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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
最終章 優勝杯
70/73

ー64ー

 ついに、太陽系レース第3戦──地球ステージは、ルーパスチームの優勝で、決着した。


第8周目だけは、減速してブシランチャーにタッチダウンをする必要はない──

第8ゲートを通過した、それぞれの機体は、最後に地球を一周してクールダウンをしてから、パドックに戻ることになる。



「お姉さま──おめでとうございます」

『うん──ハルナが、いっぱいいっぱいがんばってくれたからね──こっちこそ、ありがとう』

「エリナ・チューンの機体が、1・2・3フィニッシュ──表彰台に乗ったすべての機体が、お姉さまが手掛けた機体なんですよ──」

『うん──できすぎだよね』

「このクールダウンが終わったら、ピットに戻ります」

『わかった──待ってる』

「はい」

『何か、飲みたいものある?』

「ドリンクボトルは、ここにもありますよ」

『うん──知ってるけど、ハルナのために、何か用意しておきたいの』

「それでは…ピンクグレープフルーツジュースをお願いします」

『うん、ありがとう──気をつけて帰ってきてね』

「お礼を言うのは、ハルナのほうですよ──それに、お姉さまったら、通信を切ってしまうような言い方──もう、レースは、終わったんですから、もっと、いっぱい、おしゃべりしましょうね」

『イチロウを放っておいてもいいの?』

「もう抜け殻っていうか、屍っぽいから──この粗大ごみ──このまま連れて行くから、後のケアは、ミナトさんにでもまかせましょう」

『ハルナ──お前は大したもんだ──よくやったな』

 コントロールルームに戻ってきたカドクラも、愛娘に優しい声をかける。

「そうやって、お父様に誉められたのって、何年振りかしら──」

『ほとんど、顔を合わせることがなかったからな──』

「顔は合わせていましたよ──時間が、極端に短かっただけです」

『そうか──』

「娘を気遣うどころか、恋人の一人も、お作りにならずに仕事ばかりしていたのですから──」

『そうか──』

「仕事は楽しいですか?お父様?」

『引退するのが、もったいないくらいだ』

「もう少しだけ、ハルナも遊ばせてもらいます──時期が来たら、ちゃんとお父様の跡を継ぎますから」

『社長業より、レースをやってるほうが実入りがよいかもしれないぞ』

「来季のレースは、お父様とエリナ様のお二人で、楽しんでください」

『何はともあれ、お疲れ様──今日は、草津の湯に浸かってゆっくりしなさい──太陽系レース関係者なら、スノーテルメクサツの全施設を無料開放とすることにしたから──』

「はい──」

『ところで、その横の屍くんは、元気なのか?何も言わないが』

「癒しの歌を聴いてるので、今は、そっとしておいてあげたいんです」

『セイラさんの歌声かね?』

「はい──」

『だとすると、邪魔はできないな』


「あ~あ、負けちゃったね」

 コックピットの中で、伸びをするように両手を思いっきり振り上げてウミがサエに話しかける。

「シティウルフのお兄ちゃん…あの約束、覚えてるよね──きっと」

「どうかな?」

「覚えててくれると嬉しいんだけど──でも、今夜は、大統領のご令嬢様に癒してもらうんだろうな──あたしたちの出番はなしかもね」

「結局、いつも通りの4位だったね──今回は、けっこう本気で、優勝狙ったんだけど──お兄ちゃんたちとは、920ポイント差かぁ──でも、これで、ルーパスチームは、予選免除になるから、来月も、一緒に楽しむことができそうだね」

「あたしたちがクビにならなければ」

「クビになったらどうしようか?」

「二人揃って、ルーパス運輸にでも就職しようか?」

「雇ってくれるかな?男手が足りないみたいだから、あたしたちが男だったら、すんなり就職できそうだけど──あそこ、女の子ばかりでしょ」

「じゃ、サットンサービスカンパニーにしようか?あそこなら、従業員は、みんな女らしいし、若年労働者枠ってことで、すんなり受け入れてくれるんじゃないかな?」

「あたしは、パス──ジャンクショップの店員も悪くないけど、テリトリーが地球圏限定なのは、やっぱり楽しくないよ」

「とすると、カドクラホテル?」

「ハルナ姉さんのところかぁ…悪くないかもね…イケメン団体のお相手とか、ちょっと、わくわくするかも」

「温泉も入り放題だし──ワープステーションの経営もしてるし──あっちこっち飛び回れるのは、嬉しいよね」

「じゃ、再就職先は、カドクラホテルで決まりでいいかな?」

『うちが、お前たちをクビにするわけないじゃないか──何を妄想会話やってるんだ?』

「だって、チーム命令無視…上司命令無視…同僚とは喧嘩ばかりだし…レースには負けるし…ライバルを好きになって手加減するし、敵に塩を送って優勝させちゃうし──」

『ストップストップ──いつもどおりの4位入賞だ──誰も、お前たちをとがめないよ』

「ほんとに?」

『当たり前だ──』

「ほんとにほんと?」

『しつこいな──さっき、そのカドクラホテルの社長さんから連絡があったよ』

「カドクラの社長って…ハルナ姉さんのお父さんだよね」

『今日と明日は、スノーテルメクサツをレース関係者に無料開放だそうだ──露天風呂にゆっくり浸かって、今日の疲れを癒してくれと…そう連絡があったよ』

「さすが、ハルナ姉さんのお父さん…娘に甘甘だね──」

「男親なんか、みんな娘に甘いんだから──でも露天風呂で、ハルナ姉さんたちと絡めるのは、美味しいシチュエーションかもね」

『カメラの持ち込みは禁止だそうだ』

「じゃ、しっかり、この眼に焼き付けとかないと──」

『何を…だ』

「決まってるじゃない──シティウルフのお兄ちゃんの全裸──だって、スノーテルメクサツの露天風呂って、混浴もあるんでしょ」

『確かにパンフレットには、そう書いてあるな』

「でしょでしょ…ああぁ楽しみ」

『全裸映像ならCGで楽しめるって言ってなかったか?』

「CGと生は、全然違うって…もう、わかってないなぁ…映像じゃ、触れないじゃない──」

『まぁ、確かに、そうだな』


「180ポイント差の2位か──」

「惜しかったな」

 ボールチームのニレキア・ガーシュウインは、メイン・モニターに映されたままのレース結果表を、ぼんやりと見つめながら、パイロットのスティン・サクファスに話しかける。

「やっぱり、優勝したかったなぁ」

「エリナの最終チューニングと、チェックなしで、この結果だ──上出来だと思うけどな」

「Zカスタム…クラッシュボール…F14トムキャット…考えてみると、このクラッシュボールだけ、エリナ・オリジナルなんだよね──」

「まぁ、デザイン自体は、オリジナリティがゼロだけどな」

「そうなの?」

「Zカスタムは、日産の名車をベースにしてる──今回の優勝を一番喜んでるのは、Zカーのオーナーズクラブかもしれないよ」

「Zカーを宇宙仕様に改造する発想は、みんな持っていたんだろうけど…それを実現しちゃうんだから──エリナの変態レベルも上がってるね」

「F14は、その名のとおり、ベースが海軍のF14戦闘機だ…複座式の大傑作マシンだからな」

「基本性能だけなら、とっくの昔に退役したトムキャットよりも現役バリバリのポルシェのほうが圧倒的に強いはずなんだよね」

「そして、このクラッシュボールは、とんがり帽子の付録だからな」

「とんがり帽子?…の付録?」

「正式名称は、ビット──今度、ニレキアにも映像を見せてあげるよ──エリナのこだわりが、よくわかるはずだ」

「そうなんだ──」

「そういえば、ドラマ出演のオファーが来てるらしいじゃないか?」

「畑違いもいいところなんだけど──ロボットものドラマの主役クラスなんだって…もちろん、受けたけどね──スタッフとの顔合わせは2週間後だってさ」

 ボールチームの母体は、芸能プロダクションの「エクセリオン」であり、チームスタッフのほとんどが、役者、声優、お笑い芸人をやっている。

ニレキア・ガーシュウインは、その北欧系の容姿から、ファンタジーものの作品のお姫様役をすることが多かった。

「作品名は?」

「機動騎士スカーレットG…だってさ」

「Gシリーズなのか?」

「そうみたい──ちょっと過去作品観て勉強しなきゃって思ってる」

「Gシリーズなら、俺が全部持ってる──今度、一緒に観よう」

「それって、もしかしてデートのお誘い?」

「いや…なんというか、まぁ、そういうことになるか──」

「パートナーからのデートのお誘いじゃ、断れないね」


『とりあえず、お疲れ様──観てて、面白いレースだったよ』

 メインメカニックのソウイチロウ・オノデラが、まるで他人事のように、モンド・カゲヤマに声をかける。

「バランスタイプにしたのは、失敗だったかな──」

『そうだな、次は、しっかり高速セッティングでチューニングしてみよう』

「頼むよ──オーラスバトルで、蚊帳の外は、もったいないからな」

『結局…あのオータコートバージョン2は、正式に認可されそうだ──』

「また一つ、安全性能を向上させるパーツが発表されたんだ──認可されないほうがおかしい」

「悔しいけどね──エリナちゃんが、その開発を、わたしたちに秘密にしてたってことが」

 シマコ・ハセミも二人の会話に加わる。

「確かに、いつも実験台にされてる俺たちからすれば、悔しいというか、寂しいな」

「もう、バージョン2とかじゃなくて、エリナコートが正式名称でいい気もするけどね──」

「そうだよな…次の火星ステージでは、また、バトルの仕方も変わってくるだろうしな──」

「エリナの取り巻きが、変化している──あいつも、本当の仲間を手に入れたってことか…そうなると、もう、俺たちには、手を貸してくれなくなってしまうのかな」

「初めて、あの子に会った時は、ほんとうに危なっかしかったよね」

「ああ…妙に自信満々なのに、急に迷走しだして、決断できなくて…いろいろ弄り出して、ぐちゃぐちゃにした後で、結局、元に戻すことになる──試行錯誤の段階のチェックが甘いから、なかなか、いいパーツも、発明品も完成できない──っていうか、できなかった…もう、過去形になったね…完全に」

「カドクラが後ろ盾になったのは、大きいね──あの資本力と研究所グループがエリナをバックアップすることになると、もっと、どんどん宇宙開発が進化する気がする」


「ふぅ…疲れたね」

「あの…オータコートバージョン2が完成していたんだから、ちょっと太刀打ちできないよね」

 サットンチームのチアキとキサキが、先ほどまでのルーパスチームとのスピードバトルを思い返していた。

「スピードなら負けない自信があったんだけど──エリナちゃん言うところの…ルーパスチーム──完全勝利ってことか」

「結局、オーラスでは、ノーポイントだからね──結果だけみれば、完全敗退──でも、楽しかったよ──お姉ちゃん」

『楽しもうって言ったのは、あたしだからね』

 クルミも、すっきりした顔で、妹の問いかけに応える。

「次は、また予選からになるね──」

「ブルーヘブンズチームとか…また、エントリーしてくるかな?」

『たぶんね──』


 カナリアバードのコックピットでは、カナリ・シルフ・オカダが、瞑想するように眼を閉じ、パイロットシートに腰を深く沈めていた。

 ジョン・レスリー・マッコーウェンと交代してナビゲータシートに座っているミッキー・ライヒネンは、そんなカナリの姿を、暖かい視線で見守って、クールダウン中のマシンをゆっくりと前進させていた。

(カナエさん…イチロウさんに伝えるべき事、きちんと伝えられましたか?)

 眼を閉じたまま、カナリは、自分の中にいるカナエに話しかける。

(はい──伝えなければいけないことだけは…伝える事ができました)

(こんな形で、あなたと会話していることが、自分でも信じられません)

(わたしもです──市狼には、伝えましたが、もしかしたら、わたしが、この世界に留まる時間は、もう僅かしかないのかもしれません)

(あなたと一緒にいること…初めは戸惑いましたが、今は、いつまでも、こうでいたいと感じています)

(レースを楽しんでいる間は、ずっと、先の事が見えていました──でも、今は、全く見通すことができません──できれば、わたしも、このまま、カナリさんと一緒にいたいとは、思っていますが──)

(過去の英雄や豪傑…その中の美姫の一人を召喚できたようで、とても、わくわくしました──)

(美姫は、誉めすぎですよ──わたしは、なんの取り柄もない、ただの女でしかありません──)

(過去をやり直したいと、考えてはいませんか?)

(そうですね──でも、市狼が元気でいることを確かめる事ができましたから──これ以上、市狼を縛りつけたくもありませんので)

(100年の時を越えて、この世界で、せっかく巡り合う事ができたのに──本当に、それだけで──元気でいることを確かめるだけでいいのですか?)

(ええ──市狼と一緒にいる間──彼は、とても深く、わたしを愛してくれました──そんな彼には、これからも幸せでいてほしい──このレースで、市狼が、仲間と一緒に笑ってる姿を見ていたら、幸せそうな彼を見ていたら、わたしが、市狼を支えなくても大丈夫そうだと思えたので──)

(あなたは、それで幸せなのですか?)

(市狼と過ごした数年間は、ずっと幸せでしたから──彼には、他の人を幸せにする才能があるんです──だから、いつまでも、わたしが、市狼を独り占めしちゃいけないんじゃないかって──)

(普通は、自分が幸せになることを、一番に考えるのではないのですか?)

(そうかもしれませんが──わたしは、一つの生を終えています──だから、この後、どうなるかわかりませんが、新しい生を得られるとしたら、ちょっと、初めに得た生とは違う経験や出会いをしたいと思っています──叶うことなら、カナリさん──あなたとは、いつまでもこうやって、友人としての会話を、好きな時にしたいと──そう願っては、おりますよ)

(その願いが叶う事を、わたしも願う事にします──でも、今はまだ、こうやって、会話を交わす事は、可能なんですよね)

(ええ──そのようです──このまま、消えてしまいそうだと感じたのは、ただの勘違いだったかも知れませんし──)

(わたしで、よければ、いつまでも、カナエさん──あなたの器でいます──遠慮しないで、居座ってかまいませんよ)

(そうですね──あなたとは、こうやって、いつまでも、他愛のない話をし続けたいですね──)



 クールダウンの周回を終えた各チームが、続々とブシランチャーに戻ってくる。

優勝を果たしたルーパスチームパドックのスタッフは、パドックに戻って来たZカスタムを総出で出迎えた。

ヘルメットを外しながら、Zカスタムのコックピットからナビゲータシート側のドアを開けて姿を現したハルナに、エリナが、思いっきり抱きつく。

「お疲れさま…お疲れさま…おつかれ…」

「お姉さまのZカスタム…最高です」

「うん…ハルナも最高…最高の妹…最高の友達…大好きだよ…誰よりも、ほんとうに、ほんとうに大好き」

「お父様よりも…ですか?」

「もちろん…シンイチさんよりハルナのほうが、100倍大好き」

「お父様が、がっかりした顔をしてますよ──そんな大きな声で」

「エリナもお疲れ様──」

 しっかりとハルナの背中に回した腕に力を込めるエリナに、イチロウも、労いの言葉をかけてみる。

「あたしは、全然、平気…全然疲れてないし──」

「そうは見えないけど──」

「だって、あんなにハルナが頑張ったんだもん──」

 ピットインの時、ハルナのぐったりした体を膝の上に載せたエリナは、ハルナが、その疲労しきった身体で、その後のレースを、まともに戦うことができるかどうか…そのことだけが気がかりだった。

「お姉さまの魔法のお陰で復活したハルナは、ちょっとやそっとでは、びくともしませんよ」

「ほんとうに、疲れてないの?」

「はい…それよりも、車検の後は、すぐ表彰式です──表彰式が終わるまでは、まだ優勝決定じゃないんで──糠よろこびにならないよう…」

「そうだね──あ…そうだ…イチロウ──」

「なんだい?エリナ──」

「優勝したら──って約束したけど──あの──その…ええと」

「あの約束なら、あんまり、気にするなよ」

「表彰台で、優勝カップを受け取ったら、イチロウから、あたしにして欲しいんだ──」

「──」

「キスしてあげる──って約束は守れないかもだけど──」

「──」

「イチロウにキスして欲しいから」

「わかったよ──」

「カナリさんとカナエさんの見てる前で、思い切り見せつけてやりたいんだ──」

「エリナも意地が悪い──」

「イチロウは、もう、あたしにとって、欠かす事のできない家族なんだって──世界中の人にも知ってもらいたいから」

「意外とエリナも芝居っ気があるんだな──」

「それと…ハルナを連れてきてくれて…あたしのところへ届けてくれて、ほんとうに、ありがとう──」

「エリナにそう言ってもらえると、苦労して探し出した甲斐がある」

「でもね…ルーパスのクルーでいるうちは、ハルナには、指一本触らせないから──」

「──」

「お姉さま──」

「ハルナは、あたしだけのものなんだから──イチロウには触らせないよ──もっとも、ハルナが社長になったら、好きにしていい──そこまでは、束縛はできない」

「どうしても、我慢できない時は、あたしが──…だから、ハルナはダメだよ」

「お姉さまは、優勝の喜びで興奮してるだけだと思います──イチロウは、気にしないで…いつも通りでいいと思う」

「気にしてないよ…エリナお姫さまの気まぐれは、いつも、それほど長い時間は持続しないから」

「お姉さま──もしも、ハルナが、イチロウに襲われたら、ハルナの必殺技で眠らせちゃいますから──ご心配は無用ですよ」

「ハルナは、そんなことしちゃだめだよ──」

「必殺技って、あのことでしょ──それこそ、イチロウの思う壺じゃない」

「とりあえず、今は何を言っても無駄みたいだから──」

「ほっておきましょうか?」

「じゃ、ハルナ──」

「うん──表彰式の会場へ行ってきます」

「エリナ…俺たちは、先に行ってるから、お前も遅れないように──」

「なんで、あたしを仲間外れにするの?」

「Zカスタムを移動しないと会場に持ってこれないよな…それって、エリナの役目だろう?」

「ミリー…係の人に、車検が終わったらZカスタムを、表彰式の会場に移動させるように言っておいてね──あたしは、先に、会場に行きます」

 エリナは、ハルナの手を握ろうとしていたイチロウの左手を自分の右手で掴むと、残った左手をハルナの右手に絡ませる。

「メカニックが一緒じゃないと格好つかないでしょ──」

「そういうことにしておくか」

「では、一緒に行きましょう──お姉さま」



 ブシランチャー1号機のセレモニーホールでは、表彰台がステージの中央に置かれていた。

表彰台の3箇所には、シャンパンファイト用のシャンパンの大瓶が1つずつ置かれていて、主役3チームの登場を待っていた。

『それでは、これより、太陽系レース地球ステージ決勝戦の表彰式を執り行います』

司会者の良く通る声が、会場に響き渡る。

「成績を発表します──優勝チーム、準優勝チーム、そして3位入賞のチームは、表彰台に上がってください」

 会場の袖から、表彰台に歩み寄ろうとしたエリナを、イチロウが、そっと引きとめる。

「たぶん、呼ばれたらでいいと思うよ」

「そうなの?」

「エリナのほうが、こういう席は慣れてるんじゃないか?」

『優勝チームは、総合獲得ポイント…11595ポイントを獲得しました、ルーパスチームです』

 司会者の言葉に呼応するように、会場全体から、拍手がわき上がる。

イチロウ、ハルナ、そして、エリナの3人が、ステージの上…表彰台の中央に立ちあがってガッツポーズを取る。

『準優勝チームは、総合獲得ポイント…11415ポイントを獲得しました、ボールチームです』

 ボールチーム──ニレキア・ガーシュウイン、スティン・サクファス、ハジメ・エリオスの3人が、姿を現し、ゆっくりとステージの袖から出てきて、ステージの上の表彰台に乗る。

『3位入賞チームは、総合獲得ポイント…11045ポイントを獲得しましたオータチームです』

 オータチームの、モンド・カゲヤマ、シマコ・ハセミ、ソウイチロウ・オノデラの3人も揃って、表彰台に乗る。

『それでは、優勝カップ授与の前に、大会委員長から総評をいただこうと思います──アスカワ大統領…よろしくお願いいたします』

 司会者から呼び出された、アスカワが、マイクの前に立つ。

『みなさん、まずは、この太陽系レースが、大きな事故もなくフィナーレを迎えることができたことを、たいへん、喜ばしく思っています

 途中交代をした参加者もいますが、大きな怪我をしたという報告もなく、素晴らしいレースを観せてくれた、各チームのパイロット、ナビゲータ、メインメカニック──彼らを支えたメカニックスタッフ──そして、大会運営を円滑に進行させていただいた運営スタッフの方々に、この場で、感謝の言葉を贈ります──ありがとうございました!!』

 会場から、拍手の音が響く。

『予選レースを含めて、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれましたルーパスチームは、まさに、チーム一丸となって、強敵に立ち向かっていきました──チームワークの素晴らしさがもたらした勝利であると、私は確信しています──ルーパスチーム…優勝、おめでとうございます!!』

 アスカワは、ごくごく手短かに、称賛の言葉を伝え、自らも拍手をしながら、マイクの前から離れていく。

アスカワの拍手に合わせるように、会場にいる全員が拍手を贈る。

『それでは、アスカワ大統領──優勝カップの授与をお願いいたします』

 一旦、マイクから遠ざかったアスカワに、運営スタッフの一人が、大きな優勝カップを手渡す。

金色に輝く優勝カップを抱えたアスカワが、表彰台の中央に立つルーパスチーム3人の前まで、歩みを進める。

「イチロウ・タカシマくんだったね──素晴らしいバトルの数々──ほんとうに楽しませてもらったよ」

 間近で見るアスカワ大統領は、意思の強そうな瞳で、まっすぐにイチロウの眼を射抜くように見つめてきた。

イチロウは、日本式のお辞儀を丁寧にした後で、アスカワから、優勝カップを受け取る。

再度、会場からは、拍手の渦が沸き上がる。

受け取った優勝カップを高く持ちあげたイチロウの手を支えるように、エリナとハルナが、それぞれの片手を添え、空いたほうの手で、勝利のVサインを作り、会場に、優勝したことの嬉しさを最大限の笑顔を作って、そのVサインを作った手を左右に大きく振ってみせる──

 アスカワが、表彰台から退くと、イチロウは、自分に渡された優勝カップを胸元に抱えるようにして、エリナのいるほうに向きなおる。

「エリナ──約束の優勝カップだ──やっと、エリナに渡す事ができる──受け取ってくれ」

 エリナは、無言で優勝カップを受け取ると、イチロウに、瞳を合わせる。

「ありがとう」

 イチロウは、空いた手で、エリナの両肩を引き寄せると、エリナの唇に自分の唇を、そっと重ねる。

その時既に、シャンパンの大瓶を抱え、上下に大きく振っていたハルナが、そのシャンパンの栓を抜いて、シャンパンのシャワーを、イチロウとエリナめがけて、浴びせかけた。

表彰台に上がっていた、ボールチームと、オータチームも、それぞれに、栓を抜いたシャンパンをハルナに倣って、エリナとイチロウ目がけて、思いっきり浴びせかける。

何度も何度もシェイクを繰り返し、シャンパンシャワーの勢いで、合わせていた唇を離してしまったエリナとイチロウに、途絶えることなく、シャンパンのシャワーが放たれる。

そして、ハルナの手から、シャンパンの大瓶を奪い取ったイチロウが、まずは、ハルナへ、シャワーの報復を…そして、赤い髪のニレキアにもシャワーを降り掛ける──表彰台から降りて、他の表彰台を囲む2チームのパイロット、ナビゲータ、メカニック、それぞれに、シャンパンシャワーを浴びせかけた後で、イチロウは、シャンパンの瓶を高く空中に抱えあげて、逆さまにしてから、ラッパ飲みをする──


そのイチロウの笑顔を、テレビカメラが大きく映しだしていた。


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