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転生者のおでかけ2

「若様が言いたいのは、つまり、転生者としての私の知識を領地の振興のために貸せ、という意味でしょうか」

「そう言っている」

すみませんね、聞いていなかったんですよ、と胸の中で毒づく。

それに聞いていたとしても、こんな、ただの町娘には大きすぎる話、驚いて確かめて当然だ。

「あの、無理です」

私は意を決して顔を上げた。意志が固いところを示すために。

しかしめったに浴びないお日様が眩しくて、きりりと相手を睨み付けることはできなかった。むしろ直射日光に涙目だ。

「何故だ」

「私が知っている程度のことでは、何もできないからです」

「お前は、転生者なのだろう?」

領主は不思議そうに首を傾げた。

17才の美少年、ずるい。首を傾げたりしてもあざとく見えない。

きらきらの金髪が、高台に吹き抜ける風に揺れる。

その毛先辺りに視線を逃がしながら、私は深呼吸をした。

「転生者でも、前世の私はただの子どもだったのです。学者でも手に職があったわけでもないので、何もできません」

そもそも、なにかできるならとっくにやっている。家族のために一肌脱ぎたい気持ちは、私にだって無いわけじゃないんだ。

「だから、申し訳ございません」

若様は、しばらく私をしげしげと眺めていた。

「…転生者のもつ異世界の知識は、それだけで新しいものだろう?何もできないということはないのではないか」

「いえ、すでにその程度の知識でできることは、過去の転生者がやりつくしています」

頑なに言い張った私を見ながら、若様は腕を組んだ。

「ヘスター・グレン」

「はい」

「確かにお前は、私よりも異世界に詳しいのだろう」

何を当たり前のことを、と私は胸の中で呟いた。

「しかし、お前、この世界のことは俺より知らないのではないか?」

何をおかしなことを、と私は思わず眉をひそめた。

それは一つ違う年を指しての言葉だろうか。それとも、若様と私の身分の差からくる見識の差を指しての言葉だろうか。どちらにしても、眉間の皺を緩める気分ではなかった。

しかし幸いにも、若様は、私の失礼な表情を咎めはしなかった。

かわりに彼は、片頬を上げて笑った。

「ああ、やっと目があったな。先程から見ていたが、お前は、何も直視しようとしないだろう」

どきん、と心臓が痛んだ。

「それなのに、どうしてこの世界に何もできないと決めつける?自分の知っている狭い世界の中だけで、それを判断できるのか?」

若様は頭一つ以上高いところから私を見下ろして、こう言った。

私はかあっと頬に血が集まるのを感じた。

確かにここまで、私は彼の足下ばかりを見つめて歩いてきた。

彼は、ぺらぺらしゃべっているだけのようで、その実私の様子をしっかり見ていたんだろう。

でも、街を歩いたのは、若様の視察のためだろう。私が周りを見回す必要があるだなんて、彼も言わなかったじゃあないか。

そもそも、私はここに来るまで彼に協力して欲しいと言われていたわけでもないし、今だってそんなことは承諾していない。ただ付き合えと言われたから、連れ歩かれただけのことだ。

だから、彼の言葉には山ほど異論があるし、非難を受けたと思う必要などない。

それなのに、頬が熱い。

傍目にもきっと分かるくらい真っ赤になっている。

それは、私自身が彼の言葉に自分を恥じてしまったからだ。

たしかに、私は引きこもり気味で、外の世界をよく知らない。

先程見下ろした街並みが16年この世界に暮らした今も馴染まないのは、それほどに見た回数が少ないせいでもあるだろう。

お前はこの世界を知らないと、そう言われて即座に反論できないくらいには、私は自分を恥じていた。

けれど、私はそれをすぐ認められるほど大人でも、素直な性格でもなかった。

「…」

私はすっと彼から目を逸らした。

「若様のお話は、私のような者には難しすぎて、意味が分かりません」

身分差を逆手にとってとぼける。

はあ、とため息が聞こえた。

彼は本当に、そういう感情を包み隠してくれない。

「まあ、今日のところはいいだろう。とにかく、もうしばらく歩く」


それから若様は、高台の上の練兵場やら市街地の広場やらを歩き回った。

そして所々で、私に意見を求めたが、私は『はあ』と『まあ』の二種類を使い分けて凌いだ。

なんとか我が家の店の前についたとき、私はやっと解放されるとほっとした。

久々の外出はいつも厨房で使っている筋肉とは違う部分を使ったらしい。それにどこへいっても若様は目立つので、人見知りの私は精神的にも身体的にもかなり疲弊していた。

「明日は…」

若様は少し離れて、お付きの人と何か相談をしている。

どうでもいいけど、そういうのはお開きにしてからにしてほしい。私は一刻も早く厨房に入って休みたいんだ。

「ご公務が…」

「…明後日も…」

「そうか。…か?」

お付きの人との話がやっと終わったのか、若様が、数歩私の方へ近づいてきた。

ああ、やっと解放される。

これで、このおかしな外出も終わって、もとの平穏な生活に戻れるんだ。

私は、彼が口を開くのを今か今かと待った。あ、この人唇の色がいい。

「今日はご苦労だった」

やっと聞けたこの終了の言葉に、思わず顔がほころぶ。

「はい、失礼いたします」

我ながら、今日一番の良い声が出た。

それをどう思ったのか、ちょっと目を見開いてから、若様はこう言った。

「では、三日後にまたくる」

「…え?」

「とにかく、三日後、同じ時間だ」

「…はあ?」

我ながら、今日一番にドスの効いた声が出た。

まだ数話しか投稿できていないのに、ブックマークしていただき、とても励みになります。ありがとうございます。

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