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転生者のきんちょうのすいようび

そんなことがあって、月曜は鞄に入れたお菓子は食べそびれるしロンには顔が赤いと笑われるし、散々だった。

不幸中の幸いというのか、不安が甦るたびにあの書庫でのことが思い出されて、不安に浸る余裕もなかったことだ。

それでも、水曜日の昼にはまた緊張が勝ってきて、頼まれた資料を間違えたり書類をぶちまけたり、何度もミスをした。

昼食は味が分からなかった。それでもわざわざ料理長が私のために早めに用意してくれたものだから、つめこむだけつめこんだ。

若様に断って執務室を出て、協会に着いたのは12時半。

先についていた黒猫屋はロビーでくつろいだ恰好のままひらひらと手を振ってきた。その余裕がうらやましい。爪の垢、もらっておくべきかと半分本気で考えながら、目で挨拶を返す。

すぐにナンさんが出てきて、私たちは書類を渡された。

「今日のヘスターの担当は、10才の男の子と9才の女の子、7才の女の子が一人よ」

基本的に転生者の個人情報は機密事項だけど、相談者の了解が取れた範囲で事前情報をくれたんだ。

緊張で冷たくなった指で紙をめくると、最初の二人は、地球以外からの転生者だった。

そこまで読んで、資料を閉じた。

これ以上読むと、ますます緊張して相談どころじゃなくなると思ったから。

子ども相手に何をそこまで、と思われるかもしれない。でも、相手は転生者だ。今生の見た目は子どもでも、精神年齢は私よりもずっと上だったりするんだ。

私は自慢じゃあないけど、学校卒業後ずっと引きこもっていたから世間知らずだ。バックグラウンドが違いすぎるし、彼等の世界のこともよく知らない。その上若輩者だから、とても相談になんて乗れないんじゃ、と思ったものの、始まってしまうとそうでもなかった。

最初の2人の主な悩みは、つい最近転生したばかりで家族との接し方が分からないということだった。

そして希望してやってきただけあって、最初から堰を切ったようにしゃべり出した。

「両親は、僕が急に大人びてしまったことを悲しんでいるようなんですが、こうなった以上、子どもとして振る舞うのも騙しているようで…」

10才の少年ゲイルは、そういって小さな肩を大人のようにすくめた。

話しを聞く間にも、彼がとても不安定なことが見て取れた。

急に大人に近づいた心と子どものままの体が、うまく合致できないんだろう。子どものように唇を突き出したかと思えば、今みたいに大人のようなそぶりを見せる。

私は、自分もそうだったんだろうなと思いつつ、恐る恐るいってみた。

「きっと、子どもっぽく振る舞っていいんだと思いますよ。前世を思い出したといっても、体はまだ子どもなんですから」

「でも正直、子どもじみたことをするのには抵抗があるんですよ」

「確かに。無理に子どもっぽく振る舞うのは苦痛ですよね」

「そうなんです。だって、前世では50まで生きたいい大人だったんですよ」

私は何も考える必要もなく、彼の言葉に同調していた。

だって、分かるのだ。

私が思い出した前世は20才までだったけど、それでも子どもらしく童謡を歌うことや親に甘えることにものすごい抵抗を感じた。

そう告げると、ゲイル少年もそうそうとすごい勢いで頷く。

彼の気持ちは、15年前の私と重なるようだ。そう思ったら、ふと姉の顔が浮かんだ。

「そうですね…それなら、無理はしないで、ただ家族には今まで通り子ども扱いしてくれと伝えてしまうのはどうでしょう。それで、家族が抱きしめたり頭をなでたりしてくれるときには、身体が必要としているんだ、と開き直ってされるままに任せるのもいいかもしれません」

「貴方もそうでした?」

ゲイルが子どもっぽく膝の間に両手をついて身を乗り出した。その仕草がライナス様もよくするものだったのもあって、思わず微笑んでしまう。

「ええ…私の場合、姉が問答無用で抱きついてくる人だったので、この人は仕方ないんだ、と悟りを開いた感じでしたけど。でも、姉がそうしてくれたことがきっと、良かったんだと思うんです」

ミラ姉の強引さに当時は辟易していたけど、今となっては、感謝している。だって、自分から抱きついたり甘えたりできなくなった私がスキンシップ不足にならずにすんだのは、きっと彼女のおかげだ。

いくら中身が大人でも、子どもの身体には、たくさん涙を流して、たくさん甘えて、抱きしめられることも必要なんじゃあないかと思うようになったから。

「最近、人に言われたんです。転生者には、人の倍の愛情が記憶されているんだって。もちろん、環境は色々ですから一概に倍とは言えないけど…でも、せっかく今生でもらえる愛情は、受け取っておいた方が得ですもんね」

少しちゃかして言った私に、向かいに座った少年も、くすりと笑みをこぼしてくれた。

「こんな、子どもらしくない自分を愛してくれる両親には、申し訳ないと思っているんです。でも、素直に受け入れられなくて」

「冷静で穏やかないい息子さんという感じですけど…素敵なご両親なんですね」

「ええ。だから余計にいたたまれない」

お互いに辛い思いをしているんだ。きっと、家の両親もそうだったんだろう。私は自分のことばかりで、気付いていなかったけど、娘が卒業後ずっと引きこもっていても文句一つ言わなかったうちのお父さんとお母さんも、本当はやっぱり辛かったのかもしれないな。

「ゲイルさんがいたたまれないなんて言ったら、私なんて、最近までもう10年以上心配かけっぱなしでしたよ」

「そうなんですか?だって、ヘスターさんは今有名な、治安対策補佐官ですよね?」

「つい最近ご縁があってお仕事させていただけるようになりましたけど、それまでは何年も引きこもっていたんです」

ああ、恥ずかしい。でも、興味津々な少年を前に、私は自分の恥多き人生を語るはめになった。

また来週も来たい、と言って彼は帰っていった。二人目の少女も、誰にも言えなかったことを話せて少しすっきりしたと言って笑ってくれた。

そうして、最後の一人が来たのは、4時近い時間だった。

秋の短い日差しを雲が隠して、ロビーが少し薄暗くなってきた頃、その親子はやってきた。

質素な身なりの母親が、時折小さな少女を宥めるようにして歩いてくる。協会の建物を見つけたのか、少女の足が止まった。母親は、娘に何事か言い聞かせ、その背中を押した。

ようやく2人がロビーに入ったときには、私はまたすっかり緊張してしまっていた。

「よろしくお願いします」

母親は深々と頭を下げた。私もそれに深々と返して、とやっているところにナンさんが来て私たちを促してくれた。母親はロビーの椅子に案内され、私は少女と一緒に小部屋に入った。

「あのー、天気が悪くなってきましたね」

「そうですか」

「来るの、大変じゃありませんでした?」

「特には」

「そう…」

会話が続かない。

私の対人スキルの低さもあるけど、それ以上に、この7歳の小さな少女は全身で私と話す気がないとアピールしていた。外でのやりとりを見ても、ここへ寄越したかったのは母親の方で、本人は相談したくないのだと分かる。

正直、最初の一分で言葉は途切れて、心が折れた。

でも、成人した大人として引き受けた仕事だ、一分で放り出す訳にはいかないんだ。

少なくとも、相手は席には着いているんだから。

私はもう一度目の前の少女を見た。

痩せて線の細い少女だ。その表情はともかくとして、頬にも子どもらしい膨らみがない。服装は質素でもきちんとしたものだし、協会から給付金もあるはずだし、食べるに困ることはないだろうに。それはこの子が苦しんでいることを示している気がした。

この子にも母親にも、助けが必要なのは、確かだ。それなら、私から放り出すことだけは、したくない。

唇を一旦湿らせて、ゆっくりまた言葉を探す。

「私、今日は火車で来たんだけど…」

どうでもいいよな、と自分でも思いつつ、話すことを探り探り続ける。ああ、あの若様のおしゃべりが羨ましい。あの人、相手が黙ってても平気で喋ってるもん。

同じ無駄話でもせめて共通の話題に寄せていこう、と考えて、結局私は前の少年にしたように、私が転生者と気づいてからのことを話すことにした。

「…初めてここに来たときも、火車で、やっぱり雨だったわ。5歳のときだった。最初はこれから自分の人生はすごいことになるんじゃないかって、興奮してた。私、転生王女の物語が大好きだったから」

そうだ、馬鹿みたいに興奮して、きっと鼻の穴をふくらませていた。

「でもすぐに、近所に噂が広まって…情けないけど、今度は怖くなったんだけど」

彼女は何も反応しなかったけど、席を立ちもしなかった。それに、私が話を途切れさせると、椅子からぶら下がった彼女の足が微かに揺れるんだ。だから、どう思っていたにしろ、しゃべっている間はそれを聞いていたんだと、思う。

私は結局この日、一時間かけて私の転生元年の昔語りを一人で続けてしまった。


「口が、つりそう…」

丸一日、朝から晩までしゃべっていた。皿洗いにしろお城勤めにしろ、一人で作業する時間が多いからこんなのは生まれて初めてだ。

口の使いすぎで顔が痩せるかもしれない。ついでに黒歴史を語って受けた精神的ダメージでも痩せそう。あれ、相談係のくせに相手にしゃべらせずに自分が一時間話し続けるって、失格じゃないか?

そんなことを考えながら駅までの道を歩いて行くと、ふわりと甘いいい匂いがしてきた。

見れば、駅前の広場で何人もの女の子たちが紙に包まれた何かを食べている。

包みを持った人は広場の反対側から歩いて来るようで、そっちの外れに小さな店があった。

鯛焼き屋さんだ。流石は、日本人転生者の惹かれてくる土地というか、エセル領には小豆のお菓子が普通にあって鯛焼きも食べる。でも、古めかしい看板を見るに、結構な老舗だし、もしかしたらこちらでの元祖かもしれない。今まで外界をシャットアウトしてひたすら歩いていたから気付かなかったんだ。

食べてみようかな。

せっかくもらったお給料も、空話の維持費以外まだ手付かずだし。お城のおやつは文句なく美味しいけど、買い食いにはまた違う魅力があるんだ。

久しぶりだし。

冬のテイクアウトといったら鯛焼きか大判焼きだし。

これから夕食だけど、身が細る思いをしたことだし、一つくらいいいよね。

最後の一つが決め手となって、私は財布を取り出した。

初めてのお使いなみにどきどきしながら買ったそれは、皮がぱりっと香ばしく、甘さ控えめなあんこがたっぷりで最高に美味しかった。最後の少女との面談でくじけかけていた私が、次の週も頑張ってみようと思えたのは、半分この味のおかげだった。


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