05 無間袋
「で、件の王子様は?」
「そう言えば、アルマン殿はどうしたんだ」
「アルマン君なら、ライザさんを預けて帰ったわ。そもそも、未だ此処に居たら、それはそれで問題でしょ」
いくらギルド長室とは言え、二人で入って行った姿は見られているのだ。挙げ句夜が明けるまで二人共出て来なければ、色々と憶測が飛び交っていた事は間違い無い。
既に手を打っておいた情報操作もあり、怠け者の“不動の斥候”に対して、義憤を覚えた“銀の風妖精”が動き、共に依頼を受ける事となったという話しとなって流れ始めている。
一部探索者が、怠ければ自分もライザに引き回して貰えるのでは、などという考えを持ちはしたが、そもそも探索者が依頼受けを怠けていては、生活自体が厳しくなるのだ。それを実践しようとするには至らなかった事については、どちらにとって幸いであったか微妙なところであろう。
「とりあえず、アルマン殿が依頼を受けるという事で良いのだな?」
「えっと、何でライザがそれを聞くのかな」
「すまんが、酒場で話しをした事は覚えているが、途中から、先刻目を覚ますまでが飛んでいるのだ」
「ライザ、貴女もしアルマンさんが邪な気持ちを持ってたら、色々マズかったよ。
もう少し、気を付けようよ」
「ん?」
「・・・・・・」
実際には、その手の事でも他の事でも、ライザに危機感が足りないとか、そういう事は無かった。むしろ逆に、一般民からすれば危機意識が高い探索者の中でも、危機感の塊の様な存在という答えが返ってくる程だ。
だからこそ、イルナはどう指摘すれば良いのかが分からなかったという事でもあった。
その結果、全く意思疎通が図れていない状態となっている訳だが。
「まあいいや。それで、件のアルマンさんは何時来るのかな?」
「今は未だ、日も昇りきっていないしね。多分日課をやってると思うわ。
この時間だと、最低でもあと一刻はかかるかしらね」
「日課、ですか」
「みんなそれなりに練習したりするでしょ。そういう事よ。
貴女達も、一度戻って支度してきたらどうかしら」
そう言って、旋風の翼を部屋から追い出した。
これでやっと、昨夜から続いた責任は果たした事になると、ホッと一息吐くマディナであった。
探索者として、これまで何度も迷宮に潜って来たのだから、基本的な準備は既に揃っていた。とは言え食料や水に関しては、潜る直前に準備する事になるし、前回潜った時に消費した分の消耗品も買い足す必要が有る。
また重要な事は、使う可能性の高い物を優先しながらも、持ち物を絞らなければならない。荷物が重く、大きくなればその分、急な対応が難しくなるだけでなく、移動速度も遅くなり、体力の消耗も早くなるのだから。
・・・と、食料品と消耗品の買い出し分以外の準備を終えて、ギルドまで戻ったところで、旋風の翼メンバーは、自分達の考慮が無駄となる事を知った。
「という事で、中サイズで悪いけど、一袋貸しておく」
目の前に差し出されたのは、どこにでもある様な革袋だ。特に飾りがある訳でも無く、染められてもいない。口の部分に革紐が付けられていて、紐を引けば口が閉まる様になってはいるけれど、それもどこにでもある仕様でしか無い。
大きさは、大人の両手の平程度といったところだろう。
よく、小物やよく使う物を入れ、腰にぶら下げておく為に使われる程度の袋にしか見えない。
「これが無間袋?」
「実際には無間って訳じゃ無い。中サイズだから、酒樽を十個も入れれば限界だ」
「いや、十分入ると思うが」
そもそも、一人で酒樽十個を持ち運ぶ事は不可能だろう。
探索者が数日、迷宮に潜る為に持ち込む荷物は、一人辺り酒樽一つ分も有れば多い方であろう。道具屋で売っている最大の背負い袋がその程度だし、ほとんどの場合、そんな背負い袋を使うのは、非戦闘メンバーとして、ケールと呼ばれる荷運び人くらいなものだ。
無間袋は、それこそ誰でも知っている魔道具だ。但し、それを手にする事はほぼ無い。
その特徴は、見た目や元の大きさに関係無く、かなりの量が入れられる事と、中を覗き込んでも何も見えない事だろう。取り出す物を思い浮かべながら手を入れれば、入れた物を取り出す事が出来る。
そして何より、その中にある物は、時間経過の影響を受けないのだ。
便利である為に知られてはいるが、作れる物が限られ、しかもその技術は秘匿されていると言われている為、単に金を積めば手に入るという物では無い。それこそ、王族や貴族であろうと、入手は相当困難だと言われている。
稀に迷宮で入手出来る事もあると言うが、それでも数年に一個、どこかの迷宮で出るかどうか、といった程度でしか無かった。
「何故、アルマン殿はこんな物を持っているのだ?」
「ライザさん、そういう情報を聞くのは、探索者としてはマナー違反だろ」
その言葉に、ライザは少しむっとした雰囲気を示す。
「昨日も言ったが、我の名はライザさん、では無いのだが」
「だったらオレも、アルマン殿って名前じゃ無い」
一瞬、互いを見つめると、双方共に笑い出す。ただ、それがにこやかなやり取りではなく、どこか緊迫感を持った笑いであった為、イルナもイェランも、ただその状況を、黙って見ている事しか出来なかった。
しかし、そんな状況にも動じない猛者も居る。
「はいはい。あなた達じゃれていないで、話しを進めなさいな」
「マディナ殿、別にじゃれている訳では無いのだが」
「本人達がどうか知らないけれど、端から見てるとじゃれている様にしか見えないわよ。
それよりアルマン君、そういう物を簡単に貸し出すのは、あまり感心しませんね」
「予備みたいな物だし、別に良いだろ。
そこらの探索者ならともかく、旋風の翼は素行評価も良いんだろ? しかも名前が売れているから、下手に持ち逃げや、口外してオレが狙われる原因になる様な事はしないだろうしな。
それなら、こんな面倒な依頼が少しでも早く終わる様に、道具の一つ貸し出す程度、むしろ当然だろ」
当然では無い。実際には年に数度、無間袋の奪い合いと思われる殺人等、トラブルも起きているくらいなのだから。
探索者にとっては当然として、商人であっても馬車半分程の荷運びに余裕が出来、軍においても糧食や武具の運搬が楽になる。要は移動や展開における優位性が高いのだ。