マウンド
4.マウンド
マウンド。それは選ばれた一人しか立てない場所。自分で試合を動かすことが出来る場所。そこに俺は今、立っていた。
入部して二ヶ月たった。一年生は半分以上辞めて今は20人に絞られた。その残った人の中で更に実力のある者は練習試合で試される。俺と青弥も既に何試合も出ている。青弥は二試合目の一番ショートとして定着し、打率は4割超え。俺は二試合目の三試合先発して3勝という成績を上げていた。一週間後には夏の大会のベンチ入りメンバーが発表される。今日が最後のチャンスだ。メンバーの20人に絶対入ってやる。俺は一試合目の先発を任された。
立ち上がりは上々だった。得意の真っ直ぐとスライダーのコンビネーションで三人で斬った。試合は0対0のまま3回を迎えた。その時、俺は突如ストライクが入らなくなった。真っ直ぐもスライダーも入らない。0アウト1.2塁のピンチで相手バッターは4番を迎えた。マウンドに内野手が集まる。
「気、楽にして投げろよ」
ショートの佐渡さんが肩を叩き言う。心臓はバクバクいっているが、俺はあえて強気で言う。
「はい!任せてください!」
にやっと笑ってみせた。輪がほどける。ベンチを見ると青弥と目が合った。アイツに負けるわけにはいかねー。初球キャッチャーからのサインは外のスライダーだった。頷く。ぜってーメンバーに入るんだ。腕を振り抜く。力を入れて投げたボールは狙ったところより内側に入った。
「カーン!」
打球の方向を見た。ボールはグングン伸びていき、左中間を真っ二つに割った。ランナーが次々と帰る中、俺はマウンド上で立ち尽くす。2点タイムリースリーベース。その後もショックが拭えないまま打ち込まれ、4点を取られた。ベンチに帰ると河野先生に言われた。
「あの場面であんな甘い球を投げてるようじゃ試合では使えんな」
それじゃ、それじゃベンチ入りは…。言いようのない悔しさで拳を強く握りしめる。
試合は先輩達が徐々に点を返していき一点差まで追いついた。そして8回、2アウト1.2塁のチャンスが出来た。そこで
「空井!代打いけ」
河野先生は青弥の名前を呼んだ。
「はい!」
準備していた青弥はバットを持って俺の前を通りすぎる。バッターボックスに立った青弥は吠えた。
「しゃあ!」
初球カーブを見逃す。ストライク。二球目、体に近いところに真っ直ぐが通る。ボール。三球目、高めの真っ直ぐをフルスイング。しかし打球は切れてファール。2ストライク1ボール。四球目、外のカーブを引きつけ思い切り振り抜いた。打球はセカンドの頭を越え、右中間を破った。歓声が上がる。俺は思わず立ち上がった。1塁ランナーがサードベースを蹴る。ホームに突っ込む。砂ぼこりが舞う。判定は…
「セーフ!」
ベンチが盛り上がる。河野先生は手を叩く。セカンドベース上の青弥は拳を突き上げた。それを見て俺は唇を噛みしめる。負けた…。アイツに完璧にやられた。俺はやっぱり…無理だ。ベンチに座る奈那美が悲しそうな顔を俺に向けたが、俺から目をそらした。
一週間後、夏の大会のベンチ入りメンバーが発表された。背番号16で青弥の名前が呼ばれた。けど俺の名前は20番になっても呼ばれなかった。
「おい!雄斗!」
帰り道、青弥に呼びとめられたが構わず歩を進める。電車を降りた時に腕を掴まれた。
「しつけーな!」
腕を振り払うとそこにいたのは上目遣いでこっちを見る奈那美だった。
俺は奈那美に手を引っ張られて『さくら公園』まで来た。もう大分暗くなっていて誰一人いなかった。奈那美はブランコに座った。俺も隣のブランコに座る。
「残念…だったね」
最初に口を開いたのは奈那美だ。その言葉を聞いて俺の口からどんどん言葉がこぼれていった。
「やっぱり俺は勝てないんだよ…。青弥にも、兄貴にも。」
俺の年子の兄貴は緑北高校で二年生にしてエースで3番だ。一年生からレギュラーを獲っていた。
「どれだけ努力したって勝てねーよ。野球に、野球の神様に認めらてんだ、兄貴は。いつだって俺は兄貴と比べられてた。兄貴と違ってお前は…って。比べられたくなくて、俺は俺だって示したくて、俺は兄貴と違うこの高校を選んだ。」
奈那美は黙って聞いてる。声が荒くなる。
「けどな!どこにいたって結局兄貴とは離されない。倉持涼斗の弟として見られんだ。そのことに今頃気づいたよ。中学の時だって県でベスト4になれたのは俺のおかげじゃねー!青弥のおかげなんだ。だから…」
言葉に詰まる。拳を握りしめる。くそっ。声が漏れる。
「雄斗は頑張ってるよ。」
顔を奈那美に向ける。奈那美も真っ直ぐ俺を見ていた。
「雄斗は涼斗お兄ちゃんや青弥にこだわりすぎだよ。そんなの自分は自分じゃん。雄斗は雄斗の野球をすればいいんだよ。」
わかってるよそんなこと。そう言おうとしたが言葉に出来ない。当たり前すぎて、当たり前のことで、でもそんなことも俺は忘れてた。一気に力が抜けた。
「雄斗が努力してんのは私が一番よく知ってる。頑張ってる雄斗はかっこいいよ?」
奈那美がにこっと笑う。あ…。止める間もなく涙がこぼれ落ちた。かっこわりいけど、情けないけど俺は涙が止まらなかった。
「ありがとう…」
そう呟くのが精一杯だった。
読んでくれてありがとうございます!
今回は野球の描写が多くて書いてて楽しかった♪
これから雄斗の気持ちがどう動くか楽しみです。
次回はいよいよ夏の大会!
青弥の回なので試合の生々しい感覚を書けたらと思います。
次回もよろしくお願いします!