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第4話 『阻止線』

 今回は、増援の県警機動隊が張る阻止線に〈帝國〉軍が接触したところになります。

吉浦野営場 久見地区

2012年 9月21日 22時31分


 

 無人の砂浜に打ち寄せる波の音だけが、辺りに響いている。

 野営場は人気もなく夜の闇に沈んでいた。送電線が破損したらしく、島の北部は依然停電状態だ。たとえ電気が通っていたとしても、島が謎の集団により侵攻を受けている状況でのんきにキャンプをする者がいるはずもなかった。


 そんな無人の海にブイのような物が二つ、波間に隠れるように浮かび上がった。それは、砂浜から数十メートル手前に暫く浮いていたかと思うと、音を立てることなくスルスルと陸に近づいた。間もなく、つばの短いブーニーハットを被った自衛隊員の姿が波打ち際に現れた。黒いシルエットにしか見えない人影は二つ。89式小銃を構え、低い姿勢で砂浜へ向かう。

 砂浜で全身を砂に塗れさせた二名は暫く周囲を警戒していたが、そのうち片方が洋上に向けて合図を出した。

 合図を受けたのだろう。気がつけば同じような格好の隊員が二人、いつの間にか波打ち際に現れていた。二人は浮きにくくりつけてきたと思われる大きな荷を砂浜に運び上げた。


 四人になった自衛隊員たちは、やがて静かに森へと消えていった。砂浜の足跡は彼らの手によって慎重に消され、唯一残っていた波打ち際の足跡もやがて波にかき消されてしまった。


 後には、何も残らなかった。



中条駐在所付近 隠岐の島町

2012年 9月22日 02時31分


「駄目だ! 抑えられ──ぎゃッ!」

「総員退避! 退避だ、急げェ!」

 街灯も家屋の灯りも途絶え、星明かりだけが辺りをおぼろげに照らす午前2時。島の中央部、国道485号線と県道316号線が交わる中条駐在所付近に設けられたささやかな阻止線は、〈帝國〉軍の夜襲を受けた。

 島の住民たちの多くが避難先とした西郷地区を守るために、島根県警は限られた警官隊をやりくりし、中条駐在所に配置していた。だが、パトカーと車止めで国道を封鎖し、夜の闇に怯えながら立哨していたわずか数名の警察官たちは、突然の襲撃に対し何ら有効な対応を行うことはできなかった。

 闇の中から降り注ぐ矢の雨により受傷が相次いだため、警官隊は阻止線を放棄。西郷地区方向へと後退せざるを得なかった。

 阻止線は障子紙よりも容易く打ち破られ、これにより日本側は島の中央部の支配権を失ったのだった。



「敵は僅かな兵しか置いていなかったようだな」

「この地の守りは手薄の様で……逃げ足は恐るべき速さでありましたが」

「各隊は敵に食らいつかせろ。このまま街道を下り南の〈サイゴウ〉に付け入るぞ」

「豪胆なことですな」

 中隊副官が感心したように言った。命令を下した第三中隊長アベスカはさも当然だとばかりに笑った。

「臆病者に戦が出来るかよ」

「確かに」

 よく鍛えられた下級指揮官たちの下知を受け、隷下のゴブリン兵とコボルト兵たちは一団となって闇の中を南へ向かい始めた。ゴブリンたちの不気味な息遣いが無数の足音と混ざり合い闇に溶けていった。




国道485号線 隠岐の島町南方

2012年 9月22日 03時17分


「3列警備横隊作れ!」

 島根県警機動隊第一中隊長の気合いを込めた命令が夜の静寂を破り、周囲に響き渡った。命令を受け、全身をくまなく防護するプロテクターを纏った機動隊員たちは、日頃の訓練通り素早く隊形を整えた。機動隊員たちの前でジュラルミン製の大盾が一斉にアスファルトの路面を叩く。

 県道323号線と国道485号線が交わる交差点付近に、瞬く間に堅固な防壁が出現する。彼らの背後には島を流れる八尾川がある。3列の横隊を敷く機動隊員たちは、まるで当世具足を纏った鎧武者の様だ。阻止線を突破されたとの報告を受けた県警機動隊長宇山警視は、直ちに到着したばかりの県警機動隊の出動を決定、一個中隊をもって国道を封鎖したのだった。


「真っ暗だな」

「ああ、この向こうのどこかに奴らがいる……」

 機動隊員たちは、不安を隠しきれない様子で口々につぶやいた。首に巻いた絹製のマフラーで首筋に流れる汗を拭く。べたべたとした汗が彼らの行動服をじっとりと濡らしていた。それは、蒸し暑い夜のせいばかりでは無かった。

 彼らの後ろでは、多数の赤色回転灯が赤い光を放っている。だが、星明かりの下の景色は影絵のようにおぼろげで、数十メートル先を見通すことも難しい。文明に慣れた機動隊員たちの目には、のどかな風景であるはずの山々が、まるで見知らぬ異界のように思えている。闇の向こうからバケモノが現れる。それは、幼い頃に震えたおとぎ話や怪談話のはずだった。

 

「おい……」

「何か聞こえる」機動隊員の一人がぽつりとつぶやいた。

「止めろ、冗談じゃねぇ!」隣の機動隊員が目をむいた。

 だが、その隊員も聞いていた。かすかに聞こえる地鳴りのような足音。そして、獣の息遣い。明滅する赤い光が周囲を異様な景色に見せる役割を果たしていた。この道の先に何かがいる。それは、こちらに迫っている。

「な、何だよ? 」

 厳しい訓練を積んだ屈強な警察官たちで編成された日本警察が世界に誇る機動隊の隊列が、未知の恐怖の前に揺らいでいる。



 その時、隊列の後方で低い唸りが鳴り響いた。

「投光器用意!」

「投光車、前へ」

 指揮官車コマンドカーの指揮台の上に仁王立ちした中隊長が指揮棒を振った。設置型の投光器に機動隊員が取りつき、横向きに停車していたワンボックスタイプの投光車が車体を北へ向ける。


「点灯!」

 投光車の乗員がスイッチを操作した。車体上面に設置されたハロゲン灯が点灯する。始め弱弱しかった光は徐々に明るさを増し、闇夜を切り裂いて光芒が阻止線前方を照らした。


 言葉にならない声が、機動隊員たちから上がる。単色の世界に、光が色を加えた。

 その先に──『奴ら』が浮かび上がった。


「本当にいやがった……」 

 思わずつぶやいた隊員の視線の先、僅か五十メートルの道路上には、不気味に蠢く集団がいた。彼らの目に、それは何もないはずの路上に突如闇の中から湧いて出たかのように映った。

 小学生程の背丈を持ち、前屈みの姿勢で剣と盾を構える兵士。その顔には頭髪は無く、照射された投光器の光に顔を歪めていた。耳は尖り、つり上がった瞳と鷲鼻、そして横に大きく裂けた口を持つその顔は人のモノでは無いと、それを目にした機動隊員の誰もが直感した。ぎゃあぎゃあとわめくその言葉は、今まで聞いたことのない響きだ。

 そして、機動隊員たちは確信した。のどかな田舎を勤務地とする彼らにもそれははっきりと判った。


「奴らは殺る気だぞ」

「……だな」


 明確な殺気を向けられている。それは、普通の人間なら怯えて逃げ出すか、下手をすれば腰を抜かすほどの『死』と『暴力』の濃密な気配だった。


 だが──。


「第一中隊! 第1列、第2列盾中段に構えェ!」

 裂帛の気合いと共に命令が指揮官車から下された。

「よぉし!!」

 四十名余の機動隊員が一斉に応じ、野太い声を発した。同時に跳ね上げていた防護面バイザーを下ろす。

 最前列の機動隊員が大盾を持ち上げ正面に構える。大盾は隊員の膝下から顎の辺りまでを守っている。隊員たちの踏み出した左足がそろってアスファルトを叩き地響きを立てた。

 その姿はまるで城塞の様だった。大盾の列が未知なる敵を威圧する。

 不思議なことに先ほどまで不安げだった機動隊員の表情は、一様に引き締まり覇気に満ちている。光の中に浮かび上がった相手は、恐ろしい風体と明確な敵意を持って彼らを圧迫したが、その姿が明確になったことにより、機動隊員たちは己を取り戻したのだ。

「伝令、本部に連絡。『マル被を現認。これを鎮圧する』以上」

「了解しました」

 第一中隊長は、純白の指揮棒を頭上に掲げ不敵に言い放った。


「幽霊じゃなけりゃ、なんとかなる。島根県警なめるなよ」


 この夜。戦後の治安警備の現場において、ゲバ棒と投石、そして火炎瓶の嵐に対抗し鍛え上げられた機動隊の戦術と装備が、異世界より出現した異形の軍勢を相手に試されようとしている。





〈ラズドニク〉第三中隊 国道485号線上

 同時刻


 これまで逃げ散った敵兵を追って快調な進撃を続けていた第三中隊を、突如強烈な光芒が射抜いた。闇に慣れた兵たちの目が灼かれる。隊列を組まない彼らの歩みは、無理やり押しとどめられた。

「アベスカ様!」

「ぬぅ、小癪な」

 不安を含んだ警告の叫びに、中隊長アベスカは闇よりも漆黒の肌を持つ顔面を大きく歪めた。

 〈ラズドニク〉第三中隊は遊撃戦を得意とし、その中には夜戦も含まれる。ゴブリンやコボルトといった妖魔はヒトより夜目が利く上に、各小隊に配置された魔術士の暗視魔法により夜間視力を大きく強化されていた。彼らはその利点を生かして夜間機動を行い、夜はまともに戦えない戦列歩兵を攪乱し浸透突破を行うことを期待されているのだった。

 つい先ほどまでは、我らの手管がうまくいっていたのだが。

 アベスカは敵の戦列歩兵を睨みつけた。こちらをまともに見つけられていない様子の敵軍に奇襲を仕掛けこれを打ち破って敵市街地に突入する。今までのごとく容易い仕事のはずだった。だが、この魔導は一体何だ? こんな眩い光を浴びせかけるほどの術士がいるというのか?


「如何為されますか?」副官が注意深くバックラーでアベスカの身を護りながら問うた。

 アベスカが周囲を見回すとゴブリンの集団は歩みを止め、百歩先の敵勢を威嚇しており、ホブゴブリンどもがこちらを伺っていた。

 アベスカは改めて敵兵の様子を確認した。街道上に数十の重装歩兵が堅固な戦列を敷いている。眩いライトの魔法に照らされて、その影は路上に大きく伸びていた。よく鍛えられた兵どもだな。アベスカは思った。

「ガースパロの爺が言、真かどうかひとつ小当たりしてみるか」

「敵の火筒の間合いにあると見ますが?」副官が懸念を述べる。

 本領軍魔導師ガースパロに聞いた話では、敵の戦列歩兵は火の飛礫を放つ魔法戦士だという。しかし、この段階で敵はまだ放ってきていない。この時点でのアベスカは、事前の情報に対して半信半疑といったところだった。彼は独立部隊を率いる指揮官として、物見──威力偵察を試みると決めた。

「ゴブリンを前面に押し出せ。弓手はあの明かりを潰せ!」

「ハッ!」

 下知を受け、小隊長がホブゴブリンを呼びつけ指示を出した。ホブゴブリンリーダーは口角から泡を飛ばしながら群れを率い、一団となって敵兵の戦列に向かって駆け出し始めた。


「正面からで、崩せましょうか?」

 副官はいぶかしんだ。アベスカは腰の湾曲刀をぽんと叩くと、副官に言った。

「まさか。俺たちは戦列歩兵じゃない。他の連中はいつもの如く、夜盗のように戦うさ」

 アベスカはそう言うと子供のような見かけの魔術士──彼らの身分を示す灰色のローブを纏っている──を手元に呼び寄せると、何事かを囁いた。


 敵の魔導により昼間の如く照らされた街道上を〈ラズドニク〉第三中隊第一ゴブリン小隊のゴブリン兵たちは、敵の戦列に向けて蛮声を上げながら突撃に移った。その上空を短弓から放たれた矢が敵陣に向けて飛んでいった。



 

 けたたましい音を立てて、遊撃車のヘッドランプが割れた。それまで強力な光を放っていたハロゲン灯が破壊され、残像を残して消える。事態はそれに留まらない。唸りを上げて短い矢が機動隊車両に降り注ぎ始めている。

「矢だ! 受傷に注意!」

「中隊長! 車両と投光器が狙われています」

 自らが立つ指揮官車の指揮台を覆う金網にも矢が鋭い音を立てて飛来する中、第一中隊長は立て続けに指示を出した。

「第一中隊、密集! 亀甲隊形作れェ!」

 各小隊長が指揮棒を振り回しながら位置を変え、小旗を構えた伝令が後に続く。機動隊員たちは声を掛け合いながら機敏に隊形を変え始めた。金属同士がぶつかる音を立てながら前列が横一線に密集し、その頭上に右から次々と大盾が差し出される。

 あっという間に一分の隙もない密集隊形が完成した。降り注ぐ矢が大盾に跳ね返され、鈍い音を立てて地面に落ちていく。盾を構える機動隊員の一人は、小さな覗き窓の向こうをちらりと見て思った。ポリカの新盾じゃなくて良かった。飛んでくる矢が全部見えるなんて嫌過ぎるぜ。


「ガス筒班、距離30で発射する。構え」

 大盾を構えた機動隊員の後方に、ガス筒発射器を抱えた隊員が並んだ。『P弾』──パウダー型ガス筒を装填し、斜め上方に構える。射手はまなじりを決して引き金に指をかけた。

 部下たちが訓練通りの隊形を組んで矢の雨から身を守っていることに満足した中隊長は、マイクを手に取った。大きく息を吸い込む。

 ハウリング音混じりの音声が、スピーカーを通して辺りに響き渡った。

『前方の集団に警告する。直ちに危険行為を中止し、武器を捨てなさい。中止しない場合は実力を行使する──』


 だが、敵は止まらない。ガス筒の使用要件は満たした。やむを得ないな……。中隊長は決心した。

 集団との距離はついに約30メートルまで詰まった。

「発射始め」

 機動隊員が引き金を引くと、シャンパンを抜く時のような音を残してガス筒が相手集団に向けて次々と飛んでいった。





 第一ゴブリン小隊長ポドルスキは、走れば走るほど背筋が冷えるという奇妙な感覚に襲われていた。魔法で強化された瞳は、正確に敵陣の様子を捉えている。

 完璧な防御陣形だ。相当な精兵だぞ、ありゃ。

 普通なら敵陣を乱してくれる筈の短弓による支援射撃が全く効果を発揮していない。敵の盾と具足は良質で、訓練が良いことが容易く見て取れた。堅陣を組んだ練度の高い重装歩兵。決してゴブリンに突撃させる相手ではない。だが、今自分は配下のゴブリンを猛らせ、突っ込ませている。

 しかも、己も共にだ!


「押せやァ! 立ち止まるな! 敵は縮こまって固まっているだけぞ」

 彼は必死に部下を鼓舞した。生き残るためには突撃衝力を維持しなければならない。幸いあと僅かの間合いに至っても危惧していた敵の飛礫つぶてとやらは沈黙したままだ。案外評判倒れなのかも……。


「なんだ?」

 必死に駆けるゴブリンの集団に石のようなものが落ちてきた。ポドルスキは(これが? 敵の魔法か? ただの石礫ではないか)と拍子抜けした思いを抱いたが、すぐにそれは誤りであったと知ることになった。


「グゲェ!!」

 石礫から吹き出た粉を頭からかぶったゴブリンが、突如苦しみだした。目鼻を押さえながら倒れ伏す。それは瞬く間に周囲の兵どもに広がった。激しい痛みが目を焼き、あふれ出る鼻水が呼吸を奪う。

「ど、毒か! これが敵の魔法か!?」

 ポドルスキは動揺した。指揮官である彼ですらそうなのだ。下級の妖魔でしかないゴブリン共はあっさりと混乱状態に陥った。彼らは暴徒鎮圧の主装備として機動隊が装備する催涙ガス筒による鎮圧を受けたのだった。

 即効性の催涙パウダーを撒き散らすP弾をたっぷりと食らったゴブリン小隊は、あっさりと半数が脱落した。奇怪な叫び声を上げて泣き叫び、息が詰まって倒れるものも続出する。だが、そうでない者もいた。


「怯むな。かかれェ!」

 パウダー弾の直撃を避けたポドルスキとゴブリンの半数は、突撃を継続した。ゴブリンを差配するホブゴブリンが健在だったのが幸いしたのだろう。部隊の戦意は辛うじて持ちこたえた。



 蛮刀や手斧を構えたゴブリンたちが迫る。既に白目すら判別できる距離まで来ている。記録では見たが、実際に相対するとなると悪夢のようだ。

「ガスだけではやはり止まらんか」

 『北近畿騒乱』において京都府警が遭遇した異形たちも、ガスのみでは鎮圧することが出来なかったという記録が残っている。奴らはデモ隊等とは戦意が違う。断固たる意志を砕くには、物理力が必要だった。


「正面に構え、いいか……押せぇ!」

「おぅ!」

 ゴブリンが迫る。振りかぶられた武器が、容赦なく振り下ろされる──その寸前。

 号令一下、機動隊員たちは渾身の力で構えた大盾をゴブリンに叩きつけた。鈍い音が響く。木が折れるような音が鳴り、涎を撒き散らしてゴブリンが吹き飛ぶ。彼らの刃はことごとくジュラルミンの盾にはじき返された。一刀たりとも機動隊員には届かず、逆に吹き飛ばされるものが続出する。

「こいつら、力は無いぞ!」

「足元や腕に注意しろ。突出せず露出部をカバーだ!」

 両隣と連携し、機動隊員たちは盾でゴブリンを押し返す。小柄なゴブリンでは、それに抗することが出来ない。




「ぐ、隙がないぞ。畜生め」ポドルスキは戦列の後方でほぞを噛んだ。彼の配下の突撃衝力では、突破が適わぬことは明らかだった。引くか。周囲を見回した彼は、撤退を決断した。

 だが、それは遅すぎた。

「tansya,ute!」

 敵陣から叫び声が上がった。いつの間にかしっかりと密集していたはずの敵重装歩兵が、陣を開いている。その隙間から何かが突き出され、光った。


 破裂音。初めて聞く音だ。ポドルスキは光を見た。次の瞬間。敵兵と必死の殴り合いをしていたゴブリンがバタバタと倒れた。血飛沫があがる。煙がたなびき嗅いだことのない刺激臭が鼻腔を突く。

 これか。これが敵の『飛礫』か!

 隣にいた小隊では数少ない人間兵が呻き声を上げてよろめいた。彼が抑えた右腕はいつの間にか血塗れになっている。その横でホブゴブリンが脳天を砕かれ、脳漿を撒き散らして崩れ落ちる。

 「馬鹿な、なんて威力だ……」

 謎の飛礫に打ち砕かれたゴブリン小隊は、散を乱して逃げ出した。もはや誰にも統制はとれない。ポドルスキも右腕と左足を貫かれ、よろばいながら逃げ出すのがやっとだった。




「集団は逃亡を開始しました!」

「よし! いいぞ」

 拳銃による一斉射撃は、相手の戦意を完全に砕いたようだ。機動隊の眼前には、死傷したゴブリンが倒れている。いけるぞ。中隊長は部隊に前進を命じようとした。


「中隊長! 右です!」

 突然部下が叫んだ。慌てて右を見ると、田んぼのあぜ道を蠢く何かが見えた。投光車がハロゲン灯を向ける。まっすぐに伸びた光芒の先には、一団となって南へ向かう集団の姿があった。ゴブリンと似たような体格だが、やや大きい。そして異常に素早かった。ライトに照らし出されたその顔は、まるで犬のようだ。


「別働隊だ!」

「あれは……コボルトとかいう種類だな。機動力に長けた連中だという話だが」

「中隊長、やつら県道323号線から国分寺方面へ抜ける気です。その先の隠岐高を抜かれれば城北地区は目の前です!」

 そうこうしているうちに集団はさらにいくつかに別れ散開していく。相手の意図は明らかだ。このままでは市街地に浸透を受ける。


「伝令! 本部に通報急げ! 第二小隊は遊撃車に乗車、農協前に阻止線を張りなおす。病院からの避難は完了しているな?」

「はい」伝令はそう返事すると、首から提げた部隊指揮系無線機の送受話器にがなり始めた。

「よし──機関拳銃班。やつらの足を止めろ!」

 中隊長は指揮棒で南東へ走り去ろうとする集団を指した。

「撃て!」

 軽快な射撃音が響き、MPー5J機関拳銃の銃口からマズルフラッシュが煌く。あぜ道周辺に土煙が立ち数名が倒れるのが見えた。しかし、集団の足を止めるまでには至らない。


 集団は両手から零れ落ちる水のように島根県警機動隊の阻止線を突破し、西郷地区を目掛けて浸透を開始し始めていた。第一中隊は衝突には完勝したものの、市街地への侵入阻止に失敗しつつあった。


 中隊長は悔しさに顔をゆがめ、金網の縁を手が白くなるほど握り締めた。




「ポドルスキは?」

「回収に成功しました。療兵に診させております」

「そうか……しかし、あれはなんだ! あんな軍勢と俺たちをやり合わせようというのか、本領軍は?」

 第三中隊長アベスカは蒼白になった顔色を隠そうと、ことさら部下に対して喚いた。事前情報では聞かされていたものの、実際に戦ってみると衝撃ははるかに大きい。夜戦の利も、あの強力な光魔法の前ではあっさりと失われてしまうだろう。

 まともに戦ってはいけない。アベスカは固く誓った。

「各小隊は間道を縫って市邑へ侵入せよ。敵とは正面に当たるな。集結点はのちに示す」


 命令を下したアベスカが直率する隊を含め、複数のコボルト・ゴブリン部隊が三々五々夜の闇に散っていった。

 以上です。

 投稿も展開も遅くて申し訳ありません。こんな話でよろしければ、次回もお付き合いください。

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