転生者のりょうど
「もっと貴族のご子息って、きゃっきゃうふふと優雅にしているものだと思っていました」
「まあ、学生のうちは…」
若様、途中で口を抑えるとまずいことがありますと白状しているようなものですよ。第一、貴方の悪行はだいぶ初期のうちにロンからばらされてるし…というのは上司に対してあんまりなので。
「そうでしたね、マーカス様はだいぶお盛んだったのでしたね」
何でもないことのように言ってあげたのに、若様は大層慌てた顔をしてお茶をこぼしかけた。
「違っ」
「わないだろ、お前が卒業と同時にプロポーズしてくれるかもと期待して都の屋敷に押し掛けた女たちの名前を言ってやろう。まずは」
「ロンその節は世話になった幻の名酒が手に入りそうなんだがどうだろう!」
「いいだろう、勘弁してやる」
側近に転がされてるよ、いいのかなあ。
若様がまんまとロンにお酒をせびりとられているのを横目に、私はじゃこと大葉のおにぎりを咀嚼した。
今日のお昼は色とりどりのおにぎりだ。
合理主義の若様たちの昼食は仕事の合間に食べやすいものが多く、今日のおにぎりも二三口て食べられる大きさのものがずらりと並んでいる。最初は机の3分の2を埋め尽くす量に驚いていたけど、食べ盛りの男が二人いるとあっという間になくなってしまうのだとわかって、とりあえずここからこっちは自分の領土だと宣言して食料を確保した。
ロンに呆れた目で見られようと、お昼はしっかり食べたいんだ、私は。仕事をしてお腹が減るのもあるけど、このナイフもナプキンも使わない気楽さが、美味しく感じさせるというのも大きい。最初は美形の貴族様な上美形の上司様でもある男の人が2人いることに緊張してそれどころじゃなかったけど、今は2人とも美形だけど『残念な』若様と、美形だけど所詮『ロン貴様』。もはや胃袋というフィールドでは、お城の料理人の敵ではない。私は心行くまで気楽でなおかつ繊細な味わいのおにぎりを味わう。
ちなみに若様は私の領土権の主張にも、『食べられるだけ食べろ』とおおらかに笑って、自分の領土からエビ天むすを寄越してくれた。ただ、好物のエビへの愛と感動を込めてお礼を言ったら思いっきり顔を背けられたけど。エセル領の次期領主様は意地汚くなくてありがたいが、時々不思議だ。
そうだ、領土といえば。
私は、おにぎりを一旦置いて、呼吸を整えた。
「…そういえば、不思議に思ったことがあったのです」
「何がだ?」
「詐欺集団の使ったポストのことです」
この前若様と道具係について話をしてから、もう一度詐欺集団の構造を考え直した。
それで、道具係にならぶ下っ端である回収係に焦点を当ててみた。前世では受け子と言われていた人間。ここが本来なら一番足がつきやすい役目なのに、若様の一件以降は捕まっていない。よほど上手く手を変え場所を変えているかといえば、そうとも言えないのに。
「領内のもっと近い場所にすれば、回収が楽なのに。わざわざ都の住所なんて…それに、同時期とはいえ、場所を変えないのも危険なことですよね」
詐欺集団はだまし取った金品の送付先に、都のある住所を使っていたんだった。その空屋のことも当然調べたが、ポスト周りに物証もなく、目撃情報もまだ見つかっていない。何件もの金品をそこに取りに行って、捕まらないとはどういうマジックを使っているのか。
「それは、シナリオで金をせびる相手が都にいるからだろう」
「でも、デマなのですからどこでもいいはずです」
ギャビさんこそ、孫が本当に都にいたけど、他の被害者はまちまちだ。ただ、金を返す相手の住所だとかなんとか言われて、都のそこに送らされていたことは共通している。
そう指摘すれば、若様とロンも首をかしげた。
「送る側も近い方が楽なのになあ。都までじゃ、扱ってくれる宅配業者が限られる」
「そのわりに、宅配業者が何も被害者を覚えていない」
都とエセル領二ヶ所に拠点があるという理由なら、今度は都で被害報告が出ていないことが不思議だ。
「あまり近いよりも、土地勘が働かない確かめにいきにくい場所がいいということか」
ロンが何とか理屈をつけようとするが、無表情ながら声に張りがないところを見るに、納得していないようだ。
「遠方に届けるのは時間がかかる分、手元にお金が渡るまでにばれるリスクも上がりますよね」
それをおしても、利点をとったのか、はたまたリスクに気づかなかったのか。仲間が捕まってすぐに痕跡をほとんど消し去ってアジトを替えた周到さとこのリスクの大きいポストの位置に、どうしても違和感が消えない。
でも、その先が分からないんだ。
明らかに違和感があって、胃がぞわぞわと落ち着かないのに、『だからきっとこうだ』というもう一歩が出てこない。この中で一番、詐欺に詳しいのは私なのに。こういう犯人の考えを読むことこそ、求められている転生者の能力だろうに。役に、立ちたいのに。
口に出して相談すればもしやと思ったけど、やっぱり解決しなかった謎が、無性にもどかしい。
とんと音がして、見れば若様がお茶のカップを置くところだった。お行儀の良い彼等は、長い話をする間はおにぎりを置いてお茶に持ちかえていたのだ。
「保留だな。腹が減っては戦はできぬだ、まず食べるぞ」
そう言って私にもおにぎりを差し出してくる。鮭と青菜の。しかも、また自分の領土からだ。一口サイズとはいえ予定より二つも多いとさすがに食べきれないかも、と思いながらも、せっかくの厚意だから受け取る。
お礼を言おうと目を上げたところで2人が扉の方へ目をやった。
しばらくして足音が聞こえてきて、ノックとほぼ同時に扉が開かれた。
「入りますよ。まあ、仲良くお昼の時間だったのね、お邪魔してごめんなさい」
「母上、何かご用ですか」
「ご用ですかではないわ。マーカス、貴方、祭りで何の手も打たないつもりなの?」
「予算もありませんし、特に考えてはいませんが」
そう、ビラ配りについては自警団長との話にも出たけど、予算が足りないよねと断念したのだ。
けれど、奥方様はその答えにふうと悩ましいため息をつき、眉をかすかに寄せられた。
「うっかりしていたわ、貴方たち、そろいもそろってここ数年、祭りに出ていなかったのね」
奥方様の美しい瞳が、私達の顔を順繰りに見回した。
都の騎士学校に通っていた若様とロン。それに、引きこもりの私。
「あのねえ、この街の祭りにはヨサコイがあるでしょう?あれが広まっていて、最近では領内の各地の踊り手が集まるようになっているのよ。特に舞台には注目が集まるわ。私の言いたいことはそろそろ分かったかしら?」
「つまり、その舞台が、街の外まで防犯の知識を広める絶好の機会ということですね」
「その通りよ」
ということで、と奥方様はにっこり笑った。
「貴方たち、お祭りに参加して、何らかの方法で宣伝活動をしていらっしゃいな。そうそう、ヘスターちゃんのお洋服は、私が選んでおきましたからね、心配しないでね」
それはさすがに仕事が早すぎませんか、と思いながらも、奥方様が非常に楽しそうな様子でふふふと声を漏らされたので、私まで幸せな気分になってしまった。
そのままうっとりと麗しい後ろ姿を見送っていた私は、ロンの一言で現実に引き戻された。
「お前、仮にも地元の街娘だろうに。知らなかったのか」
「し・知ってましたよ、それくらい。ただ、実際に見たことがないから忘れていただけで…」
そうだ、姉たちは毎年私に、それこそ耳にたこができるくらい祭りの魅力を語ってくれた。思えば、私を外に連れ出そうと必死だったのだろう。
「そうです、たしか、街の中央通りを一時封鎖して、そこを踊り手達が踊りながら通るのです。審査もあるらしくて、審査発表前の最終アピールが行われる舞台にはたくさんの人が集まるとか」
「そういう大事なことは、早く言え。お前、前世の記憶でもないのに小出しにするとは、どういうことだ」
そんなこと言われたって。耳でしか知らない知識なんだから、出てこなくても仕方ないじゃないか。
「まあ良いだろう、ロン。間に合ったんだから」
そう言った若様は、すでに戦闘モードに突入したらしく残りのおにぎりをぼかすか口に突っ込んでいる。こういうときの彼はマナーも何も関係ないのだ。あっというまに私の領土以外が空になり、私の分はロンがさっさと小皿に移してわきに寄せた。
それから私たちは、祭りに参加する準備を整えた。
またまた大急ぎだ。
いつもいつも私たちの準備が大急ぎの大忙しなのは、若様の即断即行主義とロンの人使いの荒さのせいかと思っていたけど、どうやら私の思い出すタイミングの遅さのせいでもあったらしい。
最後のおにぎりをお茶で流し込みながら、私は頬をべしりと叩いておいた。




