転生者とナイトさま
第二章を始めます。
「治安ナイト様~!」
呼ばれた彼は爽やかに笑って手を振る。
金の髪が風に遊ぶのを軽く手でかきあげる様なんか、まあ見事な貴公子っぷりだ。
「すたすた歩かないと約束に遅れますよ、治安ナイト様」
若干冷たい声になったのは、これが一度や二度じゃあないからだ。
「なんだ、機嫌が悪いなへスター」
若様は不思議そうに私の顔を覗きこむけど。
秋風の吹く街中でちんたら立ち止まりつつ歩いていればそりゃあね。しかも治安ナイト様が声援を浴びる回数プラスアルファが私の睨まれた回数なんだから、これはもう当然でしょう。
実家に戻ってから数日で気付いたことだけど、どうやら私は思っていた以上に彼女らの嫉妬を集めているらしい。何しろ、若様が隣にいない通勤のときさえ私の顔を見て睨んでくるんだ、若様の斜め後ろにつきしたがっている今は言わずもがなだ。
でも、鈍感な若様の背中には、乙女たちのこの裏の顔を察するようなセンサーはついていない。そして私も、こんな往来でそれを伝えようとは思わない。
だから私は表情を殺して言った。
「何でもございません」
ところが彼は食い下がってきた。
「いや、何でもない顔はしていない」
鈍感なくせに、なんで人の顔色は読むんだ。
私はちらりと進行方向へ目を逸らした。
「それよりマーカス様、あと5分です」
「本当か?まずいな、急ごう」
だからさっきからそう言ってる…とは身分も仕事の役職も上の相手に言うわけにはいかず、常識人の私は黙って頷いて、ついでに差し出された手を駆け出すことですり抜けた。
目的地は隣街の転生者協会だ。
私が実家から直行なのと、若様が治安ナイトとして街中を宣伝活動するのとで、馬車を使わなかった。徒歩と、火車と呼ばれる謎の動力による電車のようなもので行く。
ぎりぎりセーフで車両に乗り込んで、私はふうと息を吐いた。
離れてついてきていた護衛さん二人もなんとか遅れずに乗れたようだ。
通勤時間を少し過ぎているせいで車内は空いているが、彼等は付かず離れず、ぎりぎり声が聞こえないくらいの距離にいる。まあ、若様は声が大きいから聞こえそうだけど。
「護衛さんたちももっと近くに来ればいいのに」
私が呟くと、若様はああ、と頷いた。
「あれはロンの言いつけらしい。きっと治安ナイトに護衛はおかしいからだろう」
なるほど、イメージ作りか。私が納得していると、彼らがなぜか揃ってため息をつくのが見えた。
私ははっとした。
今の、ロンのため息と似ている…。
さては彼等もロンの影響下にあるのか、と私はここにはいない銀髪の顔を思い出して身震いした。そう考えると、護衛さんとのこの距離はもしかするといつもの嫌がらせの一環なのかもしれない。私を敢えてイケメンと2人きりにして苦しませるとか、そういうやつ。ありうる、と私は思った。あの銀髪はおかしなことに楽しみを見出しているから。
ちらりと上目遣いに若様を伺えば、ばっちり目があった。ばれないように見たつもりだったから慌てる。
「どうした?」
「どうもいたしません!」
失敗した、一駅だけだから、と立っていないで座ればよかった。こんな、いつもより近い距離で立ってれば顔が、アップになるじゃないか。それに4人なのにまるで2人きりみたいで、でもきっと私が挙動不審なのは護衛さんにも見えているから余計恥ずかしい!お前のもくろみ通りか、ロンめ!
幸い、熱くなっていく頬を俯いて誤魔化している間に、火車は次の駅に着いた。
ホームに出たとたんに冷たい空気と街の音に包まれる。
城下町以上の賑わいを見せる、隣街のバーンだ。火車の駅と大きな街道が交差する交易都市は、エセル領で一番大きな街で、人口も多いから、黒猫屋も転生者協会もこの街に拠点をおいている。
こちらでも治安ナイトの知名度はなかなかのもので、若様はまた愛想よく手を振り歩いていた。
遠い目になるのを止められない。
そういえば、マリエさんは治安ナイト×サギ伯爵の本を作って布教しているらしい。あのヒーローショーの後『妄想が止まらないわ!』と感謝されたのはやっぱり若様たちには言わない方がいいだろうな。このネタは今日みたいな日やロンがムカつくときに、頭の中で思い出して溜飲を下げるだけにしておこう。
「ありがとう、かわいいお嬢さんたち」
若様が、タラシぶりを遺憾なく発揮している。
「応援してくれるんだね?うれしいよ」
それをやっちゃうから追っかけのお嬢さんたちが帰らないんじゃないか。
心底離れて歩きたい。他人を装いたい。でもそれは護衛さんが困るから、耐え忍んで足を動かす。無だ、無になるんだ、治安ナイトとサギ伯爵のかけ算に逃避するんだ。
ああ。
おかしいな。
予想外にも仕事を続けることになったけど、事件もとりあえずは一段落して晴れて実家暮らしになって、さあこれから新生ヘスターの爽やかな生活が始まるぞ、と思っていたのだが。
どうしてか、私は想像以上に胃の痛い生活を送っている。




