転生者はあきれる
部屋に戻ると、先程の銀髪の彼がいた。
「早かったな。まあ、大体の資料は読み終えたからいいが」
我が物顔で応接セットに広げた資料を重ね直しながら、彼は言った。
装飾の美しい机の上は大量の紙に占領されているが、ちらりと見たところ『マーカス・エセルに対する不敬罪事件(投資さぎ)の詳細』と書かれていた。
若様も何も言わないから、この2人にとってはそれが当然のことなのだろう。
「協会側は、終始紋切り型だった。こちらで全て用意してから相談に来るようにと言われた」
「成る程、面倒なことはしたくないと」
はっきりばっさり、銀髪は切って捨てた。その通りなんだけど。
若様は、肩をすくめた。
「まあ、今のところだ」
「楽観的だな」
「分かりやすい相手だったのは、いい材料だからな」
若様がソファにどっかと座り込むと、銀髪の男がこちらを向いた。私は慌てて俯いた。
「先程は失礼。俺は、ロン・ケンダルという」
ロンと名乗った彼は、若様の乳兄弟だという。実質側近扱いなのだろうな、と私は思った。
彼は、若様の後始末をしてきたため一月違いの帰郷となったらしい。バカ様がいるとはかどらないので先に帰らせたのだとか。どおりで、若様がお目付け役もなしで野放しになっていたわけだ。
私は、その間に二回も詐欺に引っかかっていたんですよ、ちゃんと見ていてくださいね、と言ってやりたい気持ちに駆られたけど、口にはしなかった。
だって、さっさと終わって座りたい。
可愛いライティングディスクはもうすっかり気に入ってしまったし、美形が2人も目の前に並んでいるのは落ち着かない。
私の思いと裏腹に、彼は話しを始めた。
「信じられんとは思うが、マーカスはこれでもなかなか成績が良かったんだ」
確かに信じられない。
「おまけに、顔も良い」
まあそうだ。でもそういうあなたも顔に不自由はしていないでしょうに、と私は平凡顔のひがみ混じりに思った。細面の顔に涼しげな目元、綺麗な銀髪はサラサラで、少しくせのある金髪に明るい印象の若様と並んだところは月と太陽、婦女子も腐女子も喜びそうだ。この組み合わせなら、私も想像させてもらってもいいかもしれない。
「領主の息子だし、将来性ありということで貴族の令嬢から大人気でな、またこれが、たまに見るだけだとマーカスの抜けっぷりも『そんなところも可愛い』となるらしい。それで本人がその気になって付き合おうとすると、『思っていたのと違った』と振られるんだ」
なんというか、不憫ですね。
ありのままの自分を好いてくれたと思って付き合い始める分、外見だけで寄ってこられたと思うよりも悲しいかも知れない。まあ、残念ながら、お付き合いの経験がない私には何もかも想像だけど。リア充な人はそれだけで幸せなのかなと思っていたけど、そうじゃない人もいたんだ、くらいの感想だ。
「そんなことが数回続くとさすがに本人も嫌気がさしたのか、真面目に付き合おうという気はなくなった。深く付き合わなければ近寄ってくる娘は沢山いるから、つまり、とっかえひっかえというやつだ。俺はその後始末で帰りが遅れたわけだ」
なるほど。無責任な遊び人の誕生だ。それで、後始末が必要なほどこじれさせたわけ。それなのに後始末をして帰ってくれば、若様が早々にまた遊んでると勘違いしたと。それは怒りたくなるね。
私は思わず若様に冷たい視線を送ってしまった。いや、違った、バカ様に、だ。
ロンがすっと姿勢を正した。
「思い違いをした上に、怒鳴ってしまった」
なんだ、ちゃんとした人っぽい。私は、最初に怒鳴られた印象を書き直そうと思った。
「一応、悪かったと言っておく」
・・・へえ。
一応。一応ってなんだ。
勘違いされるお前にも原因があるって?それとも、私が若様に近づく悪い虫だという疑いは、まだ完全に晴れたわけじゃないって?
どう考えても、失礼な含みがある。もしかすると、自己紹介直後で若様のただれた女性関係を暴露したのも『分かったら近寄るなよ』だとか『こいつに近づいても俺が排除する』とかいうアピールか。
このとき、ロン・ケンダルは私にとって何となくむかっとする奴に決定した。
でも、彼の登場で助かったのも事実だった。そして私の精神年齢は立派な大人。大人は好き嫌いにこだわらずに仕事をしないといけないよね。
だから、私は頭を下げた。
「こちらこそ、一応、ありがとうございました」
一瞬、視線がぶつかる。お互いにこいつ性格悪いなと思っているのだろう。
私は目をそらした。
今日も空が青いな。
長さが一定にならず、すみません。




