「あ、もちろん着替えはさすがに私がしたから安心してね」

「ありがとうそしてごめんなさい…」

「とんでもないわ。おかげでまた妄想がふくらんじゃって…ノーマルも捨てたもんじゃないわね」

「…やめてよぉ…」

「冗談よ。大丈夫、ヘスターが眠ってて覚えてないこともロン様も一緒だったこともお城の皆が分かっているから。…それに、夜更けだったから外の人には見られていないはずだしね」

そう付け足してくれた彼女は、私に向けられている嫉妬を正確に理解しているんだろう。

そう思ったら、弱音がこぼれた。

「…知られたら、本気で外歩けないし」

「心配なの?」

「だって、今でさえ睨まれたり足をかけられたりするのに」

「うん」

マリエさんはそのまましばらく、私の愚痴に耳を傾けてくれた。

私は最初、若様もロンも美形でその上独身だから、一緒にいれば嫉妬されるけど、私一人で歩いていれば気付かれないんじゃないかと楽観視していたんだ。やけに視線が痛いのも私が人混みに不慣れなせいだと思っていた。でも、舌打ちされたらさすがに分かる。

それに今週とうとう足をかけられた。

「…でも、通いは私の希望だしね」

「奥様も若様も、またお城に住めばいいっておっしゃるわよ」

「だから言えないんじゃない」

「そうねぇ…」

お城に生涯引きこもるわけにはいかないんだから。

「それに、実績無しに良い職に就いた私が妬まれるのは当然だと思うし。それでもこの仕事やりたいって思ってるんだから、折り合いつけてやっていくしかないよね」

そうなんだ。最初は嫌々で、次には義務感からやっていたけど、今私が仕事を続けているのは自分の意志だ。

そう言うと、マリエさんはにっこり笑ってくれた。

「でも、あまり無理して抱え込んじゃ駄目よ?ヘスターがまた倒れでもしたら、あなたを気に入っている人間が皆悲しむんだから」

「うん。ありがとう」

優秀なマリエさんは、私の愚痴をききながらもてきぱきと身支度や食事の準備を済ませてくれた。

そして優秀な料理人さんの作った朝食は、昨晩コルセットのせいでほとんど食べられなかった私の胃袋を見事に刺激した。

中身がとろとろのオムレツとかりっとトーストしたパン、それにみずみずしい野菜と…全部説明するとそんなに食べたのかと驚かれそうな品数の朝食を、気付けばぺろりと完食していた。

「土曜日だからゆっくりするといいわ」

マリエさんはそういってくれたけど、仕事もないのにお城に長居するわけにはいかない。朝食はいただいちゃったけど、若様に挨拶をしてなるべく早くお暇しよう。

そう思って腰を上げかけたところに、ノックの音がした。

「ヘスターさんに、お客様がみえています」


「ギル」

びっくりして大きな声がでた。

言われて向かった業者応対用の部屋の扉を開けると、立っていたのはご近所の幼なじみだったんだ。

さび色の短髪が振り向いて、私の方を振り向いた。

「ヘスター」

「どうしたの?」

別に珍しい顔ではないし、緊張する相手でもない。実家暮らしに戻ってからは通勤途中に毎日顔を合わせてもいる。でも、だからこそわざわざギルがここに来たことに驚いた。

「話があってきた」

「自警団のこと?あ、とりあえず、座って」

椅子を勧めたり応対用に備え付けられているお茶を用意したりしていると、ギルがぼそっと言った。

「…お前、やつれてねえ?」

「そう?ちょっと、忙しくて」

やつれたとすれば昨日のあれこれのせいだろうけど、それはわざわざ説明することでもないから、適当に流してお茶を注いでいた。それなのに、ギルは食い下がってきた。

「犯人は捕まったんだろ」

「一応ね。でも、それで仕事が終わるわけじゃないし」

なんでそんなことにこだわるんだろう。私はよく分からなくて、ギルを見つめた。

お茶は出してしまったし、私としてはそろそろ本題に入りたい。

「あの、ギル?」

ギルの目が鋭く私を見つめた。

「大丈夫なのかよ。平民だからって、こき使われてんじゃないか。…昨日だって、夜店に行ったらまだ帰ってこねえっていうし」

「昨日は特別よ」

ついでに、ここで言う必要はないけど彼等はうちの親にもちゃんと遅くなることや城に泊まることの連絡をその都度入れてくれていた。

「それでも、若い娘を帰れないほど遅くまで働かせるなんて、どうかしてんだろ。本当に続けるのか、こんな仕事」

「やめてよ」

なぜかかちんときた。

自分のことじゃなくても、仕事仲間を悪く言われるのは腹立たしかった。それに、いろいろ面倒なことはあるし力不足かもしれないけどそれでも頑張ろうって、そう思ってる私の仕事を『こんな』と言われたことも。

「私だけじゃなくて皆働いていたの。少しくらい大変でも、私が頑張りたいと思ってやってる仕事をそんな風に言わないで欲しい。それで、話って?」

むっとして、早口に応戦した。

異論を挟ませない間合いでそのままつっけんどんに先を促すと、ギルは眉間にしわを寄せたけど、しゃべり始めた。

「…お前が前に言ってた詐欺のとは、少し違うんだけど、気になる話を聞いたから。お前の仕事に関係あるかもと思って、きた」

ギルの話はこうだった。

信じるだけできれいになれる、というよくわからない話があって、眉唾だろうと思っていたら実際少し痩せた娘たちがいた。不思議に思っていると今度は、彼女らのうち1人が姿を消してしまった。都に仕事を探しに行ったという話しもあって事件にはなっていないが、どうも気になるという。

「信じるだけでって、何を信じているの?」

「それはよく分からねえ」

「宗教なの?流行のダイエットなの?」

「知り合いに聞いたところじゃ痩せる方法は分からなかった」

「失踪は無関係かもしれないよね」

ギルは、口数の多い方じゃない。だから、説明も端的というか簡潔すぎるくらいで、私からの質問も終えると、すぐに話が途切れた。おまけについさっき口論したせいで空気はぎこちない。

ギルは情報提供者だ。迎えた側として気持ちよく見送らなくては、と思うものの、そういう経験が少ないのでどうするべきか分からない。

「えっと、情報提供ありがとう。あとは、しばらく預からせて」

そういうと、ギルは頷いた。でも、見送ろうと立ちあがった私と裏腹に、彼は立ち去ろうとはしなかった。

「…今日お前、休みのはずだろ。帰ろうぜ」

まるで一緒に帰ろうと言われているようで、びっくりした。

「まだ、帰らないよ。さっきの話、若様たちにも伝えなきゃいけないし」

すると、ギルはすっと私から目を背けた。

「そうかよ」

それだけ言ってすたすたと歩き出す。

なんだろう。なんだか、今日のギルはおかしい。

それが何故なのか分からないまま、私は慌てて彼の後を追いかけた。

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