スタートライン
3.スタートライン
「ふーっ」
思わず声が出る。自主練での疲れを洗い流すようにシャワーを浴びる。
入学式から一週間立った。ようやくクラスにも慣れ始めた。部活動は明日から仮入部が始まる。例え、仮とついてもキツイ練習が始まるのには間違いない。その練習に堪えるため雄斗と2人で毎日自主練をしてきた。
雪乃も明日から部活なのかぁ…。ふとそう思った。一週間前を思い出す。
雪乃が小さく頷いた。
「マジ?」
静かな教室に響くような声をあげてしまった。
「え?覚えてるよな?小6の時に同じクラスだった…」
「えっと…だから青弥でしょ?」
雪乃が俯いて言う。
「忘れるわけないじゃん…」
覚えてくれてたんだ。胸が疼いて顔が熱くなる。
「おいおい、なに初対面の人ナンパしてんだよ」
雄斗がニヤニヤしながら近づいてくる。手をヒラヒラして答える。
「ちげーよ。ほら、覚えてない?小学校の時の、達川雪乃」
雄斗が雪乃を見る。
「あぁ!あの雪乃かぁ!」
目を丸くする。あの、っていうのが気になるけど。
「よくこんなとこで再会できたな」
雄斗がつぶやく。ホントにこんなとこでまた雪乃と会えるなんて。奇跡ってこういうことを言うんじゃないか。そんな会話をしているとクラス皆の視線が俺達を向いていた。奈那美も頬杖してこっちを見ている。その時、教室のドアが開いた。先生と思われる人が入ってきた。
「じゃ、とりあえず後でどっかで話そうぜ」
そう言って俺は前を向いた。
蛇口をひねって水を止める。風呂から上がった。頭をゴシゴシ拭きながら鏡を見る。ホントに…よく再会できたもんだ。何度も、何度も夢に出てきた。雪乃と再会出来る夢。それがまさか正夢になるとは。服を着てふとケータイを見ると雪乃からメールが来てた。危うくケータイを落としそうになる。掴み直してフォルダを開く。
『あのさ、明日から仮入部始まるんだよね?』
それを見て思いっきり噴き出した。雪乃はわかってなかったのか。どこか抜けてるところは小学校の時と変わらない。手を動かす。
『そーだよ笑 知らなかった?』
送信。自分の部屋に入ってベッドに寝転がる。しばらくケータイを見つめていると返信がきた。
『そっか!ありがとう^_^ 先生がなんか言ってた気がするけど忘れちゃって…』
頭を掻く。忘れちゃって、じゃねーだろ。
『なんか吹部で準備するもんあるんじゃないの?大丈夫かぁ?笑』
次は一分も立たずに返信がくる。
『大丈夫汗 青弥もいよいよ明日からじゃん!頑張れー!』
口元が緩んだ。応援してくれるやつがいることが嬉しい。
『お互いにな!雪乃もファイト!』
ケータイを見つめていたがなかなか返信が来ない。さっきまであんなに早く来たのに。どうしたのかな?そう思ってたらだんだん瞼が閉じてきて…
気づくと朝になっていた。部屋の電気がついたままだった。あのまま寝ちゃったのか。ケータイを見ると雪乃からメールが来てる。
『うん!頑張ろー!じゃ、おやすみ』
まぁこれでよかったとするか。ベッドから起き上がる。
70分授業は未だに慣れない。長い。斜め前の雄斗を見ると爆睡してる。やれやれ。部活のために力を溜めてると見とくか。
放課後、いよいよ仮入部開始。グラウンドに集まった一年生の人数は軽く40人を超えていた。
「さすがに去年あれだけの結果出してるとすごいな…」
雄斗は驚きを隠せない。
「よし!これで全員か?」
キャプテンらしき人が前に立った。
「キャプテンの佐渡 哲哉だ。一年生はこれから一ヶ月近く別メニューでやるから覚悟しとくように。じゃあ全員自己紹介していけ」
自己紹介が終わり練習が始まると俺と雄斗の前に佐渡さんが来た。
「お前らか、期待の新人。神奈川ベスト4の西港中のエースとショートだもんな」
「いやいやいや」
と雄斗はにやけながら首を振る。
「こんだけ人数多いときつくして絞らないとなぁ…。けど、お前からだからって別メニューにはしねぇ。同じように厳しくやるからな。間違っても辞めたりすんなよ?」
佐渡さんの言葉に俺達は答えた。
「「はい!」」
佐渡さんの言った通りに練習はきつかった。アップしてから1時間ひたすら素振り。それが終わったら校門から校舎にかけてある坂を50本ダッシュ。最後の締めに皆で並んで先輩達の前で合わせて腕立て伏せ。一人でも合図に合わせられなかったらやり直し。
「おい!しっかり下がれよ!」
「合わせろー!」
先輩の声が飛ぶ。
「期待の新人、しっかりしろよ!」
くそっ。歯を食いしばる。こんなとこでヘタれるやつに負けてたまるか。意地と誇りだけで俺は続ける。溢れ出る汗も拭えず体を腕で支えていた。
「やめ!」
やっと終わった…。地面に倒れこむ。腕が小刻みに震える。
「集合!」
集まるその先には監督の河野先生がいた。高校野球界では名前の知れた人だ。
「一年生がたくさんいるようだが必要なのは使えるやつだ。それ以外のやつは去っていい。そういう覚悟を持ってやれ」
「「はい!」」
いかにも怖そうなオーラが漂っていた。この練習を一ヶ月やれってか?やってやろーじゃん。雄斗、奈那美と顔を見合わせてにやっとした。
一日、一日が終わるたびに人はどんどん減っていった。そのなかでも俺らはくらいついていった。まだまだ始まったばかりだ。
読んでくださりありがとうございます!
さていよいよ野球が始まりました。次回から徐々に二人の間に色々なことが起こります。
乞うご期待!