ジンパン物語
「ようやくか‥‥20年に渡る研究の末。ようやく、人とチンパンジーとの架け橋が」
30年前、僕は一人の女神と出会った。小学校6年生の遠足で、とある動物園に行った時の事だ。動物園などつまらないと思いながら一人で園内を歩いていた。他の人達は面白そうにいろんな動物を見ていた。一般的にも人気のあるライオンやペンギンといった動物達に全く興味が湧かず、時間をどう潰すか考えながら歩いていたときのことだ。ふと、僕を呼んでいるかのような声がした。声のした方を見てみると、一匹のチンパンジーの雌がいた。
「キキー!キキキー!!」
くだらないと思いつつも目を離すことができず、気がつけば時間を忘れ見つめ合っていた。
今になって思う、これが僕の初恋だったのだろう。一目惚れと言うやつだ。
それからは毎週のようにチンパンジー雌に会いに行った。名前も勝手につけることにして、『G奈』という名前にした。
「G奈今週も元気だったか?」
「キキキー!ウキー!!」
G奈は嬉しそうに尻尾を振りながら、檻の中を駆け回っていた。
それを見るたびになぜか胸が熱くなり、恥ずかしくも不思議と悪い気はしなかった。だがその幸せは永くは続かなかった。
初めて会った時から半年が経ったある日のことだ。僕は中学生になり、ここ3週間程中間考査で忙しく、G奈に会いに行くことが出来ずにいた。ようやくテストも終わり、久しぶりに会えると思い、僕は胸をドキドキさせながら動物園への坂道を登っていた。険しい上り坂もG奈に会える喜びで全く苦にならなかった。その日は快晴と言っても良いくらいの天気で、まるで自分の心を表しているようだと思った。園内に入ってからは人目も気にせず全速力で走った。だが、何時もG奈がいた筈のそこには何もなかった。まるで初めからG奈など居なかったのでは無いかと錯覚しそうになる程に何かが在ったという痕跡すら残っていない。僕は無意識のうちに飼育員を探し走り回っていた。
「な、なんで‥‥なんでG奈がいないんだよ!!」
飼育員を見つけたとき、僕は周りの客など完全に頭には無く思いっきり叫んでいた。
「G奈、G奈さんとはいったい誰のことですか?迷子の方ですか?」
飼育員は僕がものすごい剣幕で問い詰めてくる状況に全く理解できていない様子で、首を傾げながら聞いてきた。僕は言っている事を理解してもらえないもどかしさと苛立ちから声を荒げ
「違うんだよ!ついこの間までそこにいたチンパンジーの雌のことだよ!! いったい何処に行ったんだよ!!」
と一気に畳み掛けて言った。それを聞き飼育員はやっと理解した様子で
「落ち着いて聞いてください」
言って一息ついてから、G奈のことを話し始めた。
「あのチンパンジーは園内でもお客様からの人気が少なく、昨今の経営難も伴い、園全体の決定として処分されることになりました。本当に申し訳ありません」
その話を聞いたとき、あまりのショックに何も考えることができず、そのまま立ち尽くしていた。人間たちの、勝手な都合で森から誘拐するかのように連れて来て、都合が悪くなると捨てるという身勝手さに、僕はふつふつと怒りが湧いてきた。だが、それ以上に後悔した。もっと早くにG奈とより深く意思疎通を交わせられていたら、G奈をこの動物園から救い出せたものを‥‥。
「結局僕は‥‥何もしなかっただけじゃないか……」
あまりの悔しさに呟き、だが、それと同時に決意と覚悟が次の自分の言葉を生み出した。
「もうこれ以上、他のチンパンジーが迫害されるのを黙ってみているわけにはいかない」
だが現実問題として、世界中のチンパンジーたちを逃がすというのは無理に近い。なら逆に社会にチンパンジーたちの存在意義をより強く認めてもらえば良いのだということに気づいた。思いついたのなら後は決行するだけだ。
「逃げるのではない、立ち向かうんだ」
チンパンジーは元々、知能が高いと聞く。それならばまだ可能性はある筈だ。これから先大学に進み、研究してチンパンジーの知能をより発達させ、言語も話せるようにさせる。そうすればもう今までの様に見られる事は無くなる筈だ。何年かかるかは分からないが
「人間と同じように見てもらう為に、僕は諦めない。この人生のすべてを捧げる」
約束するよG奈。君と同じ思いはもうさせない。
これが僕の人生の始まりだった。
あの日の事を思い出すと60歳を越えた今でも涙が溢れてくる。僕はあの日の出来事を思い出すことを習慣としていた。記憶の隅に埋もれ、あの日の決意が決して揺らぐ事の無いようにする為だった。
あれから僕は大学へと進み、それから20年の研究を経て遂に人とチンパンジーとの架け橋となる完全な意思疎通方法と知能発達方法を編み出した。そして世界各地の主なチンパンジー達の生息地へと足を運び、一地域約3年ずつの時間をかけて色々な事を伝えそして教えた。今では少しずつではあるが社会進出し始めている。技術者が現れ初めるのもそう遠い話では無いだろう。
これまでの人生を振り返り、涙を堪えながら
「G奈、見ているかい?これが君と僕とで作り出した道だよ」
僕は君を想い言った。
とある事情により文字数を大幅に削減した短編として作ったものをそのまま投稿しました。
いずれこのシリーズを長編としても書きたいと思っております。
初めて書いた小説ですのでどうぞよろしくお願いします。