表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

第3話 『戦備』

 少し間が開きました。


 今話では日本側、異世界側それぞれの戦備が整えられていく状況を描写しています。

 最近は資料があれこれと世の中やネットに出ていて助かりますね。しかし、やはり分からないところも多々あります。難しい。

 


 読みにくいところがありましたら、申し訳ありません。

隠岐郷土館 五箇 隠岐の島町

2012年 9月21日 20時11分



 シュクリャーロフ男爵率いる〈ラズドニク〉本隊は、遭遇した島民の群れを追い散らした後、小ぶりな洋館をその本営に定めた。よく整備された白亜の建物を、彼らは地方領主辺りの邸宅だと当たりをつけた。

 しかし奇妙なことに生活の匂いがしない。燭台すら見つからないため、仕方なく持参したランタンで灯りをとることにした。

 おぼろげな灯りに浮かび上がったのは、用途のわからぬガラクタと、魔法で写し取ったとしか思えない恐ろしく精緻な風景画、そしてこの島のものらしい地図だった。


「ふん、聞いていた通りの奇妙な土地だ」

 シュクリャーロフはつるつると滑らかな手触りだが、材質の定かでない椅子にどっかりと腰掛けた。手の内に収まるほどの筒を持ち上げ、指で小さな出っ張りを押し込む。筒の先から出た眩い光が辺りを照らすと、周囲の部下がどよめいた。

「明るいな……ここが異世界だってのは良く分かった。皆も見ただろう? あんな鉄の車が走り回るなんぞ、俺もこの目で見るまで信じられなかったぞ」

「真に面妖な光景で御座いました」副官のワレリー・シュパクが神妙な顔で頷く。シュクリャーロフは背もたれに上体を預け、老木のような顔にいやらしい笑みを浮かべる魔導師に言った。


「かような相手に三日耐えよというのだから、俺も買い被られたものだ」


 シュクリャーロフが部下を救うために達成するよう求められた任務は、〈門〉を越えた異世界の大国〈ニホン〉の軍勢に対して、〈ラズドニク〉の実験兵科が有効であることを示すこと、そして〈ニホン〉の武具・兵器・捕虜を得ることであった。

 マトヴィエ将軍の執務室を出た後、シュクリャーロフはガースパロからそれを聞かされた。深く刻まれたシワの奥底にその性根を隠した本領軍付魔導師は、三ヶ月前本領軍が彼の地より持ち帰った文物と記録を彼に見せると、しわがれた声で協力を迫ったのだった。


 〈帝國〉は、世界アラム・マルノーヴ最大の大陸に広大な領土を持つ帝政国家である。大陸中央部の本領を中核として、四方に西方諸侯領・南方征討領・東方辺境領・北方魔導領を配する。中央集権化と膨張を続ける〈帝國〉と周辺諸国は敵対関係にあり、南方征討領軍は商業同盟国家群の〈南瞑同盟会議〉に侵攻を開始しており、東方は東方辺境国家群と、北方は魔女たちと、それぞれだらだらとした戦いを続けていた。


 三ヶ月前、皇帝はその意に添わぬ西方諸侯領主たちを葬り去るために、彼らを異世界〈ニホン〉へと送り込んだ。〈アヤベ〉〈フクチヤマ〉そして〈マイヅル〉。聞き慣れぬ名を持つ都市に八千の兵をもって侵攻した西方諸侯領軍は、完璧な奇襲に成功したにも関わらず、未知の魔導と軍勢により壊滅。辛うじて軍監と本領軍五百騎が生還したが、結果が〈帝國〉軍部と皇帝に与えた衝撃は大きなものだった。

 軍が壊滅した西方諸侯領を皇帝直轄とし帝権の強化に成功した皇帝は、これ以降〈ニホン〉への侵攻を中止した。〈帝國〉の主敵はあくまでマルノーヴ世界の周辺国家である。西方諸侯の力を削ぐという政治的目的を達成した皇帝にとって、〈門〉の向こうはもはや用無しだったのだ。

 無論、当初はある程度の領土的野心を抱いていたかも知れない。しかし、旧態依然とした兵制とはいえ、精強さで知られる西方騎士たちがあっさりと壊滅するに至り〈帝國〉は彼我の戦力差を認識したのだった。

 

 しかし、本領軍と魔導師たちは〈ニホン〉に利を求めた。西方諸侯領軍を打ち破った敵軍の力を得ることができれば、マルノーヴ世界の諸国家など恐るるに足らない。先の遠征で〈帝國〉は〈ニホン〉の民と文物を奪取することに成功したが、軍の捕虜と兵器は持ち帰ることができなかった。

 

 大規模な軍を動かすことはできない。そこで彼らは、苦しい立場に立たされていたシュクリャーロフ男爵の〈ラズドニク〉に目をつけた。

 〈ラズドニク〉は本領軍所属の新兵科実験部隊である。戦列歩兵に代わる新戦術として、魔獣や魔導兵器たるゴーレムを用いた戦術を研究する彼らは、異世界〈ニホン〉に限定侵攻を行うにはうってつけの部隊であった。

 〈ラズドニク〉の研究する新戦術は、いよいよ実戦において評価すべき段階まで煮詰まってきている。ただし、実験段階で手の内を晒すのは拙い。できればマルノーヴの諸国家にはギリギリまで隠しておきたかった。


〈ニホン〉

 西方諸侯領軍を苦もなく打ち破った彼の軍勢に対抗できるのであれば、その実力は保障される。試験の後は部隊を撤収させ〈門〉を閉じてしまえば後腐れもない。捕虜と兵器を鹵獲できればなおよい。


 誰かの思いつきは、本領軍の参謀と将帥たちの賛同を得た。軍の序列に従い命令は下達され、シュクリャーロフに告げられた。


「シュクリャーロフ殿の〈ラズドニク〉ならば、見事に敵を打ち破ることができましょうぞ」

「ガースパロ師、一つ聞いておきたいことがある」

「何なりと」

「我らが見捨てられた西方諸侯と同じ扱いをされぬ保障はあるのかな? どうしてもそのことが頭を離れん。俺は小心だからな」

 そう言って睨み付けるシュクリャーロフの視線を、ガースパロはさらりと受け流した。わざとらしく笑う。

「わしも部隊と共におるのじゃ。それが証となりせまぬか?」

 だが、シュクリャーロフは全く信用していなかった。

「三月前、西方諸侯と共に出陣したバルトロ師は、ついぞ還らなかったと聞くぞ。ガースパロ師もまた蜥蜴の尻尾で無いと誰が言えようか」

 ガースパロは手の内のワンドで壁に掛かる地図を指した。

「勝てば宜しい。今より三日後、再度〈門〉の前に戦利品を抱えて立つならば、シュクリャーロフ殿の心配は杞憂であることが明らかになりましょうぞ」


 ガースパロの試すような口振りに、シュクリャーロフは闘志が腹の奥から沸き立つ感覚を覚えた。どうせ、成果を上げねばベリエフたちは救われぬ。


「勝て、か。あっさり言ってくれる──ワレリー!」

「はッ」

 シュクリャーロフの前に、常に冷静な副官が進み出た。 

「以下の通り下達する。第一中隊は〈ゴカ〉のむらに立てこもる敵勢を包囲せよ。夜明けと共に総寄せだ。第二中隊は剣歯虎、ヘルハウンド各小隊をもって先行、西と北東の邑を制圧せよ。第三中隊は敵後方への浸透を継続せよ。本営は明朝〈ゴカ〉に前進し指揮を執る」

 実験部隊〈ラズドニク〉は本営の他に、トロールを含む重歩兵第一中隊、剣歯虎とヘルハウンドを使役する『魔獣遣い』第二中隊、ゴブリン、コボルトなどで編成される軽歩兵第三中隊と本営直轄の竜騎兵小隊で編制される。

「邑は蟻も抜け出る隙間すらありません。明朝、誓って攻め落として見せましょう」

「御意」

 第一中隊指揮官バルタークがトロールばりの太鼓腹を逸らし、第二中隊指揮官のアチク・シルンが静かに腰を折り礼を示した。第三中隊はすでに中隊指揮官と共に島の全域に散っている。



「やるだけやってみせるさ」


 自分の下した命令を受け動き出した兵たちをみて、シュクリャーロフは吹っ切れたようにつぶやいた。




第8普通科連隊連隊長室 米子駐屯地

2012年 9月21日 20時24分


「政府より防衛出動が下令された。尼子一佐、よろしく頼むぞ」

 第8普通科連隊長、尼子晴夫あまこはるお一等陸佐は、じっとりと汗のにじんだ掌で受話器をつかみ第13旅団長からの電話を受けていた。

「はッ、全力を尽くします」

 口では言ってみたものの、内心では『よりによってうちか!』と頭を抱えたい気分であった。

 第8普通科連隊の担当警備隊区である山陰地方は、手薄といってよい。対ロシアを睨み、陸自唯一の機甲師団を擁する北部方面隊、国際情勢の変化に伴う南西シフトにより増強著しい西部方面隊などと比べ、装備や人員の手当ては後回しにされがちであった。とはいえ、責務は果たさなければならない。


 電話を切った尼子一佐は集合した幕僚をぐるりと見渡した。皆、緊張で顔が強張っている。

「即応体制にあるのは第3中隊だな?」

「はい、総員駐屯地内で待機中です」第3科長(作戦・訓練担当)が答えた。

「よし、装備を整え弾薬を配布しろ。第3中隊長は亀井一尉だったか。準備でき次第美保基地へ前進させる」

「空自とは調整がついています。明朝には隠岐の島空港に部隊を推進できます」

 第3科長は夕刻から手当たり次第に電話をかけ、各部との調整に奔走していた。台風の影響により、山陰地方を除く日本各地はとても航空部隊を運用できる気象条件ではない。荒れ狂う暴風雨が、事態を受けて兵力を集中しようとする陸自部隊の移動を妨げている。

 山陰地方は晴れ。ただし、それも22日の午後までである。第8普通科連隊はこのわずかな時間を使い、部隊を隠岐島後に送り込もうと考えていた。美保基地の空自第3輸送航空隊のCー1輸送機が使用できる。


「島後島内の状況が不明です。情報小隊を潜入させ敵情を掴みませんと、うかつに上陸できません。反撃を受ける危険性があります」

 第2科長(情報担当)が懸念を示した。島内各地からの連絡は次々と途絶えている。西郷地区と空港はまだ確保されているが、その他の地域では敵がどこにどれだけいるのか、島民はどういう状況なのか、全く分からない。これでは航空支援も不可能である。島民共々吹き飛ばしてしまえるのなら話は別だが、それをやったならば政権どころか自衛隊そのものまでも吹き飛ばしてしまいかねない。

「あとは予備兵力が欲しいですな。普通科一個中隊では山中で戦うための兵力として、とても足りません」

「敵はどんな手を使って攻めてきた? 侵攻手段がわからん。全力を隠岐に投入したあとで、県内のどこかに敵が出現したら目も当てられん。残り二個中隊は連隊予備として拘置する。クソッ、台風のせいで他所からの増援が遅れているぞ」

 尼子一佐は吐き捨てるように言った。

「手持ちでやるしかありませんな」第3科長が書類をめくった。「出雲の第13偵察隊が指揮下に入ります。あそこの87式偵察警戒車は貴重な装甲車両です」

 25ミリ機関砲を搭載する87式RCVは、未知の敵に対峙する普通科隊員たちにとり、心強い火力となるはずだ。しかし、その重量とサイズから中型輸送機のCー1では運べない。

「どうやって隠岐に送り込む? 輸送機には載らんぞ」

 尼子の問いに第4科長(兵站担当)が頭をボリボリと掻きながら答えた。

「隠岐の南東に海自輸送艦〈おおすみ〉がいます。第13偵察隊の一部とうちの車両を弓ヶ浜でLCACに搭載しましょう。あれならあっという間に運べます」

「あのでかいホバークラフトか! いいぞ……しかしどうしてそんな所に都合よくいたんだ?」

「若狭湾での演習に参加予定で、近くにいたんです。〈おおすみ〉には西普連の二個小隊が乗艦中です。海自のヘリを使い今夜中に潜入できます。彼らに敵情を探らせましょう」

 その後も幕僚たちは口々に諸準備について報告した。一通りの報告が終わったところで、尼子一佐は立ち上がり部下を鼓舞するように言った。


「よし、大分見えてきたな。無い物ねだりを言っても始まらん。手持ちを使ってやるしかないんだ。この24時間が勝負だぞ。各人連携をとってしっかりやってくれ。どこのどいつか知らんが、すぐに叩き出してやるぞッ!」

「はッ」




第8普通科連隊行動命令第1号


1 第3中隊は美保基地に前進し、明朝空自輸送機にて隠岐空港に部隊を推進させよ。爾後、西郷地区の防衛任務につけ。

2 第1、第2中隊は駐屯地にて待機せよ。

3 第13偵察隊を指揮下に置く。連隊本部管理中隊の一部と共に弓ヶ浜で海自LCACに搭乗、島後に前進せよ。

4 西部方面普通科連隊レンジャー小隊は海自ヘリを使用し島内に潜入、地形及び敵情偵察を実施せよ。

5 連隊長は、明朝より隠岐の島町西郷にて指揮を執る。各員、本分を尽くせ。





輸送艦〈おおすみ〉 隠岐諸島南東10マイル

2012年 9月21日 21時03分


 台風16号の残した合成波高2メートルの波浪に船体を揺られながら日本海を進む護衛艦〈くらま〉から、2機のSHー60J哨戒ヘリコプターが相次いで発艦した。〈くらま〉の左後方には輸送艦〈おおすみ〉が続いている。

 台風一過の澄んだ夜空を切り裂いて、6トンを超える機体が力強く前進する。ローターブレードの巻き起こす騒音が次第に大きくなる。飛び立った2機のうち1機は〈おおすみ〉の前方を抜け着艦経路に機体を進めた。

『スナイパー76、着艦許可。誘導員に従え』

『こちらスナイパー76、了解。進入する』


 誘導員の振る赤と緑の誘導灯に従い、SHー60J哨戒ヘリコプターは半ば強引に見えるほどの勢いで〈おおすみ〉の飛行甲板に着艦した。すぐに作業員が近寄り、機体を甲板に固定する。甲高い音を響かせ、ブレードは回転を続けている。



「さあ、いくぞ皆の衆!」

 挺身斥候班を指揮する小河三尉が真面目な口調で叫んだ。

「……相変わらずしまらねぇなぁ」

「そう言うなって」

 背のうを背負い、腰にフィンをぶら下げた分隊員たちは軽口を叩き合いながら中腰で歩き出す。百武二曹も分隊長の言語センスに苦笑しつつ、その後に続いた。


 ローターブレードの下を小走りに機体へと駆け寄った小河三尉以下完全武装の西普連レンジャー隊員4名は、素早い動きでヘリのキャビンに身体を収めた。すぐにベルトで身体を固定する。彼らは、空中からのファストロープ降下や海上へのキャスティング訓練で、ヘリには飽きるほど乗り慣れている。

 センサーマンもそれを知っているのか、キャビンドアを開放したまま、インコムで機長に準備よしを伝えた。機長はそれを受けて右手の親指をしっかりと立てる。

 管制といくらかのやり取りの後、作業員が機体の固定を解除した。発艦許可の合図が出る。



 ブレードの回転数が上がり、甲高いエンジン音で機体内が満たされる。一呼吸の後、機体は〈おおすみ〉甲板上から空中へと躍り上がった。

 百武たちの乗る76号機が甲板上を離れ前方に離脱するやいなや、空中で待機していた89号機が着艦態勢を取った。この機体には円城寺一曹が指揮を執る残りの4名が乗り込むのだ。

 百武が見下ろすと、同じようにフル装備で固めたレンジャー隊員たちが一列でヘリに向かう姿が見えた。



「……マジで行くんだな俺たち」

 百武のバディ、戸田三曹がぽつりとつぶやいた。ドーランを塗りたくった顔は暗い影にしか見えないが、その中で不安の色を浮かべた瞳だけが白く浮かび上がっていた。普段は軽口ばかりの戸田の豹変に、百武はゴクリと息を呑んだ。

 そうだ、実戦なんだ。死ぬかもしれないんだ。

 ミーティングで見せられた異形の敵──その姿が余りにも当てはまるため、そのまま〈ゴブリン〉や〈オーク〉と名付けられた敵の映像を思い出した。

「怖いな」百武が続ける。

「ああ、やべぇ。戸田、お前が変な声出すから帰りたくなったぞ馬鹿野郎」

 石井三曹が早口で文句を言った。そんな分隊員たちの姿を見て、小河三尉は感情を押し殺すように一度目をつぶり、機内を満たす騒音に負けないように──実際は不安を打ち消そうと、大声で命令した。

「お家に帰りたかったらヘマをこかないようにしっかりやるんだ! 全員装具を確認! 島は近いぞ、5分で済ませろ!」

「了解」

 百武は、やることが出来て良かったと思った。少なくとも余計なことを考えなくて済む。

 


『スナイパー76、出撃する』

『スナイパー89、出撃する』

 発艦した2機は一度〈おおすみ〉前方で編隊を組むと、荒々しい挙動で機体を翻し、艦の左舷側を後方へフライパスしていく。


「おい、見ろよ。海自の連中が出てきたぞ」

 石井三曹が眼下の〈おおすみ〉を見下ろして言った。海自隊員だけでなく西普連の仲間の姿も見える。



「帽振れェ!」

 〈おおすみ〉〈くらま〉艦上で同時に号令がかかった。甲板上の作業員も、今までCHー46JA輸送ヘリコプターの防水梱包を必死に外していた陸自隊員たちも、艦橋ウイングに立った艦長を始めとする幹部たちも、等しく右手に帽子を持つと、それを大きく振って2機の哨戒ヘリコプターに搭乗した斥候班を見送った。機内の男たちも、それに応えて激しく手を振る。

 2機は北西の方角──隠岐島後へ向けて飛び立っていった。艦上で帽子を振る陸海の自衛官たちは、機体が星の海に紛れて見えなくなっても、しばらく北西の方角を見つめていた。



境港 旅客船ターミナル 鳥取県 

2012年 9月21日 22時17分


 本来管轄外であるはずの境港フェリー岸壁前の駐車場には、島根県警機動隊二個中隊約100名の警察官が集結していた。全員が出動服に防護面付きヘルメット、プロテクターで身を固める物々しい姿だ。ポリカーボネート製の大盾が整然と並ぶ。彼らの腰のホルスターには実弾の装填された拳銃が格納され、一部の機動隊員はガス筒発射器や散弾銃、さらにはMPー5J機関拳銃を装備していた。

「第一中隊、準備よし!」

「第二中隊、装具点検終わり。執行実包配布終わり」

 真夜中の岸壁に、中隊長の鋭い声が響く。台風によって送り込まれた大量の湿った空気は、潮風と混じり合い機動隊員たちの顔面に大量の汗を吹き出させている。


「隊長、準備完了しました」

「おう! 御苦労」

 機動隊長、宇山久うやまひさし警視が短く応えた。赤ら顔のだるまのような見かけの男だ。背は高くないが、警備畑を歩んできた警察官らしいがっしりとした体躯を出動服に包んでいる。

「しかし、どうやって島に渡るんですか? 自衛隊の輸送ヘリコプターやホバークラフトは、彼らを運ぶので手一杯と返答が有りましたが」

「安心しろ、伝手がある。県民が危機にさらされている状況で、指を咥えて『自衛隊さんお願いします』と傍観するだけなんぞ、俺はとても耐えられんからなぁ」

 そう言ってガハハと笑う宇山警視の携帯電話が電子音を鳴らした。

「もしもし、よっちゃんか? 来たか? そうか、だんだん。おう……すぐ乗り込むけん、ランプドア下ろして待っちょってごしないや……おう、島をやられっぱなしじゃきしょが悪いわ」


 呆気にとられる小隊長をみた宇山は、胸を張って港外を指差した。小隊長たちがつられて目を向けた先には、明々と灯火を点けたフェリーが、機動隊員がひしめく岸壁に近付いてくる姿があった。


「何をぼぅっとしとるんだ! 全員乗車! あれは今夜俺が借り切った。さっさと乗り込んで島に行くぞ」

「乗車! 乗車!」

 指揮官の号令を受け、機動隊員たちは出動靴の音高らかに駆け出した。輸送車や遊撃車、指揮車に次々と乗り込んでいく。一斉にエンジンがかけられ、静かに佇む境港駅舎にエンジン音が木霊した。



隠岐の島町役場 城北町 隠岐

2012年 9月21日 23時44分



『虎だ! 虎が出た! ぎゃあ──』

「もしもし? もしもーし!? ──切れました」

「虎って、何だ?」

「……」

 職員が無言で顔を見合わすが、答えは出ない。電話口の向こう、布施支所の町職員がどうなったのか考えたくもなかった。


 深夜に入り、辛うじて電話のつながっていた布施、五箇、都万各支所からの連絡が途絶えつつある。警察は何とか連絡を取ろうとしたが、すでに島の中央部中条駐在所から『不審者が出没中』との報告を受けていた。パトカーすら北部地区に派遣するのが困難な状況に、町長以下幹部は頭を抱えている。

 島の北部はすでに謎の敵によって占領された可能性が高い。唯一五箇中学校に立てこもる町民の集団との連絡がつながっていたが、それが何時まで持つのか誰にも分からなかった。

 

 まして、救出の手段など彼らの手には存在しなかった。


「救援は、未だなのか……間に合わないのか」


 町長は絶望的な思いに顔を歪めた。

 

次回もよろしくお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ