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転生者とてんしのみちびき

連絡が来たのは、2日後の午後だった。

「空話屋から連絡が入った。例の大量購入の男がまた石を買いに来たらしい」

「尾行は」

「近くにいた二番隊の二人がつけて、アジトの前ではっている。場所は西大通りの裏の倉庫だ」

「使い捨ての下っぱにしろ、手足をもいでやれる」

「一網打尽だ」

二番隊は警備隊の中でもロンや若様よりだし、徒歩でも行ける場所だ。私も、と立ち上がった。でも、それを若様に見咎められた。

「ヘスターは残れ、捕り物になる」

「いいか、マーカスの命令だ。どうせじきにタガードのやつも来る、鉢合わせして揉めている余裕はない」

もっともな理屈だ。私はしぶしぶ頷いた。

足手まといになる予感しかない私には、二人に畳み掛けるように言われて、駄々をこねることも出来なかった。

2人が駆けだしていくのを廊下の端まで見送って、なんとなくそのままぼうっと立っていると、小さな影が階段を上ってきた。

「ヘスターは居残りか」

「ライナス様」

下で若様達の出発にかちあったのだろう。彼は事情を察しているようだった。

そのまま自室に戻るのかと思いきや、ライナス様は私のところまでくると、背伸びして私の頭を撫でた。

「そんな顔をするな。兄上たちは腕がたつ。すぐに完全制圧して帰ってくる」

ぽんぽん、と子どもをあやすようなそれは、大好きな兄の真似なんだろう。よく、似ている。私は気付かないうちにつめていた息を、はあと吐き出すことができた。

「はい…そうですよね」

「そうだ。ヘスターはこっちへ来い」

そのまま、呼ばれるままにライナス様の部屋へ行って、そこで待つことになった。どうせ気を揉んで仕事にならないだろうし何かあれば空話に連絡がくるからどこにいても同じだ、と言われたのと、私自身一人でいるのが落ち着かなかったからだ。

ライナス様が聞きたがったので、事件の流れを話して気を紛らわした。

「…それで、道具係の一人を今日、空話屋で見つけたらしいのです」

大枠を話終えると、ライナス様はふうんと頷いて、それから少し首を傾げた。

「道具係というのは、面白いな。他にはどんな係があるんだ?」

「そうですね…会話のシナリオを作る係や、空話をかける係や…お金を引き出す、いえ、ポストから取り出す係が…」

何かが、頭の中でちりんと鳴った。そうだ、前世と違うのは、定期的に動力の石を交換しにいかなくちゃいけない空話だけのことじゃない。一番大きな違いは、ATMがないことだ。だから、犯人たちは金品を配達業者に運ばせて都のとあるポストに入れさせた。そのポストは、今は見張っているけど、役割的にはATMに当たる。

見張っているといえば、前世でも私が大学生のときにはATMの送金金額が制限されて、詐欺グループはATMを使いにくくなっていた。じゃあ、引き出す係の人はいなくなったんだっけ?違う、そんなはずない。そうだ、直接取りに行く手口が出てきたような気がする。

「そういえば、配達業者が被害者のことを記憶していなかったんです…」

「ちゃんと調べたのか?いや、兄上達が捜査に協力しているんだ、それは確実だな」

「ええ。それに、送り先のポストも調べました」

「そうか、さっきの取りだし係が、ポストから取り出すんだよな」

はい、と頷いて、また頭のなかでちりんという音を聞いた。見張られて使えないはずのポストと、制限のかかったATM。引き出す係の仕事は変わった。ちりちりと、音が鳴り続ける。

「…取り出す係が一番、捕まりやすい係なんです…でも、ポストの周辺でも、配達業者でも、何も見つかっていなくて…そうだ、若様が最初にオレオレ詐欺でお金を取りに来た相手を捕まえた、あれ以来一度も…」

犯人が、同じグループなのは捕まった人間の証言からも間違いない。それなら、彼等はあれからきっと、一層用心深くなったはずだ。それなのに、住所が割れている同じポストを使い続けるのは、やっぱりおかしい。

「おかしい…」

呟いた私を、ライナス様がつぶらな瞳でじっと見つめた。

「じゃあ、違うんじゃないか」

不思議なことを言った彼を、私はぽかんとして見つめた。

彼は、小首を傾げてもう一度言った。

「ヘスターがおかしいと言うなら、そのポストを使っていないんじゃないか」

私は一瞬、可愛いことを言ってくれる彼に笑いたくなって…はっとした。

ポストを使っていない、と考えれば、配達業者も使っていないことになる。そんなわけはない、と思い込んでいたけど、もし違ったら。

配達業者を使ったと疑わなかったのは、それが被害者の証言だったからだ。でも、それが間違いだったら。おばあちゃんおじいちゃんは配達業者といったら一つしか知らないから、きっと似たような服を着てくれば間違えてしまう。ポストからも配達業者からもこれだけ何も出てこないんだから、その可能性は高い。

この世界で配達業者といったら、大手は大昔の転生者が作り上げた赤足便というもので、エセル領から都まで届けられるような会社はそれこそこの一社だけだ。だから、被害者が使った配達業者は同じだというところにも何の疑問ももたなかった。

でも、これは業者を騙る人間にとっては、願ってもないことだったんだ。だって、真っ赤な帽子と馬車さえ見れば、お年寄りは皆名乗らなくても見慣れた赤足便だと思い込んでくれる。

ちりんちりんという音は今や耳が痛いほどに鳴り続けている。

私はポケットから空話を引っ張り出して、ギャビさんの番号をコールした。

呼び出し音がちりんちりんと重なって、その上耳をすましすぎているのか、自分の呼吸の音まで聞こえてくる。

「ギャビさん?ヘスターだけど、あのね、教えて欲しいの。ギャビさんは、あの時計を送るとき、赤足便の事務所まで持っていったの?…そう、そうだよね、足も辛いもんね…え?取りに来て?うそ、そうなの?それって、…そう、うん、ありがとう」

私は空話を切って、ライナス様を振り向いた。

「被害者は、やっぱり赤足便を使っていません。だって、いつも荷物を取りに来たり何か宅配してくれたりしていたって言うんです。そんなこと、してくれるなんて聞いたことありません」

「つまり、誰かがしばらく配達業者を装っていたということか?」

「そういうことになりますよね」

「でも、簡単にできることじゃないぞ。馬車もいるし」

わたしは、あっと口をあけた。叫んだかもしれない。

「あります、しかもこの街に…!」

あるじゃないか、馬車を持っていて、荷物を受け取ったり取り寄せたりしてくれる業者が。つい最近、近くで配達も請け負うこの業者が出来たことなんて、お城駐在の配達業者で用が足りてしまうお城の人間は知らない。でも、私はつい最近、聞いたばかりじゃないか。黒猫屋にライバル業者が出来たって。しかも、自分のところと客層が違って表立って戦いにくいって。あのとき気付かなかったけど、黒猫屋のお客は若者から奥様層中心だから、それ以外ってことは高齢層になる。

「黒猫屋に…!」

私は空話にしがみつくようにして数字を押した。

「早く出てっ…お願い!」

祈りが通じたのか、コール三回以内につながった。

「はい黒」

「お願い!ライバル業者の場所を教えて!」

「は?何だ?どうしたヘスター」

「多分犯人がそこにいるの!早く行かないとっ!今、若様達が別の場所に乗り込んでるから、逃げられちゃう!」

私の叫びの何割が伝わったかは分からない。でも、ただごとでないことは伝わったのか、黒猫屋は店の場所を教えてくれた。絶対一人で行くな、と念を押されたけど、私は半分しか聞いていなかった。

お礼もそこそこに通話を切って、部屋を飛び出す。

「ヘスター!」

ライナス様が走ってくる。賢い彼は、私の電話の断片から事情を察して応援を呼びに行っていたようだ。

「駄目だ、警備隊はほとんど出払っている。兄上たちが戻るまで待つしかない」

「駄目です!それじゃ逃げられる。下っ端だけ別にしてるのはこういうときに自分たちだけ逃げるためだから!」

きっと、空話屋から帰った道具係がいるのは下っ端だけの場所で、本命は便利屋のある場所だ。

言い張った私を諫めるようにライナス様は叫んだ。

「だからって、僕らだけで何が出来る!」

私は、つまった。

答えられない。

でも、でも。

「…つかまえられなくても、足止めはできるかも」

動かずに後悔するのは、もうごめんなんだ。

「ヘスター!」


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