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転生者、チラシをつくる

書庫への道を攻略した私は、ようやく補佐官らしい仕事をゲットした。

実は自警団との企画が動き出して、準備中の忙しさの分、私は妙に手持ちぶさたに感じていた。法制化の話も、もう素人の私には口の出せないところまで進んでしまったので、そちらの仕事が空いたせいもある。黒猫屋とのやりとりは、被害防止の方法に話題を変えて続いているけど。

自分で言うのもなんだけど、私はオレオレ詐欺に関わる諸事情がなければ、別に働き者じゃあない。実家でも休みの日は誰より遅くまで惰眠をむさぼっていたものだ。でも、お給料をもらっている以上それに見合う働きはしたいし、なにより私が少し暇で他の二人が相変わらず忙しいのは落ち着かない。

だって…仲間だというんなら、少しでも忙しさを分担したいじゃないか。私は多分、自分でもちょっと浮かすぎだと思うくらい、この言葉に浮かれている。仕方ない、だって現世は友だちの一人もいなかったんだから!

だから、仲間のためならばと、今まで気づきもしなかった雑用もやりたいと思っている。もともと裏方業務は好きだし。

「ヘスター・グレン。これを返してきてくれ」

「あ、はい」

仕事を頼まれて、私は急いで立ち上がった。

若様が指したのは10冊くらいの専門書だ。これなら頑張れば一回でいけるなと算段する。

でも、私が手を伸ばす前にその山は、消えた。

「若…マーカス・エセル様、本を貸してください」

「ん」

頷いた若様の手から私に回ってきたのは、たった二冊。

嘘でしょ、と言いそうになった。

書庫へのお遣い係をゲットしたはずが、思っていたのと違う。まるで『わたちもやる~!』と言いだした子どもに形ばかり手伝わせるような、5歳児でも持てる重量だ。

「行くぞ」

ぽかんとだらしなく口を開けてしまった私に構わず、若様は歩き出した。

そうだった、この人は、ナチュラルにたらしなんだった。彼は、私がやりたいと言ったからやらせてくれただけで、重い荷物を自分でも持つこと自体は変えないつもりだったんだ。

私はわざわざ扉を開けて待っている若様にはっとして、慌てて駆け寄りながら話しかけた。

「これでは、私がお手伝いする意味がありませんよね」

「そんなことはない。時間を有効に使えるしな」

自分で持ってしまうのじゃ有効も何も。

「歩きながら話ができるだろう」

「話、ですか」

ペンを持つ手を止めて私に説明するよりは、ということか。納得は全くできないけど、もう書庫は目の前だから、今さら若様から本を取り上げても仕方なくなってしまった。

私はそれならせめてと、有益そうな話題を探した。

「では、チラシについてご相談しても?」

「いいぞ」

自警団と連携して詐欺対策をすることになったので、それぞれの店先や公共の施設にチラシを貼る準備をしている。私はその原案を考えているのだ。

予算は若様が予備費からいくらかぶんどってきたのだが、潤沢とは言えない。本来町の治安に関することだから警備隊の割り当てから出してもらうべきところを、髭男との関係でそうできなかったせいだ。

何をするにも予算が不可欠で、それにはたくさんの承認と時間が必要になる。若様が領主の息子であろうと資産を持っていようと、公の物事をポケットマネーで賄えば、独断専行だ贔屓だとそれはそれで問題になるのだ。前世も現世も一般庶民の私は、それを知って目から鱗が落ちる思いだった。

「この枚数では印刷の単価が高いですし、かといってサイズを小さくすればお年寄りが読めませんし」

予算と印刷所の料金表と理想を突き合わせて、なんとか無理やり型に納めようとしていた。

でも、もともと収まらないものを押し込んだものだから、出来た妥協案は、帯に短し、たすきに長しだ。

「なるべく誰もが分かる言葉で書かねばな」

「ええ。ただ、平易な言葉というのは、字数がかかるものですね」

しみじみ思う。分かりやすく書こうと思うと、文字が増えて紙に収まらなくなっていくのだ。あとは紙を薄くするか、枚数を減らすか…

悩みながら半ば独り言のようにつらつらと述べると、隣で若様の肩が揺れた。笑ったらしい。

「頑張っているようだな。それなら、印刷所との交渉もお前に任せるか」

「え…はい!やります、やらせて下さい」

私は急いで答えた。

そういう細々とした打合せやお遣いを任せてもらえるのは、願ってもないことだ。だって、それってもともと『補佐』の仕事だろうから。

今はそれを、私の引きこもり度合いを配慮してロンと若様が被っている状態だ。

実は、私がこの事実をきちんと知ったのは、つい数時間前、朝食を一緒にと押しかけてきたライナス様とのおしゃべりでだったりする。若様たちの過労が気がかりだと言った私に、ライナス様は『ヘスターは本当に仕方ないな』と言いながら教えてくれたのだ。

彼曰く、エセル家には他にも有能な秘書さんたちがいるけど、彼等は基本的に現当主である領主様のお仕事を手伝っているから、現状領主様の手伝いである若様を、さらにお手伝い、とはいかないらしい。領地経営について分からないことを教えてもらったり、そのために家の使用人を動かしたりすることはあるみたいだけど、この治安対策に関しては若様が始めたお仕事だから、その補佐をするのは今のところロンと私しかいないのだ。

ついでに、今のところと言いながら、今後増えるのかといえばそれも謎だ。だって、もともとこの治安対策のお仕事は若様が私の逃げ場として苦し紛れに作ったものだ。後から被害が拡大したことや法整備を目指す関係で需要が追いついたけど、騒ぎが収まれば私はお役ご免で、治安維持は警備隊の仕事に一本化するんだろうなと思っている。だから、今はせいぜい補佐官を務めるんだ。

それでも、若様は今も、念を押す。

「印刷所の人間と顔を合わせて話せるか?」

自分で任せるかと言っておきながら、半分冗談だったらしい。

「…頑張ります、もう大丈夫です!」

確かに知らない人と一対一で打合せをする場面を想像したら一瞬指先が震えたけど、でもそうは言っていられない。だって、これくらいできるようにならなきゃ、仲間どころか、補佐官じゃないでしょ。

春に家を出て以来、私の行動範囲はお城の廊下、裏庭と来て、書庫の中まで広がった。

でも外の人と会うのは、例の事情で黒猫屋と協会のナンさんくらい。この夏の間に、せめてお城でできる業者さんとの打合せをここに加えたいんだ。


でも、何もかもが上手くいくわけではなかった。

エセル領の夏は、前世私が住んでいた東京近郊の都市よりも幾分か涼しい。それでも、この日はじりじりとした暑さに窓辺に寄っただけで目眩がするようだった。

その、暑い室内で、私たちは、がっくりと肩を落としていた。いつもならぱたぱた書類で自分を仰いでいる暑がりの若様も、今は大人しい。

いろいろな疲れが、一気に肩にのしかかってくるようだった。

私たちの活動は、間に合わなかったのだ。

私たちが自警団と活動を始めたときに、被害者はすでにいたのだ。

「名乗り出ずにいたのか…」

若様の声に苦いものが滲む。私だって、同じ気持ちだ。

「もっと早く始めていれば…」

思わず口走って、慌てつぐむ。皆気持ちは同じはずなのに、これを言うのは計画を預かっていた若様を責めるように聞こえてしまうから。

「後悔しても仕方ないし、何も暗転したわけではない。啓蒙活動があったから、ようやく名乗り出られた、そういうことだ」

ロンは極力、感情を排して話そうとしているようだった。

「まあ、それはそうだな」

新たに見つかった被害者は、ギャビさんが被害にあった数日後にほとんど同じ手口で騙されていた。

同じく独り暮らしで、80代の男性、子どもは遠くに住んでいる。騙されたと翌日には気付いていたが、今まで誰にも言わずにいたのだという。

「騙された自分を恥じて、言えなかったのか」

金をだましとられたのは悔しいし、取り返したい。しかし人に言えば、息子の声すら分からなかったのかと言われるのじゃないか、家族と縁遠いことを知られ恥をかくのじゃないか。そんなことを気に病み葛藤していたところ、近所の定食屋で詐欺について教えられた。

被害者はそこでようやく、騙されたのは自分が悪いわけではないと思えて、自警団経由で若様に相談することにしたのだ。

連絡の空話を受けて、それを私たちが伝え聞いて、それから重たい空気の中で座り込んで、どれくらい経ったのか。

「かなり時間がたっているが、聴取に行く」

若様が立ち上がった。

「はい」

「ヘスター、お前はこれから印刷屋と打合せだろう」

「あ、そうでした…」

ロンに指摘され、浮かせかけた腰が途中で止まる。

よほど所在なげに見えたのか、若様の大きな手が頭にのせられた。びくっとした私を気にせず、彼は子どもを宥めるように言った。

「それに、今日はきっと警備隊と鉢合わせになるからな」

「はい…」

2人は慌ただしく出て行った。私はまた、それを見送ることになってしまった。

でも、私には私の仕事がある。これからやる仕事も、きっと犯人逮捕の手助けになるはずだ。

そう自分を奮い立たせて、向かったのはエセル家の一階、普段商人と話をするときに使うのだという小部屋だ。

印刷所の担当者が来たと連絡を受けたので、時間より早めだったけど急ぎ足に廊下を進む。

「お待たせしました…」

そっと扉を開けると、中に立っていたのは20前後に見える女性だった。驚いたような顔でこちらを見た後、私の背後に目を泳がせた。

よかった、女の人で。いかつい男の人より女の人の方がいまだに安心する。

私はこの幸先の良さに、少し気持ちが浮上した。

「あの、ガレン印刷の方ですよね?治安対策のチラシを作っていただく…私が担当のヘスター・グレンです」

念のため尋ねると、彼女はがくんと肩を落とした。

うん、挙動がちょっと不審。でも、挙動不審はお互い様だし、あまり性格の良ろしくない私は、むしろ多少の欠点が見えた方が安心する。

「ええと、とりあえず座っていただいて…早速ですが、原稿を見ていただきたいのですが」

私は唇を持ち上げて笑顔を作った。いざ、打合せ開始だ。

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