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地球を巡る月の軌道・・・『太陽系レース』は、太陽に近い惑星・・・水星、金星、地球、火星の4つの惑星を舞台に行われる。
2月から10月までの8ヶ月、計9回のステージでスケジュールされた『太陽系レース』は、2月・6月を水星で、3月・7月を金星で、4月・8月を地球で、5月・9月を火星で、そして、10月の最終戦を地球で行う。
このスケジュールに従い、第7回となる2111年の4月ステージは、地球圏を舞台に開催される。第1回から第5回の『太陽系レース』は、全てを地球圏で実施された。
第5回までのレースの回数は、年間3回ずつで、4月・7月・10月に行われていたのだが、テレビ局主催で開催されたことでもあり、レギュレーションを見直して、毎月の開催としたのが2110年の第6回大会からである。
そして、9ステージでの開催となってからは2回目を迎える。
レースへのエントリーは、メイン・パイロット1名、ナビゲータ兼副パイロット1名、メイン・メカニック1名の3名連名でのエントリーが必要となっている。
2110年の優勝は、オータ・チームであり、メイン・パイロットは、エントリーネーム「シャドー・マスター・モンド」。ナビゲータ兼副パイロットが、「ロング・バレー・シマコ」。そして、メイン・メカニックを務めたのが、ルーパス号から客分として特別参戦したエリナであった。
レギュレーションでは、メイン・パイロットと副パイロットの交代は、ピットインのタイミングによってだけ、許可されている。メイン・メカニックも操縦桿を握ることもあるのだが、それは、メイン・パイロットとナビゲータに、何らかのアクシデントが起こった場合だけに限られている。
2110年シーズンは、シャドー・マスター・モンド=モンド・カゲヤマとロング・バレー・シマコ=シマコ・ハセミの安定したコンビで優勝したため、エリナが、トムキャットを操縦することはなかった。
ただし、圧倒的パワーで、優勝を決めてしまった、そのトムキャットを改造・製造・チューニングしたエリナの名前は、関係者の中では、特に高く評価されることとなった。
ほぼ、1ヶ月ごとという過密スケジュールにも関わらず、安定した性能を発揮することができたエリナ・チューニングと、高性能の機体保護を実現したオータ・コートの導入が、それまでの『太陽系レース』のレース・シーンを一新したのである。
「予選組は、午後からが公式練習のはずだけど・・・スケジュールの確認は、ちゃんとしてきたのか?エリナ」
決勝レースの1週間前の土曜日が、参戦するチームのための公式練習のためにスケジュールされている。レギュラー・チームが、午前中の3時間、予選組チームが、午後からの6時間ということになっているため、オータ・チームは、エントリーされている3名を含む、チーム・スタッフが、既に公式練習開始の時間を待って、スタンバイを済ませていた。
カゲヤマの問いかけに、エリナは、とても爽やかとは言えない不機嫌さいっぱいの顔で、返事をしかけたが、口を噤んでしまった。
「最愛のエリナが、それだけご機嫌斜めだと、心配で練習に身が入らないってことを知っててやってるのだったら、かなり効果的だと思えるんだけど、例のオオカミくんは、いっしょじゃないのか?」
「うん・・・」
エリナが、重い口調で、搾り出すように言った。
公式練習は、既に地球と月の間に設置された、『太陽系レース』専用のパドックユニットステーション「ブシ・ランチャー1号機」と、「ブシ・ランチャー2号機」にて行われる。8角柱型の宇宙ステーション「ブシ・ランチャー」は、中心部が空洞であり、外壁の内側に貼り付けるような形で、パドックが作られている。
8面に1基ずつ設置されたリニアカタパルトは、外壁の外側に3キロメートルの長さで、計8基が用意されている。
各チームは、それぞれのパドックユニットに整備済みの機体を持ち込み、リニアカタパルトからの射出テストを中心に、惑星軌道の周回テストを、実施することになっている。
「エリナ・・・久しぶりね」
オータ・チームのナビゲータを務めるシマコが、エリナに声をかけてくる。
「おはようございます・・・シマコさん」
「今年のレースも、エリナと一緒に戦いたいと思ってたんだけどね。
で・・・どうなったの?
今年は、ルーパスも予選組で参戦するって聞いていたのに、2月ステージも、3月ステージも、どっちもエントリーされなかったから、心配してたんだよ」
「うん、ごめんね、心配かけちゃって」
「機体の搬入を済ませてきたんでしょ」
「うん」
予選組の機体は、参戦する機体数が多いため、「ブシ・ランチャー2号機」にまとめて置くことになっている。エリナは、現時点でパイロット不在のZカスタム・・・日産製のフェアレディZ・・・所謂「Zカー」に宇宙用のブースターとバーニア・スラスターを組み合わせた乗用車型のミニ・スペース・クルーザーを、「ブシ・ランチャー2号機」に搬入を済ませた後で、オータ・チームのパドックに顔を出したのである。
「元気ないね」
シマコが、エリナの顔を覗き込むように言った。
「うん・・・」
「原因は、例のオオカミくん?名前はイチロウくんだったっけ?」
「うん・・・」
「何があったのかな?」
「シマコさんに、相談したくって・・・練習前の時間だったら迷惑じゃないかなって」
「練習中でも、遠慮することないのに・・・相変わらず、他人行儀なんだから」
「あたしは、オータ・チームの本当の社員じゃないですから」
「さびしいこと言わないの・・・モンドがいないところのほうがいいよね・・・女同士、男には聞かせたくない相談だってことだよね、きっと」
「練習は、俺達で適当にやっておくから、シマコは、エリナを元気にしてやってくれ」
カゲヤマは、そう声をかけて、二人に手を振る。
シマコは、エリナの手を取ると、パドックユニットの機体ハンガーに隣接している休憩ルームに、移動した。
休憩ルームには、他のチームや、放送スタッフなども集まっていて、けっして、落ち着いて話をできそうな雰囲気ではなかったが、それでも、人が少ない一画を見つけたシマコは、エリナを促すと、その一画で、足を止めて、エリナに向き合った。
「さて・・・なにから、聞けばいいかな?
「イチロウが、賞金稼ぎの女の子と、地球に行っちゃったみたいなの」
エリナは、単刀直入に打ち明けた。
「そう・・・で、そのイチロウを追いかけたいとか、そういうこと?」
「地球は、怖いから行きたくない」
「そういえば、前も、そんなこと言っていたっけ」
「何回も、こうやって地球を見る機会はあったんだけど、一回も地球に降りたことはないんだ・・・だから、とっても、怖い・・・一度、降りちゃったら、もう二度と、こっちには上がってこれないんじゃないかって、そう思うと、地球に、降りたくなくなってしまうの」
「わたしたちは、地球から打ち上げられる貨物を宇宙でキャッチして、必要としてる衛星や惑星まで届けるのが仕事だから、よっぽどのことがない限り、地球に戻ることはない・・・どんなに宇宙開発が、加速度的に進歩したとしても、最終的に安全を確保するのは、人間がやるしかないんだから。
こっちの弱い重力に慣れちゃうと、重力のある世界は、確かに怖いってのはあると思う」
「そういう意味じゃなくって・・・地球に降りたら、自力で、こっちに来るのは不可能でしょ」
「そうね・・・宇宙空間対応の航空機があっても、結局、誰かに打ち上げてもらわないと、こっちには戻れない」
「イチロウは、そういうことが、まったく、わかってないんだから」
エリナは、両手で、自分の顔を覆い隠すと、その手を顔から離し、祈るように組み合わせてうつむいてしまった。
「イチロウくんは、彼女を信頼してるってことじゃないかな」
「お人よし過ぎるんだよ」
「人を信じられるってのは、素敵なことだと思わないの?」
「ただの、スケベ根性でしょ・・・本当に、女と見ればすぐに、ほいほい付いて行っちゃって」
「ほんとうにスケベ根性だったとしたら、エリナと1ヶ月以上、あのルーパス号で、四六時中一緒にいるのに、何もしないってのが、信じられないんだけど・・・ほんとうに、キスもされてないの?」
「それは、どうせ、あたしに女としての魅力がないから・・・胸も小さいし」
エリナは、組み合わせていた両手を、自分の胸にあてがい、いっこうに膨らみきらない自分の胸のサイズを確かめ、大きなため息をついた。
「シマコさんは、胸が大きいから、羨ましいよ」
「あんまり、関係ないと思うけどね・・・じゃ、エリナは、そのイチロウを連れてった女の子に嫉妬してるんだね」
「そんなんじゃないよ」
エリナは、否定した。
「今日は、公式練習だから、わたしと一緒にトムキャットの調整、手伝ってくれるかな?」
「いいんですか?」
「そのつもりで、来たんじゃないかって思ってたしね。それとも、モンドに頼む?」
「シマコさんと一緒のほうがいいです」
「エリナって、男が苦手なのかな?」
「苦手ってわけじゃないけど」
「ないけど・・・?」
「今は、イチロウのこと以外は、あまり・・・」
「11年思い続けてきた男の子は、それほど、エリナの好みだったってことなんだ」
「うん・・・」
「そういう素直な気持ちを、そのまま伝えればいいのに・・・」
「恥ずかしいよ」
「まぁ、四六時中一緒にいられるわけだし、そのうち、オオカミくんも、エリナの気持ちを無視できなくなるでしょ」
「でもね・・・そういう気持ちとは別で、今日の公式練習をすっぽかしたのは、許せないんだ」
「練習自体は、ちゃんとお金を払えば、来週もできるんだけど・・・私達みたいに、ウィークデイで、あっちこっち配達で飛び回ってると、なかなか、普通の日の練習参加は無理だよね」
「あんなに、今日の午後は、大切な練習日なんだからって、口を酸っぱくして言っておいたのに、あんな、賞金稼ぎのバカ女なんかに誘われて、地球に降りちゃうなんて、呆れて物が言えない・・・仕事だって、今日の仕事はなるべく受けないようにしてきたっていうのに・・・あのバカは、どうしてこう、バカなんだか」
その時、エリナとシマコのところに、一人の少女が近づいてきた。
「昨年、優勝のオータ・チームのシマコさんとエリナさんですよね」
その少女は、無邪気に声を掛けてきた。
「昨年もお世話になりましたが、今年もパドックのピットレポートをしています」
「知ってるよ・・・ちゃんと、勉強は続けてる?ヒトミコちゃん」
シマコが、にこやかに応じる。
「去年は、まだ初々しさがあったけど、1年やってだいぶ、慣れて来たみたいね」
「はい、エリナさん・・・あらためて、自己紹介いたしますね・・・この『太陽系レース』主催のブシテレビのピットレポート担当のヒトミコ・イツキノです。今は、まだオンエアではないですが、今回は、練習から通して、ピットレポートさせていただきます。入社3年目の若輩者ですが、今年1年、しっかりレポートしていきますので、よろしくおねがいします」
名前のとおり、瞳をキラキラと光らせたヒトミコは、その小さい身体を「く」の字に曲げて深々とお辞儀をした。
「そっか、ヒトミコちゃんは、入社3年目なんだ・・・今、いくつだっけ?」
「9歳になりました。でも、手を抜いたりは絶対しませんから、勉強もいっぱいしてきたので、絶対絶対盛り上げてみせます」
ヒトミコは、その小さな手を握りこぶしにして、かわいらしいガッツポーズを見せてくれた。
「そうか、すっかり大人っぽくなったね・・・その台詞・・・どっかのオオカミくんに聞かせてあげたい台詞」
シマコが、にこやかに応対する。
「うん、うちのメイン・パイロットが、どうもサボり癖が抜けないみたいでね。ヒトミコちゃんの爪の垢を煎じて飲ませてあげたいわ」
「私の爪の垢ですか?」
「うん・・・どう?もらえます?」
ヒトミコは、両手の爪に綺麗にネイルアートを施した掌をヒラヒラさせながら、胸元から顔に近い位置に持ち上げて、小首を傾げながら、じっと見詰めた。
「冗談よ、かわいいねヒトミコちゃんは」
「ヒトミコちゃんを見たくて、『太陽系レース』にチャンネルを合わせてくれる人もいるらしいから・・・体調管理はしっかりして、いつでも、その笑顔をファンに見てもらえるようにしないとね」
「私にファンとか・・・いませんよ」
はにかみながらも、しっかりとレポーターとしての顔を崩さずに、ヒトミコは、謙虚に言った。
「ところで、ヒトミコさんは、彼氏は今、何人いますか?」
シマコが、右手をマイクの形にして突き出し、ヒトミコの口元に向けた。
「インタヴューは、私の仕事ですよ・・・それに、私には、彼氏は一人しかいません。二人も三人もいるわけないじゃないですか」
「ね、エリナ・・・アイドル・アナウンサーにだって、彼氏はいるんだから、エリナが遠慮することはないの」
「そうなのかな?」
「そうそう・・・そろそろ、練習行こうか」
「うん」
「ヒトミコちゃん、それじゃ・・・あたしたちは、練習に行きますから」
「あ・・・練習前に声を掛けたのは、理由があるんです」
「え?」
「この4月ステージから、コックピットにカメラを入れさせてもらいたくって・・・特にオータ・チームは、注目度も大きいし、シマコさんは参加チームで、ナンバーワンの美女なので、是非、コックピット映像を流してくれって視聴者からの要望も多くて」
「そういうのって、直接、わたしたちに申し込むものなの?」
「はい、まずは、参加者に申し込んで、断られたら、その時点で断念・・・OKをもらえたら、改めて、ちゃんと公式にチームに申し入れをすることになります。コックピットの内部も映像にするので、その時点で却下されることもあります」
「わかったわ・・・わたしはOK・・・モンドも・・・あの人は、目立ちたがりなので、絶対OKすると思います」
「練習の映像もOKいただけますか?」
「これから?」
「はい」
「とりあえず、今回はNG・・・5月ステージは考えておきます」
「ありがとうございます・・・でも、ちょっと残念」
ヒトミコは、ぺこりと頭を下げた。
「あなたは、練習に参加しないの?ブシテレビチームも、これから練習でしょ」
「私は、レポートが仕事なので・・・」
「ナビで乗って、チームの社内映像を届けたら?わたしみたいな、おばさんよりも、ヒトミコちゃんの乗ってるコックピット映像を届けたほうが、視聴者も喜ぶよ」
シマコは、ヒトミコの返事を待つ様子もなく、エリナの手を引いて、元いたハンガーへと歩き出した。
その背中に向けて、ヒトミコは、もう一度、ペコリと頭を下げた。
「車載カメラだけじゃなくって、車内カメラも取り付けるんだ」
エリナが、ポツリと呟く。
「去年のレギュレーション変更で、クイズセッションが入ったから、ナビの役割が、すごく大きくなった・・・それで、どのチームも、ナビに女性を起用するようになったでしょ
「そうですね・・・」
「テレビ局も、アイドル系の女の子を映像として流したいってことを考えてるのが見え見えなんだけど」
「普通に競争するだけじゃダメなのかなぁ」
「なぁに?これ以上、オオカミくんの映像が流出するのが心配?」
浮かない顔のエリナに、シマコが訊ねる。
「モンドがトムキャットに乗る時に、BGVに使ってる、エリナとオオカミくんのダンスの映像は、エリナのファンの中では、超貴重アイテムらしいよ」
「カゲヤマさんも、あの映像観たんだ」
「いっそ、浮気者のオオカミくんなんか諦めて、モンドに乗り換えちゃったら?」
エリナは、シマコが冗談混じりで言った言葉を真剣に受け止めたようで、俯き、少しだけ会話が途切れた。
「そうしちゃおうかな・・・・」
複座式の後部コックピットに腰を納めたエリナは、前に座るシマコのヘルメットを見詰めた。
「準備はOKです」
「うん・・・こっちもOK」
『モンド・・・聞こえてる?』
『ああ・・・どういういきさつで、エリナが、トムキャットに乗りたがることになったかはわからないが・・・シャドー・マスター・スペシャルの調子を確かめるのに、これ以上適した人材はいないからな』
『9時ジャスト・・・お願い・・・飛ばして』
シマコの声が、ハンガーのコントロールルームに響く。
コントロールの操作により、リニアカタパルトに載せられたF14トムキャットの機体が、勢いよく射出される。
3kmの長さのリニアカタパルトデッキを、およそ0.2秒で射出されたF14は、秒速15kmの射出速度を得る。そのままの速度の慣性フライトで、地球の上空軌道を周回するコースに乗る。
「メイン・バーニア・オン!!」
シマコの足がフットバーを蹴る。同時に、トムキャット両翼に付けられたメインエンジン部のバーニアが、火を噴く。
爆発的な加速を得たトムキャットが、さらにフライト速度を上げる。秒速30kmのフライト速度になった時点で、シマコは、バーニアの出力を抑え、機体制御のスラスターを使用する慣性フライトに戻す。
「BGMは何がいい?」
シマコの問いかけに、エリナが即答する。
「キグナス・ツイン!!」
「OK」
公式練習の際は、決勝用のチェックポイントも設置されていて、チェックポイントを通過した際の獲得ポイントも、ポイントボードに反映できるようになっている。
F14は、第1チェックポイントに向け進路を取る。決勝では、全てのチームが統一規格の燃料を、同じ量だけ搭載することが許されているため、燃料を使用しない慣性フライトと、燃料を使用してバーニアとスラスターを駆使するパワーフライトを切り替えて、決められた周回数の中での最高得点を目指すことになる。
当然、レースの途中で燃料を使い切った場合には、それ以上の燃料補給はできないため、残りの周回は、慣性フライトでのレースとなる。よほどの逃げ足がない限り、先行逃げ切り策を取るチームは少ない。ほとんどが、他のチームの動向・・・ポイントを気にしながら、付かず離れずといった戦法を採用することになる。
エマージェンシー用に取り付けられたイオンエンジンについては、あくまでも緊急用であるため使用した場合には、リタイヤと見做されてしまう。
「そういえば、この前のコラボ・ライヴにはキグナス・ツインが、出てたんだよね」
「うん・・・楽しかった」
エリナの表情が綻ぶ。
二人の乗るF14の機内に、別の機体からの通信が入る。
『お二人さん・・・わたしたちと、接触反応テストしてみない?』
「カナリの声だね」
「ポリス・チームのカナリさんね」
『超高機動警察隊』のカナリ・シルフ・オカダの声であることを、エリナとシマコは、瞬時に判断した。警察機構も中央政府も当初は、テレビ局主催の、このレースの開催に対して難色を示していたグループの一つであったが、高速で展開されるミニ・クルーザー同士のバトルを取り締まるために配備された警察隊も、第3回大会からレギュラー参戦している。
そして、ポリス・チームとして、第3回、第4回のシーズン優勝を果たしているが、その時のメインパイロットが、カナリの上司である部長のジョン・レスリー・マッコーエンである。
『太陽系レース』の主催者側が、警察許可を得るために、わざと勝たせたのではないかという憶測も出ていたが、ジョン・レスリーという男が、八百長などに全くといいほど縁が薄い男であることが、証明されたことで、警察隊の実力を改めて見直されることにもなっていたが、それ以上に、レギュレーションギリギリの性能を持つ機体を使用していることが、ポリス・チームが強い理由の一つでもあった。
『女の子同士で、何、秘密の会話を楽しんでるのかしらないけど、ちゃんと練習しておかないと、3月ステージのようにはいかないよ』
気が付けば、コックピットのクリア・シールドから視認できる位置に、保安官エンブレムが目立つ位置に取り付けられた最新鋭のポルシェ製ミニ・クルーザーが、慣性フライトで張り付くように寄り添っていた。
『こっちの磁力を感じなかったってことは、よっぽど、集中力が途切れてるってことだよ・・・だいじょうぶ?』
「とりあえず、だいじょうぶだよ・・・そっちの磁力も、こっちの磁力センサーでキャッチできたから」
『ここから、チェックポイントの第1ゲートまで、ランデブーフライトと行こうか?』
「OK」
F14のメイン・バーニアが火を噴く。
その点火されたバーニアの光跡を追うように、ポルシェも加速する。F14ほどの派手さはないが、高出力のバーニアがコンパクトに車体に収められたポルシェの加速性能も、F14のスピードと互角である。
「そういえば、そちらは無口な部長さんがナビゲータですよね」
『そうだ・・・無口というわけではないがな』
「カナリさんとは、どういう関係なんですか?」
シマコが、さらりと訊ねる。
『もちろん、恋人同士だよ・・・ねぇ、部長』
『そういうことになってるみたいだから、否定はしないが』
『部長は、独身だから、狙い目だよ・・・わたしは、自分の身体が乾いてる時だけ、部長に潤してもらってるだけだから・・・これだけの良い男を独占しようと考えるほど、わたしは傲慢じゃないから、お二人もどう?』
「わたしは、旦那がいるからパス・・・エリナはどう?」
「あたしは・・・特に」
『部長・・・振られちゃったね』
『まぁ、想定の範囲内だ』
「ところで、接触反応テストはどうやる?」
『できれば、実戦に近いシチュエーションでやりたいから・・・
次の第1ゲートを秒速50kmで通過して反応を確認してみたいんだけど』
「いわゆる、追い出しフライトね・・・いいよ」
既に、2機の慣性フライト速度は秒速40kmの速度を示している。
「練習用の燃料は支給されないからね、ポリスはいいよね・・・燃料も全て、警察持ちだから・・・羨ましい」
第1ゲート通過の前に、F14は、秒速50kmまでの加速を果たすため、再度、メイン・バーニアに点火する。
「でも、燃費は、あのポリス・カーはめちゃくちゃ悪いはずだよ・・・3月ステージでも、結局、バランス重視のセッティングで、燃費を良くする方向でやった結果が、ポリス・チームを捲くることができた要因だったからね
最終燃料チェックで、あっちはガス欠寸前だったはず」
カナリの操るポルシェが、加速の途中で、何度もF14に接近してくる。そのたびに、オータ・コートのバリア反応が、メインモニタ脇に用意された反応表示メータに映し出される。
エリナが、昨年開発し、太陽系レースの参加機体全てに標準装備させることになった、オータ・コートである。
このオータ・オートの当初の目的は、機体同士の接触事故を起こさないために、一定以上の距離に接近した機体が、お互いの磁力バリアによる反発作用で自動的に衝突を避けさせるというものである。
ただ、この機能が、体当たり以上に、体当たり効果があることが証明された2110年のレースでは、各ゲートを通過する時の、ポイントゾーン通過の際に、わざとライバルの機体に接近してマイナスポイントゾーンに押し込むという戦法が試みられる結果となった。
F14が秒速50kmの速度を得た数分後・・・
視認できる位置に、第1ゲートのポイントゲートが見えてきた。
カナリのポルシェは、F14の右側を同じ速度で飛翔している。
『こっちは、100ポイントゾーンに突っ込むね。そっちも、同じコース取りしてるのが確認できたから・・・
行くよ!!』
カナリの宣言が、F14のコックピットに響き、カナリのポルシェが、F14に接近してくるのが、はっきりと感じ取れる。
当然ながら、オータ・コートの接近反応が、黄色の点滅から黄色の点灯・・・そして赤色の点滅に変化する。
第1ゲートに展開されたレインボーゾーンが目の前に迫った瞬間・・・
エリナとシマコの乗るF14の機体は、カナリの接近により、左上方へ、はじき飛ばされた。
F14は、100ポイントゾーンである赤色のスクリーンを通過するコース取りをしていたが、100ポイントゾーンに隣接するダークゾーンに押し出される結果となった。
弾かれながらエリナが首を巡らせると、ポルシェが、F14とは反対方向に弾かれながらも、わずかなスラスター噴射の姿勢制御だけで、しっかりと100ポイントゾーンを通過していったことがわかった。
「あの体当たり・・・3月ステージでも何度かやられたけど、ああいうのをかわしたり、ぶつけられた後で、姿勢制御をするのは、モンドの十八番だからね・・・あたしには、モンドの真似をすることさえ難しいよ。
きっと、カナリは、ああいう練習ばっかりやってるんだろうなぁ」