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届け物は優勝杯  作者: 新井 富雄
最終章 優勝杯
69/73

ー63ー

 太陽系レース決勝…その第7周では、ルーパスチームをポリスチームとオータチームが抑えきったという結果となった。

そして、最強の立体機動能力を発揮するボールチームのクラッシュボールは、11チームからなる最強の包囲網をかいくぐり、ボーナスポイントを1つゲットし、300ポイントの上乗せを実現していた。

この結果により、第7周が終わった時点での各チームの順位は、次のように決定した。

1位…ポリスチーム…10275ポイント

2位…ボールチーム…10215ポイント

3位…ルーパスチーム…9995ポイント

4位…オータチーム…9955ポイント

5位…ウイングチーム…9905ポイント

6位…サットンチーム…7995ポイント

7位…サブマリンチーム…7990ポイント

8位…ブシテレビチーム…7850ポイント

9位…ヨシムラチーム…7440ポイント

10位…ソーサラーチーム…7175ポイント

11位…寶船チーム…6400ポイント

12位…ハートゲットチーム…6060ポイント

13位…カカシチーム…5810ポイント

14位…ジュピターチーム…5590ポイント

15位…ゴリラダンクチーム…5365ポイント

16位…ライアンチーム…4725ポイント


1位から5位までのポイント差が、370ポイント──いつもの太陽系レースであれば、この僅差なら、5位までに位置付けたチーム全てに優勝の可能性があった。

しかし、1位のポリスチームは、既にピットインの為の減速を開始し、この周回でのポイントゲットは、ほぼ不可能と言ってよい状況となっている。

2位のボールチームも、トップチームと争ってゲートポイントを積み重ねる力は残していない。7周目で見せたような、ボーナスポイント狙いの戦略を選択せざるを得ない状況となっているが、7周目同様に11チームのマークが付いた場合、1ゲート分のポイントを得る事ができるかどうか──確実性の乏しいレースを強いられることになっている。

3位のルーパスチームは、決勝進出を決定した予選終了の時点では、そのマシンポテンシャルの高さから、優勝候補の筆頭と見られていた。

 しかし、まさかのクイズセッションでの15位…1400ポイントのビハインドを背負う結果となったことで、ゲートセッションでの浮上は不可能と思われていた。

ところが、そのルーパスチームは、ほぼ無傷の状態で、この8周目に臨む。

ナビゲータを務めるハルナ・カドクラの体力に若干の不安はあるものの、7周を戦い抜いてきた他のチームのパイロットも、ナビゲータも、それぞれ疲労の色は隠せないほどの緊張した時間を続けてきている──

 疲れているのは、ハルナだけではない状況を考えると、この第8周を戦い、ルーパスチームが優勝を狙うこと──それは、決して夢ではない事と言ってよかった。

4位となった前回優勝のオータチームはトップとの差が、320ポイント──そして、ルーパスチームとの差は、僅かに40ポイントという状況であり、この8周目で、ルーパスチームを抑えきることができれば…つまり、直接対決を制することで、自力優勝が可能となる──

そして、5位に位置付けたウイングチーム──不正疑惑が指摘される中、この決勝に臨んだウイングチームは、いつも以上のパフォーマンスを演じ、この地球ステージを盛り上げた立役者となっていた。

ポイントの積み上げも申し分なく、こちらも、通常のレースであれば、充分に優勝を狙える位置にいたと言ってよかっただろう。

この8周目を制するには、スタートで、ルーパスチームの頭を抑えきること──

トップチームの優勝条件は、まさに、この1点にかかっていた。

ルーパスチームに先を行かれたら、決して追いつく事はできない──その条件は、全てのチームが自覚していた。

1位で第1ゲートを通過させてはいけない──タッチダウン&ゴーのため、ブシランチャーに接近する、各チームの機体は、ルーパスチームのZカスタムに遅れることがないよう細心の注意を払い、機体をコントロールしていく。


『ピットイン予定のポリスチームが、当然ながら遅れてきていますね』

 フルダチは、ブシランチャーに接近していく各チームの映像を見ながら、実況を続けている。

『そうですね──しかし、燃料切れとはいえ、このタイミングでのピットインは、記憶にないですね』

『ピットイン後、1周分の燃料補給をしても、トップチームに追いつく事はできないでしょう──』

『まぁ、燃料なしであれば、8周目でコースアウトしてしまう可能性がありますから、レース自体を成立させるために、念のための燃料補給ということになるのでしょうが』

『7周目終了時点でトップのチームが、まさかのピットインですからね』

『ただ、その7周目に見せてくれたパフォーマンスは、素晴らしかったですね』

『明らかに、トップスピードでは上回るルーパスチームを、オータチームとのダブルチームとはいえ、完璧に、抑え込みましたから──』

『抑え切れてないですよね──事実は──』

 ゲスト解説のユーコ・ハットリが、いつにない真剣な眼差しで、コメントする。

『しかし──』

『ルーパスチームのエリナ代表のインタビューの言葉を思い出してください』

『サットンチームと決着を付けるために、余力を残したという、あの言葉ですね』

『ダブルチームで挑んだということで、ルーパスチームは、ポリスチームとオータチームが白旗を掲げて降参したと判断していました』

『確かに、ハットリさんのおっしゃるとおりです──既に、サブマリンチームは、優勝争いから脱落しています』

『そのサブマリンチームに引導を渡したのは、ルーパスチームです』

 ユーコは、はっきりとした口調で、その事実を口にする。

『そして、ポリスチームは、ピットインの体勢を取っていることから、これ以上のポイントの加算は困難です──こちらも、脱落したと言っていいでしょうね』

 イマノミヤも、ルーパスチームの優勝の可能性が高いことを、伝える。

『上位チームで残っているのは、オータチームとウイングチームですが…どちらも、ルーパスのスピードについて行けないはずです──オータチームは、今回のレース、バトル重視のバランスセッティングにしたと公言していますから』

『この2チームが勝つためには、ボーナス狙いしかないということです』

『ボールチームに対抗して、ボーナスを得るのは不可能に近いでしょう』

『もちろんです、どちらも、直線的な動きに重点を置いて設計されています』

『とすると、ルーパスチームが、ポイントを取り逃すことを期待するしかないということですね』

『第1ゲートで、前に出られたら、成すすべなしとなるはずです──そこで、このレースは、優勝が決まる』

『しかし、そのルーパスチームに追いつけるチームが現れたら──サットンチームのことですが──ルーパスチームが、ノーポイントとなる可能性も生まれます』

『エリナ代表の言う、ルーパスチームが100%の力を発揮しないと、サットンチームには、勝てないという状況ですね』

『サットンチームが、ルーパスチームを上回るスピードを出す事ができれば、オータチームとウイングチームも優勝の可能性が残されている』

『ここまできて、自力優勝の芽が摘み取られてしまったオータチーム、ウイングチームは、モチベーションを維持できるのでしょうか?』

『その心配は不要です──2位を確定させることも意味のあること、いずれにしろ、自身の最大の力を発揮しても、それを上回る力を相手が持っていたとしたら、勝つ事はできません──自身の持つ、最大の力を発揮することが、スポーツにおける重要なことのように思いますから──ハットリさんは、どう、お考えですか?』

『そうですね…最後まで、諦めないでほしいとは思います──優勝することも、そして、何よりも、自分が持ってるはずの未知の力を呼び覚ますことも──』

『自分が持ってるはずの未知の力ですか?』

『はい…わたしは、今の自分が100%だとは思っていません──90%かもしれないし、わずか10%の力しか発揮できていないかもしれない──だから、可能性を信じて、挑戦を続けています』

『国際大会で、ハットトリックを達成できる力が、わずか10%の力だとしたら…ハットリさんが、100%の力を発揮したら、どんな凄いことになってしまうのか、想像もできないですね』

『わたしは、想像できますよ──すべてのナショナルチームから、得点を挙げることが、わたしの思い描く夢なんです』

『それは、日本チームも含まれているんですか?』

『もちろんです──日本チームを相手に、ハットトリックを達成することが、わたしが、いつも思い描く最高の夢──いえ、目標ですから』

『その試合の解説、是非、わたしが担当したいですね──フルダチさんも、実況してみたいと思いませんか?』

『日本が負ける試合の実況ですか?』

『いいえ…ハットリさんが、勝つ試合の実況ですよ──』

『それは、とても、わくわくします』

『すいません──おしゃべりが過ぎました──今は、彼らの戦いを見届けましょう』

『そうですね』


 6周目──バーサスシックスの時と同じように、各チームが、ほぼ同時に、ブシランチャーへのタッチダウン&ゴーの体勢に入る。

そして、カナリアバードを除く全ての機体が、一瞬、ブシランチャーのテイクオフデッキに接触する。

秒速30km/hでタッチダウンを果たした、全ての機体が、ほぼ一斉に、第1ゲートに向かい発進していく。

Zカスタムの真紅にも見えるショッキングピンクに輝く機体──3位に位置する機体が、この8周目──オーラスラウンドの主役となっていることは、間違いなかった。

そして、天使の羽根をイメージさせるウィングチームのパールホワイトにカラーリングされたダブルウイングスターファイターが、Zカスタムに密着するように、オータコートによって弾かれないギリギリのポジショニングで、しっかりと食らいついて離れない。

こちらも最後の最後まで、機体の色を変化させず、シャドーパープルのカラーリングを施されたオータチームのF14トムキャット──シャドーマスタースペシャルが、ダブルウイングと反対の位置で、Zカスタムに機体を押しつけるように密着させている。

8周目もまた、7周目同様、Zカスタムを2チームによるダブルチームで、抑え込む作戦かと、誰もが確信するような、そんなトップグループが、ブシランチャーからの発進直後の状況で形成された。

加速性能では、断トツを誇るZカスタム──しかし、2つのチームの機体に密着されたことで、本来の加速性能が生かされていない──

その密集したトップ3の機体から、遠く離れて、赤みを帯びた色のアクセントを機体のつなぎ目に使用した純粋なホワイトのカラーリングを身に纏ったサットンチームのプラチナリリィが、その機体の持つ最大のポテンシャルを発揮し、最大の加速度で、第1ゲートを目指す。


『優勝を目指す3チーム…ルーパス、オータ、ウイング──そして、その優勝の行方を左右すると思われる、サットンチームが、予想通り、頭一つ抜け出しました!!』

 フルダチの実況する声にも、熱い力が込められる。

この第1ゲートを制したチームに優勝する資格が与えられる。

『ルーパスチームは、最高速度が出せていないようですね』

『あそこまで、2チームに密着されては、難しいでしょうね』

『離れた位置をフライトするサットンチーム──当然、レッドゾーンコースですが、バトルするには、距離が離れすぎた位置どりです』

『当然ですね──今のZカスタムのように、他の機体に密着されたら、当然、加速性能は落ちます──優勝狙いではないサットンチームの狙いは、一つだけです──加速性能と最高速度で、Zカスタムを上回る性能を見せること──それを最もわかり易く見せつけるためには、この第1ゲートのレッドゾーンを1位通過することです』

『バトルの必要はありませんね──そうすると、2チームに囲まれたZカスタム──不利ではありませんか?』

『明らかに不利です──ここで、サットンチームをマークするチームはありません──ルーパスチームを援護する目的を持ったチームがあれば別ですが、あのサットンチームのスピードに追いつけるチームは、もういません』


「まずは、上々の滑り出し──このまま加速していけば、第1ゲートは、難なくゲットできるよ──お姉ちゃん」

 サットンチームのチアキ・ニカイドーが、コントロールルームのクルミ・ニカイドーにVサインを作って、微笑みながら告げる。

『エリナちゃんには、申し訳ないけど、7周目で余裕かましてくれたからね──うちとのスピードバトルのためのパワーセーブが、逆効果だったこと──後悔させてあげましょう』

「お姉ちゃんもドSだからね──」

『可愛い子には、鞭を入れろって、よく言うじゃない──』

「そんな格言、ないから──でも、エリナちゃんが可愛いのは認めるけど」

『エリナちゃんは、わたしの趣味ではないが、やっぱり、弄ってやりたくなる──どっちかというと、ハルナちゃんのほうが弄り甲斐があるけどね』


『オータチームとウイングチームとしては、願ってもない展開となりましたね』

『そうですね…このまま、ダブルチームで、ルーパスチームを抑えていくことができれば、ルーパスチームの加点は、最小限に食い止められる』

『ルーパスチームの加点を最小限に抑えただけでは、オータチームは勝つ事ができないですよね』

『そうです──ハットリさんのおっしゃるとおりです』

『ルーパスチームが現在3位──オータチームが4位──ウイングチームが5位です──どこかで、オータチームがルーパスの先を行かない限り、優勝争いのポジションに変化は生まれません』

『優勝争いが、かかってるこの周回…決して、オータチームは、ウイングチームに先を譲る事はありません──同様に、ウイングチームもまた、オータチームに先を譲る気はないでしょう──三すくみ状態で、トップ位置をキープできるとすれば、ルーパスが、鼻差を維持したまま、このまま、3機の密着状態を維持すること──

 ルーパスチームは、直接対決で、相手を前にやらなければ、負けることはないのです』

『エリナ代表の言っていた、7周目の終わりで、オータチームよりポイントで上回る事が重要というのは、この事だったんですね』

『そういうことになりますね』

『3すくみであれば、機体の性能差で、確実にルーパスチームが有利ですね』

『もちろんです──ルーパスチームとサットンチームのスピードバトルを期待した視聴者の方は、不満かもしれませんが、これも、またレースをする上での、駆け引きです──興味深い対決です』

『そのスピードバトルを、わたしは、期待していました──やっぱり、ちょっとがっかりですね──』

 ユーコが、深いため息を吐く。


 Zカスタムが、最高速を出せないまま、第1ゲートが、間近に迫ってくる。

そして、そのタイミングで、ウイングチームのダブルウイングが、体当たりを仕掛ける。


『ウイングチームが仕掛けました──しかし、このルーパスチームに対するプレッシャーは、オータチームを先行させることになりはしませんか?』

『3すくみを解消したいという意思でしょうね──しかし、確かにこれでは、オータチームが、レッドゾーンを狙い易くなってしまうでしょうね』


『お兄ちゃん──』

「ウミちゃんか?」

『あたしたちは、お兄ちゃんに勝ってほしいから──』

「──」

『イチロウ…ハルナ…コバンザメ起動するよ──』


 ダブルウイングの体当たりに対して、当然、弾かれるはずのZカスタムであるはずが、弾かれない──接触による機体の反発作用が完全に機能していない──

接触──大破──

モニター越しに、展開されるはずの大事故の映像は、回避されていた──

弾かれるはずのZカスタムは、ダブルウイングの周囲を螺旋状に一回転すると、その螺旋の描く推進力も増幅装置の役割に応用した形となって、次のアクション──ゴールドメダルシューティングのアクションに移行している。

ダブルウイングの白い機体をカタパルトデッキに見立てたように、Zカスタムは、滑らかにスライドし、バーニアに点火──

最高の加速力で、目の前のレッドゾーンスクリーンを通過した。

通過した瞬間、赤い色のスクリーンが残っていたことが、サットンチームに先んじる事ができた、何よりの証であった。

サットンチームのプラチナリリィは、目の前から消え去った赤い光のあった場所を空しく通過する。

いち早くZカスタムの加速行動を察知したオータチームは、オレンジゾーンに移動して、オレンジゾーンを2位で通過──

ゲートを通過したのは、サットンチームがタッチの差早かったが、カラ―スクリーンを通過していないことから、当然のノーポイントとなってしまっている。

そして、ルーパスチームに塩を送った形となったウイングチームは、減速しつつ、イエローゾーンへの移動を済ませて、3位でイエローゾーンを難なく通過している。


『第1ゲートを制したのは、ルーパスチームです!!』

(あの、おちびちゃんたちも、あたしと同じ考えだったわけだ)

 声は出さずに、モニターに映る白い機体に眼をやったユーコが、口元に明るい笑みを作る。

オータチームとウイングチームの呪縛を振り切ったルーパスチームのZカスタムは、躊躇することなく最大加速によって、次の第2ゲートを目指す。

『ここからは、燃料が尽きるまで、加速するだけだよ──シンプルな作戦だから、イチロウにもできるよね』

「ああ…単純バカにしかできない作戦だ──助かるよ」

「じゃ、もう、ハルナは何もしません──ハルナは単純バカじゃないですから──お姉さま」

『ハルナは、ちゃんとプラチナリリィのスピードをマークして──お利口さんのハルナにしかできない作戦だよ』

「お姉さまが、待ち望んでいたスピードバトル──必ず勝ちます」

『偉い偉い──ハルナ──』

「なんですか?」

『大好きだよ』

「知ってますよ──お姉さま」


「やられたね──お姉ちゃん」

 サットンチームのチアキが、苦笑する。

『展開としては、こっちのほうが面白いよ』

「残り7つ──必ず追いついてみせる」

「ゾーンはどうしますか?社長──」

 ナビゲータのキサキ・クロサワが、クルミに次の作戦行動の指示を確認する。

『そうだね──オレンジゾーンに移動するって手もあるけど──オールオアナッシングのリスクをしょったほうが、エリナちゃんとのバトルに集中できていい気もするし』

「社長が決めてください」

『──ゾーンはこのまま──こっちが勝った時、ルーパスをノーポイントにすることができるしね』

「わかりました──」

『計算上は、このまま燃料を放出していけば、第6ゲート過ぎたあたりで、スピードだけは上回ることができる』

「接触された場合、ルーパスは、さっきの作戦行動に出ると思うから、接触されることがないように、思いっきり距離はとっておきます」

『その判断は、キサキに任せるよ』


「ミッキー…悪いとは思うが、このレース、最後だけ無茶をさせてもらう」

 2回めのピットストップとなったポリスチームのパドック内では、ナビゲータの乗り換えが済んでいた。

ここまで、ナビゲータを担当したジョン・レスリー・マッコーウェンは、コントロールルームの椅子に座り、代わって、メイン・メカニックのミッキー・ライヒネンが、カナリアバードのナビゲータシートに座っている。

「いいのか?まだ、年間優勝も狙える──ここで、失格とか、ペナルティ加算とか、チームとしては、あまり、ありがたくないんだが──」

「確かに、急加速でトップスピードに乗せることができれば、このカナリアバードなら、あいつらに追いつけるだろうな──カナリの覚醒がインパクト強かったから、あまり強調されていないが、機体のスピードだけなら、レギュラーチームの中では、最高のスピードを出す事ができる──エマージェンシーモードを使用すれば、こいつは、加速性能も断トツだ」

「強引で、自己中心的なパイロットで申し訳ないと思う──」

「好きにすればいい──つきあうほうとしては、身体が、こいつの加速に耐えられるか──それだけが心配だけどな」

「ミッキーなら大丈夫だと、カナエが保証してくれた」

「そいつはありがたい──」

「部長のままだと、棺桶が一つ必要になるらしい──」

「すさまじいブラックユーモアだ──」

「カナエは、滅多なことでは冗談を言わない──」

「病院送りくらいは、覚悟しなくちゃならないか──」

「一応、メディカルセンターの集中治療室に空きは確保してある」

「マジか?」

「カナエは、滅多なことでは冗談を言わない──」

「覚悟だけはしておく──命の保証をしてくれてありがとうと、彼女に伝えてくれ」

「礼を言われたことを、喜んでる」

「オカルトもいいところだな──二重人格の究極形のようだ」

「カナエのお陰で、今日のレースは楽しめた──カナエがいなければ、わたしは、リタイアしていた」

「ペナルティ覚悟で、この作戦をチョイスしたのは、そういう意味か──」

「カナエが、レースの中で、イチロウに伝えたいことがあるらしい…たいして重要な用件ではないらしいので、レースが終わった後でいいだろうと言ったのだが、なんか、改まって言う事じゃないから…どさくさまぎれで伝えたいらしい」

「たいした用件でもないのに、命がけか──」

「つまり、それだけ重要なことなんだろう」

「わかったよ…俺も、ポリスの中では、一番のタフネスで売ってるからな…そうは簡単に病院送りになるつもりはない」

「そう言ってもらえれば助かる…時間だ、行こう」

 ピット作業と給油、そしてパイロットチェンジを済ませたポリスチームのカナリアバードが、ブシランチャーのカタパルトデッキへの移動を開始した。

「カタパルトを発進したら、すぐに、推進剤の二分の一を放出し、最大加速と最大スピードに乗せる──ミッキー…歯を食いしばって耐えてくれ」

「それで、第4ゲートまでかかる最高速度までの時間をゼロにしようってことか──」

「そうだ──このカナリアバードのエマージェンシーモードを使えば、難なく実現できるスピードだ」

「パイロット無視の封印されたモードだけどな──」

「有人で、このモードを発動させた記録は、ないから──まぁ、何ごとも1回目は痛さを伴うが、2回目からは快感になるらしいから、2回めのエマージェンシー加速の時は、きっと、ミッキーも気持ちよくなれるはずだ──」

「おいおい…2回やるのか?」

「2回やらないと追いつけない──」

「確かに、そうかもしれないが──」

「だから、できるだけ平気な顔をしていろ──Jリーグのお姉ちゃんが言っていたように、平気な顔をしていれば、ペナルティを食らわずに済むかもしれないからな」

「ルール無視もいい加減にしろと言いたいが──」

「悪いな──」

「謝るなよ──仲間じゃないか──」

「スタンバイOKだ──出るぞ!!」

「オーケイ!!」

 カナリアバードの黄金に輝く機体が、ブシランチャーカタパルトから、解き放たれる。

そして、電磁式カタパルトから最大速度で翔び立った機体の後方バーニアが、大きな大きな火を放つ──

有人のミニクルーザーとしては、決してあり得ない加速度を得たカナリアバードは、一気に、最大加速の最速スピードで、第1ゲートに向かって飛んで行く。


『今、ピットイン作業を終えた、ポリスチームが、戦線に復帰していきました』

 トップチームの攻防を追っていた映像が、ポリスチームの機内カメラの映像に切り替わる。

そのコックピットに腰を埋めているカナリ・シルフ・オカダの顔は晴れやかに笑っている。そして、ジョン・レスリー・マッコーウェンから、乗り代わったナビゲータのミッキー・ライヒネンは、両手を虚空に大きく突きだし、破顔し、ガッツポーズまで取っている。

音声は拾えなかったが、口の動きで、なんと言っているかは、映像を観る者すべてに伝わっていた。


「ヒャッホー!!ブラボー!!」

「そこまで、大袈裟にやってくれとは言っていない」

 ミッキーの大声を間近で聞いたカナリは、笑顔を苦笑に変えて、隣に座る大男の顔を、頼もしく思い、じっと見つめた。

「仲間がいるというのは、素晴らしいことだと──実感できた──」

「もう一発行くんだろう?」

「耐えられるか?」

「耐えてみせるさ──」

『カナリ──』

「何でしょうか?部長──」

『俺は、このレースを最後に引退することにするよ』

「その話は、後で聞きます」

『そうだな──今、する話ではなかった』

「このスピードでの機体コントロールは厳しいです──コントロールルームでフォローしていただかないと、正規のルートを外してしまいます──余計なことを考えず、レースに集中してください」

『わかった──そっちは、任せろ!!』

 その遣り取りの中、カナリアバードは、2回目のエマージェンシー加速モードを使用し、さらにトップスピードを大きく跳ね上げた。


『あの加速に──人は耐えられるのですね──』

 ユーコの静かな呟きが、ポリスチームへの賛辞であることを、放送を聴いている全ての者が実感していた。

『素晴らしいパイロットですね──あのカナリ・オカダというポリス・レディーは──』

 イマノミヤも、もう、人類の進化に果てがないことを認めるコメントを口にするしかなかった。

『限界を超える──恐らく、限界を超えた、あの二人の身体はもう、ボロボロのはずなのに、しっかりと笑顔でフライトしている』

『カナリというパイロットは、普段、笑顔を見せることは滅多にないことで、知られています──おそらく、今の笑顔は、ハットリさんの言葉への返信なのでしょうね』

『そうであれば、こんなに嬉しいことはないです』

ユーコの両の瞳に、ひとしずくの涙が浮かんだが、ユーコは、右手の人差し指で、それを取り払う。


「凄いトップスピードだ──」

 実況映像を観たイチロウも、感嘆の声をあげる。

「さすが、カナリさん──意思の強さは半端じゃないね──あのユーコに、あそこまで言わせるなんて──泣いてたし──ユーコが人前で涙を流すのなんて、初めて見た──ちょっと、カナリさんが羨ましいかも──」

「追いついてくるんだろうな──きっと──」

『大丈夫──それでも第7ゲートまでは追いつかれないから──』

 エリナが、冷静に、イチロウとハルナに状況を伝える。

第1ゲートで、オータチームを振り切ったZカスタムは、第2ゲート、第3ゲートと、安定したフライトを続け、トップ位置をキープしている。

追随してくる機体は、サットンチームのプラチナリリィと、先ほど、ブシランチャーを発進して、猛スピードで、まくりをかけてくるポリスチームのカナリアバードの2機のみ──

加速を続けるZカスタムと、プラチナリリィの2機。

 スピードセッティング寄りのバトル重視にチューニングしたZカスタムに対して、完璧なスピード重視のチューニングを施したプラチナリリィ──

『第7ゲートを過ぎたところで、プラチナリリィのスピードが、こっちを上回りそうだけどね』

「方程式というのは、狂いがないからやっかいだ─」

『でも、計算では出せない結果もあるから──できれば、今から、プラチナリリィの傍に機体を寄せてくれたほうがいいかも──』

「コバンザメの連続使用を、プラチナリリィに仕掛けるか?」

『そうだね──完全勝利のためには、余計な小細工したくないけど──勝つ事がなによりも最優先──使えるオプションは、全部使うことにするから──』

「ああ──こっちのコックピット内は、セイラの【フルパワーゲート】をリピート再生させている──これも、使えるオプションの一つだろう?」

『イチロウらしいね──ハルナは、平気?』

「セイラは、ハルナにとっても、大事な親友の一人です──そのセイラの歌声ですからね──ハルナのモチベーションも今は、マックスですよ──お姉さま」

『とにかく、イチロウは、こっちの指示を最優先で実行してね──』

「もう、わがままは言わないよ」

『素直でよろしい──』

「このレースが決着したら、思いっきり我儘を言わせてもらうからな──」

『余計な事言って、メカニックの判断を狂わせちゃダメ──』

「悪い──もう言わないよ」

『どんな我儘か、期待しちゃうじゃない──』

「ハルナも、お姉さまにしてもらいたいこといっぱいあります──レースが、終わったら、よろしく、お相手お願いします」

『もう──二人とも、それが、余計なおしゃべりなの──』

「エリナ──指示を頼む──あとは、全て任せたから──」

『責任重大ね──まずは、このまま、フルパワーで加速して──できれば、クルミさんたちにプレッシャーをかけられれば、言うことない──』

「OK!!やってみる!!」


 フルパワーで、レッドゾーンを目指し、ゲートを突き抜けてゆくZカスタム──

そして、それを追いかけ、徐々にではあるが差を詰めていくプラチナリリィ──

放送映像は、固定化したように、この2機の映像を捉え続けていく──

 第4ゲート…第5ゲート…第6ゲート…判で押したように、同じシーンが繰り返されるが、第7ゲートの手前で、ついに、Zカスタムが、プラチナリリィへの最接近を果たす。

「チアキさん──悪いが、これ以上加速されるのは困るので──」

『嬉しいよ──さっきの第1ゲートでは遅れを取ったけど…』

「体当たりさせてもらいます」

『そうやって手の内を明かすのは──』

 しかし、Zカスタムは、プラチナリリィに接触しない──その代わり、残りの燃料…推進剤のほとんどを使用してバーニアの推進力を増大させる。

「温存してきた燃料を使うのは、もう今しかないですから──」

『言葉のフェイクをかましてくるとは──』

「嘘も方便ですよ──」

 第7ゲート──ほぼ全ての燃料を使用したスピードアップによって、Zカスタムは、プラチナリリィを置き去りにする。

しかし…プラチナリリィも最後の最後に残っていた燃料のほとんどを、ここで吐き出す。

体当たりではないスピード勝負が、この第7ゲートへの攻めで実現する。

質量は、プラチナリリィのほうが、Zカスタムよりも軽量である。

 しかし、ゲート通過直前のフェイクで、バーニアの加速度強化が一瞬遅れた分、第7ゲートの通過は、Zカスタムが先んじることとなった。

 第7ゲートのレッドゾーンは、Zカスタムが1位で通過していったが、通過直後のプラチナリリィの、最高速度は、Zカスタムのそれを僅かに上回っている。

Zカスタムが前に出るためには、接近戦によるバトルを仕掛けるしか方法がない状況となっていた。

そして、この第7ゲート通過直後──参加する全ての機体の中で、最速のタイムを記録した機体──ポリスチームのカナリアバードが、ついに、Zカスタムに襲いかかることが可能なポジションまで到達してきたのである。


『ついに、ルーパスチームは、第7ゲートまでのすべてのレッドゾーンを1位通過という離れ業を見せてくれましたね』

『そのルーパスチームは、当面の敵──サットンチームへ、既に体当たりを敢行しています──』

『当然の作戦ですね──最高速度で上回るサットンチームに前を行かれたら、第8ゲートを1位通過することはできません』

『ルーパスチームは、2位通過でも、優勝ですよね?』

『ボールチームが、第1ゲート、第2ゲートでボーナスポイントをモノにしていますので、ポイント争いは微妙です──仮に、ボールチームが、残りの第7ゲート、第8ゲートでボーナスポイントをゲットした場合でも──ルーパスチームは、ノーポイントでなければ、優勝となります!!』

『サットンチームかポリスチーム…もしくは、2つのチームがダブルチームで、ルーパスチームにポイントを取らせなければ──まだ、ボールチームに優勝の可能性が残されます』


「今まで、おとなしくしてたけど──そう簡単に、変態エリナちゃんに優勝さらわれるほど、このニレキア様は、優しくないからね──」

 第7ゲートのボーナスポイントを虎視眈々と狙うボールチームのニレキアのテンションは、既にマックス状態──最大の集中力を発揮して、目の前に出現するはずのボーナスポイントに襲いかかる準備を整えていた。

この第8周は、ブシテレビチームが、この第6ゲートまでの全てのヴァイオレットゾーンを通過してきている。明らかに、ボーナスポイントバトルのきっかけを作る役に専念している事は、全てのチームに伝わっている。

そのため、この第7周では、ボールチームも、ブシテレビチームがヴァイオレットを通過する瞬間を、ずっと意識し、レースを組み立てている。

そのブシテレビチームが、第7ゲートのヴァイオレットゾーンを通過した瞬間──ボーナスポイントが、サブマリンチームの進行方向の直前の虚空に出現した。

ニレキアは、ありったけの集中力を駆使して、クラッシュ・ボールをボーナスポイントの出現地点に、高速移動させる──誰の目にも絶対に見破られることのないショートワープを使用し…そして、第7ゲートのボーナスポイントをゲットする。


『第7ゲートのボーナスポイントをゲットしたのは、やはり──ボールチームでした』

 フルダチの実況も、ボーナスポイントを巡る攻防を正確に伝える。

『これで、ルーパスチームが、第8ゲートをノーポイントで終えた場合、第8ゲートのボーナスポイントもボールチームがゲットするようなら──ボールチームが、優勝しますね──』

『最後の可能性にかけるボールチームの戦う姿勢は評価できます──自力優勝が消えたとはいえ、ルーパスチームとポリスチーム、サットンチームのバトル次第では…ルーパスチームがノーポイントであれば、ボールチームは、最後のボーナスを得ることで、優勝することができるのです』

(ニレキアさんか──芸能事務所に置いておくのはもったいない──スポーツをやらせたら、きっと、一流のアスリートになれる)

 第7ゲートのボーナスポイントを巡る攻防を映像で観たユーコは、ぼんやりと、そんな感想を抱いていたが、敢えて、コメントとして、その言葉を口から出すようなことはしなかった。

『まずは、トップ集団──既に、ポリスチームも完全に射程距離に近づいています──この攻防に注目しましょう』

『ルーパスチームが、サットンチームとポリスチームを抑えることができるか──ですね』

『ルーパスチームは、おそらく残り僅かの燃料を使用して、サットンチームの頭を完全に抑えています──オータコートの反発作用を巧みにコントロールして、少しずつではありますが、サットンチームのスピードを殺すことに成功しているようです』


『ハルナ──すごいよ──』

 エリナが、コントロールルームから、ハルナの機体コントロールの巧みさに惜しげもなく賛辞の言葉を伝える。

「こういう細かいマシンコントロールなら、ハルナに、お任せください──賞金稼ぎで培ってきたテクニックは伊達じゃないこと──お姉さまに認めてもらえる絶好の機会ですから──」

『うん──もう、ハルナの好きにしていい──あたしは、もう何も言わない──』

「やっかいな相手が、もう1機来てるけどな──」

「カナエさんが、読み解くことができるのは、イチロウの心だけでしょ──」

『そうか──』

「ミリーちゃんが、作ってくれたハルナ専用のコントローラ──使うとしたら、今しかないよね」

『わかった──イチロウも異存はない?』

「もちろんだ──この第8ゲート…全て、ハルナに任せる」

「ハルナは、ミユイさんの代わりに、ここに座ってるんだから──絶対に、イチロウとエリナ様に、優勝カップ届けるんだから──」

 ハルナは、自分専用に作られた有線式のゲーム用コントローラを、しっかりと両手でホールドする。

ステアリングを含めた全てのコントロールが、このハルナの持つゲーム用コントローラに集約されるように、エリナが、遠隔操作で、設定を変更する。

この瞬間からコバンザメ起動コントロールを含めた、全てのマシンコントロールが、ハルナの手に委ねられる。

「まずは、クルミさんたちの戦闘能力をゼロにします──」

 ハルナの言葉と同時に、Zカスタムはプラチナリリィに体当たりを加え、そのまま、コバンザメモードに移行する。

そして、プラチナリリィをホールドしたまま、プラチナリリィの周囲を回転し、ゴールドメダルシューティングを実行──

あっという間に、プラチナリリィを置き去りにした上で、バーニアを使用せずに加速し、スピードを向上させ、さらに、ついに追いついてきた、ポリスチームのカナリアバードの鼻先に、寸分の狂いもなく、Zカスタムを移動させることに成功する。

「カナリさん──ずいぶんと無茶なフライトでしたね──」

『こうでもしないと、一矢さえ報いることができないと思ったからな──』

「でも──」

『わかってる──手加減なしなんだろう?』

「はい──カナリさんの全ての努力を無効化させてあげます──覚悟してください」

『望むところだよ──』

 Zカスタムが、カナリアバードの前にいることで、どちらからも体当たりを仕掛けることができない状況となっている。

この状況であれば、見た目も、Zカスタム有利であることに変わりはない──現時点でのスピードが、カナリアバードがZカスタムを上回っていた事実があったとしても、Zカスタムを迂回して前に出る事ができなければ、

その最高スピードは、何の意味も持たない。

 後ろからの体当たりは、オータコートの反発作用により、前方に位置する機体を押す働きしかしない──

もちろん、Zカスタムが、減速して、カナリアバードに体当たりをすることも無意味である。

今のこう着状態が続けば、このまま、Zカスタムが、前を抑えたままで、第8ゲートを通過し、ルーパスチームの優勝が決定する。

そして、第8ゲートは、もう、目前に迫っている──カナリが意思を決めない限りは、最高速度で追いついたことの全てが、徒労に終わってしまう。

「もう、あのエマージェンシーモードの加速はできませんよね」

 ハルナは、慎重に、神経を研ぎ澄ませながら、カナリを言葉でけん制する。

『どうかな──』

「カナエさんの予測は、どうなってますか?あと僅かで結果が出ます──もう、カナエさんの予知能力なら、どっちが勝つか、結論が出てるのではありませんか?」

『ああ…そのようだが、今は、教えてくれない──』

「最後の悪あがき──受けて立ちますよ」

『ああ…それができればだけどな──』

 カナリアバードは、ハルナの言葉に促されるように、機体を、左右に振りだした。

第7周でのポリスチームとの戦いの時は、Zカスタムの動きを完璧に封じられたが、このポジションでは、主導権はルーパスチームにあった。

相手の左右の動きを先読みする必要はない──フェイクを含めた、全ての動きに瞬時に対応することができれば、前に行かれることはない──第8ゲートを通過するまで、この強敵を抑えることが、今のハルナに課された、最大の課題であった。

もう、イチロウも、エリナも何も言わない。

言葉による威嚇を含め、ハルナも無言で、カナリアバードの全ての動きを正確に把握し、己の持つ全ての感覚を研ぎ澄まし、ブロックを続ける。

そして、ついに、第8ゲートに到達したZカスタムは、カナリアバードを後ろに従える形で、レッドゾーンを突破していった。

最後の最後までくらいついて離れなかったカナリアバードは、最終的には、オレンジゾーンに機体を移動させ、記録上は、2位通過という結果を残して、ポイントレースを終えた。

ほんの僅か水を空けられたサットンチームは、潔くブラックアウトとなったレッドゾーンを通過し、第8周を全てのゲートがノーポイントという結果となった。


「イチロウくんに、カナエがメッセージを伝えたいようだ」

 ナビゲータのミッキー・ライヒネンの手に、自分の手を重ねながら、カナリが眼の前をフライトするZカスタムに通信を送る。

『カナエが──ですか?』

(市狼──優勝おめでとう──もしかしたら、あたしは、これで消えちゃうかもしれないから──それだけ、言いたかったの──)

(消えちゃう…って、どういうことだ?)

(市狼も知ってるでしょ──あたしが、そんなに先の未来までは、見通せないってこと)

(ああ…今、この瞬間だけだけど──市狼と、おしゃべりをしてる未来が、まだ見つかっていないの──)

(未来が──?)

(だから、消えちゃうのかなって──せっかく、こうやっておしゃべりできたのに──ちょっと残念)

(香苗──)

(伝えたいのは、それだけ──市狼──)

(──)

(こっちの世界で、必ず幸せになってよね)

(ああ──)

(約束できる?)

(ああ──)

(ありがと──じゃ、バイバイ──今日は楽しかったよ──お疲れ様)



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