08 容易な探索行
「通常体だな。エコー・バットが二体。
魔石のサイズも、落ち物も特に変わったところは見られない、か」
エコー・バットは、所謂蝙蝠タイプの魔物だ。その名の通り、声によって周辺探査や攻撃を行う。
逆に言えば、音での攻撃さえ押さえてしまえば、攻撃力は高くはないとも言えるが、それでも飛行し、飛翔音等も無く、出現階層に足るだけの生命力も持つ為に、探索者として容易な相手とも言い切れないのだが、その短時間の間に、二体のエコー・バットは倒されて、魔石と、落ち物である蝙蝠の革布だけになっていた。
「この先は行き止まりだったか?」
「地図の上ではそうだな。探査した上では、行き止まりまでに生命反応も無し。
どうする?」
「依頼は魔物調査だ。居ない通路は無視して先に進もう」
ライザが元の通路に戻ってきて、進行を再開する。
「ねえ、イェラン。確かにこの程度の階層だと苦労しないけどさ、楽すぎない?」
「斥候役ってのが居るだけで、これ程楽になるとは思わなかったよ。
てか、俺もイルナも、未だ何もしてないんだが」
「あの二人、あれだけ雑談していながら、仕事をきっちりこなし過ぎでしょ。
それにしてもさ、ライザがあんなに気を向けるなんて、どう思う?」
「どうだろうな。何か興味があるのか、あるいは警戒の結果なのか。
ともあれ、話しかけられてアルマンの方は若干、迷惑そうだけどな」
「ソロだもんね。誰かと潜るのに慣れてないだけでしょ」
旋風の翼の、残る二人はただただ、雑談をしつつ付いて行くだけの状態だった。
途中、小休止を二度程挟み、迷宮に潜ってから三刻を過ぎ、そろそろキャンプを張る時間となった。
「たった半日で、十七層はほぼクリア、か。
探索速度が速いな。これもアルマンのおかげか」
「オレは探査と罠解除しかしてないぞ?」
「それを言ったら、わたしとイェランは、歩いてただけだよ!」
結局は、最初から遭遇する全ての魔物は、ライザ一人で始末されていた。
「未だ十七層だからな。
あと二層も降りれば、あるいは異常種が出れば、二人の力も必要になるだろう」
「いや、普通の探索者は十七層を、一人でほぼ総なめには出来ないだろ」
「これでも銀Ⅲなのでな。
それよりアルマンの方が、貢献度は高いだろう。
事前に魔物との遭遇も、数も、そのタイプも分かるのだから、我はただ、剣を振るうだけで済むのだ」
「直線、中型三、四足」
すっと、ほとんど物音を立てずに速度を上げ、ライザは進む。この層の四足であれば、狼タイプの魔物、ロックウルフであろう。
その名が示す様に、岩の様に堅い表皮を持つ狼だが、所詮は岩程度でしか無く、しかも体内まで堅い訳ではないので、実際に直接打撃でどうとでもなる相手だ。
勿論、狼タイプなのでその動きは早いが、身体強化魔法も用いるライザの敵では無い。
「ふむ。やはり通常体か。
この層には異常種は居なかった様だな」
三人が先行したライザのところまで辿り着いた時には、既に魔石と落ち物も、全て回収が終わっていた。
「もう、転移門に着くな。
どうする、予定通りキャンプを張っても良いが、戻って、明日十八層からという手も使えるぞ」
「んー、シャワー浴びて、ベッドで寝たい気もするけど、キャンプ張って進めた方が進みは早いでしょ。
それに、あんまり頻繁に戻ると、アルマンさんの報酬関係で、ギルドから嫌み言われそうだしさ」
「そうだな。アルマンには悪いが、俺もキャンプで済ませる、で良いと思う」
「そうか、アルマンは探索毎に報酬が出るんだったな。そうなると、あまり頻繁に戻るのは避けるべきか。
とは言え、それだと報酬が減るな。アルマンはどうしたい?」
「任せる。何しろ探索一回で銀貨十枚だからな。別にこの依頼中、一度も戻らなくても良いぞ」
「流石に一度も戻らないというのは、いくら物資敵に問題無いとは言え、精神的に厳しいな。
そうだな、当初予定通り、明後日に一回出る事にしよう」
そんな事を話していると、転移門が見えて来た。
転移門の周辺は魔物が発生しないと言われているので、キャンプ地としては最適だ。
もっともその場合、今見えている入り口側にキャンプを張るというのが、探索者としての約束事となっている。
このまま十八層に降りて、出口側にキャンプを張った場合、別のパーティーが十八層に転移して来た場合にトラブルとなる可能性がある為だ。
転移門は入口側と出口側が固定となっており、出口側から入ろうとしても、見えない壁の様なもので進めないのだ。
「この層は洞窟タイプだから、テントは要らないな。後は見張りか」
「ライザとアルマンさんにばっかり働いて貰ったし、二人は後番で良いよね、イェラン」
「そうだな。そもそもあまり動いていないから、そういう意味でも早番の方が助かる」
「では、食事の後はイルナとイェランに早番をやって貰おう。一刻半で交代としよう」
転移門の周辺に魔物は発生しないとは言っても、他で発生した魔物が移動して来る場合はあるので、絶対に安全では無い。
転移門を潜る場合、何層に転移するかをイメージしていなければ転移出来ない為、思考能力の無い魔物が転移門を潜る事は無い事から、移動すれば逃げる事も可能ではあるが、転移先で運悪く、直ぐに魔物に遭遇して被害を受ける場合もある為、混乱した状態での転移は避ける事もまた、探索者としての約束事となっていた。
何しろ、混乱状態のまま、きちんと異動先をイメージしておらず、転移に失敗して魔物に襲われる場合や、メンバーでバラバラの階層をイメージしてしまい、離れ離れとなってしまう危険性もあるのだから。
その為、一応の安全地帯とは言え、見張りを置くのは当然となっている。複数で組むのは、一人だと、万一居眠りでもした場合に危険だからである。
「食事は、宿で弁当を用意して貰って来たので、今回は作らなくても大丈夫だ。勿論アルマンの分もあるぞ」
「そうか、それは有難いな。
ではオレも、少しサービスするか」
そう言って、少し離れた場所に二つのアイテムを設置し始める。
どちらも、一見すると支柱で支えられた枠に布を取り付けた、簡単なテントにも見えるものだ。
「それは?」
「トイレとシャワーだな」
「なっ!」
持ち運べる簡易タイプのトイレやシャワーは、無間袋程には高価な物では無い。が、それでも一般的な探索者が簡単に買える物では無いのだ。