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転生者のよかん

呼びかけの効果は出たらしい。

らしいというのは、あれ以来…何のせいとは言わないけど、私がお城に籠もっているからで、情報源は若様と、それから姉たちだ。

姉は私が舞台に立っていたこととその他諸々を後から知り合いに聞かされたらしく、どうして先に教えなかったと残念がった。私は勿論、『頭を打って前後の記憶がない』と黙秘したけど、彼女らは半ば強引に街の様子を聞かせてくれたのだ。

「すごいわよ、この前若様が歩いていたら、勇気のあるお嬢さんたちが、『治安ナイト様ぁ~!』って黄色い声あげてて。そのたびにあの方も軽く手を挙げて応えてるから、なおさらよ」

若様のヒーローショーは、いらない効果も生んでいる。姉の声真似混じりの説明に私はげっそりしながら、尋ねた。

「で、肝心の詐欺防止の方は、広がってるの?」

「うん、若い女の子中心にずっと騒いでるから、みんな嫌でも耳に入ってくる感じよ。それに、自警団のおじ様方も、話題にしてるしね」

若様からは、うっかりお金を送りそうになったおじいさんが、思いついて自警団に相談して事なきをえたという話を聞いている。

それから、思わぬ効果もあった。剣技と美貌で若者うけを狙ったショーだったけど、小さな子ども達も大いに興奮させたらしい。男の子のハートは世界が違えどやっぱりヒーローショーで燃え上がるものだったようだ。子ども達は近所のお年寄りを見かけるたび、小さな治安ナイトとして不審な空話はないかと声をかけているというから、大したものだ。

ライナス様もあのショーを領主様の横で見ていたそうで、私の気絶中、あれはなんだと大騒ぎだったという。しかも大好きな兄上がヒーローなんだから嬉しさも人一倍ということで、以来ライナス様は治安ナイトごっこにはまっている。学校でもはやっているとかで、私は何度治安ナイトの決めポーズを見せられたか分からない。ロンなんかは、サギ伯爵だから出会うたびに戦いを挑まれているようだ。大人気なく返り討ちにしているのを何度か目撃したけど、彼を最終的に悪役にした自分の決断を自画自賛している。

よかった。いろいろ、精神的被害の大きいヒーローショーだったけど、払った代償の価値はあった。これで効果がなかったら、泣くところだった。ほんとに、よかった。

私はそう思っていた。

ただ、本人はといえば。

「マーカス様…その飴、なんですか」

私は、いつも飴なんて買わない人が、壺いっぱいの飴を抱えているのを見て冷たい視線を送った。

「これか?これはな、舐めると健康になるという…」

「詐欺です」

本家本元の治安ナイトが、詐欺にひっかかってどうする。被害額は小さいけど、そういう問題じゃないんだ。

「ばれたらどうするのですか。本当に、気をつけてください」

治安ナイト様に夢中になっているお嬢さん達が一気に冷める、のはまだしも、あまり頻繁では、示しがつかない。

しょんぼりと壺を見つめている若様は哀れを誘うけど、立場上甘やかすわけにもいかないんだ。

いかに、美形のしょんぼりが見る人の胸を痛めるものであろうとも…

「…マーカス様、私喉が痛い気がしてきたので、一つ下さい」

「ん?そうか、いいぞ、飴は喉に良いからな」

ぱっと笑顔になる若様に、ほっとしたりなんて、していない。

「不思議な味ですね」

「異国の味なんだろう」

なんだか、薬臭いような食べ慣れない味で、私はもらったことを少し後悔した。

それから戻ってきたロンにも飴を勧めて若様は呆れられていた。でも、彼は開き直ってご自由にどうぞとばかり机に置いて、そのまま話し始めた。

若様の話は、午前中にあった会議の報告だった。

祭の成果や反省が中心だったそうだが、詐欺についての話も出たという。

「とりわけあのヒーローショーは評判がよくてな。ちょうど条例施行の時期とも重なったし、領内の詐欺は撲滅できるかもしれないと文官たちも喜んでいた」

これだけ被害があれば模倣する者も出てくるだろうし、そう単純にはいかないだろう。でも、そうなればいいと思う。

「まあ、警備隊長殿は不服げだったがな」

「あちら主導の似顔絵調査も都の聞き込みも不発だしな」

彼はもともと自分たちの裁量だった分野に割り込まれたという思いが強いのだろう。ここまでの成果は、法整備も広報活動も主に文官と私たち治安対策課の働きだから。

でも、目的は、事件を解決して、被害者を救済することじゃないのか。

「別に、どこの手柄でも関係ないのに…」

呟いた私をロンがちらりと見た。

「手柄は次年度の予算に関係する。今年は非常措置として領主様の裁量でねじこんだが、お前の給料の出所もその予算だ」

ああ、そういうこともあるのか。

でも…来年は。

不意に思い至って、私はうろたえた。

この調子で上手くすすめば、私はお役ご免になる。それも、空話屋の動きによっては、もう一月程度で。

結構、すぐだな、と思った。

早いのは、いいことだ、解決するんだから。早い方が、いい。

それなのに、口に出すのは、ためらわれた。

この場所を去ることに対する寂しさなのか、先への不安なのか。はっきりさせたいとも思えなくて、私は、飴をもう一つ口に放り込んで誤魔化した。


何かに悩んだときは、働くこと。昔から私は、皿洗いに没頭して悩みを忘れてきた。

働こう。

そう決めて午後をめいっぱい働いて、夕食のあとも残業したけど、部屋に帰ってもまだ脳みそがもやもやしていた。

私は、シャワーを止めて頭を一つ振った。一番優先するべきなのは、事件の全面解決だ。ギャビさんに、だまし取られた時計を返すことだ。

だから、私は全力を尽くして働こう。おかしな感傷は忘れて。忘れる、ためにも。

ロンからやたら雑用を押しつけられて忙しくなって以来、前世の探索はほとんど出来ていなかった。

仕事を任されるのは嫌じゃないし、むしろやれることがあるのは嬉しい。実際、細々とした防犯対策の成果は出ていると昼間も言われたとおりだし、その下調べや後始末に関する雑多な仕事はもともと補佐官である私の仕事だ。だからそれは良いのだ。

けど。

やっぱり、前世へ潜ることは、起こってしまった事件について私なりにできる一番の行動なんだ。前世の記憶を掘り起こして、解決の糸口が見つからないか探したい。

いつも、いっそ夜明かしして探索を…と思いつつ、ベットの上で目を閉じて集中して…とやっているうちに大抵、何も思い出さずに気付けば朝になっていた。

今日は、いい具合に目がさえて、眠気もやってこない。

これなら、潜れるはずだ。

白いベットガードにもたれて、私は目を閉じた。

…女優とか興味ない?…

…事務所のスカウトなんだけど、君、磨けば光るよ…

…今の、絶対怪しいよね。なんの女優だよって感じ…

…えー、でも…ならかわいいし、本当にスカウトされてもおかしくないよ…

…甘いなあ、ほら、名刺見てよ。事務所の名前を肩書きに入れながら、事務所の番号なしで個人のアドレスだよ?…

…さすが、声かけられなれてるねえ…

…あんたみたいな純粋なタイプこそ、ころっと引っかけられそうで心配なんだよね…

…まさか。私はまず声をかけられないタイプだよ…

久々に詐欺に関する情報を拾えた。本当に久しぶりの収穫だ。

ただ、なんだかあまりいい目覚めではなかった。まるで悪くなったものを食べてしまったように、胃から嫌な味が喉へと上がってくる。

でもそれも、ベッドサイドの水を飲み干すころには治まった。

何度か人を心配させてしまった失敗から、前世探索のタイミングは夜眠りにつく時と定めた。これなら、どんなに時間がかかっても人に心配されることなくじっとしていられるし、間違っても目覚めに美形を拝むような心臓に悪い事態には陥らない。

そんなわけで、こうして深夜に目を覚ましているわけだ。

目の焦点があってきたので、思い出した内容を軽くメモする。模様替えのお陰でこの部屋でも書き物ができるようになったのが助かる…それも、もうすぐ不要になるけど。

私は軽く頬を叩いて小さなランプに手を伸ばし、ペンを走らせた。

偽スカウトに○○詐欺という呼び名があるのかはわからない。でも、芸能界デビューなどの華やかな謳い文句を餌にレッスン代や入会金と称してお金を巻き上げるのは、こちらでは聞かない犯罪だから書いておいて損はないだろう。

まあ、テレビや芸能界がないこちらでどう置き換えられるかは、考えどころだけど。

どこの誰とも知らない犯人は、転生者協会の手綱からも離れて、転生三原則の支配を受けないままに好き勝手なことをしているらしい。

もっと、ずばんと一気に思い出したい。

もどかしさに私は喉をかきむしりたくなった。

ずばっと大きな手がかりを思い出して、さっさと解決して、ギャビさんに早く時計を返して。そうしたら、私はこの場所を離れる。寂しい、と心のどこかが呟く。だからこそ、一刻も早く、解決したい。

これ以上、慣れ親しんでしまう前に。離れたくないと、はっきり思ってしまう前に。

いや違う、そういうことを考えないために、めいっぱい働くんだ。たくさん働けば、悩む暇もなくて、たくさん思い出せば、この世界の詐欺への対応カードも増える。私が辞めるまでに、カードは増えれば増えるほどいい。

いや、だからそういうことを考えないために…

ため息が出た。

もう一度、潜ろう。私は、自然に眠りに落ちるまで、その夜何度も記憶の探索を繰り返した。


遅くなってすみません!

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