転生者と「かわいらしい」
「ほら見て、ぴったりよ」
「さすがは奥様ですわ」
「ねえ、ヘスターはどう思うかしら?」
「・・・大変、結構なお洋服で・・・」
頭は打っていないから、だから一人で立たせて歩かせて、と必死で訴えていたはずが、なぜかピンクのひらひらを着ることになっていた。
よく覚えてないけど、多分お姫様だっこを主張する若様に自分で歩けますとアピールする中で、着替えられると言ってしまったのだろう。
まただ・・・
『お手をどうぞ』に続き、また、天然タラシをかわそうとしてどつぼにはまってしまった。
侍女さんたちに何故か奥方様まで加わった最強軍団の手にかかり、上から下までもみくちゃにされた私は数時間後、ぼろ雑巾のようになった羞恥心とつるつるお肌にブリッコアイドルかフランス人形かという衣装を被せられて、鏡の前にいた。
「うふふ、私の見立てどおりね」
「本当に、どこもかしこも色が白いから、白粉を叩かなくともお人形のようですわね」
「お嬢様の幼げな様子によく似合っていらっしゃいますわ」
ええ、ええ。出るとこ出てない幼児体型も世間にさらさない部分の肌も、皆様くまなくご覧になりましたもんね!
長い長いもみくちゃの途中から、この軍団がいたのだから、あそこで若様相手に拒否しきったとしても結果は変わらなかったのでは、と思い始めた。つまり、あれは無駄な抵抗と無駄な騒動だったことになる。それじゃあ、あの偶然の床ドンはなんだったのか。気付いてしまったせいともみくちゃにされたせいでげっそりした私の心には、もう抵抗すら浮かばなかった。
奥方様たちにお礼を言って執務室に戻れば、若様が待っていた。さっきの銀髪さんはいないようだ。
「似合うな」
若様のタラシだって今度は楽々スルーだ。だって、ピンクのリボンが頭のてっぺんについた状態が似合うって、なにそれ馬鹿にしてるの、でしょ。ふんわりしたスカートも裾から覗く白い革靴もあざとくて、私は俯いたときの視線のやり場に困った。
支度に時間がかかったので、会談の概要説明は急ぎぎみになった。
私が自分のデスクの椅子に座るのを待って、若様は話し始めた。
「今日協会と話すのは、転生知識に基づいた法整備についてだ。・・・具体的に言うなら、この前の詐欺師が不敬罪以外でも捕らえられるようにする相談だ」
ハテナを隠せなかった私に若様は言い直してくれた。
ああ、この前のオレオレ詐欺の男は、今不敬罪で捕まっているのか。つまり、今のこの国の法では、被害者が若様じゃなかったら、あの男を捕らえることは難しかったということだ。犯罪の少ない平和な国だった分、その辺りの整備は遅れているらしい。意外なところに盲点があったものだ。
「領内の条例は父が認めれば通るが、国全体の法の整備は各方面に掛け合う分、時間がかかる。だから、転生者協会と協力して成立を急ぎたいということだ」
なるほど、どこの世界にもしがらみや根回しというのはあるらしい。
ついでに若様が言うには、協会側も、詐欺という転生知識に存在する犯罪にきちんと対処したという名分が必要なので、協力する意味があるのだという。
「だいたいの話は私がするから、お前は落ち着いて座っていればいい。彼らの裏の目的は、お前の扱いを見ることだから」
私は素直に頷いた。
だって、実際のところ私に口を挟めることはないだろうから。この国で初等教育しか受けていない私には、大した法知識がないのだ。
唇の薄い女性だな、と私は思った。ナンと名乗った協会職員は、栗色の髪を横に束ね、細い身体をベージュのツーピースに包んで現れた。丈はこの世界の上流階級で主流のロングだけど、どことなくスーツっぽいのは転生デザイナーの仕事だろうか。
都の協会本部からこの案件のために派遣されてきたという彼女と私には、勿論面識がない。
彼女は万事淡々としていた。
そして驚くほどの丸投げだった。
「では、法整備を国に進言するにあたり、具体的に何を禁止事項とするかはそちらでまず検討していただきたいと思います」
何を禁止事項にするかって、分かりにくいけどつまりはどういう法を作るかってことだよね?それを、相談して考えるんじゃなくて考えて持ってこいってこの人は言っていることになる。
これは、協会は後ろ盾にはなっても実際に働く気はないという意味だろうか。
「どこまでの情報を公開していいか、という問題がありますよね」
「ですから、提案を受けてからこちらでも検討するということです」
「せめて、おおよその線引きをあらかじめ伺っておきたいのですが」
食い下がる若様に、彼女はすげなく答える。
「私は本部との取りつぎに過ぎませんので、そうしたことは話せません」
杓子定規というのか、木で鼻をくくったようなというのか。若様の美貌は女性にはある程度有効かと思っていたのに、彼女には全く通じないようだ。私は女性の唇を見ながらそっと息を吐いた。
「しばらく私は支部に滞在しますので、まとまりましたらご連絡ください」
話を締めくくるように彼女はこう言ったんだけどこれは、話がまとまるまで来るな、早くまとめて都へ帰らせろ、ということか。
すごいな、ザ・お役所仕事って感じで。いや、お役所の仕事をちゃんと知らない私がこう言うのはお役所の方に失礼だろうけど。
そんなことを考えながらこっそりナン女史を見ると、ここまで私を気にも留めず、何一つ話しかけなかった彼女が、最後の最後でこちらを向いた。
すっと細い鼻梁を挟んで切れ長の目が、私を捕らえた。
「へスター嬢はずいぶんとかわいらしい格好ですこと」
かあっと頬が熱くなった。
「母の趣味です」
得意げにこたえてるけど若様、これは嫌味だ。
少女趣味な服を着て座ってるだけのあなたは人形なの、という意味の。
もちろん、その通りだから言われても仕方ないことですけどね。
返す言葉がない私と、嫌味に気づいていない若様を前にして、幸いにも相手は戦意を削がれたようだった。
そのままさっさと帰って行く彼女を見送りながら、若様は私の頭をぽんと撫でた。
「ご苦労だったな」
・・・この人、本当に何を考えているんだろう。人の頭を子どもみたいに触って。
ついでに言うなら、その声が明るかったことも不思議で、私は少しいらいらしていた。
相談も上手くいかなかったし、彼女の心証じゃあ、私の扱いへの評価もどう付けられたかわからないのに。
「すみません。やっぱり、何かしゃべった方が良かったですね」
「そうか?どうせ何を言っても今日は無駄だっただろう」
「・・・そうかも知れませんが」
つまり、諦めていたから気落ちもしていないと。
「彼女は面白そうな人物だな。ヘスターをものすごく意識していた」
「・・・そうですか?」
「そう思わなかったか?」
ええ、全く。こっちを向いたのも話したのも、一度きりだし。
やっぱり若様って、何を考えているんだろう。