転生者、ぼうさつされる
ギャビさんに会いに行った日の夜、私はまた前世に潜った。
黒猫屋の言った、被害者は繰り返し騙されるということが気になったからだ。
ギャビさんがまた狙われるなら、それを阻止したい。それに、そもそもの詐欺グループの情報も、もっと欲しい。
白黒の渦の中心に立って、前世の自分の大人になった声を、探す。耳鳴りがするくらいに耳を澄まして、狙いを定めて捕まえる。
…合コン行かない?…
…え~、また?あ…もよくやるよね…
…メンツがさあ…
会話の中身から見て外れ。大学の講堂にテレビはないし。
ぱっと切り替えて、別の獲物を探す。
この深さまで潜るのも、繰り返すうちに大分慣れて早くなった。最初は一つ捕まえるのがやっとだった声を当たりを探していくつも試し見する余裕もできた。
そうして、何度かキャッチ&リリースを繰り返して、私はある記憶にぶつかった。
…同じ高校だった…の子の親、払っちゃったらしいよ…
…マジで?…
大学の学食が見えたとき、私はすぐに別の場面に切り替えようと思っていた。でも、耳に飛び込んできた『払う』という単語が引っかかって、続きを見る気になった。
…詐欺なんて、よっぽど隙がなきゃなきゃ引っ…ってた…
…その家、詐欺師のリストに載っちゃったんじゃない?…
…うちの親も…かも…
…もしかしたら、卒アルとか同窓会名簿が売られた訳…
…やだ…
…別口かも…けど安心は…
見つけた。
多分、これは一つのヒントだ。
私は、白黒の渦の中から浮上した。
被害者は詐欺集団の持っているリストに、騙せる人間として記載される。
じゃあそのリストのもとはと言えば、ランダムにかけていく場合もあるけど、何かしらの名簿を使うことになる。
卒アルという響きに懐かしさを感じながら、私はそれが名前と写真の他に住所などの連絡先も載ることのある代物だったと思い出す。同窓会名簿も同じだ。要は個人の連絡先が載っていれば、名簿は何でもいいのだろう。ただ、それが何の名簿かによって、騙す側はシナリオを作り込める。学生の名簿なら、家族に向けて息子や娘に成りすますのが楽になるし、学校の先生の名簿なら、お宅のご主人がセクハラしましたとでも言えば、かなりの動揺が誘えるだろう。
目を開けると、部屋の明かりで目がチカチカした。
「名簿のこと…書いとかなきゃ」
起き上がってメモしよう、と思いながらも、枕に吸い付いた頭が持ち上がらない。
明日、メモしよう。なんとか寝返りだけ打って照明を消すと、暗くなった室内に安心して、すとんと意識も消えた。
翌日、若様は私と目があって一瞬狼狽した。
多分ハンカチの無駄遣いがロンにばれるのを恐れたんだと思う。その証拠に、私が手ぶらなのに気付いたんだろう、すぐにほっとしたように顔を緩めて、なんだ勘違いか、などとぶつぶつ言っていたから。ちなみにハンカチはまだ干しているところだから、今日は返せないのだ。
「マーカス様」
なんだ、と振り向いた若様の隣で、ロンがかすかに眉を上げる。
「へえ?」
「なんですか、ロン様」
「いいや、何でも?」
感じの悪い笑顔も、美形がやると下卑て見えないからずるい。
それから私は、今朝早くから小一時間かけて書いた提案を若様のところへ持っていった。
「被害者発見のための提案です。ご検討下さい」
中身は、主に配達業者やギルドへの呼びかけについてだ。最近おかしな出金や配達がなかったか、それから今後そういう老人を見たら止めて欲しいということ。もう一つ、何か忘れている気もしたが、とにかくこれだけは大急ぎでしなくてはいけないと思って書き上げた。
「…やる気に満ちているな」
「はい!」
もう、やる気満々だ。だってギャビさんに私が捜査のお手伝いをしていることを言っちゃったし、褒められちゃったし。なんだか心のつまりがとれて吹っ切れたのもあって、今日はばりばり働きたい気分だ。
朝食でも珍しく厚切りベーコンを二枚平らげた私にマリエさんがびっくりしていた。ちなみに私は小食じゃない。でも、エセル家の朝食は量が多いのと豪華な食器への気後れで、最初に取り分けられた分を胃に収めるので精一杯だったんだ。
「なんでも言ってください」
そう言った私に、若様は椅子の上で若干身を引いた。何故だ。
「午後3時からは印刷所の方と打ち合わせですけれど、それまででしたら、いろいろできますので」
「いや…」
「それなら」
ロンが横から口を出した。
「この本に印をつけてくれ。窃盗に関する項目全てだ」
どん、と渡された本の重みに、私は思わず取り落としかけた。軽い口調に反してものすごく重く分厚いその本の表紙には、『王立騎士団判例集』とある。
ロンめ、容赦がない。
正直、うわあ、と思った。見れば見るほど枕にぴったりの厚さだし。
でも、何でもやると言った以上、私にやらないという選択肢はない。
「分かりました、何とか今日中に済ませます」
今日中になんて見栄をはった私は、デスクに戻って開いたとたんに、若干後悔した。字が、予想以上に小さかったんだ。
そうして私は、治安対策補佐官を始めてからの数か月で初めて、夕食後も残業をすることになった。若様とロンがさすがに寝にいくと言い出した夜の10時まで、ひたすら本にしおりを挟み続けたんだ。
でも忙しくしていたのは私だけじゃなくて、若様は山ほどの仕事を片付けてこの日のうちに私の提案を実行していた。さすがは、即断即決の男だ。緊急の案件が即実行されて、本当にほっとした。
あと、途中で私の席までちょっかいをかけにきたロンが、コップの中身を飲んでむせたのはいい気味だった。『何で麦茶に砂糖とミルクなんだ』とうるさかったけど、勝手に人の物を飲む方が悪い。
ふらふらしながら部屋に戻って、シャワーだけ簡単に浴びてワンピース型の寝間着に着替える。そうするともう、布団に倒れ込むしかない。
目が、しばしば。
指が、かさかさ。
でも、極度の疲れは同時にほのかな達成感をもたらしていて、案外悪くない気分だった。
「潜るのは、明日にするかあ」
あれは、時間だけじゃなくて、気力もかなり使うから。
そんなことを考えたのを最後に、私の意識ははるか彼方へ遠のいた。
まどろみの中にいた私は、このとき全く気付いていなかった。
この忙殺状態がこの後しばらく続けられることも、その中で『悪くない気分』なんて言っていられない状況に陥ることも。
柔らかなシーツに頬をすりつけながら、私はのんきに眠りについた。




