キャッチボール
1.キャッチボール
住宅街の中に小さな公園がある。春になると沢山の桜が咲くことから『さくら公園』と呼ばれる。今はまさに桜が咲き始めている頃だった。桜の花びらが優雅に舞っているなか風を切って白いボールが一点に向かって走っていく。
「パーン!」
静かな住宅街に音が鳴り響く。
「いってぇ!気合い入りすぎだろ雄斗!」
思わず声が出た。俺も力一杯投げ返す。
「青弥は楽しみじゃねーのかよ?明日の入学式」
雄斗が聞き返す。ボールをクルクル回しながら。
俺らは明日、高校の入学式だ。必死に受験勉強して県下トップクラスの県立清南高校に合格した。けど俺らは別に勉強を頑張りたくてこの学校を受けたわけじゃない。やりたいことがあるんだ。
「だってよー、高校生だぜ?かわいい子と同じクラスになったりさー楽しみじゃん?」
雄斗がにやけてると
「ここにかわいい子いるじゃん!」
と今までベンチに座っていた女の子が頬を膨らませて言う。
「まぁ別に奈那美がかわいくねーとは言ってねーよ」
雄斗がぶるんぶるん首を振る。奈那美も清南に入学が決まってる。
「いいから早くボール投げろよ」
催促する。俺がやりたいことはこれだ。
俺と雄斗は西港中学で野球部に入っていた。最後の夏の大会は今でも鮮明に覚えてる。関東大会出場まであと一勝にせまった試合。奈那美もスタンドで見ていた。試合は一点差で最終回を迎えた。ランナーは2.3塁。あとアウト一つで関東。エースの雄斗が最後の一球を投げた。その一球は打ち返され、ショートの俺の横を抜けようとしていた。必死に飛び込みグローブを伸ばした先をボールはくぐり抜けていった。サヨナラ負け。試合後、俺たちは枯れるまで泣いた。そして2人で誓った。
「公立最強の清南に行って甲子園に行く!」
ガキの頃から野球をしていた俺らにはそれしかなかった。
「俺は清南のショートのレギュラー、雄斗はエース。そうなるために行くんだろ?」
腕を振り抜く。
「当たり前じゃん」
雄斗は頷く。
「私はマネージャー!」
奈那美は手をあげる。皆それぞれに目標があって清南を受けて合格った。想いをボールにこめて投げる。捕る。徐々に汗ばんでいく。心地よい感じ。ついに明日、俺の高校生活が始まる。辺りがだんだん赤く染まり始めていた。夕暮れ時だ。
「ラスト!」
雄斗が振りかぶりきれいな腕の軌道を経てボールが解き放たれる。手のひらに衝撃がきた。思わず口笛を吹く。
「ナイスボール!」
奈那美が声をあげた。上を見ると桜の花びらが夕日に染まりながら目の前に舞い降りてきた。
「電車通学ってのもなかなかいいもんだな」
雄斗がにやけながら言う。まわりを見渡すと清南の制服を着た女子高生ばかりだ。
「お前はそれしかねーのか」
ため息まじりに肘で雄斗の腹を突く。
「なんか緊張してきたかも…」
まわりの女子高生と同じように制服を着た奈那美がつぶやく。制服がよく似合ってる。少し茶色がかったショートカットがなんか大人っぽい。
可愛くなってる。
「そんなに見ないでよ」
本人に気づかれるくらい見ていたらしい。顔が赤く染まってより可愛くなってる。
30分くらい電車に揺られて10分くらい歩くと『県立清南高校』と書かれた校門の前に来た。
「いよいよだな…」
「よし、行くぞ」
俺達三人は一歩踏み出した。下駄箱の前は人が溢れかえっていた。
「あそこでクラス発表されてんじゃない?」
奈那美が指差す。人をかき分けて俺達はクラス発表の紙の真ん前にきた。端から探していく。9組もあるので探すのも一苦労だ。
「ねーなぁ…」
「ないね…」
目を上に下にやるが全然見つからない。
「皆見つからないの?」
これってもしかして…
「あった!9組!」
「え?私も9組だよ」
2人が俺を見る。
「俺も9組だ」
「「マジ?」」
声が重なる。
「どれだけ腐れ縁だよ」
中学の三年間もずっと同じクラスだしどんな偶然だよ。三人で顔を見合わせ笑った。
教室に入るとすでに何人かいた。自分の席を確認して真ん中の後ろから二番目の席に座る。後ろの席にいる女の子に
「どうも」
と目を合わせると、真っ直ぐに伸びた黒い髪の女の子が目を大きく見開いた。
「…青弥…?」
首を捻る仕草をしている。その顔を見て俺はなにか思い出しかけた。何年も前のことだ。
あれは…小学校6年生の時のバレンタインデーだったか。手作りチョコと『好き』と書かれた手紙をもらった。それをくれた女の子を好きになっていって。中学でも当然その女の子のことを好きでいれると思っていた。けど中学にその女の子はいなかった。あとで聞いた話によると親の都合で引っ越したとか。なんだかんだで俺の初恋だった。その初恋の相手の名前は…
「雪乃か?」
女の子は小さく頷いた。
小説は初めてなので気軽に読んでくれれば嬉しいです!