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転生者のおしたく

カチャカチャカチャ…

「いいじゃないのお、あんな美男子、ここらじゃ滅多にいないわよ」

顔がなんだ。

カチャカチャカチャ…

「マーカス様、17才ですって。ヘスターとちょうど同じくらいねえ」

年がなんだって言うんだ。

カチャカチャ、ジャー…

「恋が生まれちゃったりして?」

「それは無理じゃない?身分差あるし。そばにいて眺めるだけでも眼福だって」

「あらあ、無理なことないわよ。大昔の王妃様の話を知らないの?」

ヘスターは可愛いし、だって。

わたしは家族一の地味顔だから、これはモラ姉の明らかなおだて。

私はそんなおだてにのって仏頂面を崩したりしないぞ。あ、でも仏頂面ってもともと崩れた顔だから、こう言うのは変か。

「どっちにしても『領主様のとこの若様』の申しつけなんだから、悩んだって行くしかないでしょ!」

「いったあ!やめてよ、皿洗ってるんだから!!」

ミラ姉に背中をどつかれて、さすがに私は怒鳴った。

そもそも、さっきから二人して、こっちが真面目に仕事をしているのにそばでうるさいんだ。

「いいから2人とも仕事に戻ってよ!」

私は人見知りだが、内弁慶だ。気心知れた家族には大声も出るし思い切り文句も言う。

「えー?もう注文聞いたし」

いつものね!と言い放つのは、注文を聞いたとはいわないと思う。それに注文済みだとしても店先に誰もいないのはまずいだろう。

「そんなこと言っちゃって、いいの?お姉様たちの力を借りなくて」

「は?」

行儀悪く聞き返した私に、ふふんと腕を組んだミラ姉が言う。

「明日、若様と視察に行くんでしょう?」

「行かない」

行きたくない私は、即座に否定した。

しかし姉は取り合わない。

「駄目よヘスター。若様の命令を断れる訳ないでしょ?」

モラ姉の言うことは正しい。

一介の町娘にそんな力はない。権力にはおもねるしかないときがある。ああ、この国の身分制度、腹立たしい。普段は貧富の差も小さい豊かな国だから、感じたことがなかったけど、実はこの国には領主や王族といった庶民とは一線を画す身分があるんだ。転生王妃、改革しちゃえばよかったじゃん、と思っても遅い。

「いいこと、ヘスター?」

ミラ姉がびしりと指を突きつけてきた。

「あんたは明日、あの最高級の美男子と視察に行く。あの最高の素材が高級品に身を包んで歩く横に、あんたが立つところ、想像してごらん」

私はふて腐れたかおをしたまま、こっそりあのぴかぴかの革靴を思い浮かべた。あと、あんまり覚えていないけど、たしか美形だった顔も。そういえば足下を見ていたけど、予想の場所に膝が見えなかったなあと思いだし、それはかなり足が長いと言うことでは、と思い至る。

…あの隣、もしくは後ろに、この私?

ふと、磨き上げた鍋に映った自分の顔が見えた。

ありふれた黒髪、長目の前髪、暗い灰色の目。

加えて引きこもり気味だから不健康な顔色。

鍋には映っていないけど、手も足もこの狭い厨房で、ある程度の労働に耐えられる仕様…つまり、長くも細くもない。それは、素材からてんでレベルが違うということだ。

知らず眉を寄せていた私に、ミラ姉は言った。

「ね?分かった?」

「何が…」

彼女らの言いたいことは分かったが、なんとなく素直に認めるのもしゃくでそうとぼけた。しかし長姉はおっとりと微笑んだ。

「母さんが、ヘスターをちゃんとしておいでって、私たちを下がらせたのよ。大丈夫、私たちが手伝うから、明日の準備、しましょう?」

ああ、もう。

この優しい物言いをされると、意地を張るのが馬鹿らしくなってしまう。

私は結局、がっくりとうなだれて厨房から連れ出された。

ああ、また、売られる子牛の歌が聞こえる。


ああでもない、こうでもないとこねくり回され、とりあえず、少ない手持ちの服の中で比較的品の良い物を選んで見栄えが良くなるようにと流行にあわせて手直しする。

小さな鞄やボンネットを姉たちのものも引っ張り出して合わせる。昔は既婚者がかぶったとかいうボンネットも、今は手頃な日よけ帽として町娘からいいとこのお嬢さんまで被っている。このへんの『可愛ければ良いじゃない』的な精神は、過去の転生デザイナーの影響ではないかと私は思っているが、あまり調べたことはない。

足下は、普段の布靴ではなく革靴へ。

もともとこの国で庶民が履くのは木靴かサンダルだったらしいけど、何十年か前に転生靴屋が丈夫で安価な布製の靴を作ってくれた。倉庫に残っていた木靴を面白半分に履いてみたらすぐに足が痛くなったから、これには本当に感謝している。

でも、明日は仮にも領主一家の若様のお供ということで、多少古びていても一応革靴がいいだろう、と姉が言ったのだ。

結局、小花柄の淡い水色のワンピースに、同じく水色の鞄、白いレースの付いたボンネットと黒い革靴という恰好が決まった。

やっと眠れる、と思ったところで今度は寝る前の肌の手入れだといって顔にいろいろな液体を塗りたくられ、揉まれ叩かれた。挙げ句の果てには前髪をあげておでこを出すかとおどされて前髪を切られた。

そして普段の営業終了より何時間も遅くなったころ、ようやく解放された私は、あれこれ考える余裕すらなく泥のように疲れて布団にダイブした。

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