02 半強制交渉
問題はアルマンの参加だけであるが、そのアルマンもまた、旋風の翼とは異なる形で有名な探索者であった。
曰く『不動の斥候』。
探索者は、迷宮探索を行う者を指す。とは言え、その多くは迷宮内の魔物を倒し、素材や魔石を得たり、迷宮内で魔晶や鉱物を採集したり、稀に得られるレアアイテムを得、それを売る事で生活している為、純粋に探索を行う方が稀ではある。
そんな探索者の中で、斥候職は他の職より探索向きである為、探索者の中の探索者とも呼ばれる。
そんな斥候役でありながら、あまりまともに依頼も受けず、探索も行わない者として、アルマンは知られているのだ。
不動の斥候という呼び名は、二つ名と言うよりも、侮蔑的な俗称である。
そんな相手を動かす方法を知る者は、残念ながらこの場には居なかった。
「ふむ、仕方が無い。ではアルマン殿、語り合おうではないか」
「は?」
「これでも我は、見目だけは悪くないらしいのだ。酌をしてやるから付き合え」
「え? な、何で」
「酒でも酌み交わせば絆も生まれる、らしいのでな。この依頼について話し合おうではないか。
そういう事なので、イルナ、イェラン。宿に先に戻っていてくれ。
ギルド長、また明日にでも出直すので、失礼する」
「おい、ちょっと待て!」
アルマンの腕をガッチリとロックし、半ば引き摺る様に連れて行くライザ。
ライザは言葉遣いこそ堅苦しいが、見た目は煌めく様な長い銀髪に、整った顔立ち、突出して特徴となる部位こそ無いがその分、バランスが取れたスタイルの良さは装備に隠れていても感じられる程であり、探索者の中ではかなり人気がある。
刺突剣使いスピード型である事もあって、“銀の風妖精”という二つ名を持っているものの、その容姿もあっての二つ名である事は誰も否定しないであろう。
そんなアルマンも、今は普段付けている胸当て等の装備は外しており、腕だけでなく、その柔らかな胸にも包まれていては、なかなか振り解く事も出来ないのは、男の性としては仕方が無いところであろう。
結果として、ライザに密着された状態で酒場まで連行されたアルマンは、その道々、そして酒場の中に居た客に、しっかりとその姿を目撃される事となった。
当然、その目撃者の中、特に男から、かなり殺意の籠もった視線を幾つも向けられ続けた事もあり、酒場で席に着いた頃にはすっかり精神的に疲れ切っていた。
「まさか、あのライザ殿が、あんな行動に出るとは思いませんでしたね。
仕方がありません、お二人も、今日のところはお帰り下さい」
「あ、はい。では失礼します」
「それでは」
是認が退室し、一人残ったマディナであったが、ライザの行動がらしく無かった為に、これまでの探索者情報を頭に思い浮かべてみるが、特にアルマンとの関係を導き出す事は出来なかった。
だが、だからこそ、アルマンが今回の依頼を受けるに至る可能性に期待してしまう気持ちもあった。
「出来れば、有望な探索者を失いたくは無いですからね」
自分以外に誰も居ない室内で、漏れる溜息は不安によるもの。
明確な何かが有る訳ではない。けれど、ギルド長にまで上り詰めたこれまでの経験が、とある情報に引っかかりを覚えるのだ。
だからこそ、アルマンへの依頼は、不安に対する保険だった。彼が動いたならば、何があろうと最適な処理がなされるであろう事を期待して。
「ビックリしたね。ライザがあんな行動を取ると思わなかったよ」
「そうだな。多分パーティーメンバーである俺達相手でも、ああいう行動には出ないだろうからな」
ギルド長室を出てから、イルナとイェランは意見を交わす。かなり直感的と言うか、感覚的なものだけれど、それでも的を外してはいないと二人は感じていた。
「あのアルマンっていう人と、何かあるのかな?」
「さあ。少なくても、俺が此処に加わってからは無かったと思うし、そう聞くって事は、イルナと二人で組んでた時にも、思い当たる事は無いんだろ」
「そうなんだよね。特に思い当たる事が無いから、余計気になる」
男性騎士であるかの様な言葉で振る舞うのは、ライザにとって通常、という訳では無くて、意図的に振る舞っているだけだった。
とは言え、それを知る者は少なく、旋風の翼メンバーであっても、字の口調を聞く事は滅多に無い。それは探索者の多くが、素行に問題が有るという状況の中に在って、それでも信念を持って行動するという意識を示したものであった。
けれどその事から、対人、つまりコミュニケーションに難があるというのが、ライザへの一般的な評価である。
「まあ、本人が居ないところで考えてても仕方無いだろ。アルマンとか言うのが居ないところで聞いてみれば、案外簡単な答えが返ってくるかも知れないしな」
「そうだね。それじゃ、宿に帰ろうか」
「あー、俺はちょっと用があるから、イルナは先に帰ってくれ」
「え? ああ、ライザがあの依頼を受けるつもりみたいだから、その準備とか? それならわたしも一緒に行くよ」
「いや、何日潜るかも分からないし、準備は後だな。ちょっと野暮用だ」
そう言うと、宿とは逆方向へと道を進んで行く。イルナが年頃の女性だからとは言っても、未だ時間的にも日は暮れ切ってはいないし、そもそもこの都市で、有名な旋風の翼メンバーに手を出そうという命知らずは、最近やって来た、新人探索者くらいのものだ。
イルナ自身も、一人置いて行かれた程度で心細くなる様な、危機対処が出来ない程には経験が浅くない。
説明不足な仲間に溜息を一つ吐き、宿へと向かうのであった。