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『パイロットは、シマコがやってるのか?』
シマコが、エリナに説明しているところに、カナリからの通信が届いた。
「うん・・・相変わらず、体当たりは上手ね・・・でも、本戦では、あたしは、ナビに専念するから、今みたいにうまくいくとは限らないよ」
『わかってるわよ・・・でも、オータ・コートの反発性能は問題ないみたいね・・・安心して、ぶつけられるのがわかったから、決勝では、ガンガン当たりに行くからね。覚悟しといてよ・・・シマコ』
カナリのイヤミではない高笑いが、F14のコックピットに伝わってきた。
『つきあってくれてありがとう・・・こっちもあまり練習で、燃料を消費するなって釘を刺されてるので、今日は、残りの7ゲートを通過するコース確認で、あがることにするわ』
「こっちこそありがとう・・・落ち込んでたエリナが、なんか元気になってくれた。カナリのお陰だよ」
「エリナのことは、とりあえず、今はどうでもいい・・・エリナのためにやったことではないから」
高速度の慣性フライトのまま、カナリのポルシェが、F14から離れていく。
「加速性能が、だいぶ上がってるみたいね・・・1ヶ月の間に、あのポルシェも相当、進歩しているみたい・・・」
「3月ステージでは、燃費性能でやられたって嘆いていたから・・・相当、改良したのかも」
『オータ・チームのお二人さんですよね・・・』
今度は、若すぎる女の子の声が、F14の通信機に届いた。
「その声は・・・まさか、ヒトミコちゃん?」
『あったり~ピットレポーターのヒトミコ・イツキノで~す』
「千客万来だねぇ・・・目的はエリナみたいだけど」
「どこから、話しかけてるの?」
『レーダーに映っていませんか?ブシテレビチーム・・・通称、キューブ・チームのマシンに乗りこんじゃってるんですよ・・・体当たりレポートのヒトミコです・・・よろしくお願いします・・・コックピット内部の映像は、NGでしたけど、外から追いかけるのはOKですよね・・・
さっきのポリス・チームとのバトルもしっかり撮らせてもらいましたよ』
「かっこ悪いところ、撮られちゃったね」
シマコが、ため息混じりに呟く。
「いいんじゃない?練習で、手の内を見せないほうがいいでしょ」
『でも、凄いですね、さすが、3月ステージで、優勝、準優勝だったチームの機体です・・・途中で バトルしてるのに気づいたんだけど、追いつくのが精一杯でしたよ』
「今年も、ブシテレビは、楽しそうな機体を作ってきましたね」
シマコは、2月、3月のステージで戦ってきた立方体の形状を模したキューブ型のマシンを思い浮かべていた。
『はい・・・そっちに近づいてもいいですか?』
「断る理由はないんだけど・・・そっちも、バトルが目的ですか?」
『いえいえ、内部映像がNGなら、外から、美女二人をカメラに収めようと思っているだけですよ・・・それに、わたしが乗ってるので、このキューブマシンは、定員オーバーですからスピードが全く出ないんです・・・このキューブ・マシン・・・メイン・パイロットのトール・ラッセンと、ナビゲータのショーン・リーの二名の他に、私と、カメラマンの二名の計4人が乗ってます。元々6人乗りなので、まだシートは空いてるんですが、これ以上乗ると、スピードが出せなくなっちゃうらしいので・・・』
「それじゃ、ブシテレビチームの練習にならないんじゃないの?」
『万年8位のブシテレビチーム・・・他のチームの邪魔にならないように、付いていければ、それで充分ですから・・・って、イケメンってことだけで選ばれた二人のパイロットも言ってくれてますよ』
「16チーム参加で、必ず8位というのも、それはそれで、素晴らしい成績ですけどね・・・3月ステージは、7位と僅差の8位でしたよね」
『ええ・・・25ポイント差でした・・・4月ステージは必ず7位を取るって、トールとショーンのイケメン二人は言ってますよ』
「ブシテレビチームも強敵ですね」
そんな会話を交わしている中で、ブシテレビチームのキューブタイプの機体が、F14の間近に迫ってきていた。
「ほんとうに、立方体なんだね」
とは、エリナの感想。
「ユニークな設計だよね」
ブシテレビチームの機体は、6面で構成された立方体の形状をしている。一言で形容すると「サイコロ」と言える。設計者は、間違いなく「サイコロ」を意識していることが一目見てよくわかる作りになっていた。
正面は、上下に3つずつ、計6つのスラスターが配置され、その6つのスラスターで挟まれる形で、パイロット用シートが正面に3つ。メインパイロットが中央、ナビゲータが、その左、そして、ヒトミコが乗ってるのは、メインパイロットの右側のゲスト用シートとなっていた。
後方背面には、巨大なバーニアが一基据え付けられている。
天井部の一面は2つのスラスターが斜めに配置され、底面部は、2つのスラスターの他に、緊急用のイオンエンジンが3基斜めに取り付けられている。
サイドの右面、左面は、それぞれ4基のスラスターと3基のスラスターで構成されている。
「どう?エリナ・・・少しは気晴らしができたかな?」
「うん・・・ダメ元で、もう一回、イチロウに電話してみるよ・・・あいつが出たら、思いっきりイヤミを言ってあげるんだ」
そう言いながら、エリナが、イチロウを呼び出す。
しかし、イチロウは、エリナの呼び出しに応じなかった。
「あんまり、落ち込まないほうがいいよ・・・ヒトミコちゃんのカメラが、こっちに向けられてるみたいだし・・・」
F14の右サイドから寄ってくるキューブタイプのミニ・クルーザーに、エリナは、軽く手を振ると、右手を銃の形にして、突き出し、その方向へ向ける。
「あれに、イチロウが乗っていたら、速攻で撃ち落してあげるのに・・・ほんとうに、いい加減なヤツ・・・」
「でも、好きな気持ちは変わらないんでしょ」
「だから、悔しいんじゃない」
シマコは、横目でエリナの表情を見て、微笑んだ。
「わたしは、今の旦那と一緒になって5年だからね・・・そういう気持ちはだいぶ薄れてきちゃったかな」
『エリナさん・・・もう、カメラ回しちゃっているんですが、その戦闘ポーズは・・・せめてVサインとかなら・・・オンエアできるんですが』
エリナは、サイコロ・クルーザーに向けた人差指に中指を添えてVの形に、右手を変化させた。
「これでいいのかな?」
『そこで、笑っていただけると最高なんですが』
「おかしくないのに笑えないよね」
「いいんじゃない・・・いつもの、エリナの笑顔で・・・オオカミくんのことでも思い出せば、いい表情になると思うよ」
「シマコさんも、けっこう意地悪言うのね」
「まぁね・・・オオカミくんを袋叩きにすることを想像してみたら」
「わかったよ・・・そうしてみる」
エリナは、いつになく残虐な笑みを、その口元に作って見せた。
『エリナさん・・・なんか、悪魔的です』
ヒトミコから、すかさず突込みが入る。
「だめだったかな?」
『いえ、最高級の笑顔です・・・エリナさんは、ご存知でしょうか?去年のレース・・・なぜか、ピット映像の視聴率・録画率が高いんですよ』
「それは、ヒトミコちゃんがピットレポートしてるからじゃないの?」
『エリナさんを見たがってるファンが多いからに決まってるじゃないですか・・・その証拠に、今年は、ピット映像の視聴率はたいしたことないんです』
「それって喜んでいいことなのかな?」
『エリナさんの映像を流せるってことで、少なくとも、ブシテレビスタッフは喜んでいますよ・・・で、できれば、去年のように、ミニスカートにエプロン姿だと、うちのスタッフは、もっと喜びます。もっとも、このお願いは、プロデューサの意向なので、強制ってわけじゃないんです』
「あれは、オータチームの女性用のスタッフジャケットだって騙されて着せられてただけなんだよ・・・エプロンは、つなぎのスーツが着られないから汚れないように着てただけなんだから・・・・」
『そうですよね・・・動きづらそうですし・・・でも、プロデューサの意向なので、伝えないわけにはいかないのです。』
「もしかして、ヒトミコちゃんが困ることになったりするのかな?それなら考えておきます・・・つなぎのスーツじゃダメってことね」
『ダメじゃないけど・・・』
「そこは、はっきり言わないと・・・ヒトミコちゃんも・・・エリナのパンチラとか撮りたいんでしょ?」
『あくまでも、プロデューサの代弁なので、真意はわかりません。そのプロデューサの言葉では・・・女は、ちょっと可愛いだけでは、商品価値がないってことみたいです・・・やっぱり、エリナさんやシマコさんのように、特別な力を持っている人を、一般の人は目で追ってしまうんだと思います・・・わたしも、そういうエリナさんのようなタイプの女になりたいと、最近は、よく思っています。もう少し、カメラを固定しておいてもいいですか?』
「それは、買いかぶり過ぎだと思うよ」
『実は、わたしが、エリナさんのファンなので・・・このレースに戻って来ていただけたこと、本当に嬉しく思ってます。
おかえりなさい・・・エリナさん』
「ありがとう・・・」
「へたなレース見せられないね、エリナ」
「うん・・・イチロウにも、よく言っておかなきゃ」
『なんか、聞き捨てならない台詞が聞こえて来たんだけど』
会話を楽しむ二機の交信の中に、ポリスチームのカナリの声が、割り込んできた。
『確かに、今年も2月3月と優勝は逃してるけど、なんか、私のファンはいないって聞こえるんだけど・・・ヒトミコさん』
『そんなことは・・・でも、カナリさんは、おっかないから』
シマコが、笑いをかみ殺してることを、エリナは感じた。エリナも、苦笑いの微笑を浮かべるだけで、コメントは控えていた。
『シマコは、旦那持ちだが、私は独身だ・・・エリナに至っては、ただのメカニックだ。どう考えても、パイロットの実力だけでも、太陽系レースのメイン・ヒロインは、私で決まりのはずなんだが・・・なぜ、テレビ局からの取材オファーがないのか・・・それが不思議だ』
『ごめんなさい・・・カナリさん。でも、エリナさんのパイロットスーツのコックピット映像が、かなりのレアなので・・・こんなチャンスは滅多にないんですよ』
「へぇ・・・そういうことなんだ・・・あの子があたし達に付きまとってたのって」
シマコが、エリナの顔色を伺う。
「あたしも、まったくクルーザーに乗らないってわけじゃないんだけど・・・あたしなんかより、レースクイーンのお姉さん達を取材したほうが、よっぽど、絵になるのにね」
「世の中には、物好きが多いってことなんじゃない?エリナより可愛い顔の女の子なんか、ほんと掃いて棄てるほどいると思うんだけど・・・あたしも、それだけは不思議でならない」
シマコが、エリナの呟きに同意する。
「・・・あたしがミニスカートを着る必要ってないよね」
「まぁ、メカニックの腕は、きっと世界一だと思うけど・・・ファンのほとんどが、メカおたくなんじゃないのかな?」
「メカが好きな人に応援されてるんなら、それは、とても嬉しいと思うよ。それに、ファンは大切にしないとダメだよ・・・シマコさんもね」
『シマコさん・・・エリナさん、お願いがあるんですが』
「ヒトミコちゃんは、なんか、今日凄くお願いが多くないかな?」
『もう一度、バトルをしようということだが、異存はないな?』
ヒトミコに聞いたはずなのだが、返事は、カナリから届いた。しかも、完璧な命令口調であった。
「断ったら、逮捕されちゃうの?」
エリナが大袈裟な震える口調で質問を投げる。
『当然だ・・・』
相変わらずの断定口調で、カナリから即答が入る。
『とりあえず、こっちのナビは、ブシテレビのアナウンサーが乗ることになったから、よろしく』
「カナリらしいね」
『逮捕といえば・・・エリナ、お前の罪が消えたわけではないのだ。今は、リンデが保護監察でついていて、執行猶予っていうことだから手を出しはしないが・・・目立つ行動や、身勝手な行動をするようであれば、即、逮捕だ。それを忘れないように』
「目立つ行動って・・・このレースで優勝するってことも含まれてるかな?」
エリナは、カナリや、賞金稼ぎに追われて逃亡生活をしていた頃のことを思い出した。
『優勝するために不正やレギュレーション違反を犯すようなら、即刻、逮捕する。ルールを守れない人種は、それだけで生きている価値がないのだ』
「あいかわらずですね・・・では、乗換えが必要というのなら、一回ランチャーに戻りますか?それと、勝負は、2周でいいですか?」
シマコが、冷静に、カナリに訊ねる。
「勝負になればいいが・・・とりあえず、私の雄姿をカメラに収めたいと言う申し出なので、コックピットへの立ち入りを許可した。お前達は、いわば、私の引き立て役だ」
「りょうかい・・・頑張ってね・・・カナリとヒトミコちゃん」
『手加減は無用だ』
『減速Gに耐えられる自信がないと言って断ったのですが・・・無理やり・・・決まっちゃいました・・・こうなったら、意識を失ってでも、突撃レポートを頑張ります』
「仕事熱心な女の子は嫌いじゃないよ・・・レポーターの鑑だね」
エリナが、半ば呆れ顔で、モニターのヒトミコに言葉をかける。
「カナリが、『シルフ』の一員だってこと、忘れていたよ」
通信用のマイクをオフにしてから、シマコが、そう呟いた。
『シルフ』・・・それは、カナリ・オカダの所属する特務チームの名称である。女性凶悪犯罪者を取り締まるために、特別に編成された特務チームであり、4年以上前、エリナは、この『シルフ』チームに追われる生活を余儀なくされていた。
それは、エリナ・イーストという特別A級犯罪者を逮捕することを主目的として編成されたという経緯を持ち、男性保安官を初めとする腕利きのポリスメンバーでは捕らえることができなかったエリナを・・・超高速スターシップ・ルーパス号を駆り、宇宙空間を自由自在に逃げ回るエリナ・イースト・アズマザキを、何度も何度も追い詰めた、その『シルフ』チームのリーダーが、他ならぬ、このカナリ・オカダなのである。
ただ、追い詰めることはできても、最後の最後までルーパス号は、彼女らの捕縛の手を掻い潜り、逮捕することは叶わなかった。
そんなカナリの様子を見ていたリンデ・クライド・・・ミリーとロウムの実の母であり、カナリの教育指導士で、カナリから『母』と呼ばれるリンデの説得に応じる形で、エリナとシルフチームのリアル鬼ごっこは、終止符を打つことになった。
その説得を受け入れる証拠として、エリナは、リンデの家族を、自分のスターシップ『ルーパス号』に受け入れたのだ。
エリナ自身が、警察や賞金稼ぎから逃げ回る生活に疲労していたこともあり、特に、祖父であるリョースケ・アズマザキからルーパス号と供に託された『鷹島市狼の眠るコールドスリープ装置』の鷹島市狼を解凍・開放する約束の日が迫ってきていたことも、エリナがリンデたちを受け入れた理由の一つでもあった。
<二度と同じ犯罪を犯さないこと>
その条件で、エリナは逮捕されることなく、今の生活を手に入れていた。
「また、カナリに追っかけられることになるとは・・・ちょっと胸が痛いかも」
エリナは、シマコに聞こえる声で、独り言のように呟いた。
「さすが、すごい自信だね・・・追う事になることは想定外なんだ」
「あは・・・確かにシマコさんがいるから、負けるなんて、想定外だった・・・」
「ありがと・・・」
「それは、こっちの台詞・・・このトムキャットを、こんなに素敵な機体に仕上げてくれて、ほんとうに嬉しいよ」
エリナは、満面の笑顔で応える。
「でも・・・ルーパスチームの機体は、この上を行くのかな?」
「たぶん・・・やってみないとわからないけどね・・・それに、誰よりも小さい機体が優勝できちゃうのって・・・ちょっと気持ちよいと思わない?」
「この機体は、規定サイズギリギリだからね」
シマコは、慣性フライトのまま、F14をブシランチャー1号機に向かわせた。
「ヒトミコ・・・あの機体に乗るのはやめたほうがいいと思うんだ・・・成り行き上、断れなかった気持ちはわかるが、あの機体と、あのカナリというパイロット・・・無茶をすることで有名じゃないか」
サイコロ・クルーザーからパドックに降り立ったヒトミコは、そのまま、ポリスチームのパドックに向かおうとしたが、そのヒトミコをメイン・パイロットであるトール・ラッセンが引き止めた。
「俺達だって、あんな無茶なフライトはできない・・・チキンとか言われてしまうかもしれないけど、ヒトミコを、あのポルシェに乗せたら、ただじゃ済まないと思う」
ナビゲータを務めるショーン・リーもヒトミコの身体を気遣う真剣な表情で口を添える。
「心配してもらうのは嬉しいけど、わたしには、これが仕事だから・・・だいじょうぶだよ・・・それにポリスチームのコックピットに座れるなんて夢のようだし・・・カナリさんに、わたしの存在を認めて貰えたって、けっこう自信ついちゃったんだから・・・このやる気は、そうそう消せないよ」
「ヒトミコが、そこまで言うんじゃ止められないけど・・・それじゃ、ダメ元で、俺達から、あの部長さんにお願いするくらいは、していいか?」
「お願いって?」
「少なくとも急激な減速Gがなければ、ヒトミコも多少は安全じゃないかと思うので、制限速度を決めてもらえるように言ってみようと思うんだ」
「まぁ、いつも過激な発言で、あっちこっちに顰蹙を買ってるカナリさんに頼むより、常識人の部長さんに頼むほうがいいだろうな」
「そういうことですか・・・わたしは、嬉しいけど、じゃ、みんなでお願いに行く?」
「面白そうな話をしてるじゃないか」
にこやかな笑顔を携えた落ち着いた感じの年配の男が、ヒトミコたちが相談をしている一画に現れて口を挟んだ。
「フルダチさん・・・おはようございます・・・今日は、まだ練習日ですよ」
ヒトミコは、その男に親しそうに話しかける。
「ああ・・完全オフの土曜日なんだけど・・・やっぱり、来週の本放送のネタくらいは仕入れとかないといけないと思って来たんだ。
とっておきのネタが落ちてたので、喜んでいたところだ」
サンジ・ユーロ・フルダチ・・・フリーのアナウンサーでありながら、この太陽系レースの決勝レースのアナウンサーを7年間1回も欠かすことなく務めている、太陽系レースの生き字引とまで言われる、男である。
「イツキノ・・・お前、絶対、ポリス・チームのポルシェに乗ってくれ。さすがに決勝では、余計な話は聞けないから、あのシルフのカナリ・オカダを、このチャンスに丸裸にしてしまうくらい、彼女の話を聞きまくってくれ・・・場合によっては、本戦放送前に、特別枠で、カナリ・オカダの特番を作ってもいいくらいだ」
「丸裸・・・ですか?」
「イツキノ・・・お前なら、絶対やれる」
「でも、下手なこと聞いたら、わたし、留置所に連れて行かれてしまいますよ」
「わかってる・・・でも、やってくれ・・・あのカナリ・オカダに突撃インタビューをするなんて、お前にしかできないんだ」
「フルダチさんに、そこまで言われたら・・・」
「まず、最初に彼女のスリーサイズを聞きだす・・・それさえ成功すれば、後は何を聞いてもOKだ・・・」
「なぜ、スリーサイズを?」
「それは、視聴者が、それを望んでいるからだ。視聴者のニーズに完全なる答えを用意して提供する・・・それこそが、ジャーナリストの本分だ」
「なんか、論点がズレてる気がします・・・」
「なんの問題もない・・・このジャーナリスト経験31年の私の言葉が信じられないか?」
「はい・・・インタビューは、ちゃんとやります・・・でも、そのインタビューの質問は、わたしに任せてもらえますか?
もちろん、中継できれば、リアルタイムのスタジオからの質問にも応えてもらいますから、その時、是非・・・フルダチさんの言葉で、カナリさんのスリーサイズを聞き出してください」
「イツキノは、大人になったな?わかった、任せる・・・じゃ、ポリス・チームのパドックに、みんなで行こうじゃないか。おい、ショーンと、トール。お前達も当然、来るんだろう?」
「ええ・・・行っていいものなら・・・是非」
「やっぱり、防弾チョッキも用意したほうがいいかな?」
「ああ・・・カナリ・オカダの乱射癖は警戒しないといけないから、是非、防弾チョッキと、ヘルメットは着けていてくれ」
「じょうだん・・・ですよね。フルダチさん」
「ん?いや、けっこう真面目に、必要性を感じていたんだが・・・あのカナリさんの武勇伝は、けっこう信じがたいものが事実だったりするからな・・・ジャーナリストとして、やっぱり真実には、ちゃんと向き合わないと・・・希望的観測だけで、ものを考えてはいけないぞ・・・イツキノ」
ヒトミコは、ポリスチームのパドックに、フルダチと、トール、ショーンの3人を引き連れる形で、顔を出すことになった。
「ずいぶん、待たせるじゃないか・・・どうした?化粧直しでもしていたか?」
ポリス・チームのパドックで、ヒトミコを出迎えたカナリは、ヘルメットを小脇に抱えて、喉を潤す携帯用のペットボトルのストローに口を付けながら、それでも、無理やりの笑顔を作って言った。
長いはずの髪をかっちりとスプレーか何かで固めて、それでも収まらない髪の端の部分をシェリフ・エンブレムを模した髪飾りでまとめたカナリは、長い睫が特徴的な切れ長の眼を、鋭く光らせる。
そして、ヒトミコの後ろに従う、フルダチと、パイロットとナビゲータの二人の存在に気が付いた。
「乗せられるのは一人だけだ。そんなに、ぞろぞろやってこられても、わたしたちのマシンは、複座式なのだ。知らないわけじゃないだろう?」
「相変わらず、手厳しい・・・ちょっと、こっちの二人が、話があるらしいので、一応、失礼があってはならないので、わたしも一緒に来ただけですよ」
「そうですか・・・フルダチさん・・・いつも、レースを盛り上げていただいて、感謝してます?ちょっと、オータチームを贔屓しすぎるのは気になってますけどね」
「贔屓など、とんでもないことです」
「そうかしら?」
「あの・・・イツキノアナウンサーを、そちらの機体に乗せるにあたって、お願いがあります」
おずおずと、ショーン・リーが切り出す。
「手加減しろとか・・・そういうのは、ごめんだからな」
「制限速度を、30km以内ってことで、お願いできないでしょうか?」
カナリから視線をそらし、カナリの傍に、にこやかに寄り添うジョン・レスリー・マッコーエンの顔を正面に据えて、ショーン・リーが、きっぱりと言い放った。
ジョンが、にこりと笑う。
「それくらいの配慮なら、なにも、わざわざ言いに来ることではないぞ・・・世間が、何と噂しようが、わたしも鬼ではない」
「じゃ、安全な速度で、模擬フライトってことでお願いできますか?」
「模擬フライトにはならないだろう・・・あっちのオータチームは、相当やる気満々のようだからな」
「それでは・・・」
「どうなんだ、イツキノアナウンサー・・・制限速度は設ける・・・でも、あなたがカメラに収めたいのは、本気のバトルのコックピット映像なんだろう?」
「はい!!」
ヒトミコは、即答する。
「だったら、ちゃんと覚悟を決めることだ」
カナリは、通信機のマイクのスイッチを入れる。
「オータチームのシマコ・・・今、ブシテレビチームから、制限速度を設定するように依頼があった・・・30kmでいいか?」
『かまわないよ・・・こっちは、か弱い女二人だから、断る理由もないしね』
「こっちは、屈強な女一人と、か細い女一人だ・・・これ以上のハンディは必要ないだろう」
『ええ・・・それより、早くやろうよ・・・カナリ』