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一球の軌跡  作者: 蔦田 慧輝
13/13

ミーティング

12.ミーティング


ドアが開く音がする。みんなが一斉に椅子から立ち上がる音が教室に響く。

「こんちはっ!」

河野先生は鋭い目つきのまま、教室の一番後ろの席に足を組んで座る。それを見届けた、堺さんが教壇で喋り始めた。

「よし、じゃあ次の緑北との試合に向けてのミーティング始めるぞ」

一昨日の県大会本戦、初戦を制した清南の相手は、兄貴率いる緑北高校に昨日決まった。

「偵察から報告します」

先週の入学式で入った一年生をまとめている、萩谷が席を立つ。

「試合結果はみんなが知っているように2対0で緑北の完封勝利でした。この試合の勝因はなんといっても、エースの倉持涼斗です。大きなカーブとインコースのクロスファイアーが武器の左腕です」

無意識に唇を噛んでいた。昨日、帰ってきた兄はいつも通りひょうひょうとしていた。

「また完封しちゃったわ」

そう言ってにやついてた。

「次はお前らかー」

ふっと息をつくとこっちを睨んで言葉を放った。

「覚悟しとけよ」

何も言い返せなかった自分が悔しい。強く唇を噛む。くそ。

「…雄斗!聞いてんのか?」

堺さんがこっちを見ていた。頭を下げる。

「雄斗がどーゆーピッチャーか一番わかってるだろ?みんなに教えてやれ」

視線が自分に集まる。青弥が不安げな目で見てくる。小さく舌打ちして立ち上がった。

「兄貴は…基本的に淡々と投げてきます。淡々とコースをついて緩急つけてきます。あとはテンポが早いので立ち遅れないこと。特に右バッターのインコースにくるクロスファイアーは容赦ないんで」

「流石に詳しいな」

河野先生が呟く。

「なにかつけ込める弱点はないのか?」

一瞬考え込む。弱点?あるのかあの人に。突然、中2の時の夏。兄貴の引退した試合を思い出した。兄貴がほぼ完璧なピッチングをしていたのにも関わらず、うちは負けた。あの時試合を決めたプレーは、兄貴のバント処理ミス…。

「強いて言うなら、バント処理が苦手かもしれません。中学の時、なんでもないバント処理で大暴投して負けたことがあります」

それを聞いて青弥が顔を上げた。

「確か…三塁側のバントでした。マウンドから下りるのも少し遅いです」

目を合わせてうなずく。河野先生はあごの髭を右手で弄りながら、なるほど、と呟いた。

「バントは多めに仕掛けていくか。俺がサイン出さなくてもセーフティバントとか使っていけ。簡単に打ち崩せないと思うなら尚更だ」

萩谷がスコアをめくって、思い出したように言う。

「そういえば…バント処理は他の野手に任せていたような…」

黙って聞いていた堺さんが立ち上がった。

「わかった。とにかくバントが重要になってくるはずだ。バントは三塁側。きっちりこれから練習しよう。全員だ。どっちにしろ緑北との試合はロースコアなゲームになる。気合入れていこう」

よしっ。誰かが小さく声を出す。空気がくっと引き締まった。試合は今週の土曜日。握った右拳を胸に当てる。気持ちが今から高ぶっていた。

「青弥ー!もう帰るよー」

隣の奈那美がグラウンドに呼びかける。バットを持った青弥が手を上げているのが暗闇の中で微かに見えた。ナイターの灯りをあてにしてピッチングマシーンと対峙している。

「最近、青弥と帰れないねー」

奈那美が髪を耳にかけながら言う。だいぶ前と比べて髪が伸びていた。綺麗なストレートヘア。

「それにしてもこの1週間、毎日バント練習居残ってやってたね」

青弥はバントに苦手意識がある。中学とかでもバントのサイン出されること少なかったしな。

「あれだけやってたら明日の試合、決まるだろちゃんと」

あいつはやってくれる気がする。問題は俺が兄貴に投げ勝てるかどうかだ。この1週間、俺は俺で最高の状態に仕上げたつもりだ。家では兄貴と一言も話していない。それを見てオロオロしてる母さんを見るのは面白かったけど。

「いよいよだね!涼斗お兄ちゃんとの対決」

奈那美は俺の考えてることわかってるかのように話すよな。首をすくめておどけてみせる。

「まあね。この日をどれだけ待ち望んでいたかは兄貴にはわからんだろーけど」

苦笑してみる。

「涼斗お兄ちゃんどうこうじゃなくて、自分の調子はどうなのよ」

奈那美に真っ直ぐな目で見られる。無理してるのがバレたかな。奈那美には本音を言ってもいいか。

「正直、めちゃくちゃ不安だよ。兄貴が緑北高校に入った時からこの日のために野球してきたとこもあるしな。対決するってわかった時から心臓バクバクだよ」

奈那美は黙って聞いてる。遠くの方で踏切がなる音がする。

「でも…でも、もう兄貴と戦うのは明日が最後な気がする。ラストチャンスなんだ。明日、兄貴に勝って初めて俺は倉持雄斗として認められる」

ふっと息を吐く瞬間に頭に衝撃がくる。

「ビビりすぎ、気負いすぎ、かっこつけすぎ」

奈那美がムスッとした顔をしてる。けど、表情を一瞬緩めた。

「もっと楽しみなよ。兄弟で投げあえるなんて最高に幸せなんじゃないの?雄斗が清南のエース取れたから出来ることでしょ?野球好きなら楽しまないと損でしょ」

一気に表情が明るくなる。満面の笑顔。

「頑張りなさいよ!」

ふっと余計な力が体から抜けてくる。だからこいつは…。思うより先に言葉が口から出ていた。

「明日」

「ん?」

「明日の試合、勝ったらさ」

「うん」

立ち止まる。先に歩いていた奈那美の背中に向けて言う。

「俺と1日デートしてくれね?」

奈那美も立ち止まる。一瞬、景色が止まった。振り返りながら奈那美は言った。

「勝ったらね!」

辺りは日が完璧に沈んでいて涼しい風が葉を巻き上げていた。なんか勝てる気がした。


はい、お久しぶりです


わりと更新早かった方だと自負しています笑


今回は雄斗が涼斗お兄ちゃんに対してメラメラしてる回ですね


青弥の気持ちはわからないけど雄斗の気持ちはわかる奈那美がいいですね

かわいいと思ってます笑


次回はばっちばちの試合を青弥目線で書いてきます!

乞うご期待!

では

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