転生者、もぐる
「・・・んじゃ、そういうことで、若様とロンによろしく」
「了解、伝えとくね」
「ん。ところで、最近どうよー」
「うーん、ダウン気味?」
「はあ~?どうした」
この頃は黒猫屋とも打ち解けて、すっかりタメ語になっている。
もともと数少ない前世の若者言葉がそのまま使える相手だし、身分も同じ庶民だし。前世の終わりが同じ20才前後と知ると、黒猫屋が敬語禁止令を出して、間違い10回たまったらデートねと言われたので必死で直したのだ。まあ、デートデートと言ってくるのも社交辞令かからかいだと読めてきたけど。
「先週オレオレ詐欺の新しい被害者が出たでしょ。それで、私は警備隊に目をつけられたからお城を出られないでしょ」
「あー、うちに来れないだけじゃなくあんた今軟禁状態なんだっけ?」
「うん。まあ、もともと引きこもりだから日常生活には大差ないんだけどね」
「そのわりには暗いじゃん」
図星をつかれて、私はぐっとつまった。ギャビさんが被害にあったのに、城の中で祈るしかない自分が心底情けなくて、それが通話中も頭を離れなかった。
「なんだよ。なんかあった?またロンにでも泣かされたか?」
またもや半分図星だ。暗い理由はロンではないけど。もしやエスパーか、と思いつつ、さりげなく話をそらす。
「なんていうか、こもってると自分の情けなさについて考えてしまうというか」
「情バナってやつ?お兄さんにどんと任せるつもりで言ってみな」
黒猫屋は、優しい。私は少し笑って、比較的話しやすいライナス様との件を話すことにした。情けない話がいくつもあって、助かった。いや良いことじゃないんだけど。
ライナス様は、あれ以来私を無視している。向こうから近づいてこない今、顔を合わせるのは夕食時だけだけど、険しい顔で黙々と食べているのだ。奥方様が一度心配して訳をお尋ねになったけど、若様が自分に叱られて拗ねているのだろうと答えて、私も黙っていた。偶然廊下で会ったときは、2人で瞬間冷凍されて一分間見つめ合ったあと、回れ右された。つまり、全く好転していない。
「考えてみると、転生王女にしろ転生革命家にしろ、有名な転生者の話って、大体子どもになつかれてるよね。私、とことん転生者らしくないなと・・・何で笑うの」
『本題』に触れられずにした話とはいえ、ライナス様と不仲のままだということも、私にとっては本気の悩みだ。どう接していいか分からないし、話しかけることもできないまま、かなり経つ。
「良くも悪くもさ、あんたらしくて。暗くて臆病で、バレバレの嘘でお坊ちゃんを庇っちゃう要領の悪いところもお人好しなところも、ついでにいうと転生王女と自分を比べちゃう実は理想の高いところも、あんたらしいじゃん」
「ひど。『良くも悪くも』っていいつつ悪いことしか言ってない」
全然慰められてない。それに、理想が高いと言われたのも少し不服だった。確かに足下にも及ばないくせに彼等と引き比べたのは身の程知らずで、同じ転生者という気安さと空話の気楽さがなければこんな話、きっとしなかったと思うけど。
「酷いか?別に転生王女や転生革命家みたいに要領良くいかなくても、らしくていいって意味なんだけど。ヘスター・グレンはヘスター・グレンだろ」
「だから、そのヘスター・グレンをもう少しましにしたいって話なのに」
私は私だと前を向くには、今の自分は情けなすぎるのだ。ギャビさんの事件解決には何の力にもなれず、祈るだけだし、自分の半分の年の子ども相手にも上手く立ち回れない。今私は私だと言っても、それは居直りにしかならない気がする。
黒猫屋はふうんと否定でも肯定でもない相づちを返してきたが、こう続けた。
「俺は好きだぜ?仕事に一生懸命で何するにも必死で。それに悩んだり泣いたりしてくれれば慰められるしってね」
はあ?後半で全てが台無しだ。
「どうもありがとうございました、もう結構です。それでは失礼いたします」
冷たい声で言ったら、受話器の向こうで待てまてまてと焦った声がした。こういう冗談を挟んでこなければ、素敵なお兄さんなのに。私は通話を終わらせようとしていた指を離した。
「ともかく、さ。悩み終わるまで悩めよ。それで話せるようになったら聞いてやるし、助けが欲しければ手え貸すから」
今、話せるようになったらって言ったよね。
「うん・・・」
この人は。私の一番の悩みが他にあることを、察した上でさっきの話に付き合ってくれていたらしい。本当にエスパーか。
少しハスキーな声が、穏やかに響く。
「前にも言ったけど、俺はそういう、てんぱるくらい必死なあんたが気に入って協力してるんだ。若様だってさ、あんたに仕事を任せたんだろ。大昔の転生王女にじゃない」
転生者の頂点である転生王女。彼女は覚醒すると、それまで不仲だった弟王子との関係を即座に修復し、彼を賢王に育て上げた。そして持ち前の明るさと前向きさでみんなに愛され、たくさんの協力者を得て、ついには国の改革に成功したという。
この国に生まれ育てば誰もが耳にする寝物語で、そして私にとっては理想でプレッシャーで、大好きだった話は、いつしか聞くのも厭わしい話に変わっていた。
でも、今、転生王女じゃなく私自身を気に入ったと言ってくれる人がいて、成り行きとはいえ私を雇ってくれた人がいるのだった。信じようとしてくれている人も、いる。要領よくいかなくても、ヘスター・グレンは必死でいいじゃないかと、彼等が思ってくれているのなら。
それなら、私はもっと必死になって、もっと足掻かないといけないのだろう。
「うん・・・ありがと」
私は長くなってしまった空話を切った。
そして、立ちあがって、両手で頬をつねった。
「仕事、しよ」
被害者がいて、犯人がいる。ギャビさんは、何も知らずに優しい心をもてあそばれて、騙された。
今からでも、私にできることはないのか。
祈る以外の、何か。城の中からでもできる、何か。
思い出せ、何か見落としていることはないか。
これまで何日もかけて考え続けたから、普通に考えても思い浮かばないことはもう、分かっている。
でも、もしかしたらまだできるかもしれない。
だって、私も転生者だもの。転生王女や転生革命家のようにはなれなくても、彼等に連なる、転生者のはしくれだもの。転生治安対策補佐官ってやつだもの。
私は脇目もふらず執務室の席に戻ると、すぐに目を閉じ、両手で耳を抑えた。
そして頭の中で、普段使うよりよりもう一段古い記憶の層へ潜った。




