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転生者にはてきがいる

翌日、ナン女史から手紙が届いた。それは、私と同時代の転生者を紹介するという内容だった。

私は驚いたけど、若様たちはやっぱりという顔をしていた。

読み終えた手紙をひらりとロンに渡して、若様は言った。

「この転生者ととりあえず話せるように、手配しておいたということだ」

その転生者は、黒猫屋という店をやっているという。

「運送業となんでも屋を兼ねたような店らしいな」

「メイドに聞いたら知っていた。都で流行りの本や菓子なんかを取り寄せることができて若者の間で人気らしい」

へえ。ネットのお取り寄せみたいなものか。才気のある人間は、こんなに何でもそろった世界でも、ちゃんとそういうビジネスチャンスを見つけるんだ。私は感心した。

「私たちより数才上なだけなのに、すでに何十人もの人間を雇っているやり手だ」

手紙をとんと叩いた若者の指が機嫌良さげに弾む。

わくわくしているんだな、きっと。もともと若者は転生者とこの領地をもり立てようと私を訪ねて来たくらいだし、転生者の上に実業家で成功者となれば興味津々だろう。いい人を紹介してもらえて良かったね。

そんなことを考えながら外野を決め込んでいたら、若様が聞いてきた。

「どうだ?」

質問がアバウトすぎてわからなかったので、適当に答えた。

「若様とお話が弾みそうな方ですね」

「その若様という呼び方はやめろと言っただろう」

そうだった。あまりこちらから呼びかけたりしないから、考えるのを忘れていた。

そんなやりとりをしていると、ロンが呆れた声で言った。

「分かっているのか?実際に話すのはマーカスじゃない、お前だ」

え?なんで。

「この転生者と話して、さぎについての知識をすり合わせるんだ。まあ、先方は店が忙しいからどの程度協力するかは分からないということだが」

・・・そうなの?

さあっと目の前が白くなっていく。

「おい、聞いているか?・・・駄目だ、聞いていないな」

ロンの声は途中から良く聞こえなかった。

やっぱりナン女史は、私のことが嫌いなんだろうか。何も私の苦手要素を固めたような人を紹介してくれなくてもいいのに。

初対面の男の人だ。おまけに年上だ。極めつけに、転生者だ。

私が苦手なのは、第一に私を転生者と知っている人。そして第二に、私と同じ転生者だ。


黒猫屋への訪問は、相手の都合に合わせ、2日後に決まった。

自分が話すのだと言われたとき、顔をひきつらせた。

訪問日が決まって、全身青くなった。

前日、腹痛と食欲不振にみまわれた。まあこれは、ライナス様が通りすがりに私の前に青虫を投げてきたせいで、夕食のインゲンが動き出しそうに思えたせいもある。どっちにしろ奥方様を心配させてしまったからむりやり口にしたけど。

全身が拒否反応を示していても、積極的にいやだと駄々をこねられないのは、それが妥当だと自分でも分かっているからだ。私の知識を相手の知識と照らし合わせて、修正や補足をするというのに、当の私が行かないのでは話しにならないし、間に人を挟めばそれだけ話しがややこしくなる。それは分かっている。

ただ、もう出発だというこの期に及んで身体が言うことを聞かないだけで。

奥方様集団に捕まって見事に全身水色のお人形ルックにされた私は、さっきからレースのハンドバックにしがみつくようにしてつっ立っている。

もう、皆準備は万端で、後は私が部屋を出ればいいだけだ。分かっては、いる。

そのとき、出口付近にいた若様が、呟いた。

「人見知りの子どものようだな」

がんと頭に金だらいが落とされたようなショックだった。

子ども?私、精神年齢は二十歳越えてるはずなんだけど。前世と合計したら36年は生きているんだけど。

でも、一方で納得せざるを得ない自分もいた。確かに仕事に行くのにこんな風に下向いて固まって行きたくないアピールをしていたら、社会人失格だもの。こんな有様じゃ、黒猫屋と比べるまでもない。あんまりに情けない。

結局うつむいて黙るしかできないでいると、ロンさんが冷たい声で言った。

「もう時間だ。どちらにしろ早く決めてくれ」

それは、私が行こうが行くまいが、全く構わないという口振りだった。

事実、彼にとってはそうなのだ。彼は若様のスケジュールを滞りなく遂行させることが第一で、そこに私がいるかはおまけでしかない。むしろ、私の有用性に疑問を持っているだろう彼にとっては、場所をとるだけ邪魔なのだろう。

なんだか味方の方が少ない気がしてきた。ライナス様に銀髪に、ナン女史に。

「行く気なら、百歩譲って何も話さなくても扇で顔を隠していてもいいが、せめて時間通りに動け」

足を引っ張るなって意味だよね、これは。

その通りだ。ロンだけじゃない、皆、場違いな私の退場を望んでいるんだと思う。

でも・・・もう少し、配慮というものがあってもいいじゃないの。自主退場できない事情も分かっているはずじゃないの。確かに私は情けない元引きこもりだけど、こっちもいろいろ事情があるなか頑張っているんだから、そこまで邪険にしなくても。

つまり、私はぐだぐだと駄々をこねている身でありながら、ロンの言葉に腹を立てたのだ。

私は顔を上げて、冷ややかな水色の目を見返した。

すると不思議なことに、その後ろの扉がすっと近づいて見えた。永遠にたどり着けないようだった扉への距離が、ほんの数歩に縮まった。

誰かが昔、怒りは絶望の次に来るモチベーションだと言っていた気がするが、そういうことかもしれない。

「行きます」

まっすぐ睨み付けるようにした私に、ロンはへえとだけ言って歩き出した。

若様の側近と言いながらなぜ自分が先に行くのだ、私は呆れた。でも当の若様は気にした様子もなく、機嫌よくついていく。だから私も、置いて行かれないようにその後を追った。


てきがいる、というのはヘスターの主観です。

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