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_君にまたこいねがう  作者: みなたけ6
末 白い少女
36/37

36 希望

「あ。オレ、もしかしたらすっげえこと発見したかもしれねえぞ!」 


 陸が牛乳瓶の蓋を見ながら手を打った。


「まぁた始まったよ。陸のすげぇこと発見したが。今度はなんだ。チョコエッグの当たりを見分ける方法か? それとも氷の上を滑らずに歩く方法か? せめて暑い日も快適に過ごせる方法を教えてくれよ」 


 大袈裟な陸に、悠也は冷めた反応を示す。 

 タイムカプセルごと黒歴史を掘り起こされたせいもあるが、何度陸の“すっげえ発見”につき合わされたか察してあげてほしい。


「あいにくもっとすっげえことだ。ほら、あれだ。前社会で習っただろ。大海なんとかってモーゼが発見したヤツ」

「モースが発見した大森貝塚のことかな?」 


 長年付き合いがあるだけあって、紫織は弟の言いたいことを正確に言い当てる。


「そう貝づかだ、貝づか。こうしてタイムカプセル掘ってたらさ。あれって実はゴミ捨て場じゃなくって子孫のために残したお宝なんじゃねえのかなって、ふと思ったんだ。これってもしかしたら歴史的大発見じゃねえか?」 

「は? なんだよ、それ。埋蔵金が貝がらって、ロマンの欠片もねぇぞ」

「あら。わたしはそれってすごく素敵だと思うよ。貝殻は昔のお金だって話も聞いたことあるし、案外そうかもね」


 陸の意見に賛否両論。


「ほらな。今回は二対一。“お金は残るけど残せないもの”だぜ」

「なにどや顔でつじつまの合わないこと言ってんだよ、馬鹿」

「ぬ。バカ(・・)って言ったほうがバカ(・・)なんだぜ」

「へん。ならお前は“馬鹿”って二回言ったから、お前のほうが馬鹿だ」

「残念。今ので悠也は、三回バカって言った。ばっかじゃねえの」


 小学校低学年並の言い合いをする中学一年生であった。


「――……」


 手を振りかざして駆け回りながら、陸はでも……と思う。 

 お金は大切な人に残せるけど、でもその大切な思いまでは残せない。 

 残された者の幸せを願ったはずなのに、その価値は変わってしまい、争いの元にさえなる。宝物はきっとこのタイムカプセルのように、本人だけにしかわからないものなのだ。 


 なら。この世にお金を残すぐらいなら、みんなとの思い出をたくさん残したほうがずっと楽しいだろう。 

 それは眼に見えないものだろうとずっと――それこそあの世まで持っていくことができるものだから。あの世の風は冷たいし、この世のお金は使えないから、温かい思い出があったほうが安心できる。 

 だからきっと、こんな風にふざけ合うのも悪くないものなんだ。 

 地獄を冒険してみて、オレはそんなことを学んだんだ。……なんてな。  


◆◇◆


「よしっと。ま、こんなもんか」 

「次開けるのは、紫織さんが中学卒業する時ぐらいにすっか?」

「そうだね。その頃には神社も直ってるといいなぁ」 


 顔を擦った拍子に、陸の鼻頭に土がつく。

 それを悠也が笑い、紫織が微笑みながらハンカチで拭う。

 三人ともとてもいい笑顔だった。

 元の場所に埋め直されたタイムカプセルには、焼け落ちた神社の木片が加えられた。

 ますます本人たち以外わからないものになったが、これでいい、と陸は思った。 


「さて。じゃあ、アキヨシまでレッツ競争だ。例の通り、負けたヤツがおごること」


 神社に来たとき、彼らの間で恒例となっている商店街の雑貨屋への競争がはじまる。


「じゃあ、よ~いどん――の二〇秒後に陸くんたちはスタートしてね~」


 そう紫織は宣言して、カモシカが飛び跳ねるように参道を駆け下りていく。 

 男の矜持として陸たちが強引に提案した紫織へのハンデだったが、そんな必要などないほど軽快な動きだった。

 のんびりしていそうで、陸の姉だけあって紫織も運動神経はいいのである。


 紫織は実は“なごなごの種”を食べた癒し系の能力者だと、まことしやかに語られるほどのカナヅチだったが、ここは小高い丘陵だ。陸上部からも何度も伝授をお願いされる紫織の小鹿走法に勝つには容易ではないだろう。


 でも望むところだと、陸は数を数えながら屈伸をする。 

 いつも我慢して遠慮する紫織と、本気で競争できる機会は少ない。部活や、友達の誘いといった自分の楽しみよりも家族を――弟のことを優先してしまうから。

 だからそんな姉がジュースの奢りのためとはいえ本気で走る姿は、陸には輝いて見えた。だったら自分も本気で走らないと。 


「なーな、はーち、……」

「じゅういち、じゅうに、じゅうさん……」


 が。思いと行動はえてして一致しないものである。

 陸の声は鬼ごっこをするときに用いるような、ゆっくりとした数え方だった。 

「……じゅうきゅ、にじゅう。よしお先」

「……じゅーさん。ぐぬぬ!」 


 別にさらに手加減をするつもりも、そんな余裕もない。

 ただこの数え方が昔からのくせで直せない陸は、もどかしげに唸る。 


「金は残せないじゃなかったのか? お前の財布の中身すっからかんにしてやるぜ」 

「意味違えよ、ばっかじゃねえの。じゅーなな……」


 地団太を踏みながら、それでも陸はまじめに数を数えていく。

 不意に鎮守の森ざわめいて、急な突風が吹き上げていった。


◆◇◆


「ぬっ」 


 ふわりと、突然の強い風に陸の帽子が後ろに飛ぶ。

 ふと、その先に気配を感じた。 

 真夏の日、氷のように冷たい気配。 

 氷のように涼しげで心地よい気配。 


「――」


 帽子から視線を落とすと、人影が鳥居の下に“ヒマワリ”の折り紙を手に立っていた。

 純黒のワンピースは夏にはかなり暑そうだが、かわりに布で覆われてない肌が抜けるように白い。とてもとても長い髪が風を従えてなびいている。

 幻のように美しい少女だった。 

 でも彼女はたしかにそこにいた。 

 ゆるりと屈んで、帽子を拾い上げてくれる。


「よう。今日は暑いな」 


 陸は気を許した長年の友人に対するように、親しげに手をあげた。口許が緩むのを抑えられない。


「だからって、もう川に入っておぼれたりしないで、ね」

「ははっ。さすがにそれはもう懲りてるって」

「そ。ならいいわ」 


 変わらず涼しげな彼女の様子に、陸の唇がすっと横に開き、そこに太い笑みがこぼれた

 すでに悠也の姿は親指の先ぐらいに見えるほどはるか遠く。紫織の姿にいたっては、まったく見えなくなっている。陸が飲み物をおごるのは確定だろう。

 せっかくの姉と競争する機会を失うのは惜しいけど、ならばもう少しぐらいゆっくりしてもいいかと、陸はうなずいた。


「オレと姉ちゃんを助けてくれて、ほんとにありがとう」 

「――少年ががんばったからよ。わたしはほんのすこし、後押ししただけだもの」


 これまでで一番長く深く頭を下げた陸に、白い少女は素っ気なく髪の毛を弄る。


「んなことねえよ。ガキのころを含めて“つきほこのかがみのみねこひめ”って神さまのお陰だ。おかげで”ぼーや”のオレでも、ちょっとは強くなれた」

「……思い出しちゃったんだ。謎は謎のままのほうがよかったのに」


 少年らしい純朴な笑みに、白い少女は影のある笑みを返す。人間に化けた化身が、好きな人に正体がばれて昔話が終わるときのように悲しげに。 


「そんなことねえんじゃないか? わかんないことがわかったらうれしいし。だれかのことをもっと知れたら、もっともっと仲良くなれて楽しいと思うぜ」 

「……あら。姉弟そろってなまいきなこと言うじゃない。さすが“始祖の父君(ししぎみ)”はなさなかったこと、しただけはあるわ、ね」 


 陸の純真な笑みに、彼女もしょうがなさそうな苦笑を浮かべる。 

 この夏の物語は、たしかに幕を下ろしはじめる。

 だがそれは、決して昔話のように悲しいものにならないだろう。彼と彼女ならば。


「オレはほとんどなんもやってねえよ。おまえのおかげだ」

「いいえ。神とはゆうぜんと座すだけで何者も助けたりはしないの。ただ(かみ)のものとしてしるべとなるだけで、人はおのが力で救われていくだけなのよ。だからこれまでどおりの生活ができるかは、少年たちの努力次第なんだから」

「……それでも、やっぱありがとう。オレはおまえがいてくれてすっげえ助かったよ」 

「そ。重荷にするなって言ってるのに、そこまで礼言うなら、代償もらおうかしら」


 小難しい宗教の話はわからなかったが、陸は彼女がどうしようもなくお人好しなのだとわかった。そしてそれ以上に不器用なのだろう。彼女が言う代償とは、きっと言葉だけのいじらしいものなのだから。


「ねえ。ならひとつ聞かせて?」

「ああ。オマエにはでかい借りがあるからな。ひとつと言わずなんでも聞いてくれよ。今なら、姉ちゃんにも内緒にしてるオレの秘密もなんでも教えてやるぜ」

「――いま君が目に写す世界。そこには希望を抱けるだけの(うつく)しさがありますか?」

 

 茶化す陸に注がれる月のウサギのような眼差し。

 それは静かな光をたたえていて、とてもやさしいものだった。  

 ふと、陸の脳裡にひとりの女性の姿がよぎる。 

 幼いころ、ここで言葉を交わした記憶が色鮮やかに蘇る。 


“―――君は、みんなのこと嫌いになったの?―――”

 

 黒い空のずっと先を探すように見つめていた彼女が、雪の中、そう彼に問いかける。

 色あせた世界でひとりぼっちで泣いていた陸に、そっと手のひらをそえる。

 そのときにも見た美しい眼だった。



 ああ……。彼女はずっと気にしていてくれていたんだ。 

 自分さえ忘れていたことを。

 母さんが死んだあの日。 

 ここで泣いていたときからずっと。

 なら……オレはこいつを安心させてやらないと。

 もうだいじょぶだぞって伝えないと。



 己の思いをたしかなものにすべく、陸は周囲をゆっくりと見渡す。 

 降り注ぐ陽射しは、さんさんと元気だ。

 大きな入道雲は、気持ちよさそうに泳いでいる。

 青々と生い茂る草木は、風とともに踊っている。 

 木々の揺らぎを指揮棒に、セミの合唱が賑やかに響いている。

 世界はこんなにも命に満ち溢れていて、こんなにも美しく輝いていた。 

 そしてなにより……


「あったりまえじゃねえか。少なくとも目の前に、すっげえきれいなやつがいるぜ」

「――あら。ナンパ?」 


 ――セミが鳴いていた。 

 セミだけがないていた。悲しくもないくせに。

 でも――。 

 強く、大きく、力の限りないていた。

 今ある命が奇蹟みたいに大切なものだから。

 自分はここにいるんだよと、溢れんばかりに声を張りあげて生きていた。

 なら――


「おう。なんか冷たいもん飲みにいかねえか? おまえもいっしょに競争しようぜ、鑑」


 自分も、この愛しい世界でみんなと過ごしたい。

 そう君にまたこいねがう。 


これにて本編完結です。

ここまで読んでくださり、どうもありがとうございました。

誤字脱字の報告、感想ご意見等ございましたらどうぞお願いします<(_ _)>

今後の励みとします。

数日後、もうひとつのエピローグを出す予定ですので、後しばしお付き合い頂けたら幸いです。



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