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転生者のめまぐるしいきんようび

「ヘスター、そんな顔をするな」

「往生際が悪い」

宥められてもぐっさり切られても、私には聞こえるんだ。

ドナドナ売られる子牛の歌が。


今朝、若様が突然、出かける準備をしろと言い出した。

よく分からないながらも机を片付けて廊下に出ると、にっこり笑顔のマリエさんからトランクを渡された。それはすぐにレディファーストの人に奪われたけど、この時点でなんだか嫌な予感はしていたんだ。

馬車には他にもトランクが積まれていたし、あれ、ちょっと出かけるにしては大荷物だなと予感はますます強まった。

そして、若様とロンと私、三人が乗り込んだ馬車が走り出してしばらくして、若様はようやく目的地を口にした。

「ルドーヌのお祭り会場…?」

馬鹿みたいにおうむ返しした私に、迎いの二人は揃って頷いた。

ルドーヌは、エセルの城下町から2時間ほど行ったところにある街だ。鉱物がよく出る山を背後に抱え、領内ではバーンと城下に続く都市として栄えている。

問題は、でも。

お祭り…

お祭り会場にこの三人で出向くといったら、理由は…治安ナイト様しかない。

血の気が一気に引くと同時に立ち上がっていた。

「降ります!」

「馬鹿!怪我するだろう」

扉を開けようとした私は若様に易々と腰を捕まれてしまった。でも降りることしか考えられなかった。

「放して下さい!歩いて帰りますから!」

「大人しくしろ、こら」

騙し討ちでヒーローショー再び、だなんてこれが大人しくしてられるか。

行かない。

帰る。

そう主張してじたばた手足を動かして逃れようとしていると、ふいに足の動きが阻まれた。

「ひやぁ…?!」

首をひねって見て、私は絶句した。

ロンが、私の足首を掴んでいる!

しかもそのまま奴はのたまった。

「大人しく座るか、それともこのまま行くか、選べ?」

このまま…?

私はもう一度捕獲された片足を見た。細くもない足は二度見してもロンの手の内で、タイツ越しにその冷たさを感じた。

それから、足が背中にはね上がった自分の格好に疑問をもって確認して、固まった。

私、若様の膝に乗っちゃってる。

厚手の外套越しとはいえ、おしりペンペンされる子どもみたいになって、その上片足捕まれて上がったまんま。

「ぅあああ!おり、おろ、下ろして下さいぃ!」

「だから、走っている馬車から降りようとするな」

伝わらない!しかも宥めるように背中ポンポンされた!

「違っそうじゃなくて、降りませんから下ろして下さい!」

「おりるおりると言われても分からないな。つまり、大人しく行くのか?」

ロンめ、絶対あんたはわかってて言ってるだろう!

「行くから、どこでも行きますから、下ろして下さい!」

恥も外聞もかなぐり捨てて叫んだ結果、私は元の座席の上で小さく固まり、大人しくするだけでなく祭り会場に行く約束までさせられていたと気付いた。

酷い。そりゃ、走行中の馬車から飛び降りようとしたり貴族様に足を振り上げたりしたのは私が悪い。でも、娘盛りの17才の成人女性をつかまえてこの仕打ちはないと思う。従わなかったらあのまんまって、どんな羞恥プレイだ。信じられない。

それでも、と私はちらりと向かいの銀髪男を見た。今からやっぱり行かないと言ったら、この男は確実にやる。

「ヘスター」

「!ひぁあはい!」

意味不明の叫び声が出た。だって若様が身を乗り出したから。

基本的に私への接触を子どもをあやすくらいにしか思っていない彼は、今も何とも思っていないんだろう。きれいな緑の目には照れも罪悪感もない。私、この前17才になったって言ったんだけどな、と少し恨めしく思いつつ俯くと、つむじに声が降ってきた。

「先に言わなくて悪かった。言えば逃げたがると思ってな」

そんな、夏の終わりの祭りも散々なだめすかされてとはいえ一応出たのに。こと人前に出ることに関しては、私の信用はないようだ。

まあ確かにさっきも逃亡をはかったけど…

「もっと早く教えて下されば、逃げない程度には心の準備ができたと思います」

そう不満をにじませてちらりと目を上げれば、若様は困ったように眉を下げた。

「そうだな、なんだかんだ言いつつ祭りは出てくれたと、私も思う」

一応信用しているという意味か。でも、何だろう、その言い回しは。

まるで他にも何かあるみたいな…

防寒対策のしっかりした馬車の中で、私は背筋を伝う汗の冷たさを感じた。

若様が、子どもに何事か言い聞かせるような顔で、口を開いた。

「ヘスター。飛び降りようとしないで聞いてくれ。祭りで余興をやったあと、私達はパーティに出ることになっている」


やっぱり帰ると言いかけてロンの笑顔を見て凍りついて、私は諸々の恐怖と怒りに震えながら馬車に乗っている。

そんなわけで、ついた頃にはくたくたに疲れきっていた。

例のごとく私がぐったりしていようと、滞りなくショーは進む。右へ左へ振り回されて顔を赤らめたり青ざめさせたりしている間に、剣の打ち合いが終わって悪役のロンがはけていった。

あの剣で、悪者を退治したんだよなあ。きらきらしているだけじゃなくて、あれは実際に人と戦う武器だった。この前は綺麗な舞のように見えていたシーンが、今日は全然違って見えた。

「皆のおかげで悪者を倒すことができた」

高らかに宣言する横顔も、ただの演技なのに、そう見えなくなってしまった。実際、若様がこうして治安ナイトとして呼びかけていることで、オレオレ詐欺の周知度は格段にアップしている。それで模倣犯の出現も抑制されているわけで、ある意味彼は本気で治安ナイトなんだ。

「ありがとう皆!さらばだ!!」

女の子たちの黄色い声の中、ヒーローショーは大盛況のうちに幕をおろした。

だがしかし、私の苦行は続くんだ。

「パーティの主催は街一番の豪商ベンソン氏だ。ベンソン家は領地を持たない男爵位だが実力で地位と富を築き上げてきた家系で、父も一目置いているんだ」

馬車で手短に受けた若様の説明によれば、ベンソン家はルドーヌの街の発展にも大いに貢献してきたらしい。それで、街の祭の後のベンソン氏主催のパーティには、エセル家から誰かしらが足を運ぶことにしているのだとか。それはいい。領主として、領内の発展に貢献している人物を大切にするのはいいことだと思う。でも、一般庶民の私とは本来関係ないはずだ。

といっても、ロンが軽く眉を上げたものだから、私は大人しく馬車に揺られた。ついたら覚えていろ、とか禿げろ銀髪、とか考えながらも、大人しく。

ベンソン氏のお屋敷はルドーヌの街の中央、祭り会場のほど近くに立っていて、そこがパーティの舞台だった。

領主様のお城程ではないものの見事なお屋敷を、私は2人の後を小さくなってついて歩いた。

衣装はとか着付けはとか、そういう逃げ道はすでに断たれていた。先に運ばれていたトランクには私用の緑色のドレスが入っていて、侍女さんだという人が来てさっさと着せつけてくれたんだ。

げんなりしたのは、ちゃんと準備されているドレス類を見て知らないのは私だけだったと気付いたこと。それからドレスと一緒にコルセットまで入っていたこと。初コルセットだ。そしてこれから行くのはコルセットのいる場ってことだ。

「ああ、よく似合うな。まるで森の妖精のようだ」

「苦しいので、笑わせようとしないで下さい」

コルセットのせいで、笑うと本気で内臓が絞られる。いつものように垂れ流された若様の無自覚タラシもしくはお世辞も余裕で、いや脂汗でスルーだ。

ほどなくして会場に案内される。

立食式のパーティ会場では、招待客が飲み食いもせず盛んにしゃべっていた。

そんなパーティが始まってしばらくすれば、私にも自分が呼ばれた理由がわかった。

「まあ、お久しぶりですマーカス様」

「ロン様、あの私…」

「これはこれはマーカス様、これはうちの娘でして…」

とにかくひっきりなしに娘さん達がやってくる。そしてそれをあしらうために彼らが使うのが、これだ。

「失礼。連れがいますのでこれで」

つまり私は二人の弾除けにされたんだ。

この会の参加者は若様のような来賓以外、ほとんどが地元の有力者とその家族だ。特に当代のベンソン氏は若者にも社交の場をという主義らしく、招待客には男女ともに若者が多い。めったにない良縁を得ようと、若い娘さんやその親御さんが貴族の貴公子に目の色を変えるのは当然の成り行きなんだろう。

ちなみに私は、まず話す必要がない。何故なら女の子やその親御さんたちは私の存在を無視しているし、そもそも男性客はほとんど近寄ってこないので会釈位しかする機会がないから。パーティと聞いて想像して戦いたよりも、この空気状態は私にとってはむしろずっと楽だった。

若様やロンが『連れが』と口にして初めて、彼等はたった今気付いたというように私に目を向けて、そして一瞬苦々しい顔をする、それだけだ。まあ、どう見てもおまけのドレスに着られた小娘が連れだと言われたら、明らかに弾除けだもんな。

人の切れ目に本人たちにこの状況を確認すると、こう返ってきた。

「勿論ソレもあるが、今後お前にも補佐官として公式な場に出てもらうことがあるだろうから、慣れてもらうためでもある。今回のパーティは出席者の身分も規模も、練習に丁度いいしな」

それは…嫌な話を聞いたな。

でも、今まで散々私のひきこもりレベルに合わせて仕事を振ってもらっていたんだし、これからは頑張るべき、なんだろう。だって、補佐官としてというなら仕事だし。

空気状態のおかげで落ち着きを取り戻していた私は、ここへ来るまでの抵抗を少しだけ反省した。

「せめて、次はちゃんと事前に教えて下さい」

2人は顔を見合わせた。

「逃げないと約束するなら」

善処します、と私が答えたところで、ざわりと周囲がどよめいた。


気配に目をやれば、引きも切らないお客様の中でも、一際目立った娘さんがいた。

彼女は白金の髪を美しく結い上げ、すらりとした長身をワインレッドのドレスに包んでいた。気の強そうな釣り気味の目は青い。

自信に満ち溢れた姿は、会場の全てを背景にしてしまう。彼女が近づいてくると、それまで私達を囲んでいた人々が自然に左右に割れた。

「ごきげんよう、マーカス様」

出来上がった花道を当然のように通った彼女は近づいてきて、言った。

ロンは無視か、と思ったのは私自身は散々無視された後だったからだ。

「お久しぶりですダドリー嬢」

若様の声が少し硬く聞こえて、私はあれと思った。

基本的に女性に優しいタラシなのに。

「今日は同僚のロン・ケンダルとヘスター・グレンと一緒なのです」

スマートとは言い難い無理やりな紹介に彼女はちらりと私たちへ目をくれた。

「まあ、気付きませんでしたわ…そう、それではこちらが噂の」

ねっとりとした視線ってこういうのを言うんだろう。さっきまでの娘さんたちの苦々しい顔が可愛く思える。頭から爪先まで値踏みするように見られて私は震えかけた。

そのとき若様が背中に手を添えてきたので、結果的に震えるどころか跳び上がりそうになった。

彼女の目がすっと細められる。

「あなたは、ダンスをなさるのかしら?」

「いえ…私は」

『噂の』って、私の素性を知ってたんだから踊れないのも分かってるだろうに。明らかな悪意を感じて、私は身を硬くした。

「そうでしたの。主賓のマーカス様が踊ってくだされば盛り上がると思ったのだけれど。…それなら、マーカス様を私がお借りしてもよろしいかしら」

そもそも若様は私のものじゃない。それをわざわざ私に聞いてくるのは、どういう腹か。分かりきってる。

「…マーカス様がそうお考えでしたら」

私がこういうしかないことを、彼女は分かっていて言わせたんだ。

「だそうですわ、マーカス様?」

暗に主催の仕事だと詰め寄られれば、若様は断れる人間じゃあない。

若様は、ため息を飲み込んだような間の後、笑顔を貼り付けて彼女に手を差しだした。


金の一対がくるくると回る。

若様とダドリー嬢は、ワルツを踊る華やかな群れの中でも、一際目立っていた。確かに彼女の言う通り、若様が踊り出すと会場が目に見えて華やいだ。つられるようにダンスに加わるカップルもいれば、うっとりとみとれるお嬢さん方もいた。

私は人の目が若様たちに向かっているのを幸いとロンと2人、壁際で若様を待ってぼそぼそしゃべりながら、曲が終わるのを待つ。

「ダドリー伯爵の娘エリザベスだ。マーカスと結婚して領主夫人におさまろうと狙っている。今夜アレが来るとわかっていたから俺は、お前を連れて来た。連れがいるとなれば儀礼的な一曲以上は断れるから」

言われて、なんだ、やっぱり二人もダドリー嬢を敬遠しているんだ、とどこかでほっとした。

それを誤魔化して、適当に口を動かす。

「おきれいな方ではないですか」

するとロンは、表情を変えずに呻いた。

「お前、本気で言っているのか。自分より身分の低い人間を存在ごと無視する性根に、それをマーカスに見られることを何とも思わない低脳さだぞ」

辛辣な。

でも、さすが氷の貴公子は女性の美貌を前にしても冷静なんだなと思った。ただ、同性が同性を悪く言うとみっともなく聞こえがちだし、身分差もあるのでやっぱり自制する。

「マーカス様が好まれるなら、よいのでは」

確かに未来の領主夫人には賢く優しい人であってほしいけど、結婚するのは若様だし。一介の部下が口を出せる問題じゃあない。つまり、これもまた私とは関係のないことなんだ。

私は大人な態度を保ったはずだ。それなのに、ロンはまじまじと私を見て呆れも露わにため息をついた。

「…お前、馬鹿だな」

「何でですか」

「さあな」

こいつ、絶対後で足踏んでやる。

私はそう決意して、若様が戻ってきて歩き始めたところで実行に移した。

ご指摘をいただき、

○後半「タガード伯爵の娘エリザベス」→「ダドリー伯爵の娘エリザベス」

○後半「同姓が同姓を」→「同性が同性を」

  の二点を修正いたしました。

間違いが多く、申し訳ありませんでした。

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