06 出発前
「とりあえず感謝だな。これで持って行ける食料や薬も余裕になるし、予備の武器も持って行ける」
「イェランの言う通りね。
ただ、こんなの使っちゃうと、次から辛くなりそうだけどね」
「違い無い。それでもほとんどの奴は、一生かかっても目にする事すら無いからな。例えこの一回だけでも、使えるだけでラッキーだぜ」
ワイワイ騒ぐ二人に対して、ライザはすんなりとは受け入れられない様だ。
「確かに助かる。しかしアルマンど・・・いや、アルマン。無間袋は貴重な道具だ。我らがそこまで信用される程、貴殿とは交流出来ていないと思うのだが」
「ま、旋風の翼の評価、特にギルド評価を信用した、ってところかね。信用じゃ無く、期待かも知れないがな」
「む・・・」
「ライザ、良いじゃないそれでも。
それよりさ、持っていく物を見直して、食料とか買い出しに行こうよ」
「そうだな。我はもう少し聞いておく事があるから、二人は先に宿に戻ってくれ」
「分かった。荷物まとめてくね」
「ああ、頼む」
イルナとイェランが出て行くと、ライザは追求を再開した。
「さて、アルマン。どういうつもりなのか聞かせて貰えないか?」
「どう、と言われてもな。
あえて言えば、オレは噂とかでしか、旋風の翼の事は知らないからな。
迷宮内が無法地帯である事は、探索者なら今更だろ。そこに知らない相手と潜るんだ、少しは探ったとしても、文句を言われる程でも無いだろ」
そう、アルマンは『無間袋という稀少魔道具を貸し出す事で、その反応を見て、旋風の翼を探った』と、そう言った訳だ。
「ふむ。そうだな。
悔しいが確かに、アルマンにとっては我らは、今だ信用に値しないだろう。
だが、それは我らにとって、アルマンも同じ、ではないか?」
「そっちは三人、こっちはオレ一人だ。しかもオレは、無間袋を貸し出してるから、何かやらかしても、それが担保になるだろ?」
「そうか、そうだな。
確かにアルマンは、無間袋というリスクを負っている、か。
分かった。ならば今回の依頼中に、信頼に値すると示してみせよう」
「ま、オレみたいな怠け者相手に、あんまり気負わない方が良いと思うけどな」
「何を言う。迷宮は死地だ。
そこに一緒に潜る以上、命を預ける仲間と同じだ。信頼し合える様に努力するのは当然であろう。
では、我も準備をして来よう。半刻後に南門で良いか?」
「ああ、それで大丈夫だ」
待ち合わせを決めて退出するライザ。
それから暫くして、先ず声を発したのは、マディナの方だった。
「で、どういうつもりなのかしら?」
「無間袋を出せば、相手の動きが見えやすいのも事実だろ。
それに、持ち物に余裕が出来れば、あいつらも個別に動く理由が出来る。そこで動きがある可能性も、な」
「確かに、何か口実を作るくらいなら、上手い手だとは思うけれど、少し危険じゃないかしら?」
「いや、エサとしては都合が良いだろ。
貸し出すって事は、オレが最低でももう一つ持っているくらいは推測するだろうしな。
当然貸した分だけじゃなく、オレが持っている方も自分のモノにしようと思うだろうから、悪い方に転んだとしても、オレが持っている事は口外される可能性が低い」
中途半端なエサでは、どっちに転んでも想定外は起き易い。極端であればある程、結果的に選択肢は狭まる分、良く転んでも、悪く転んでも、その結果は絞り込んだ推定を行い易くなるのだから。
「それにしても、敬称無し、か」
「ん?」
「たった一回呑みに行っただけで、随分と距離を縮めたじゃないか」
「そこが不確定な要素だったんだよ」
「どういう事かしら?」
「色々な噂や評判、そしてマディナから貰った情報を含めても、ライザの表向きの性格から、あんなに関係を踏み込んで来るとは思えなかったからな。
そもそも、呑めもしない酒を呑んで、意識を失うなんて醜態を簡単に見せるタイプじゃないだろ、あれは」
「それは、確かにそうね。
でも、今回の依頼は、裏の内容も含めて、ライザ嬢は疑う要素が無いんだけれど」
「だからと言って、不確定要素を放置する訳にもいかないからな。そういう意味でも、無間袋は都合の良いエサだろ?」
「確かに、ね。
そう言われると、何も言えないわ。
ま、ギルドとしては結果さえ出して貰えれば、その過程で想定外があっても文句は無いから、お任せするわ」
勿論、過程を問わないとは言え、違法行為であれば不問とは出来ない。が、違法行為をも辞さない様であれば、ギルドからの指名依頼など、そもそも受ける事自体出来ないのだから、その辺りは心配していないマディナであった。
「それで、貴方は準備は良いのかしら?」
「オレは基本的に、常に全ての持ち物が袋の中だからな。今更準備が必要な物も無い」
「時間の影響が無いから、食材も準備済みって訳ね」
「まあ、食材もだが、調理済みの料理もそれなりに用意してあるぞ?」
「流石に、あまりそれを使わないで欲しいわね。エサとしても過剰過ぎて、釣り上げるべき対象以外まで誘因し兼ねないわ」
「ま、それなりには注意するさ」
時間経過の影響を受けない事は知られていても、ほとんどは“袋に入れる”という部分に思考を縛られる。食材が腐らなくて便利だとは思っても、調理済みの料理を用意しておけば、調理自体が省けるとまで思考が行かないのだ。
何しろ、調理済みの料理を袋に入れるなどとは、弁当程度であれば思い付くかも知れないが、スープを鍋ごと、皿に載せた料理をそのまま、袋に入れようとは、普通の発想では思い付かない。
無間袋がそれなりに出回っていれば、そういう使い方も知られる事になるが、何しろほとんど出回っていないのだから、使い方を探る事さえほぼ無い。
逆に言えば、そうした使い方まで知られれば、これまで以上に価値が上がる事は確実となる。
「で、実際のところどうなんだ?」
「未だ確実性は無いわね。ただ、普段見ないパーティーが一つ、昨日の内に迷宮に入ったわ。
そのパーティーは、十四人の二パーティーでクレリアナに入って、一方の七人だけが迷宮に入ってる」
「微妙だが、アタリの可能性は高い、か。
俺達が入る前に、もう一つも入れば、ほぼ確定だろう。その場合は、上での処理は頼むぞ」
「分かってる。貴方も間違えないでね。
申し訳無いけれど、旋風の翼自体の優先度は高く無いんだから」
「ああ、分かってるさ」