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転生者のじじつともうそう

「二つ目の問題についてだ」

視線を受けて、ロンが話し出した。こっちの捜査の中心はロンらしい。

「材料の仕入れを調べるためにも被害者救済のためにも、知りたいのは毒の正体だ。だが、やはり実物無しに予想するのは難しいといわれた。とりあえず医局と、それから信用のおける薬師数人に当たったが」

これは、もうもらっていた資料にも書かれていたから、それを引っ張り出してみる。

「補足として、薬師の一人がエルドラ国の本に似たような毒のことが書いてあった気がする、と言っていた。ただしその本は無いし、これに関しては追加情報なしだ」

エルドラというのは、前にもロンが口にしていた医療国家の名前だ。私たちの住んでいる国が転生知識で栄えているように、古くから医療や薬の知識で栄えている。世界中のお金持ちが最高の医療を求めてエルドラを訪れるとか、その地位を守るためにエルドラは他国に医師を出さないとか。そんなわけで、知識が国外に流出してこないんだ。

「私も父上に当たったが、エルドラの関係者は捕まえられなかった。…現状では、可能性のありそうな数種の毒の流通を平行して調べさせるしかないわけか」

若様は腕組みをして難しい顔だ。

私は、小さく挙手をした。

「あの、この国では薬や毒物の流通はどう管理されているのですか」

学校では習わなかったし、うちは食堂だからよくわからない。前世なら、危険な毒物を扱うには資格が必要だったり販売者にもいろいろと制限があったりしたはず。

私の質問を聞いたロンは、ものすごく残念なものを見る目でこっちを見た。

「お前、知らないのか。もしかして風邪を引かない人種か」

馬鹿だと言いたいのか、ロン貴様。

「ヘスター。ちゃんとした薬師の店や医者には、領主の許可証が掲げてあるだろう?それは、国が指定する薬品の扱いを許可されているという証拠なんだ」

そうなんだ…風邪を引いても薬は飲まずにショウガ湯やネギスープで治していたから、知らなかった。

「許可証がある店しか、薬品を手に入れられない仕組みなのですか?」

若様が頷く。

「半分な。薬品の原材料には国内の自生種と輸入品があるが、輸入には全て国のチェックが入る。これには価格管理やらいろいろ事情があるんだが、まあ決まったいくつかの業者が輸入して、各領地で再チェックを受けて薬師へ卸しているんだ。それ以外の販売は、チェック漏れだから全て違法だ」

「服毒が被害者自身によるとしても、販売者が薬師でなければこの線で捕まえられる」

よかった。今回は、この前の詐欺事件みたいに、捕まえる法律がないって事態にはならないんだ。

「ただ、国内でとれる原材料についてはまた別になる。指定された数種の劇薬の栽培は違法だか、自生しているものもあるし、管理し切れず放置しているのが現状だ」

そうだよね。河豚にだって毒はあるし、その辺に生えているヨモギだって薬になるんだから。昔ながらの土着の民間療法で治療する魔法使いじみたおばあちゃんを見たことがあるのはそういうわけか。

でも、それはつまり、国の管理は全ての薬の品質保証には手が届いていないということだ。輸入品を使うには領主の認可がいるけど、あとのことは評判が悪ければ店がつぶれるという自然淘汰に任せている、と。この辺をよく知っている人物が悪用しようと思えば、自生種だけを使って法に触れずに悪いものを作ることだってできるんだ。

私は可能性のある毒物のリストに目を落とした。

「このリストの中では、どれが自生していてどれが輸入しているのですか」

ロンはその場で三つの輸入品の名を即答した。

なるほど、すでにこの三つの動きを調べさせているんだろう。それ以外のものが使われた可能性も高いから、効率がいいやり方とはいえないけど実物が無い以上仕方ない。

「うまく情報が得られると良いが。現時点では、予想より被害の範囲が小さい」

まるで困ったことのように言うけど、それは、いいことじゃないのか。

私の疑問を見て取ったんだろう、ロンが慎重な口調で続けた。

「それ自体は不幸中の幸いだが、仕入れが少なければ原材料をたどるのは難しい。例えばもし輸入品をもとにしていて2ヶ月以上前に仕入れたきりだったら、捜査はかなり難航するだろう」

そうか。原材料の動きは最悪2ヶ月以上前なんだ。

私は改めてその時間の長さに衝撃を受けた。何もかもが、初動の遅れの影響を受けている。

…何とかしな肩に力が入った瞬間、ぱん、と若様が両手を叩きあわせた。

「そこで今後の方針だ」

まず、と合わせた手の先を自分に向ける。

「私は失踪した娘の家族に直接会ってみる。出来れば持ち物も確認したいし毒が見つかれば、ロンの仕事も楽になるしな」

確かに失踪した娘なら、一度は捜索願も出ているから、若様が表立って動いてもそこまで警戒されないか。

「ロンは、引き続き毒の材料候補について、周辺の薬師や医院を当たって足跡が無いか探れ。それから黒猫屋と手紙の調査から報告がきたら、報告な」

「『材料候補』か…了解」

「ヘスター、お前は」

若様の目と指先がこっちを向いて、私はぴんと背筋を伸ばした。

「城に待機だ」

がくっと力が抜けた私は、抗議のために口を開こうとした。そこへ若様の声。

「犯人や被害者の心理を考えろ。いいか、本当はさせたくなかったが、これはお前が一番適任なんだ。任せたぞ」

痛みを堪えるように言われた言葉は、自分になのか私になのか、言い聞かせるような口調だった。それで、私は若様が本気でこれを言ったのだと悟って、頷いた。

「わかりました」

「…うん」



二人が出ていった執務室で、私は思考に沈んだ。

毒の材料の他に、何か犯人につながるものはないのか。

考えろ。

私には、知識も人脈も人を動かす力もない。考えることしかできないんだから。

私は、必死で頭を働かせた。

毒を売っている人物は?

多分、信者が広める形。だから、なかなか犯人にたどり着けないし、そうこうするうちに逃げられる。

容器は?

紙製の小袋なんてどこでも買えるし、珍しい買い物でもない。

ああでも、消耗品や雑費の観点でいけば、御飯とかは?薬品からは離れるけど、保存にも限度があるし、これは絶対に必要な物だよね。特に、失踪した子たちも監禁しているとすれば…

そこで、ふと気付いた。

そういえば、2ヶ月前っていったら、オレオレ詐欺のアジトを検挙した直後だ。馬車一台に乗り込んで逃げ出したはずの黒幕が、すぐに隣町で新しい犯罪を始めたことになる。場所は移したけど、準備は前もっていろいろしていたんじゃないのか。それこそ薬品の仕入れもあるし、女の子たちをターゲットにするにしても、どこでどう広めるかとか。

そこまで考えて、首をひねった。

何だか、違和感がある。

詐欺集団が、手口に慣れられてしまう前に次の悪事を企むというのは、あり得る話だ。それこそ、私たちが情報を手に入れる前から密かに信者集めを始めていたのかもしれない。

でも、女の子達が失踪したのは、確実に検挙後なんだ。アジトを移して動向に気をつけないといけないときに、人を攫うメリットって何だろう。動きもとりにくいし。最初はすぐに売り払うつもりだったのが予想外にバーンの裏社会が入り組んでいて出来なかったのかもしれないけど、そんな危険を冒しても、大きなお金が欲しかったのか。でも、全額とはいかなくても、オレオレ詐欺で巻き上げたお金があったはず。

…お金じゃないなら、欲しいものって?

そのとき、ノックの音が響いた。

「ヘスター、入るわね」

「マリエさん」

執務室に彼女が来るのは珍しい。

そう思っていたら、マリエさんはにこっと悪戯っぽく笑った。

「若様から、貴方の相談相手兼お目付役を頼まれたの」

「本当に?やだ、若様ったら。忙しいのにごめんね」

「とんでもない!だって、こんな事でもないと執務室に入る機会なんないんだから。それに、ヘスターが無理をしてるんじゃないかって心配しながらお掃除してるより、ずっとありがたいわ」

ロンがちゃんとハンナさんにうまいこと話を通してくれていると聞いて、私も安心した。おおざっぱな若様はともかく、きっちりしているロンなら大丈夫だろう。

「お茶も持って来たのよ」

そう言って掲げて見せた両手にはマカロンとティーセット。でも、若様たちもいないのにこんな豪華なお菓子を片手に仕事していいのか。

「ふふ。これね、ヘスターの好物だって知って、料理長が自分で作ったみたい。だから、食べてね?」

「…うれしい。後で、お礼言いにいくね」

そんなわけで、お茶を飲みながら私はマリエさん相手に考えを話して、頭の中を整理することにした。ただ問題は…どこまで話して良いのか。さすが若様、何かしら抜けている。

それでも、私の頭では一人でもんもんと考えるよりも人と話した方がいろいろ思いつきやすいのは確かだ。

私は、温かい紅茶で唇を湿らせてから、考え考え口を開いた。

「あのね、今、…追われている人間の気持ちを考えていたんだけど。マリエさんだったら、逃げるときにお金以外に何が欲しい?」

マリエさんは心得たもので、私の要領を得ない質問にも、詳しく聞き返したりはしなかった。

「え~?何かしら…頼れる相棒とかかな」

「残念、仲間は皆捕まったあとなんだ」

「残念。愛の逃避行にならないんだ」

ちろりと舌先を見せて、マリエさんたら一体どんな妄想を繰り広げていたんだろう。聞きたいような聞くのが怖いような。

「ちなみにヘスターは何が欲しいの?」

聞かれて、私は考え込んだ。

「私だったら…そうだ、一番は、逃げ隠れするための手段かな。変装道具とか、隠れ家とか」

何よりあの黒幕はこれまで、とても用心深く捕まらない算段をしていたんだし。

そう思って真面目に答えた私に、マリエさんはがばっと身を乗り出して、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「あら!それなら人目をごまかすには、一人でいるよりも恋人同士の逃避行を装うのも手じゃない?まあ、用意するのは難しいけど」

どこまでも逃避行推しなんだ。

マリエさんに苦笑しかけて、ふと思った。

「確かに、一人だと思われていたら、二人連れになった方が逃げやすいかも」

私たちが捜しているのは単独で逃げている男だから、それ以外の組み合わせへの警戒の目は薄くなる。

準備は難しいけど、できたよね。お金のために売ったのでもないなら、失踪した女の子はまだ犯人と一緒にいるはずだし。

「ただ…1人でいいよね。むしろ、男の人が一人なら、同じ年代の女の人は一人の方が、見た人が納得しやすいし」

「それはそうよ。人数が合わなきゃ、三角関係かしらとかどことどこが恋人かしらとか、気になっちゃうもの」

「妄想がぶれないね」

うーん。

何か気付けたかと思ったけど、結局状況に合わなかった。

ひとまずこの話題は脱線しそうなので置いておくことにして、被害者の女の子達の側についてまたしばらくマリエさんと話した。

それで、はっきりしたのは、一人の男が毎日三人分の食事を運んでいるはずだということ。少なくとも、きちんと直筆で手紙が書ける程度の体力と、定型外の文面を考えるだけの思考力が保てているわけだから、と。

あとは疑問が増えただけだ。売る気ならもっと多くていいのになぜ拐かした女の子が2人なのか。最後の荒稼ぎの気なら、どうして被害が小規模なのか。

成果というには情けないけど…とりあえず、夕方の会議で報告しないといけない。

私は、ため息をひとつついて、急いで若様の部屋の掃除に向かった。

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