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転生者、ねぎられねだられる

「貴方には借りがあります」

言ったのは若様だ。

私の言葉を遮って。

ちょっと大事なところだったんだけど、とむっとして睨むと、若様はこちらを見もせず、真っ直ぐにナンさんを見据えていた。

「我々に出来ることなら何でもすると言いたいところですが、お話が見えないうちはそうもいきません。何をお望みですか」

単純に見える若様だけど、真面目な話ではちゃんと頭が回るらしい。ようは、具体的な話も聞かずに言質はとらせられないよ、ということだろうか。とにかく、流れは先に若様へのお願いを聞く方向に向かったわけで、私は後回しになったってことだ。まあ、仕方ない。そう考えて、前のめりになっていた上体を引っ込めた。珍しく目元をきりっとさせた若様を見続けるのは、私の心臓にも悪いし。

ナンさんもくすりと笑った。

「さすが、次期領主様はお若くてもしっかりしていらっしゃいますね。お話が早そうで助かります」

若様もナンさんも合理的な人たちだから話はとんとん拍子で決まるだろう。それに対領政のこととなると私にはわからないし。私はとりあえずお茶を飲みつつ待つことにした。うん、この紅茶、やっぱり香りがいい。

ナンさんが顎に指を当てて小さく笑うのが見えた。

「ただ、これを言うとエセル様には恨まれてしまいそうで気が引けたのです」

「怖いですね」

若様がおどけてみせる。その演技じみた表情に、ナンさんはまた少し笑って口を開いた。

「でも、言うことにします」

彼女は、若様を身構えさせた。敢えて、なんだろうか。肩に力を入れた様子をしっかり確認して、それからはっきりとこう言った。

「へスターを私に譲って下さい」

私?

おかしなところに入りかけた紅茶をなんとか飲み下して、私はカップを置いた。

私の話だったの?

若様とナンさんの話じゃあなかったの?

慌てて見回せば、若様があっけにとられたように口を開いていた。

対するナンさんはのんびりと紅茶を一口飲んで、続ける。

「毎日なんて言いませんわ。そうですね、週に3日位でどうかしら」

「まさか!ヘスターは治安対策室の所属ですよ。週の半分もよそで働かせられません」

我に返った若様に一蹴されるも、ナンさんは調子を変えなかった。

「まあ。では2日?」

「ですから、無理ですと申し上げています。貴方には感謝してもしきれませんが、それとこれとは別です。ヘスター・グレンの処遇を私の一存で動かすわけにはいきませんし、正式に協会で雇用されるとなれば、城の就業規則とぶつかります」

「そうですか…それは、残念ですわ」

彼女は僅かに眉を下げ、言った。

「協力していただければそちらの法制化についても、もっと力になれると思うのですけれど」

いかがでしょう、と微笑んだ彼女の唇が三日月のような美しい曲線を描く。

ぐ、と若様が何かを飲み込んだ。多分反射的に出かけた拒否の言葉を引っ込めたんだろう。

領主様と若様たちは、国内どこでも詐欺を取り締まれるように法律を制定しようとしている。

独自の力と発言力をもつ協会の後押しは、これに欠かせないものだ。協会の側も転生知識に関わる犯罪へ対処したという事実が欲しいから、エセル領と足並みを揃えることになっている。でもどの程度動いてくれるかは、具体的に約束されているわけじゃあない。つまり、『一応協会も後援しますよ』という名前だけを借りることになるのか、それとも転生者がらみの有力者へ話をつけてもらえるのか、ナンさんの口添え次第で変わりうるということだ。そして、実際彼女には本部を動かせる実力があることを私は知っている。

若様も、それをわかっている。

投げ掛けたナンさんも、私たちが拒否しないことをわかっているんだろう、さっきから落ち着いた様子で若様を待っている。

やがて口を引き結んでいた若様が、おもむろに言った。

「…何にせよ、ヘスターが望むことが前提です」

事実上の容認に、ナンさんが嬉しげに両手を合わせた。

「それはもちろんです。それでは、2日都合していただけるの?」

「それはさすがに困ります。3時間程度なら」

「1日」

「4時間」

「7時間」

うろたえて何の値切りかと口走りかけたとき、若様がため息をついて頭をふった。

「頑張っても半日が限度です。それ以上では勤務形態に文句をつけられかねない。よそから色々言われれば、辛い思いをするのはヘスターです」

きらん、とナンさんの目が光った気がした。

「それはそうね。では、昼からの半日ということで。…ヘスター、来てくれるかしら?」

そうだ、私の話だったんだ。

2人のやりとりに圧倒されていた私は焦って姿勢を正した。

「あ!はい。…マーカス様が許して下さるのなら」

こうして私は双方の妥協点として、毎週中日の午後、転生者協会でナンさんのお手伝いをすることになった。お仕事、じゃないのは、副業になるとお城の決まりに引っ掛かるからで、あくまでお手伝いとするため短時間、交通費以外のお給料は発生しない。

妥協点といっても、多分ナンさんは最初からこれを狙ってたと思う。何も悔しがってないし。最初にふっかけて譲歩したと見せかけたんだろうに、若様はすっかりのまれちゃって、きっと後でロンに怒られるんだろう。

そんなことを半ば人ごとのように考えていた私は、後回しになっていたお手伝いの中身を聞く段階になって、顔を強ばらせることになった。

ナンさんの話は、彼女のすすめたい転生者ケアを新しい事業として実行する協力をしてほしいということだったのだ。もしかして、それって責任重大じゃないの、とじわじわ恐れが湧いてくる。

「それで、へスターには同じ転生者として悩んでいる転生者の相談にのってほしいの」

彼女曰く引きこもりとその卒業経験があって公共事業にも協力した私は、立場的にぴったりなんだそうな。でも、人の相談にのるって、相当対人スキルがいるんじゃないの?そんなこと、私に出来るんだろうか。

それに、ナンさんの熱のこもった話し方を見ていると、なんだか不安が募るんだけど。

「この町で相談業務の実績を作って、それをもって都の本部にねじこみたいのよ。よろしくね、ヘスター」

やっぱり。

ものすごく責任重大なことを引き受けてしまったのだと気付いて、私は今さらながら青ざめたのだった。



そんな流れでナンさんのところで新たなお役目をいただいた次の日。

この日も、私と若様はお礼参りの続きをした。お礼参り二件目は黒猫屋のイグナスで、彼はライバル業者を自分の手を使わずに排除できた、とご機嫌で応じてくれた。

私はもちろん彼にもクッキーを渡した。

出された緑茶とクッキーの組み合わせはミスマッチになってしまったけど、黒猫屋はその場で開いて食べてくれた。

「サンキュー。へぇ、手作り?」

黒猫屋はちらりと若様を見てから、にやりと人の悪い笑みを浮かべた。

「いやぁ、女の子の手作りなんて、嬉しいわ。俺一人のためにだったら最高なんだけど」

「また冗談言って。勿論、みんなに渡してますから」

慌てて返した私は、黒猫屋が私のことを妹のように思っているのを知っている。私も彼を兄のように思っているし。そう、宇宙から2人でこの星に迷い込んだ兄弟だ。それまでは仲良くなくても、迷い込んでしまったら協力する、そういう意味での。

でも、他の人に通じるかは別なんだから、あんまりそういう冗談を言わないでほしいんだ。ほら、若様が驚いた顔してるじゃない。幸い店員さんは黒猫屋の軽口に慣れているらしく、聞き流してくれているけど。

「まーた、ヘスターちゃんってば恥ずかしがっちゃってえ。俺は世界の中心で愛だって叫べるぜ」

「恥ずかしいのは貴方でしょうが。マントルの中心で一回焼けてきたら」

「まんとーる?」

「あ、申し訳ありませんマーカス様。つまり、前世の世界の中心という意味です」

思わず使ってしまった地球言語を急いで説明する。黒猫屋の冗談を否定するつもりが、自分たちにしか通じない言葉使うとか、逆効果の上感じが悪い。

一人焦った私に、若様はこう言った。

「ああ…そうか、2人は同郷なんだったな」

同郷、と言われて私はきょとんとしてしまった。

若様は私がエセル領育ちだということも黒猫屋が転入組だということも知っているから。一瞬遅れて、ああ、この人は前世のことを言っているんだと気付いて、嬉しくなった。説明したことなんてないのに若様は、私の黒猫屋への感覚と同じ捉え方をする。

思わず頬が緩む。勝手に上がりたがる口角を力ずくで戻すのが大変だった。

ふと視線を感じて見れば、黒猫屋が含みのある目で笑っていた。

「なぁんか、俺見えてないんじゃない?どうしよう、この空気。ねえマーカス様」

「ん?私は何かおかしなことを言ったか?」

「いやぁ、おかしいって言うかおいしいって言うか甘いって言うか?」

…絡み癖のある兄って、どうあしらえばいいんでしょうね。姉しかいたことないから、分からない。そういえば聞いたことがなかったけど、もしかしたら、黒猫屋は前世か今生で妹がいるのかもしれない。事件も一段落したし、今度聞いてみようか。

幸いにも鈍感な若様は、『おいしい?食べ物の話だったか』と迷走してくれた。

「そういえば黒猫屋はエセル領に転入してきたわけだが、どういうところにひかれたんだ?」

「そうっすねぇ。まあ、交通網とか物価とかあるにはあるんですけど、一番の決めては飯ですかね」

「飯か」

「エセル領って日本っぽいものが多いんすよ。中でも、おにぎりがあるのが衝撃的だったなぁ」

「おにぎり?お米は国内全土で採れるでしょ?」

ちっちっ、とばかり彼は指を振った。

「白米でうまい粘りと柔らかさがあるのはこの辺だけだよ。取り寄せることもできなくはなかったけど、楽とは言えないし。だから彼女に弁当作ってもらっても、おにぎりが入ってることはないわけ。同じもの食べておいしいって言えないって結構きついもんだと思ったね、俺は」

そうか。私が当たり前に思っているものって、全然当たり前じゃあなかったんだ。たまたまエセル領に生まれたから私は前世との違和感を感じなかった。それどころか、私の知っている食べ物がみんなあることを、知識をいかすチャンスがないって残念にさえ思ってた。でもそれって、幸せなことだったんだ。

しんみり考え込んだ私に、黒猫屋が言った。

「てことでヘスターちゃん、今度の手作りはおにぎりにしてね」

なんのおねだりだ。

とりあえず冷たい目で見ておくと、彼はにやにや楽しそうに笑った。


初めてスマホから投稿したため、誤字脱字等ありましたら申し訳ありません。

新年の投稿は3日以降になると思います。皆様いお年をお迎えください。

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