23 死闘
「まだ終わりじゃないよな。ほら、たてよ。第三ラウンドだ」
「ぐっ……」
明滅する視界。その場で回転したときのように色彩が氾らんして、輪郭がぼやける。
人外の圧倒的な力を有する烈に、陸の心は半ば折れかける。
これは悪夢か、はたまた残酷な幻影か。陸が手の平の厚皮が破れるほど虎鉄丸で打ちすえたのに対し、烈はたった二度、拳撃を繰り出しただけなのだ。
それなのに、陸のほうが腹を押さえてうずくまっている。
「陸くん!?」
酩酊したようにふらつく足取り。錆びついたように動かない腕。鉄塊のように重い木刀。
それでも陸は、紫織の泣きそうな声に気力だけで立ちあがる。
大切な、大好きな姉を守るために。
「もういいよ。もういいから無茶しないで」
ノイズの混ざる陸の耳に、紫織の悲痛な声だけがしっかりと届く。
「――っ、まだまだ。このぐらい、なんともねえ」
紫織の言葉で、陸の混濁する意識は覚醒した。
陸の横目に、まるで自分自身が傷ついているように下唇を噛みしめる紫織が見えた。
気にくわない。そんな顔されたら、死んでも引き下がれるものか。
歯を食いしばり、陸は虎鉄丸を杖に身体を起こす。
が。眼前へ影。烈風のような速度で流れこむ。
「どこがなんともない、だって?」
「あがっ?!」
鉄鞭のごとく強力な回し蹴りが放たれ、陸は地面に転がる。
「がっ、あぐぅ――!!」
瘧のように身体が痙攣する。嘔吐感に堪えられず、陸は胃の中身をまき散らす。それは岩肌の上で別の生き物のように湯気をたてた。
三度目の攻撃に闘志の炎は消えずとも、今度こそ陸の身体が悲鳴をあげたのだ。
「おおぉ、汚なっ! でもまあ、おまえさんみたいな雑魚は、そうやって汚物まみれになってるぐらいがお似合いだよ」
「――……」
耳障りな声。悔しかった。ただ情けなかった。自分の弱さに陸は死ぬほど嫌気がさした。
「ブルブル震えちゃって、今さら妖魔の怖ろしさがわかったのかい? なら忘れないようよーく体に刻みこんでやる。俺は火車猫の妖魔。人間ごとき、本気なんて出すまでもなく、圧倒的な力でねじ伏せるカイブツだ」
動けない陸に、即座にトドメが刺されることはない。
烈は人間をいたぶることで、鑑に惨敗して傷ついた自尊心を取り戻そうとしていた。
足で岩肌の地面を蹴り穿ち、陸に飛礫を浴びせていく。
「お願い、もうやめて、烈くん! わたしなんでもいうこと聞くから。だからもう陸くんに乱暴しないで!」
たえきれず、紫織が岩陰から飛びだす。
吐瀉物も、飛礫も気にせず、動けぬ陸に覆いかぶさる。
濡れた眸で烈を見た。たとえようもない痛みをこらえる眼だった。
烈は熱病から覚めたように足を止め、決まり悪い顔で陸を見下した。
「だってよ。どうする? 返事がないなら、おまえさんの大切な者を攫っちまうぞ」
でもなにより、その言葉が陸は頭にきた。
すでに感覚のなくなった死に損ないの身体。
心臓だけが、壊れたように耳のそばで鳴りわめいている。
でも、まだ動いている。なら、壊れるまで動いてやる。
陸はあふれんばかりの激情を糧に、四肢に力をこめる。
手の皮が貼りつくほど虎鉄丸を強く握りしめて、這い上がる。
「――ざけんなよ」
吐き捨てるように、静かな言葉がどこからか洩れた。
極寒の中にいるように、身体の感覚が乏しい。だが、頭は灼けた鉄芯を刺されたように熱い。そんなちぐはぐした状態。
限界なんてとうに越えているのだろう。立っただけで嘘みたいな奇跡なのだから。それでも、陸は自分の感情をはっきりと口にした。
「ふざけんじゃねえぞ、姉ちゃん!!」
「え――?」
陸が思いのたけをぶつけるのは、当然姉の紫織に。
烈がなにをどう嘲ろうと陸はどうでもよかったが、大好きな姉がそんなことを言うのだけは許せなかった。
「さっきから人のことばっか気にしやがって。どうして一言も助けてくれって言ってくれねえんだよっ!!」
激痛を憤怒に。憤怒を力に変えて、陸は声を張りあげる。
言葉とともに血たんが飛びだし、それで呼吸が楽になった。
二度、三度殴られたぐらいがなんだというのだ。この程度の痛み、どうってことはない。一番辛いのは、こんな場所に独りぼっちにされた紫織なのだから。
ならば、自分はここで倒れているわけにはいかないのだ。
◆◇◆
「だって……」
「なにがだってだ。オレはこんなヤロウに絶対負けねえ。だから安心して下がってろ」
そう陸は口の端を歪めて、カッコ悪く笑ってみせた。
「……もう、わかったよ。陸くんって昔から一度言い出したら聞いてくれないんだもん。――応援してるから、負けないでね」
紫織は大粒の涙を頬に零し、うっすらと笑ってみせた。
恐怖や、不安を開放するためのそれは、ぎこちないながらも、どちらも自分の為の――“ほんもの”の笑みだった。
くじけそうな心を励ます、最後まで諦めない意志表明だった。
「了解」
姉のお気に入りの傘。紫織と鑑を繋ぐ縁は、姉が握りしめている。
それをきちんと鑑の手で紫織に返させなければならないと、陸は思った。
ゆっくりと、目の前の強敵をにらむ。
いまの陸ができるのは、白痴のようにただ攻めることのみ。
そのかわり、攻め方を変える。
日常を忘れ、常識を捨て、殺すという覚悟を決める。
鑑との戦闘で手傷を負った鳩尾を狙う卑怯な攻撃を、有効な攻撃だと認識を改める。他の経絡を狙うこともためらわない。
剣道ではなく剣術を。師範から使うな、といわれた封じ手を使う。
「ぐっ!!」
――その瞬間、陸は地面に派手に転がっていた。
烈に殴られた、と遅れて理解したのは陸の脾腹に熱が奔ったからだ。
本気を出したのだろう。陸には烈の動きがまるで捉えられなかった。
だが、さしたる痛みはない。生存本能に自分で後ろに飛んで打撃を緩和していた。
「――じっちゃん。武を内にむけるって誓い破っちまうけど、謝らないからな」
静かに立ちあがり、陸は口の中だけで呟く。
陸は烈を見すえて虎鉄丸を構えた。
正眼よりもやや身体に引いて、ぶらりと両腕を下げる。
鑑の魔法で身体は頑丈になっている。
(ならオレが狙うのは――)
「……気にくわねぇな」
不死鳥のごとくまたも這いあがった陸を見て、烈は今度こそ人を小ばかにした表情を見るからに不機嫌なモノへと変えた。
「妖魔の俺を畏れろよ。人間は人間らしく惨めに命乞いでもしてろよっ!!」
はじめてとなる烈からの明確な攻め。烈風そのものの疾い駿足。
しかし何度も見た。眼が慣れる。殺意を察知し、虎鉄丸を合わせる。
妖魔の膂力に競り負け、虎鉄丸ごと拳が陸の顔面に吸いこまれる。
――されど、それだけだ。
見た目だけ派手に鼻血が吹き出ただけで、陸はまったく痛みを感じない。
それはもはや身体が危険な状態に陥っているということだったが、いまの陸にとって好都合だった。手首を返し、虎鉄丸の柄から突きかかる。
「いい加減にしろよ、その目つき。気に食わないんだよ」
眼球を抉らんとする鋭い一撃を腕で払い、烈は吠え立てる。
ただ狩られるだけの草食獣に抵抗された肉食獣のように、烈しく怒り狂う。
しかし、朱い眸から放たれる鬼気迫る眼光を浴びても、陸はもう怯まない。
腹の底から沸きあがる憎悪が、明確な殺意となって、威圧を跳ね返したのだ。
そしてその役者のように余裕ぶった態度を崩せたことに、やっと一矢報いることができたと、歯をむき出しにしてどう猛に笑った。
「うるせえ、バカ。オレはオマエの全部が気に食わねえんだ。殺してくれって泣くまで痛めつけてやるから、それまで黙ってろ」
陸は鼻から垂れる血を下品に舌で舐め取り、また虎鉄丸を身体のそばで構えた。
戦いで高揚し、精神は研ぎ澄まされていく。
周囲の景色が色あせ、烈の姿のみを陸は捉える。
朱い眸に映る陸の表情は、烈と変わらぬケモノのようであった。
戦闘 陸VS烈
地形効果 黄泉路・岩場 陸・微強 烈・有利
勝敗 陸劣勢
○久遠院陸
職業 中学生 レベル12
クラス 無神論者・人
種族 人間・初級
属性 土
性格 純真(体力++、武力++、知力-)
剣術の意識法により、熱血(武力+++、胆力+、呪力-)
ステータス 鑑の加護下
体力 25(+11)武力27(+3)
速力 26(-1) 技量25
知力 47 魅力76(+1)
胆力 75(+5) 呪力??(+?)
装備
武具・虎鉄丸改 武力+3 胆力+5
防具・学生服♂ 体力+1 魅力+2 速力-1
装飾・冥銭 体力+10 呪力+?
使用特殊技能
剣術(低) 精神改変(下) 不撓不屈(上~) 鑑の加護・仮(下)
○烈
職業 地獄の見習い同心 レベル12
クラス 闇の眷属 ・妖、魔
種族 火車猫・下級
属性 火
性格 高慢(速力++、知力+)
○ステータス ※負傷・召喚中
体力 46(+2) 武力 35(-5)
速力 42 技量 10
知力 33 魅力 63
胆力 40 呪力 38
装備
武具 牙爪・火(壊) 武力-5
防具 藍の着物 体力+2
使用特殊技能
魔性(下) 慢心(中) 身体強化(下) 死の門番(下) 妖眼(低)
魔法技能 魔導型変現法(低) 鬼道系練度初 神道系練度× 陰陽道系練度-




